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【元S級】スライムを、生で食べてはいけません。~死ねないおっさん治癒術士と味覚ゼロの最強少女、呪いと祝福の食卓記~  作者: 竜山三郎丸
味を知らない少女と死ねない男

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19話 F級冒険者の日常

 ――F級冒険者の朝は早い。


 ダンガロの街の目抜き通りから外れた安宿。そこがこの街での俺の常宿だ。素泊まりで一泊3000ジェン。ひと月分前払いすると、70000ジェンに割り引いてくれるので助かっている。かれこれ一年以上この宿に滞在しているので、隙間風も隣の部屋の物音すらもどこか愛おしい。


「朝だよ。ごはんだよ」


 今日も枕元で時報のように正確にシーラの声が聞こえ、俺の朝が始まる。おかみさんから借りている俺の部屋の合鍵を使って部屋に侵入してくるのだ。


「ふわぁあ、おはようさん。今何時?」

「知らない」

 時計を見ると、朝の6時18分。もう少し詳しく言えば、昨日も、その前も、シーラは6時18分に俺を起こしに来る。そもそもシーラに時間と言う概念があるのかどうかも怪しい。体内時計だけで生活していそうな雰囲気すら感じる。


「お前時計とか持ってんの?」

「ご・は・ん」


 会話が成り立たないので、顔を洗って手洗いに向かう。当然ながら洗面台もトイレも部屋にはなく、共用だ。その間もシーラは鳥の雛の様に俺の後ろをついて歩く。そのあとはようやくお待ちかねの朝ごはん。おかみさんの計らいで、厨房を借りられるので、毎朝そこでシーラの食事を作るのだ。


 もう何食もシーラの食事を作ってきて、『俺が手を加える』事の線引きが段々わかってきた。


 ・生地からパンを焼く→〇

 ・買ったパンをトーストにする→〇

 ・買ったパンを切る→〇

 とにかく、俺が何かひと手間を掛けると味が感じられるのだ。原理も何もわからない。けれど、今のところそれが分かっている事実。


 今日の朝食はサンドウィッチにする。かつて砂の(サンド)魔女(ウィッチ)が考案したとされる研究しながら片手間で食べられる効率食。パンに色々なものを挟むだけ。それだけにバリエーションも無限大だ。

「いただきます」

 一階にある食堂で、テーブルを借りて朝食をとる。シーラの朝食はサンドウィッチとバナナミルク。牛乳はさすがに一から作りようが無いが、何かと混ぜるか温めると味がする様子。サンドウィッチの具はシーラの好きな卵をスクランブルエッグにしてレタスと挟んだものと、先日初任務で倒したイノシシの肉を薄切りにして焼いたものを挟んだもの。


「私卵好き」

「前もそれ言ってたな。どの卵が好きなんだ?」

 目玉焼き、卵焼き、スクランブルエッグ。ゆで卵はまだ作った事なかったっけか。

「ニワトリ?他はまだ味知らないから」

 料理名を聞いたつもりだったんだけど、まぁいいか。

「つーか、その口ぶりだと食べた事自体はあるように聞こえるな」

「うん。あれば大体は。オオサソリの卵、コカトリスの卵、エッグミミック、とにかくたくさん。卵は栄養ある、って聞いてたから」

「……ま、まぁそれ自体は間違ってはいないな。好きな卵の種類じゃなくて、好きな卵料理を聞いたつもりなんだが」

 サンドウィッチを片手に、『あ、そっち?』とシーラは頷く。

「全部。順番意味なくない?全部おいしい」

「そりゃ光栄でございますよ、黒姫様。まだまだ色んな卵料理あるから今後もお楽しみに」

「ふは、まだあんだ」

 シーラはサンドウィッチを口いっぱいに頬張りながら楽しそうに呟く。食べ物を食べながら、次の食べ物を想像して笑う黒姫様。


 朝食を終えると宿を出る。シーラは相変わらず俺のそばを着いて歩く。

「一応伝えとくけどさ、任務受ける時以外は四六時中一緒にいなくてもいいんだぞ?」

「私の勝手」

「……まぁ、別にいいけどさ」

「何するの?」

「散歩」

 

 朝食を終えると、朝日の差す街をブラブラと歩く。

「へぇ、つまんなそ」

「勝手についてきといてひどい言いぐさだな……。爽やかな朝日、鳥のさえずり、心が洗われるだろうが」


『うゎ、朝から生き恥見ちまったよ』

『最悪』


 道行く人が俺を見てヒソヒソと陰口をたたく。あのさ、意外と本人には伝わってるからね、それ。


「心、洗われた?」

 シーラは不思議そうな顔で俺の顔を覗き込んで問う。

「ま、まぁね。あ、そうだ。せっかくだし朝市(あさいち)でも行ってみるか」

朝一(あさいち)。何かの隠語?」

「違ぇよ。朝の市場。いろんな獲れたて食材が売ってて面白いぞ」

 それを聞いてシーラは俄然乗り気になって鼻息を荒くする。

「早く言ってよ。行くに決まってる」


 散歩コースを変更、朝市へと向かう。日が昇る前から開いている朝市は、他のお店が開く前には閉まってしまう。なので、この時間からだと割に遅い時間だ。それでも、市場は独特の賑わいを見せる。


