25話 S級への第一歩
――二週間の謹慎期間を終え、『三食おやつ付き』は再びダンジョンに潜る。F級からS級を目指す戦いの始まりだ。
「それでは、僭越ながら私ビスカ・トリスカが査定官を務めさせていただきます。査定日程は二泊三日、どうぞよろしくお願いします」
ギルド受付嬢であるビスカは制服の上に軽鎧を着たいで立ちで、改めて俺とシーラに挨拶をして頭を下げた。その手には幾つか魔石がついた大振りの槍が持たれている。
「よろしくお願いしまっす」
「ん」
シーラも短く挨拶をする。それを挨拶と呼んでいいかは置いておく。
パーティ及び冒険者の昇級には幾つかの方法がある。まず①一番スタンダードなやり方。ギルドで任務を達成させていき、規定のポイントに達成すれば昇級。ほとんどの冒険者とパーティはこの方法で昇級する。次に、②特別な功績に基づき、各所からの推薦をもってギルドが等級を認定する。過去に『神戟』が『奈落噴出』を抑え、ダンジョンを踏破した時がこれである。
そして③ギルド員が必要と判断した場合、その活動に帯同して等級の判断を下す。これは良いことばかりではない。例えば他人に任務をこなさせて等級を上げた疑いがある場合など、その目で正確に公正にその能力と適正を判断する方法である。判断できる等級はそのギルド員の等級までの範囲である。
「私はC級冒険者相当とされていますので、今回の査定で最大C級まで上がる可能性はあります。あくまで可能性の話ですが」
「お、まじで」
最大でF級から一足飛びでのC級。俺が喜びの声を上げる傍で、シーラはあきれ顔で『C級か』と不満げに呟く。
「なにかご不満ですか?」
「ん?めんどいなって」
「……そりゃお前から見たらそうだろうよ」
俺が白い目を向けるのも気にせずに、シーラは先頭でダンジョンを進む。
「私が査定するのは単純な戦闘力だけではありません。あくまでも今回は『パーティ』としての査定です。シルヴァリアさんだけが強くても、それは直接パーティの評価にはつながりませんので悪しからず」
「めんど」
普段通りのキッチリとした物言いでビスカは宣告して、シーラもいつも通り短く不満を述べる。講義の時の神戟推しっぷりとは打って変わって公私混同のかけらもない凛とした仕事への姿勢にはとても好感が持てる。
「絶対ケガさせないで帰すから安心してくださいよ、わはは」
俺が軽くヘラヘラと笑うと、それを引き金にした様にビスカは真剣な面持ちで口元を手で隠す。
「……え、待って。もしかして、『神癒』を受けるチャンス?人生でこんな僥倖ある!?」
「あれ、スイッチ入っちゃった」
ダンジョンの上層はほとんど魔物は現れない。採集や研究を目的としない場合は、地図に従って下層までまっすぐに進んでいく。このダンジョンは中層まではかなり整備も進んでいて、壁面には魔導灯や魔除けのお香が設置されているのでほぼ安全に進むことができる。あくまで『ほぼ』。ダンジョンに絶対は無い。
先を進むごとに空気がヒヤリと冷えていくのを感じ、明かりも減ってきて視線の先は闇が増える。
何も言わず、俺たち三人の頭上に仄かな光の球が浮かぶ。シーラだ。
「さんきゅー」
「ん」
礼を言うと、また短く返事が返ってくる。
「シーラ、一応言っておくぞ。戦闘になっても必要以上にこっちは気にしなくていい。こっちが合わせる」
「ん、了解」
俺たち三人は下層を進む。
「あぁ、そうだ。黒い毛に覆われたでかい梟って目撃情報あります?こないだシーラが倒したんすけど」
俺の問いにビスカは首をひねる。
「黒い大きな梟?私の知る限り報告はあがっていませんね」
「っすよねぇ。俺も今まで見たことなかったから気になって」
やはりあれは新種ということか。ダンジョンは時折新しい種の魔物を生み出す。それがなぜなのか、どんな仕組みなのかはいまだわかっていない。
