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【元S級】スライムを、生で食べてはいけません。~死ねないおっさん治癒術士と、味覚ゼロの最強少女の食卓記~  作者: 竜山三郎丸
味を知らない少女と死ねない男

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29話 窮地

◇◇◇

 ――ダンジョン下層部の未踏破区域。リューズたち3人は薄明りに照らされる大空洞内で、巨大な騎士像との戦闘となる。


「リューズ、前に出るな。私がやる」

 額から流れる血を手で拭いながらシーラは後方のリューズに釘を刺す。


「シーラ!俺とお前はなんだ!?」

「パーティ」

 離れたリューズにも聞こえるくらいの大きさで声を上げ、シーラはリューズを振り返りニッと口元を上げる。

「に、決まってる」


 騎士像の攻撃を躱し、シーラは二刀で攻撃を試みる。だが、ロックゴーレムにすら通らなかった攻撃がこの騎士像に通じる道理がない。


 リューズは大きく息を吸い込んで、一度吐く。そして、その場にドカっと座る。

「……なら、俺はもうお前を客扱いするのやめるぞ」

 はっきりとそう宣言する。はたから見れば、守られているのはリューズのはず。リューズの行動の意図が分からず、ビスカは後方で不安げな眼差しをリューズへと向ける。


 それは、リューズにとって12年ぶりに使う固有魔法。

 目の前では、シーラが武器を変えながら石像と戦っている。その後方でリューズはあぐらをかいて座っている。だが、当然ふざけている様子は無い。


 パン、と両手を合わせると右手を地面につけ、その右手を左手で抑える。

「アルル・エロ・ラウロロロ・アロロ……。刻々逆巻く血潮の歯車、満ちよ、途切れぬ生命の奔流――」

 一見意味不明な古代言語に続くのは【再生(リジェネ)】の詠唱。だが、詠唱はさらに続く。

「リューズ・ウッドレッドの名に於いて門を叩く。我が声は扉を開く鍵と成る。開き、揺らせ、理の水面。潰えぬ器をここに示せ……、【超速即時治癒魔法(クロノリジェネレイト)】!」


 リューズの右手を中心に魔力が渦を巻いて集まり、時計の針のような紋章を地面に刻む。シーラの身体の傷は即座に治る。それは、今までの【再生(リジェネ)】の比ではない。まるで、怪我など初めから無かったかのように、瞬間で治癒がなされるのだ。


「即死でなければ一瞬で治る。任せたぞ、シーラ!」


 これは『神戟』時代の基本戦術。前衛に即時治癒を掛けることにより、被弾を厭わぬ圧倒的な手数と火力で一気に敵を殲滅する。


 その場に座るのは自身の命も懸けると言う意志の表れだ。

 ビスカは嬌声を上げたくなるのをグッと堪えて、真剣な面持ちで二人の戦いを見守る。

「攻撃が通じないなら即時撤退だぞ!粘る意味が無い!」

「うるさい。容易い」

 真っ白な大剣も、騎士像の剣と切り結ぶのが精一杯で現状いささかのダメージも与えられていない。

 シーラは困っている。

 それは、相手の強さにでは無い。

 ひらひらと攻撃をかわしながら、一撃を入れるが表面が僅かに削れるに過ぎない。

「困った」

 三人でダンジョンに潜って二日近く。シーラはその間、魔石を食べていない。それは、彼女と亡き母二人だけの秘密だったから。リューズに見られるわけにはいかなかったから。


「……動きが悪いな」

 苦戦するシーラを見ながらリューズが呟くと、ビスカも怪訝な顔で頷く。

「ロックゴーレムや、オークの時はもっと速く、力強かったです。……持久力に難がある、ということでしょうか?」

「いや、初手からおかしかった。どっか悪いのか?」

 小声の会話。だが、耳のいいシーラには聞こえる。

「どこも悪く無い。ばか」

 一瞬のよそ見、それを隙と捉えた騎士像は剣をまっすぐに振り下ろす。

「……あのバカ!」

 それを聞いてシーラはムッと眉を寄せる。

「バカって言った方がバカ」

 紙一重、剣を避ける。剣は大きく地面を割り、周囲に土埃が舞う。

 それを見てシーラは閃き、にっと得意げに笑う

「私はバカじゃ無い」

 視界が遮られたのを好機と、収納魔石を開いてそこに入ったたくさんの魔石を無造作に鷲掴みにする。

 大きな一口でそれを口に入れ、大急ぎで噛み砕く。ガリガリガリガリ、と連続的に異質な音が続き、粉々になった魔石はゴクリと喉を通る。味はしない。やがて土埃は風に消える――。


