23話 修行
――ギルド規則違反による資格停止、二週間。
この間は、報酬を伴う依頼の受託や、ダンジョンへの立ち入りが制限される。
俺とシーラのパーティ……『三食おやつ付き』は、F級からS級を目指す訳だが、それは二週間後の話になる。
「シーラ、俺今日用事あるから別行動な」
「は?やだけど」
いつも通り、俺の宿のテーブルでとる朝食。シーラに提案すると、秒で拒否される。今日の献立はふわふわフレンチトースト。ジョセフ・フレンチと言う人が考えたらしい、甘い卵液に浸したパンを焼く料理。バターを載せてシロップをかけると、匂いだけで一日の活力が湧いてきそうな気さえする。ちなみにシーラの感想は『あまい朝食もアリだね』だった。
「やだけど、じゃねぇよ」
「い・や・だ・け・ど」
一文字ずつ区切り、強調して伝えながら、シーラはフレンチトーストを手で掴み、『んぁ』と口を開ける。
「フォーク使えよ」
「いやだけど。余計なお世話」
まるで駄々っ子のように、俺の言葉にことごとく『いやだけど』を重ねてくるので、だんだん面白くなってしまう。
「初めて作ったけど、それどうだ?」
それを聞いてシーラは目を丸くする。
「へぇ。天才」
あまりにストレートな誉め言葉に、つい口元が緩んでしまう37歳。
「そ、そうかぁ?もう一枚食うか?」
「無論。出し惜しみはやめて」
皿にもう一枚フレンチトーストを載せてシロップをかける。シーラは満足げにその光景を眺めている。
「で、話戻るんだけど。今日用事あるから別行動な?あ、ほら。これ読んでろよ」
そう言って一冊の分厚い書物をシーラに差し出す。携帯性皆無の大判なそれは辞典のような様相を呈する。それを見た時点でシーラの眉間にしわが寄る。
「は?いやすぎる」
その反応も想定内。俺はニヤリと笑い、ページを捲る。すると、途端にシーラの目が輝きを取り戻し、ずいっと身を乗り出してくる。
「なにそれ」
その本はカラー図解入りの料理レシピ本。文字だけでなく香りまで届きそうな緻密な絵が添えられた逸品だ。
「いいだろ?なにか食べたいのあったらあとで教えてくれよ、作ってみるから」
「すごすぎる。ちょっと見せて」
「ちょっ……、汚い手で触んな。高いんだよ、これ」
シロップのついた左手を伸ばすシーラから本を引いて死守。
部屋に戻ると、シーラはさっそくベッドに寝転がり本を広げる。犬がしっぽを振るかのように、足をパタパタと動かしながら。一応断っておくと、ここは安宿の俺の部屋。下手に『自分の宿に戻れ』と言ってへそを曲げられても困るので、このまま放置しておくことにする。
「それじゃ、夕飯までには戻るから。昼ご飯とおやつは作ってあるから。ちゃんと分けて食えよ?まとめて食うなよ?」
「誰に向かって言ってる?」
「……そこの食い意地の張った黒姫様だよ」
「で、どこ行くの?」
身支度を整えてドアに向かう。
「ん?修行」
「へぇ。いってらっしゃい」
本から視線も上げずにシーラはそう答えた。でも、そんな言葉十何年ぶりに言われたおじさんは、思わず小躍りしそうになるくらい嬉しくなってしまう。しないけど。
――宿を出て、ダンガロの街の目抜き通り。
「失礼ですが、当店は冒険者お断りでございます」
目抜き通りに堂々と店を構えるのは、予約半年待ちであり、冒険者お断りの超高級レストラン『ル・リオン・エール』
俺は手持ちの服の中で一番身ぎれいなものを選んだつもりだったのだが、案内係の男性は一目で俺を冒険者と看破した。隠し切れないオーラがそうさせるのか。いや、冗談です。
「いや、あの。ちょっと料理長に用事があってですね……。取り次いでもらえたりしませんかね?」
「料理長に?」
案内係の若い男性は眉を寄せて怪訝な顔で俺を見る。そりゃそうだ。昔ならいざしらず、今の俺はシーラがいなければこんな格式高い店には入れない。シーラの名前を出せば取り次いでもらえる気もするが、それは何か違う気がする。
「言伝だけでいいので!チキンハートが来た、とだけ言ってもらえれば!お願いします!」
手を合わせ、案内係の彼に懇願する。彼は周囲に目を配った後で迷惑そうに一度頷く。
「……伝えるだけですよ?」
「ありがとうございまっす!」
それから待つこと三分ばかり。料理長は血相を変えて、息を切らせて店先へとやってきた。
「リューズ先生!わざわざお越しいただけたのですか!?言ってくださればどこへなりとも伺ったものを!」
「せ、先生……?」
俺と案内人の彼は互いに同じ言葉を呟き、料理長は案内人の彼へと俺を紹介する。
「そう!このリューズ先生は、私に料理の初心を思い出させてくれた大恩人だ。いいかい?以後先生のご尊顔を見たら速やかに店内へとお招きするように」
「はいっ!」
「……褒め殺しって言葉知ってます?」
料理長はニコニコと俺を店内へと招き入れる。
「さぁ、先生。立ち話もなんですので、どうぞ中へ。丁度良いワインが入ったのです、是非料理と合わせてお楽しみ下さい」
「いい……、ワイン?」
その言葉にピクリと食指が動いてしまう。
「えぇ、レイトレッド産の1391年。38年物です」
「マジすか」
普通に買えば一本数十万ジェンはくだらないビンテージワイン。うっかり気を抜くとよだれが出てしまいそうになる。だが、俺はグッと堪える。
「……っと。それはまたの機会と言う事で、今日は一つお願いがあって来た次第でして」
「お願いとは?」
考えれば無理で恥知らずなお願いなのはわかっている。何を勘違いしたのか俺を先生と呼んでくれる彼の好意に付け込んだお願いなのもわかっている。
「……俺に料理を教えてくれませんか?」
シーラは、彼の作ったビーフシチューよりも俺の作ったものの方がおいしいと言った。それは嬉しい。本当に嬉しい言葉だ。けれど、それはシーラが俺の作った料理しか味がしないからだ。一般的に考えて、絶対に料理長の作ったものの方がおいしいに決まっている。事実俺はそう思う。陳腐なたとえになるけれど、頬っぺたが落ちそうなくらいおいしかった。
だから、あいつにもそれを食べさせてやりたいと思う。おいしいと言ってくれているからと言って、現状に甘んじていい理由にはならない。
俺の言葉に料理長はニッと口元を上げ、腕を組んで頷く。
「もちろん、喜んで。その代わり、私はあなたから『料理の心』を教わります」
「それは教わるもんじゃないのでは?」
「なるほど、見て盗め……と」
料理長は一人納得した様子。そうして、資格停止期間を利用した俺の料理修行は始まった――。