「近い、かな」
スン、と鼻を鳴らしてシーラが呟く。
「さすが」
シーラは両手に黒い片刃刀を持つ。
「オーク。9匹」
「了解」
俺たちのやり取りにビスカの表情も緊張を帯びる。
俺たち冒険者はダンジョン内では明かりを付ける。元々ダンジョン内で生きる魔物にはそれは必要ない。向こうからすればこっちの位置は丸見えなので、基本的にダンジョンでの戦闘は不意打ちから始まる事が多い。
だが、シーラに関してはその限りではない。視力だけでなく、耳や臭いでも遠くにいる相手が判別できる。おそらく一人で潜るのならば灯りすら不要なのだと思う。
「カウントお願いしまーっす」
「ん。2ぃ、」
「短っ」
「ゼロっ」
シーラの声と同時に前方からオークの鳴き声が聞こえる。ブタ系の外見を持つ大柄な二足歩行の獣人だ。
「ビッグボアとどっちがおいしいかな」
どこで手に入れたのか、みな一様に少しデザインの違う槍を持ち、鳴き声を上げてシーラを襲う。
さほど広くない洞窟内、シーラは迫りくるオークの槍を交わし、その首を刎ねる。まるで踊りでも踊るかのように、無駄のない動きは逆にスローモーションのように見えて、一振りに一匹ずつ、オーク達は確実にその生命を終えていった。
9匹のオークが息絶えるのは、会敵から1分も掛からなかっただろう。
初めてシーラの戦闘を見たビスカは槍を手にしながらぽかんと口を開けて光景に見入っていた。
「申し訳ないけど、このくらいの相手だと査定も難しいと思うよ。俺やることないから」
「な、なるほど」
と、俺がビスカに説明をすると、横たえるオークの一匹に腰を下ろしたシーラが不満げに口を開く。
「嘘。いつも【再生】するじゃん。いらないのに」
「そりゃお前、一応おじさんの流儀だよ。若いのに戦わせてんだから保険は打っとかないと」
「ビスカ、書いといて。おせっかいおじさん」
「書かねぇよ、そんなん」
「……神癒のリューズの、【再生】……?」
ビスカはまるで少女のようにキラキラした羨望のまなざしをシーラに向ける。
「ねぇ!どんなですか!?やはり天にも昇るような心地よさが!?」
「それ死んでない?」
シーラは少し考えると、無表情に俺を指さす。
「別に普通。やってもらったらいい」
「いいんですか!?」
「だからS級にして」
「無理いいやがる」
ビスカは何かを言いたそうにチラチラと俺の顔色を窺ってくる。……しょうがねえなぁ、ってのもなんだか偉そうだ。
「あ、あー……。その、なんだ?ほら、ビスカが怪我したら査定に響くよな?だから、もしよかったら……【再生】かけときたいんだが、どうだろうか」
「いいんですか!?」
「ま、まぁ。それじゃ――」
無詠唱で【再生】をかけようとすると、ビスカは俺に右手のひらを向けて制止する。
「あっ、待ってください!完全詠唱!完全詠唱の【再生】でお願いします!」
さすがのガチ勢である。
「うへぇ、了解。そんじゃ行きますぜ」
ビスカは赤い顔で、緊張の面持ちで、唇をきゅっと結んでコクリと頷く。
「はっ……、初めてなので……、優しくしてください」
ここだけ切り取られて広められたりしないよな?おじさんは事案には敏感に成らざるをえないんだよ。
「へいへい。『刻々逆巻く血潮の歯車、満ちよ、途切れぬ生命の奔流……』【再生】ぇ」
魔法ってのは別に対象に触れていなくても手を向けなくても扱える。意識の向け方の問題だから。ビスカの身体を一瞬ほのかな光が包む。
ビスカは恍惚の表情を浮かべる。
「あぁ……、これが何度も夢に見た……」
シーラは魔物の死体の上で腕と足を組んで座り、得意げにどや顔を決める。
「リューズは治癒魔法が得意。評価よろしく」
「本当にそれでいいのか?」




