22話 神戟
当たり前のルール確認。『ギルドで刃物を出してはいけません』
先日の事件を受けて、我ら『三食おやつ付き』は当然の事ながら罰則を受ける事となる。罰則は二週間の資格停止と、8時間の座学講習である。もちろんパーティの連帯責任。
「リューズさん。いい歳してギルドで刃傷沙汰はお控えくださいね?こんなの適用されるのほとんど十代の子供ですよ?」
講師を務めるビスカは嫌味をチクチク俺に刺してくる。だが、その表情はいつもの冷たい呆れ顔では無く、ウキウキと嬉しそうに見える。
「……それはそうと。も、もう一回髪あげてみて下さいよ。私遠くてあんまり見えなかったんですから」
人差し指を立てながら気恥ずかしそうに訳のわからぬ頼み事をしてくるビスカさん。
「え、やだよ」
「リューズはカツラ」
「嘘でしょ!?」
「嘘だよ。何言ってんだ、シーラてめぇ」
ギルドの奥にある別室。窓も無く、本棚が壁を埋め尽くす講義室。部屋にいるのは俺とシーラとビスカだけ。シーラは俺が作ったレモネードをかき混ぜながら得意げに自説を展開する。
「前私に『地毛か?』って聞いてきた。つまりリューズは地毛じゃない」
「……なんだよ、その飛躍した論理は」
「ま、まぁ?触ればわかる事です。ちょっと失礼して……」
ゴホンと一度咳ばらいをしてからビスカは俺の髪に手を伸ばす。そして、髪をオールバックにするとうっとりと満足げに表情を弛ませる。それは昔の俺の髪型。あ、この人思ったより熱心な『神戟』ファンだ。
「……知ってると思うが、一応言っておくぞ?『神戟』のリューズは、もう死んだからな」
「それは……」
ごにょごにょと口ごもりながらも俺の髪をいじるのを止めないビスカさん。
「ねぇ、みんなすぐ言うけど『しんげき』ってなに?」
「はぁ!?」「えぇ!?」
ストローに口をつけながらシーラが首を傾げ、俺とビスカは同時に声を上げてシーラを見る。
「パーティなのはわかる。リューズがいたやつ?」
「お、おう……。自意識過剰かもしらんけど、知らないって言われると少しだけショックだな……」
考えてみれば、12年前シーラは5歳。知らなくてもしょうがないと言えばそうなんだけど……。
「いい質問です、シルヴァリアさん」
ビスカは赤いフチの眼鏡をついっと上げ、にっと唇を上げる。
「それを語るには、……とても8時間では足りませんが、そこまで知りたいと仰るのであれば!特別にご教示いたしましょう!『神戟』の全てを!」
ビスカは立ち上がると、黒板をバンと叩き熱を帯びた宣言を発した。
あまりの温度差にシーラもドン引きである。
「え、そこまではいい」
「講習は?」
「『神戟』には冒険者の全てが詰まっています!最高の教科書なんです!」
カツカツとリズミカルに黒板にチョークを躍らせながら、俺たちに視線もやらずにビスカは語る。
「『神戟』とは!遠くバルハードの町で生まれた四人の幼馴染たちで結成された伝説のパーティです!」
ビスカは何も見ずに、当事者の俺ですら忘れていたようなエピソードを交えてかつての俺たちを語った。チラリと隣に座るシーラを見ると、意外や意外熱心にビスカの講義に耳を傾けていた。
15歳でパーティを結成し、町を出る。そして三年後、当時最年少の18歳でA級パーティに昇進。その後、未発見だったダンジョンから魔物が溢れだし周囲の街々を襲った未曾有の事件・通称『奈落噴出』を単独パーティで抑え、その勢いのままダンジョンを踏破して、ついにパーティは頂点……S級に認定される。
「ここ、試験に出ますからね。1414年・奈落噴出、『いよいよ登場『神戟』だ』と覚えてください」
赤いチョークで何重にも丸で囲み、もはや字も読めない。
「い・よ・い・よ・と・う・じょ・う、と」
シーラは真剣に頷いて復唱する。根は真面目なシーラさん。
