18話 初任務④ どうしたらいい?
生地を窯に入れてから15分。その僅かな間に、ビッグボアは眉間を貫かれて横たわる。任務達成だ。
「匂いだけでおいしい」
居ても立ってもいられずとばかりに、シーラはソワソワと簡易窯の前ですんすんと鼻を鳴らす。
「そう言えば嗅覚は平気なんだな」
「うん。おいしそうな匂いはわかる。好き」
それで食べてみると一切の味がしないってのは、逆に地獄だよな。生殺しって言うかさ。それを聞いて俄然やる気が出てきた。といっても、もうやる事は終わっているんだけど。
「それじゃ、お待ちかね!ブナエラ甘藷のスイーット!ポテトだ!」
鉄板を取り出して、テーブル替わりに選定した岩の上に置く。
「おぉ。……こがねいろにかがやいている」
シーラの食レポもだんだんと進化していて、今回はついに食べる前に見た目の感想を言ってくれる。
テーブルの上に置かれた鉄板には、黄金色のスイートポテトが32個並んでいる。ちょっと作りすぎたかな?とも思ったけど、余ったら明日のおやつに回そう。
「ねぇ。まだ?早く。いい?」
シーラは俺の袖を引きながら、おやつの催促をしてくる。勝手に食べないのは本当に偉いと思う。こう見えて意外と常識があるのか?いや、ないか。
「はいはい、お待ちを。今食器並べてるでしょうが」
買ったばかりの綺麗な皿とフォーク。飲み物は……、紅茶を淹れてみるか。俺が淹れればきっと味がするはず。
「よし、いいぞ。初任務お疲れ」
「いただきますっ」
シーラは何かの術式かのように、目にも留まらぬ速度で手を合わせ、音を置き去りにしたその左手は一直線にスイートポテトに向かう。
「や、だから熱いって」
「いいから」
フォークも使わずにシーラは鉄板から直接スイートポテトを手づかみでとる。熱くないの?試しに俺も、と手を伸ばすが熱すぎて手を引っ込める。
大事そうに左手に持ったスイートポテトを眺め、目を閉じてその香りを楽しむ。
「ふふ、これはイノシシも来るわ」
俺はシーラを眺めながら紅茶を飲む。十中八九『うまい』と言ってくれるのはわかっている。けれども、もし違ったら?余裕こいた振りをしながらも内心ドキドキだ。シーラは俺の作った料理しか味がしない。そんな奇跡のようなめぐりあわせ。そんな奇跡がいつまでも続く保証はない。もしかしたら、明日にでもそんな奇跡はなくなってしまうかもしれない。
だから、どの料理も絶対においしいと思ってもらえるように力を尽くす。
さて、審判の時。シーラの口が開き、黄金色の甘藷は一口でその口に飲み込まれる。心臓の鼓動が早くなるのを感じる。さっき戦ったビッグボアの時は気にもならなかったのに。一度、二度とシーラの口が上下に動く。
「困るよ」
シーラはボソリと呟く。
「な、なにが?」
シーラは心底迷惑そうに眉を寄せ、言葉を続ける。
「明日からどうすればいいの?」
そう言って、またスイートポテトを一つ取り、一口で頬張る。
「どういう意味だよ?」
喉につまらないように、と紅茶を差し出す。シーラはカップに注がれた琥珀色の液体をチラリとみてからそのままカップを口元へと運ぶ。熱いぞ、とはもう言わない。
「はぁ……、にがみがまたあう」
満足げに小さく息を吐いてこじゃれた食レポをしてくれるが、肝心のスイートポテトの感想はまだ聞けていない。
「で、どうなんだ?うまかったか?」
それを聞いて、シーラは思い出したように俺に抗議めいた視線を送ってくる。
「だから困るって」
「なにが」
本当にシーラは困った様子で、うまく言葉にできない気持ちを必死に言語化しようとしてくれる。
「……もし、また味がしなくなったら。どうやって生きていけばいい。もう、これが食べられなくなったら、どうしたらいい?」
それは、おいしいとかそうじゃないとかを遥かに超えた、最上級の賛辞に聞こえた。
もう嬉しいとかそんな事を感じる余裕すらない俺は、それでも年長者の誇りにかけて必死に余裕の笑みを取り繕い、口角を上げる。
「心配すんな。一生作ってやるから」
「あっ、そうか。良いこと思いついた。冷凍!いっぱい作って冷凍すればリューズがいなくても食べられるぞ」
シーラはケロリと表情を変えて、名案とばかりにパンと手を叩く。
「……それはいいアイディアだなぁ」
まったく、感傷に浸る暇も与えてくれない。とはいえ、それも実験の一端としてアリかもな。多少味は落ちるだろうが、日持ちするってのは大事だ。いつだって手間をかけて料理できるとは限らない。
「はい。リューズも食べな」
そういって、シーラはスイートポテトを一つ手でつかみ、俺の口へと運んでくる。
「あ、あぁ。そういやまだ食ってなかったか。どれ」
スイートポテトを受け取ろうとすると、その手は反対の手でパシッと払われる。
「いいから。はい」
シーラは真顔で、無慈悲に俺の口へとスイートポテトをねじ込もうとしてくる。
「いや、自分で食べられるから――。熱っ!あっつっ!?お前よくこんなの平気で食ってたな!?」
「熱いほうがうまいって言ってた」
「限度がある!マジで口火傷するから!」
「大丈夫。リューズは治癒が得意」
「そういう問題じゃねぇんだよぉ!」
――結局、32個のスイートポテトなんてすぐに無くなった。
それから少しして、俺たちはブナエラ村に戻る。村の広場には広場を埋め尽くさんばかりの大きさを誇るビッグボアの死体。それを眺めて村長は感嘆の声を上げた。
「……お、おぉ。まさかもうビッグボアを倒されるとは」
「たやすい」
シーラは腕を組んで得意げに頷く。まぁ本来F級パーティ向けの任務なんだから、そりゃこいつには容易かろうよ。
「それでは、任務の達成を確認させていただきました。この度は、本当にありがとうございました。村を代表してお礼を申し上げます」
村長は深々と頭を下げ、依頼書に手のひらを乗せる。それが契約術式完遂の合図。依頼書に刻まれた魔法陣がほのかな光を発するとともに、俺とシーラの腕輪も共鳴するように光る。
「これでまたお墓がきれいになるな」
そういって右手を掲げる。
「へへ、うん」
シーラは嬉しそうに微笑み、俺の右手をパチンと叩く。
今はまだF級パーティ、『三食おやつ付き』。初任務、完了――。




