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【元S級】スライムを、生で食べてはいけません。~死ねないおっさん治癒術士と味覚ゼロの最強少女、呪いと祝福の食卓記~  作者: 竜山三郎丸
味を知らない少女と死ねない男

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28話 見上げるほどの大空洞

 ――二泊三日の昇級試験は続く。

 俺たちは、下層を進んだ大きめの空洞を拠点として、マッピングをしながら探索を続ける。


 道行く俺たちにオオコウモリの群れが飛び掛かってきて、シーラの二刀が無慈悲にそれを撃墜する。シーラが好む基本装備は黒い片刃刀の二刀流だ。


「お前いくつ武器持ってんの?」

「さぁ?数えたことない」

 迫るオオコウモリを両断しながらシーラは首を傾げる。

「じゃあ後で数えて教えてくれよ」

「めんど。いやすぎる」

 シーラは苦々しい顔で答えた。


 俺たち三人はダンジョンをさらに奥へと進み、未踏破地域を進む。

「もうD級くらいにはなりましたかね?」

 ヘラヘラとビスカに問いかけると、冷たい視線を送られる。

「査定内容はお答えできません」

「ははは、っすよね」


 あんまり危険だったら撤退指示を出す、とビスカは言った。けれど、慢心で無くこの程度の敵で俺たちに危険が及ぶとは考えづらい。通常のダンジョン探索であれば、帰り道も考えて体力や魔力、食料の配分も意識しなければいけないところだが、俺たちはそうではない。シーラの【祝福】で瞬時に外に戻れるのだ。とはいえ、判断はしっかりしないといけない。


「シーラ、そろそろ戻るか」


 欲をかいてもしょうがない。元がF級、一つでも上がれば御の字だろう。

「ん?いやだけど。まだ行ける」

「いやだけど、じゃねぇよ。パーティリーダーとしての判断だ」

 少し強い口調でそう言うと、シーラはまだ不服そうに口を尖らせる。

「じゃあ次の空洞まで」


 

 干し肉を咥えてジッと俺を見るシーラ。俺は顎に手をやり少し考える。客観的に見てシーラの戦力なら問題はない。無駄に危険に身をさらす必要は無いが、安全なうちにどこが限界なのかは知る必要もある。そもそも、パーティリーダーの判断に異を唱えるのは確実に査定マイナスだよなぁ、と考えて俺はその考えの間違いに気が付く。


 おもむろに両手で強く頬を叩く。バチン、と大きな音が洞窟内に響き、シーラとビスカは俺に奇異の目を向けてくる。

「やば。急にどうかした」

「いや、査定の為にパーティ組んだわけじゃなかったな、と思って」

 俺が正直に答えるとシーラは干し肉をくわえたまま、腕を組み得意げに頷く。

「当たり前」

 奇人に奇異の目を向けられたのは心外だけど、まぁしょうがない。俺たち『三食おやつ付き』は、基本的に俺とシーラが互いに面白おかしくおいしく過ごす為のパーティだ。


「了解。じゃあ次の空洞探索していったん戻ろう。先に進むなら俺たちだけの時で」

「ん」


 そして、俺たち3人は先に進む。道中オオコウモリや小型のゴブリンが何匹か現れたが、当然シーラの敵ではない。やがて、俺は視線の先にほのかな光を見つける。


「待った」

 先行するシーラを制止する。

 探索が進んでいる中層あたりなら壁に魔導灯が付いている。未探索区域であるここにそれは考えられない。可能性は大きく三つか?①ヒカリゴケなどの自然発光物、②先に別のパーティが拠点化している、③守護者の間。

「奥に進む他のパーティって聞いてるか?」

 ビスカに問いかけると首を横に振る。

 

「いえ、私たちの出発まではいないはずです。ダンガロは基本的にC級以上のパーティは在籍していないので、踏破目的の方はいません」

「ふむ。シーラ、守護者の間の可能性はどうかな?」

 干し肉を咥える姿から時折忘れかけてしまうが、ソロでダンジョン三つを踏破した猛者。その見識は希少なものだ。

「こんな浅いとこには無いでしょ」

「だよなぁ」

 呆れ顔を浮かべるまでもない、と当然の様にシーラは答える。過去に『神戟』がダンジョンを踏破した時は三か月掛かった。それでもかなり早い方だと当時聞いた。こんな2~3日で簡単にダンジョンが踏破できるのなら、巷には【祝福】持ちがもっとウロウロしているはず。


「でもトールハンマーとかが飾られてた部屋とかは最初から明るかった」

「なるほど。貴重な意見サンキューな」

「ふふん、容易い」

 

