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【元S級】スライムを、生で食べてはいけません。~死ねないおっさん治癒術士と味覚ゼロの最強少女、呪いと祝福の食卓記~  作者: 竜山三郎丸
味を知らない少女と死ねない男

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27話 オーク肉のステーキとおいしくなる魔法

 ――ロックゴーレム戦を終えて一旦小休止。


 さほど広い空間ではないけれど、前後の見通しが良い事もあり、このままここを一時的な拠点にする。

「いったん休憩。シーラ、付近に魔物の気配は?」

「多分、平気。見てくる?」

「いや、いい。疲れただろ。座って待ってな」

「ん」

 コクリと頷いてシーラは手頃な岩に寝そべる。

 

 さて、今度は俺の仕事。食事の準備をしよう。あんだけすごい武器使ったらやっぱり疲れるよな。武器自体に魔力や魔法が宿っている魔導具ってのもあるけど、実際にシーラは『疲れた』と言ったのだから。と、なると献立の候補はぱっと作れて疲れが取れるもの。そして、大事なのは今まで食べた料理と被らないこと。シーラからのリクエストでない限り、できる限り違ったものを食べさせてやりたいと思う。


 と、考えて意外にまだ食べさせた事のない即席料理を思いつく。ちょうど材料も寝かしてある。実際の疲労回復に効果があるかはわからないけれど、気持ちはかなり揚がるはず。


 少しにやけながら、髪をバンダナでまとめて、腕まくりをしてバンドで留める。さぁ、準備開始だ。


 火力が大事なので、大きめの炎魔石を置き、その上に鉄板を乗せ、熱々に熱する。メニューは『獲れたてオーク肉のステーキ』。そう、細かいことを抜きにすれば、ただ肉を上手く焼いて塩コショウを振る超絶シンプルで根源的な料理だ。


 付け合わせは何にしようか。ステーキの付け合わせと言ったらポテトとコーンと相場が決まっている。ステーキ初体験のシーラには最初はやはり王道で行きたいところ。それに加えて、魔力を回復させる効果のある『月光草』のスープも作ろう。


 俺の調理をビスカは物珍しそうに眺める。


「ダンジョン内で随分本格的に作るんですね」

「パーティの理念なもんでね。三食おやつ付き」

 スープを作りながら笑って答えると、ビスカも柔らかく微笑む。

「それは素敵な理念だと思います」


 スープは無難にコンソメ味。乾燥させた顆粒を溶かすだけだからお手軽簡単に本格味が楽しめる。レストラン修行で料理長直伝、味は確かだ。

「ねぇ、その草知ってる」

 仰向けに寝転がりながらシーラはそう言う。

「月光草。魔力回復に効果があるから、冒険者にはなじみが深いかもな。ポーションの原料に使ったりもするし」

 俺が一般論を答えると、シーラは興味深げに身体を起こし、すんすんとスープの香りを楽しむ。

「じゃなくて。お母さんがよく食べさせてくれた」

「へぇ」

 シーラは亡き母を思い出すように、頬杖を突きながら微笑んだ。

「どんな味がするんだろ。楽しみ」


 ズシリ、と重たいプレッシャーがおじさんの両肩にのしかかる。死んだお母さんが作ってくれた思い出の料理の答え合わせの形になってしまう訳だ。

「さ、参考までに、お母さんは月光草をどんな料理にしてくれたのかな~?」

「普通にスープとかサラダだけど」

 なるほど、わからん。そもそも味がわからないんだから、近づけようもないのか。とすれば、俺のやるべきことは変わらない。俺が最高においしいと思う料理を作るだけだ。


「よし、もうできるぞ」

「早っ。まさかスープだけなんて言わないと思うけど」

 頬杖を突いたまま、挑発的な物言いをしてくるシーラさん。俺もニヤリと挑発的な笑みで答える。


「もちろん。今日のメインディッシュは、オーク肉のステーキでございます」

 それを聞いてシーラは腰を上げ、いそいそと鉄板に近づいてくる。

「ステーキ。知ってる。靴食べてるみたいなやつ」

「……原料は近いけどさぁ」

「近いですか?」

 肉と皮。似て非なるもの。


 収納魔石を開いて下ごしらえを終えた肉を取り出す。筋切りをして、平らな岩の上に広げてハンマーでリズミカルに叩く。

「リューズ、食べ物はおもちゃじゃない」

「知ってる。今肉を柔らかくしてんの」

「へぇ」


 約4時間ほど前に倒したオークの肉。煮込みであれば構わないのだが、本来このくらいの時間の肉は最もステーキにはそぐわない。生き物は死後筋肉が硬直して硬くなる。そんなものシーラが人生で初めて味わうステーキには相応しくない。


 で、思った。シーラ直伝発想の転換。筋肉が硬直して硬くなるのなら柔らかくすればいい。俺は肉を触り、目を閉じる。治癒魔法は本来生きているものにしか使えない。だからこれは治癒ではない。筋肉の硬直を和らげる。できるかな?と思って試したら出来てしまった。もしかしたら、魔法ってもっと自由なものなのかもしれない。


