21話 吠える負け犬
S級パーティ。それは、冒険者の頂点であるS級冒険者のみで構成されたパーティだ。圧倒的な戦闘力は前提条件として、存在するだけで人々に安心感又は畏怖を与える規格外の存在と言える。
当然、その数は多くない。現在S級パーティの数は世界全土でたったの5つ。そのうちの一つがシーラのソロパーティであることから、実質4個のS級パーティが存在する。
目指してなれるものではない。ほとんどの冒険者はB級にすら届かない。
そのS級パーティをもってしても、ダンジョンの踏破とは難関である。神話の時代からあるとされ、何のためにあるのかも分からない。単純な武力だけでは踏破できない。
それがダンジョンである――。
「S級パーティ『魔断』が神殺しの魔窟に挑戦するようですよ」
ギルドに赴くと、受付のビスカはそう言ってじっと俺の反応を見る。
「へぇ」
短くそう答えると、ビスカはあからさまに不快感を露わにして、呆れた顔で言葉を続ける。
「他に言うことはありませんか?」
ビスカはじっと俺を睥睨して問いかけるが、俺はそれを躱すようにヘラヘラと答える。
「や、別に。S級パーティ様にFラン如きがあるわけ無いでしょ」
神殺しの魔窟。挑戦すら禁じられた七つの超高難度ダンジョン『深淵の七獄』の一つ。――かつて、リューズがリーダーを務めたS級パーティ『神戟』が挑み、敗れた魔境。
「そうですか。……相変わらず向上心の低い事で何よりですね」
手厳しく嫌味を言うビスカが何を言いたいのか、本当は分かっている。分かってるけどさ。俺がそれを口にしていいのか?って。いいわけないよな、って。それこそシーラを利用するだけなんじゃないかって思ってしまう訳だ。
「リューズ」
呼ばれて振り返ると、シーラは眉を寄せて困惑した様子だった。
「あ、あぁ。悪いシーラ。腹減ったのか?」
問いかけるが、シーラは眉を寄せたまま腕を組み、首を捻る。
「減ってない。ないんだけど、なんだろう。なんかこの辺がモヤモヤする」
そう言ってお腹のあたりをさすって見せる。
「胃もたれか?」
「多分、そういうんじゃない」
何か手頃な依頼でもないか、と掲示板を眺める。シーラは大体いつも俺の少し後ろにいる。シーラを恐れてか、以前のように絡んでくる様な荒くれものはいなくなった。だけど、ヒソヒソと陰口を叩かれるのは相変わらず。もうそんなものも慣れっこなので、鳥のさえずり程にも感じない。
『仲間見殺しの次は女にコバンザメだとよ』
『やだやだ、プライドってもんがないのかねぇ』
「リューズ」
シーラが俺の服を引く。
「どうした?」
やはり眉を寄せ、困り顔をしている。
「やっぱり具合でも悪いのか?ちょっと待ってろ、治癒で治せるものなら――」
俺の言葉を遮ってシーラは訝し気に眉を寄せながら言葉を続ける。
「コバンザメってなに?もしかして、……あいつら、リューズを馬鹿にしてる?」
「え、いや」
引きつり笑いで言葉を選ぼうとしたが、シーラにはそれで伝わってしまう。
「……意味わかんないんだけど」
そう呟くと、シーラは止めようと伸ばした俺の手をスルリとすり抜ける。視線はまっすぐに陰口を放った冒険者を捉えている。
「……なんで?なんでリューズばっかりそんな事言われなきゃいけないの?……『おいしい』をくれたのに、いっぱい心配してくれるのに」
独り言の様に早口でそう呟くと、しなやかに伸ばした左手には例のごとく召喚術の様に漆黒の片刃刀が現れる。
「殺さないから。リューズが治して」
いつも通り荒くれものたちの喧騒に包まれるギルド内は、これから間もなく起こるだろう惨事に気付かず賑やかにざわめく。ただ、俺一人が必死にシーラを止める。