 リューズに見られないように、土ぼこりの目くらましの中で、シーラは魔石を喰らう。


 ボロボロのマントを風に揺らし、ふーっと一度長く息を吐く。その身体にはさっきまでと違い魔力が漲っている。――まるで、魔石で魔力を補給したかのように。

 そしてシーラは呟く。

「……【全属性同時解放展開(オーリオン)】」

 背後に天輪の様に魔法陣が現れ、迫り来る剣を意に解さぬとばかりに、シーラは石像に左手を向ける。子供が遊びでする様に、指で鉄砲の形を作り、右手を添える。


 天輪が回り、色とりどりの魔力が左手の人差し指に集まっていく。

I(ワン)

 天輪が身体を支え、それでもなおシーラの後ろ足は反動でズシリと地面を凹ませる。一閃、左人差し指から放たれた巨大な光の帯は、轟音を置き去りにして巨大な石像を襲う。

 次にリューズ達の目に映ったのは、胴より上が丸く抉り取られた石像の姿だった。頭部と右半身は消し飛んでいて、その背後の壁面にもどこまで続いているか分からない綺麗なトンネルが出来てしまっている。


 シーラは振り返ってリューズを見ると、得意げな笑みを見せる。

「ほら余裕」

 リューズは大きく息を吐く。それはきっと安堵の息。

「……バケモンが」

 シーラはムッとして口を尖らせる。

「違う。人間」

 シーラの背後では石像が力無くゆっくりと倒れ込む。それをシーラは視線もやらずに片手で受け止める。

「リューズ、石像は魔石どこ?」

「……どこだろなぁ。頭だったら困っちゃうよなぁ」

 結局、心臓の場所で魔石は見つかる。両手で輪を作るくらいの大きさの、真っ白な魔石。

「でかっ……、いくらすんだよ、コレ」

 シーラは嬉しそうに魔石を収納へと放り込む。

「コレは私が貰う。リューズはコレ」

 そう言って装飾のついた杖を手渡す。

「お、マジで?……でもなんか気恥ずかしいな、いまさら杖なんて」


「……身体、平気ですか?シルヴァリアさん」

 ビスカは恐る恐る問いかける。並の人間なら壁に叩きつけられた時に死んでいてもおかしくは無い。

「ん、余裕。リューズは治癒が得意」

 少し前まで命懸けの戦いをしていたとは思えないくらいの日常感に、ビスカもついクスリと笑ってしまう。

「そうですね」


 ビスカの持つ採点表にはこう記されていた。

 パーティ名 三食おやつ付き

 戦闘力S、連携S、将来性S、機転S、知識A、話題性S、遵法意識E。

 付記、シルヴァリアの継戦力に疑問が残るが、それを補ってあまりある戦闘力と機転。当ギルドではC級までの査定しか行えない為、王都のギルドでの査定を望む――。


「さて、帰ろうぜ」

「リューズ。鍋持った?」

「出してねぇよ」

 

 シーラはリューズとビスカの肩に手を置く。すると、次の瞬間三人はダンジョンの外にいた。

「え?」

 目を丸くするビスカ。それを見てニヤニヤと笑うリューズ。

「お疲れ。帰るぞ」

「え?あ、はい。……え?えぇ!?」

 ビスカはキョロキョロと辺りを見渡し、ダンジョンの入り口を二度見する。

「外ですか!?二日近くかけて進んだのに!?一瞬で!?なんで!?」

 シーラはコクリと頷く。

「祝福。便利」

 あまりの規格外さにビスカは頭を押さえて大きく息を吐く。


「……結果は後日お伝えします。この度はお疲れ様でした」

 ――個人的見解を添えるなら、S級相当。査定表には最後に一言、そう添えられていた。

 

 

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