「今なにした?」

「ん?おいしくなる魔法」

「へぇ」


 そして、お待ちかね。いよいよ肉を焼く。シンプルでいて、ここが一番腕の見せ所。

 オークから取った脂を鉄板にひく。溶けた脂は鉄板の上でゆらりと揺らめく。それを確認したら肉を投入。ジューーーッ!と食欲をそそる音が洞窟内に響くと同時に香ばしい香りの煙がまっすぐに立ち上がる。

 俺はジッと肉を見つめ、焼き加減を確かめる。ここで何度も触るなんてのは素人もいいところ。ここに関しては秒数とかではない。完璧な焼き色がつくタイミングを目と耳と鼻で確かめるしかない。


 ここ!と、タイミングみて肉をひっくり返す。すると、肉の表面は目で味覚を強烈に刺激する魅惑的な焼き色が付いていた。まずは成功。

「おぉ」

 隣にしゃがむシーラから感嘆の声が漏れ聞こえてくる。申し訳ないが、今シーラの顔を見ることはできない。強火の焼き色付けは瞬間が命。


 再びタイミングで肉を上げ、鉄板の弱火ゾーンへと移動させる。あとはじっくり弱火で内部に熱を通す。


 次いで強火ゾーンでバターを溶かし、ハーブと月光草を刻んだものを熱する。肉汁とバターの脂とハーブの香りが絶妙に混ざり合い、溶け合う。この脂をすくい、低温で焼く肉へとかける。脂のうまみとハーブの香りが、肉へとじっくりと移っていく。


 ――シーラは、真剣な表情で肉に脂をかけるリューズの横顔をチラリとみてクスリと微笑む。


「焼き加減どうする?」

 シーラは期待満面に口元を上げる。

「お任せ。一番おいしいやつ」

「ふむ、ミディアムレアにしておくか……」

 

 ビスカは採点板に何やら記載している様子。とにかくまずはシーラのステーキを完成させないとな。


 一般的な豚はしっかり火を通さないと寄生虫やらの感染リスクがある。だが、体温の高いオークにはその可能性は極めて低い。


 肉の真ん中を指で触れる。ここでおじさん豆知識、指でオーケーサインを作ったときの親指の付け根の硬さがレア、中指で作った場合はミディアムレア、薬指はミディアム、小指はウェルダンと言うのが焼き加減の目安。


「よし」


 俺はステーキを鉄板から上げて皿に載せる。付け合わせはマッシュポテトとバターコーン。


「もういい?」

「まだ。少し休ませてから」

 それがツボだったようでシーラはクスクスと笑う。

「あは、肉も休むかぁ」


 味付けはシンプルな塩コショウ。休ませて肉汁が下りた肉をナイフで切って完成。


「お待たせしました。オーク肉のステーキと、月光草のスープでございます」

「涎が出そう」

 皿を目の前に運ぶと、シーラの率直な感想が聞こえてつい笑ってしまう。

「出すな」


 フォークとナイフを用意して、カップにスープをよそう。


「いただきます」


 シーラのフォークは迷わずステーキの真ん中の一切れを指す。きれいに焦げ目のついた表面と、生命を感じさせるミディアムレアの赤身。シーラはフォークに刺したステーキを少しの間眺め、やがて口へと運ぶ。俺も、ビスカも夢中でシーラが食べる姿を眺めていた。


 大きな一口で、ステーキ一切れを一口で食べる。――一口噛むと、じゅわっと旨みと肉汁が口いっぱいに広がる。

 瞬間、シーラは目を見開いてリューズを見ると、口に肉が入ったまま声を上げる。

「おいっ……しい!」

 その言葉が聞けただけでおじさん大満足。

「そりゃよかった。ゆっくり食えよ」

「おいしい。おいしい。すごくおいしい」

 シーラはリズミカルに、歌うように何度もそう言いながら一切れ、もう一切れとステーキを食べる。そして、何度目かのおいしいを言った後で、不意に困り顔で、申し訳なさそうに俺を見る。

「ごめん。私あんまり言葉を知らないから、おいしいしか言えなくて」


 反対に俺は笑ってしまう。

「ふは、なんだそりゃ。気にすんな、最大の賛辞だろうが」

「ならいい。おいしい。オークが絶滅しないか心配」

「食いつくす気かよ」


 やがて、当然のように『おかわり』とリクエストが入ったので、シーラとビスカ二人分のステーキを焼く。ビスカは『お気遣いなく』と言ったが、食卓なんてのはみんなで囲んだ方が楽しいしおいしいに決まっているから却下である。


 シーラは基本同じ料理から食べていく。まずステーキを食べて、付け合わせを食べて、そしてスープに至る。


 両手でスープカップを手に持ち、懐かしむようにその香りをかぐ。

「おいしそう」

 独り言の様にそう呟いて、カップに口をつける。『熱いぞ』という間もなく、シーラはゴク、ゴク、とスープを飲む。それは決して熱いスープの飲み方ではない。

 数秒後、カップから顔を上げると、息継ぎをするようにぷはぁと天を仰いで息を吐く。

「こんなにおいしかったんだ、お母さんのスープ」


「水を差すようで悪いけど、味付けとか全然違うだろ。同じ月光草を使ってるってだけで――」

 俺の言葉を遮るように、シーラは首を横に振る。

「ううん、これでいい。これがお母さんのスープの味」


 そう言って、シーラは普通の少女の様に笑った。

 

 

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