「馬鹿野郎っ!何言ってんだお前、そんなの許されるわけないだろ!」
何とか肩を掴み止め、つい声を荒げてしまう。ギルド内で武器を出すのはご法度。いくらシーラとは言え、そう何度も許されるものではないし、そもそもそういう問題ではない。――だが、シーラの反応は全く予想外のものだった。
シーラは振り向くと、感情を露わにして、嚙みつかんばかりの形相で男達を指差し、俺に向かって声を上げる。
「じゃあなんであいつらは許されんの!?意味わかんないんだけど!なんでリューズは馬鹿にされんの!?」
思いっきり右足で床を踏みつけると、まるで地震の様な地鳴りに石造りの建物が揺れ、床は魔物の足跡のように大きく凹む。
「声ならいいってこと?わかった。じゃあ声にするから。それならいいんでしょ!?」
真面目な顔でそう言うと、刀を消して大きく息を吸い込む。ダンジョンでシーラが放った大声を思い出す。この狭い建物内で、あれより大きな声を出せるとしたら――。
「ダメだ、止めろ!」
とっさにシーラの口を両手で塞ぐ。
「はなせ!なんで止めるの!?」
「止めるに決まってんだろ!自分がバカにされた訳でも無いのに簡単に武器をだすんじゃねぇ!」
「大事なものを馬鹿にされてもダメなの!?じゃあ、……どうしたらいいのか教えてよ!どうしたらいいのかわかんないの!」
怒りに目を潤ませて、ふーっふーっと獣の様に息を荒げながらシーラは俺を睨んでそう言った。
ビリビリ、と空気が震え、それ以上にその一言は俺の心を震わせ、奮わせた。あぁ、そうだ。俺はいつしか後ろ指を指される事に慣れすぎてしまっていた。俺でなく、レオンを、バルドを、マリステラを、シーラを馬鹿にされたとしたら?
そんなの答えは決まっている。
俺はシーラの頭にポンと手を置きひとなですると、申し訳なさそうに笑いかける。
「そうだな、悪かった。じゃあおじさんが答えを教えてやる」
いまだ俺を睨むシーラ。俺は大きく息を吐くと手近な水で手を濡らし、両手で髪をかきあげる。
そして、ゆっくりと『コバンザメ』発言をした二人へと近付いていく。
「よう」
いつの間にか顔にへばり付いていた媚びた笑いを無理やり剥ぎ取り、テーブルに左手を置いて二人を見下ろす。
「な、なんだテメェ。ヤんのか、コラ」
「Fラン野郎が!」
所詮陰口しか言えぬランクの冒険者。堂々と声を掛けた俺に若干の尻込みをしているのが見て取れる。
「ん?俺の事知らないみたいだから、教えてやろうと思ってな」
「あぁ?『元・神戟』がそんなに偉い――」
「違うね」
言葉を遮り、余裕のある薄笑みを浮かべつつ、腰に下げたナイフを右手で抜きクルリと回す。魔導灯の暖色の光がナイフの刃に煌めく。そして、一直線。ナイフはテーブルへ――、鈍い音を立て、力任せに振り下ろしたナイフは、俺の左手の甲を貫いてテーブルに刺さる。
男たちも、周囲も凍り付いたように静まり返る。赤い血がテーブルをジワリと湿らせる。
ナイフを抜くと同時に、左手をほのかな光が包み、血に濡れた左手の傷はもう塞がっていた。俺は血に濡れたその左手で男の頭をポンと叩き、ニコリと微笑む。
「『三食おやつ付き』のリューズだ。二度と忘れるな」
唖然とした男は、額に血を滴らせたまま、無言で何度か頷いた。
振り返ると、シーラがどことなく満足そうに見えた。
「リューズ」
面と向かって『大事』と言われた手前、少し気恥ずかしい37歳。
「おう、なんだ?」
シーラは壁に貼られたギルド規則を指さす。
「刃物出すのはダメ。罰則がある」
「……おっ、お前に言われたくはねぇんだよぉ」
12年振りに吠えた負け犬の遠吠え、どこまでも高らかに響け。