「ねぇ、ビスカ」
「先生、と呼んでください」
シーラは一瞬眉を寄せるが、『ねぇ、先生』と言い直して質問を続ける。
「誰が一番強い?『神戟』で」
「誰が」
今度はビスカが眉を寄せるターン。
「それは人気つよつよ、って事ですか?当時私の周りでは『城塞』のバルドが人気ありましたね。屈強な身体でパーティを守る姿はさながら難攻不落の城塞のごとし、それと反対にいつもは軽薄で社交的な笑顔のギャップが萌えるって友人は言っていました」
「や、そういうのじゃなくて」
シーラは困惑した様子でビスカを静止するが、エンジンの入ったビスカは止まらない。
「あ、私の話ですか?……本人を前にして少しお恥ずかしいのですが、私は『神癒』のリューズ無限永世天上天下唯我独尊い最強単推しですね。……彼の治癒魔法はいつだって私の心も癒してくれたのです」
「む、むげ……?」
シーラでさえも混乱させるビスカの熱意よ。目の前に本人がいるにも関わらず。
「いつもパーティの最後尾で仲間たちを『しょうがねぇなぁ』といった風に暖かい視線で見つめる姿」
「いや、それ気のせいだから」
手を振り否定するが、ビスカの妄想は止まらない。
「その熱い視線は前を歩く『千剣』のレオンに向けられて――」
「やめろ、気持ち悪い」
「ほら、見てください。S級昇格記念限定キーホルダー」
そう言ってビスカは自宅のカギにつけた古いキーホルダーをドヤ顔で見せてくる。それ公式?
「へぇ」
シーラもなぜか興味深々。
「ちょうだい」
「あげません」
シーラの質問の答えがそれたので、頬杖を突きつつ俺は口を開く。
「話戻すけど、四人の中ならレオンかな。レオンは剣士、我流の剣に強大な魔力を乗せた高速斬撃が得意だった。そこから『千剣』の異名が付いたんだ」
「私とどっちが強い?」
真面目な顔で、頬杖を突いた俺の顔を覗き込んで、シーラが問う。
言われてみて、俺の頭の中で二人が臨戦態勢を取る。が、戦いは始まらない。
「ん?シーラかな」
「ふふん」
得意げに鼻を鳴らすシーラ。だが、それに冷や水をかけるように俺は言葉を続ける。
「一対一、ならな。でも、『神戟』はパーティだ。俺が指揮して、バルドがお前を止めて、レオンとマリステラが剣と魔法で攻め立てる。多少攻撃を食らったとしても、即死で無ければ俺が即座に全回復させる。さすがのお前でも勝つのは無理だよ」
わざと挑発的に投げかけた言葉。でも、これはノスタルジーでも、慢心でも、醜い自尊心でもない。純然たる事実だ。
真っすぐ俺を見て言葉を待つシーラに向けて、俺もまっすぐに言葉を返す。
「勝てるとしたら、俺たち『三食おやつ付き』だけだ」
シーラはニッと口元を上げて不敵に笑う。
「だよね」
短く答えて立ち上がると、黒板の前に立つビスカの元に歩み寄る。
「ビスカ。『神戟』はどこで死んだ?」
『神戟』ファンとしては触れられたくない記憶だろう。ビスカは一瞬の躊躇いの後で口を開く。
「……かっ、神殺しの魔窟という超高難度ダンジョンです」
「そっか」
再び短く答えると、シーラは黒板に『神殺しの魔窟』と書く。初めてこいつの書く字を見たが、意外や意外かなり整ったきれいな字を書く。
そして、コトリと小さな音と共にチョークを置くと、その文字を左手でコンコンと叩く。
「じゃあ私たちはここをクリアする。リューズ、いいよね?」
それは、伝説への高らかな宣戦布告。若者の特権、とでも言うのか?俺を見るシーラの瞳があまりにまぶしく、一瞬目をそらしそうになる。
だが、俺はなんとか堪え、できるだけ余裕のあるようにニヤリと笑う。
「なら、またS級にならないとな」
「うん、なろ」
当然のようにシーラは頷いた。
この日、俺たちの目標が決まった。神殺しの魔窟をクリアして、伝説を――『神戟』を超えるのだ。