「はいらっしゃい、らっしゃい!野菜安い、野菜安いよ!」

「獲れたて直送海産物あるだけで終わり!さぁ〜ご利用ご利用!」

 威勢のいい呼び声にシーラは眉を寄せる。

「うっさ」

「ワハハ、これがいいんだろうが」


 色んな地方から送られてきた野菜や、この地方では見られない果物。そして店では買えない大きな塊の肉などが所せましと並んでいる。

「昨日獲れたて、ブナエラ産ビッグボアはどうだい。ちょっと値は張るが、希少部位まだ残ってるよォ」

 その言葉にシーラが反応して、店先にしゃがみこんで吊るされた巨大なイノシシ肉の塊を指さす。

「これ昨日のやつかな」

 俺たちの初任務、ブナエラ村でのビッグボア退治。報酬のおまけに俺たちも結構な量の肉を貰ったが、見上げるような大きさのビッグボアだ、村中で分けても余りある。


「ぽいな」

 顎に手をやりながら俺が答えると、シーラはまるで高尚な美術品でも眺めるように真剣に、その塊を眺めた。

「へぇ」

 その短い返事にどんな意味が込められているのか、俺にはまだ分かりかねる。『買ってくか?』と冗談交じりに問いかけると、シーラは真面目な顔で首を横に振る。

「いい。いろんな人に食べてもらう」

 その言葉に、なんだか無性に嬉しくなる。世界はきっと、そういう風に繋がっている。


 店主の呼び込みも試食も一切無視して、シーラはしばらく店先にしゃがんで肉の塊を眺めていた。やがて、シーラが黒姫だと気が付いた店主は存在を見ないふりして、他の客に声をかけ始める。


 


「さぁ!そこのお嬢ちゃん!一つどうだ――」

 魚河岸(うおがし)のおじさんは試食用の刺身をシーラに向けて、即座に声を止める。

「……くっ、黒姫!……さん!?」


 頭ごと綺麗に盛り付けられた生け作りの刺身を、シーラは興味深げに眺める。

「半分生きてんじゃん。リューズ。これはアリ?」

「当然、アリ。刺身って言ってな。鮮度が命で、ワサビ醤油で食べると……、もう最っ高だぞ」

 と、言ってみてさすがにワサビはお子様味覚には厳しい事に思い至る。

「へぇ」

 だが、時すでに遅し。シーラの瞳はキラキラと輝いていて、新たな味覚への期待感に満ちている。

「これ。食べたい」

「へい、毎度ォっ!黒姫様、お買い上げェ!」

 魚河岸のおじさんはガランガランと鐘を鳴らし、早くも購入が決まってしまった様子。醤油をかけただけじゃ手を加えたことにはならないよなぁ。包丁を入れれば確実か。

「あのな、シーラ。最初に言っておく。ワサビってのは辛いから、醤油だけでも十分うまいから」

「ん?ワサビ醤油が最高なんでしょ」

 一匹皿ごと提供されて、手近な段差に座ってシーラにも味がするようにと刺身に小さく包丁を入れる。お値段一皿2000ジェン。かなり安い。

「最高なんだが、ちょっと初心者向けじゃないって言うか」

 その言葉を受けてシーラはふっと得意げに笑う。

「甘く見ないで」


 あぁ、もう壮大なフラグにしか聞こえないよ。せめて、と僅かばかりのワサビを醤油にとくと、シーラは『少ない』と苦言を呈してくる。

「大丈夫。これで一般的な量だから」

「ならいい。それじゃ、……いただきます」

 シーラはワクワクした様子で手を合わせていただきますをする。そして、意外にも綺麗な箸づかいで刺身をとり、ワサビ醤油につける。俺だけでなく、チラリと周囲を見ると、他の客や通行人も黒姫・シルヴァリアが刺身を食べると言うまるで異空間での出来事の顛末を見守っている。

 

 薄く切った白身の刺身を掲げて眺め、ためらいなくパクっと口に入れる。

「――っ!?」

 瞬間、眉を寄せてむっと口を結ぶシーラの目には涙が滲む。

「なんだこれぇ」


 はい、貴重なワサビ初見さんの反応頂きました。

「ははは、ちょっとお子様にはまだ早いんじゃないか?うん、うまい」

 俺も一切れ刺身を食べる。鮮度の高い刺身は何物にも代えられないうまさがある。

 シーラはポロポロと目から涙を流しながらもう一切れ刺身を醤油にくぐらせ、躊躇なく口に放り込む。

 ぎゅっと閉じた目からはやはり涙が流れる。

「なくほどうまい」


 その感想につい俺も笑ってしまう。それはちょっと違うと思うよ。

 

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