20話 再会
――結局、お刺身はほとんどシーラが食べてしまった。
「あれはなに辛?ツン辛?」
俺とシーラの朝市散歩は続く。
「ツン辛?あぁ、ツーンとする辛さって事か?そうは言わないな」
そう答えると、シーラは納得できない様子で俺の服を引く。
「それはおかしい。ピリ辛があるんだからツン辛もあるべき」
「俺に言うなよ」
文句を言いながらも、シーラは満足そうに言葉を続ける。
「でも何もつけないよりつけた方がおいしかった。やっぱりワサビ醤油が最高だった」
「大人っすなぁ」
「まぁね」
「あっ、いやがった!」
後方から、爽やかな朝を切り裂くような大声が聞こえる。振り返ると、そこにはボロボロに汚れた格好で眠そうな顔をした若きC級冒険者――ダルトンと、そのパーティメンバーであるナインとエイラの二人がいた。
「おう、おはよう。奇遇だな、こんなところで会うなんて」
手を挙げて爽やかに挨拶をすると、それが気に入らなかった様子でダルトンはチッと舌打ちをする。
「朝っぱらからウロチョロしてんじゃねぇよ、おっさん」
「リューズさん、おはようございますっ」
エイラは眠そうな顔ながら、にっこりとおじさんに笑いかけてくれる。
「おはようさん」
三人とも汚れた服と乱れた髪。どう考えても今起きた、と言う訳ではなさそうだ。
「……もしかして、ダンジョン帰り?」
問いかけると、ナインは眠そうな瞳で柔らかく笑い、頷いた。
「そんなところです。先日リューズさんに言われた様に、連携を意識して無茶をせず、絶対に戻る訓練を」
ナインの言葉を受けて、エイラが元気に手を挙げる。
「私!リューズさん、私が指揮してるんです!……と言っても、全体の状況判断と進退を決めるだけで、まだ勉強中ですけど……」
それを聞いて我が事のように嬉しくなる。若者が成長する瞬間を見るのは、傍から見ているおっさんの醍醐味だな。その時は夢中で気づきもしないんだから。
「それでいいと思うぞ。まぁ、俺ごときが偉そうに言える事はないけど、前衛は目の前の敵に手いっぱいでその判断が難しい時が多いからな。俯瞰で見られる後衛が指揮した方が絶対いい。状況判断、情報分析、……仲間の回復に補助に攻撃。命を一段後ろに置かせてもらっている分、後衛は忙しいぞ?」
俺なんかの言葉をエイラは眠そうながらもキラキラと輝いた目で聞いて、力強く頷いてくれる。
「はいっ!頑張ります!」
素直ないい子だなぁ。翡翠色の緩く波打った髪をした神聖術士。翡翠色は、水と光属性が得意な感じか。ちなみに、治癒士と神聖術士は同じ治癒系の職業ではあるが、神聖術士は教会由来の職業でもあり、光属性寄りの攻撃魔法も扱える割にレアな職業である。
「わっ、私!絶対にS級に上がって、……師匠はリューズさんだっていいますから」
「そりゃ大げさだろ」
とは言え、そんな風に言われて悪い気はしない。
シーラはエイラ達とのやり取りには一切興味がない様子で、おやつ替わりに俺が作った炒り豆をポリポリと食べている。朝から食べてばっかりだな。
「おっさん」
ダルトンはぶっきらぼうに俺を呼び、振り返ると手には古びた鍋を持っていた。
「ほらよ」
「俺の、……鍋ちゃん?」
まさか、もう二度と出会えないとすら思っていた再会に、思わず手が震える。
「もしかして、……わざわざ探してくれたのか!?」
ダルトンは露骨に嫌そうな顔をして俺から距離を取り、鍋ちゃんを俺に押し付ける。
「んな訳あるか。ダンジョン潜ってたらたまたま見つけたんだよ」
視界の端でエイラとナインがなにやら楽しそうにヒソヒソと話をしている。
「大事なもんなんだろ?忘れんじゃねぇよ」
受け取った鍋はズシリと重い。5人分くらいの食事をまとめて作れる、少し大きめで、20年ほど前に奮発して少し高級なものを買ったのだ。
「……そうだな。こいつを使って皆でよく飯を食ったんだよ」
俺と、レオンと、バルドと、マリステラ。10代の頃から、別れるまでずっとこの鍋を囲んで食事をしたな。底の凹みに手が触れたときに、レオンと大喧嘩した時の事を思い出した。
「そんなのほとんど文化財――」
ダルトンは言いかけて言葉を止めると、腕を組んで威圧的に俺を見る。橙色の髪をした大柄な青年。
「とにかく!これで貸し借りは無しだ!」
「ダルトン、お前……」
感動に胸を震わせ、俺は両手で鍋を持ち目の前の若者を見る。
「きも。たかが鍋じゃん。もういい?」
豆を食べながらシーラが冷たい瞳で水を差す。
「はぁ!?」
と、俺とダルトンの声が合う。チラリとダルトンを見ると、まるであっち向いてホイでもしているかのように、高速で顔を背けてくる。
「お前話聞いてたのか!?この鍋は……鍋ちゃんはなぁ――」
「まず、鍋『ちゃん』がキモイね。1キモ」
シーラはなぜか豆を一粒俺にくれる。
「やかましい!この鍋はなぁ、俺たちがまだE級だった時に買った鍋でなぁ」
「やば、全部覚えてんの?2キモ」
キモ、と言う毎にシーラは俺の手に豆を置いてくる。こいつに感情で訴えるのは無意味。ならば、攻め方を変えよう。
「ぐっ、……それに!この鍋は長年使い込まれた事で熱伝導が大変よく!どんな料理もおいしくなるまさに魔法の鍋なんだよ!」
「へぇ」
豆を持ったシーラの手がピタリと止まる。好機。ここで畳みかける。
「ほら!お前も食べただろ!?ミノタウロスのビーフシチュー!あれだってこの鍋の力があってこそ!」
「それは間違い」
シーラは短く呟くと、指折り数える。
「餃子、スイートポテト、ベーコンエッグ、サンドウィッチ。鍋使わなくても全部おいしい。だから、間違い。それはリューズの力」
「……お前」
ナインは俺とシーラのやり取りを眺めてほほ笑むと、ほかの二人に声をかける。
「僕たちも鍋買おうか。……20年後も、語り継がれる伝説の鍋を」
「うんっ」「おう」
シーラはまるで理解できない様子で首を捻る。
「みんななんでそんなに鍋にこだわる」
――10年後、S級パーティ『満月の夜』の活躍は、一つの鍋と共に語られることになるのだが、それはまた別の話。