 それなら現状一番可能性が高いのはそこか。申請を出さずにダンジョンに立ち入る『モグリ』の冒険者がいないこともないが、いたとして特に危険な訳でもないし、それはそれ。

「一応気をつけろよ」

 シーラの肩をポンと叩くと、一瞬間を置いて嫌そうに眉を寄せる。

「だからいらない」

 触った時に【再生(リジェネ)】を掛けたのがバレてまた嫌な顔をされる。

「わはは、信用してない訳じゃねーよ。お守りだって」


 小さくため息をついてシーラは先を進む。

「……おせっかいおじさん。ビスカ、書いといて」

「書いてどうすんの、それ」

 

 そして、俺たちは目の前の光に少しずつ近づいていく。次第に天井は低くなり、最後は屈んで入るような狭さになる。

「シーラ」

 先頭のシーラに声を掛ける。

「はいはい、気を付ける」

 俺の言葉を待たずにシーラは答える。正解。『気をつけろよ』と言おうとしました。


 シーラは天井の低い通路を一足先に抜ける。

「うわ」

 短いつぶやきが聞こえるが、切迫感のあるものではない。

「リューズ、早く。すごいから」

「すぐ行く。急がすな。おじさん中腰きついんだよ」

「治癒かけながら歩けばいい。いいから早く。見て」

 興奮した様子でシーラは俺を急かす。ビスカも釣られて少し急ぎ足で洞窟を進む。


 やっとの事で空洞へと至る。明るいその洞窟内で、俺はシーラの興奮の意味を知る。

「うわ、すげぇ……。なんだこれ」


 空洞の高さは教会の大聖堂くらいはあるだろうか?見上げれば首が痛くなるような、ダンジョンの中とは思えないように天井の高いその空洞はほのかな明かりを発し、目の前には俺たちの十倍はあろうかという大きさの巨大な騎士の石像が立っていた。

「ダンジョンって、……なんなんだろうな」

 いつの時代かはわからないが、人為的に作られただろう事は間違いない。自然に、偶然にこんなものができるとは到底思えない。


 シーラは巨人像の足元へと駆け寄ると、そこに置かれた何かを指さして得意げな声を上げる。

「リューズ。ほら、合ってた」

 そこには古びた宝飾のなされた一本の杖。まるで何かに捧げるかのようにそこに置かれていた。

「治癒士は杖使う?」

 周囲を警戒しながらシーラに近づく。

「……というか、嫌な予感しかしないんだが。予定通り戻ろうぜ」

「リューズも使えばいい」

「あ、こら」

 シーラはひょいと杖を手に取り、俺へと手渡してくる。


 ――それが合図だった。


 ズズズ、と空洞内に地鳴りがした。地震!?生き埋めの可能性を考え、瞬時にいくつかの可能性を模索するが、一番嫌な予感が当たる。目の前にそびえたつ、俺たちがはるか見上げる大きさの石像からパラパラと小石が落ちてきて、明らかに石像が動き出していたのだ。


「ゴヲォォォォォオオオオオァ」

 地鳴りのようなうめき声をあげながら、巨大な騎士を象った様な石造の目が赤く光る。

「倒して帰ろう」

 シーラは俺の服を引くと、ブンと後方に投げ飛ばす。

「気ィ付けろよ!」

 投げられながら両手のひらをパンと叩き合わせる。バカの一つ覚えのような再生魔法。


 クスリと笑いながらシーラは石像を蹴上がりながら高く飛ぶ。そして、両手を振りかぶると雷の迸りとともにそこに厳かな装飾の一本の大金槌が現れる。

「トールハンマー」

 曰く、『使うと疲れる』燃費の悪い武器。一撃必殺の破壊力を持つこの武器ならば、巨人像も一撃で粉々にできる――、はずだった。


 槌を取り出した瞬間、シーラは『しまった』とばかりに一度小さく口を開くが、そのまま槌を振り下ろす。


 槌を振り下ろしながらシーラは違和感を感じ眉を寄せる。その違和感の正体は遠目に見ている俺にも気づけた。神の雷にも例えられそうな稲妻の奔流は現れず、パリっと一度だけ小さく雷光を発しただけで、まるで燃料切れの様に輝きを失う。

 そしてハンマーは力なく騎士像の頭に触れる。瞬間、石像の手はハエを払うように凄まじい速度でシーラを弾き飛ばす。


 およそ人間が飛んだとは思えない速度でシーラは岩壁に叩きつけられる。

「シーラ!」

 まさか。一瞬で血の気が引く。そして、意識とは別に手は動き出している。高等治癒魔法【治癒結界(ヒールサークル)】。この空洞内全域に治癒魔法を施す。


「ごほっ、平気」

 崩れた岩壁の中からシーラが姿を現す。トレードマークの黒い衣服はボロボロになり、頭から流れた血が顔を伝う。


 シーラはチラリと俺を見てぼそりと『困った』と呟いた。――その言葉の意味を俺が知るのはもう少し先のことになる。

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