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【元S級】スライムを、生で食べてはいけません。~死ねないおっさん治癒術士と、味覚ゼロの最強少女の食卓記~  作者: 竜山三郎丸
味を知らない少女と死ねない男

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17話 初任務③ お返し

 ブナエラ村は山の裾野に広がる平野にある。裾野には山林があり、その辺りが野生動物との緩衝地帯となっていて、本来大型動物は村まで下りてくることはないらしい。それが今年に入ってから急にビッグボアが現れたのだから、村人たちもびっくりだろう。幸いにして、今のところ被害は作物のみで、人的被害は出ていない。


 なので、被害が出る前に仕留めなければならない。


 俺とシーラは山林に入り、ビッグボアの痕跡を探す。薄暗く広大な森の中で闇雲に探して見つけるのは難しいだろう。


「シーラはどう思う?」

「そろそろお昼だなって」


 これはのんきな感想などでは無い。契約の履行を促す催促だ。


「へいへい。任務中でも簡単に食べられるようにおにぎりにしといたよ」

 収納魔石を開いてバスケットを取り出す。悪くならないように氷結魔石を使ってしっかりと温度管理もしてある。

「早く早く」

 山賊のように俺からバスケットを奪い取り、うきうきとおにぎりを取り出すシーラ。

「三角だ」

 前回作った時は普通に丸いおにぎりだった。今回は三角おむすび。たったそれだけの違いでシーラは嬉しそうに声を上げる。そして、いつも通り『いただきます』と言ってからパクリとおにぎりを頬張る。

「ぜつみょうなしおかげん」

 手近にあった倒木に腰を掛け、満足気に頷きながら、上機嫌そうに足をプラプラさせながらシーラがおにぎりを食べる。ちなみに味覚初心者のシーラ向けに、変わり種の具は避けて鮭、昆布、おかか、梅干しとオーソドックスな具にしてある。


 おいしそうに食事をするシーラを眺めていると時間がいくらあっても足りないので、周囲を見渡して情報収集に努める。この広い森の中でできるだけ早く見つけるには?セオリーからすれば、探しに行くより、向うから来させる方が効率的だよな。

 鬱蒼と木々が茂る日当たりの悪い森。折れた木々は野生動物の通り道なのだろう。イノシシの類は縄張り意識が強いと聞いたことがある。何とかそれを使っておびき出すか。と、考えてみて以前ダンジョンで遭遇したミノタウロスを思い出す。串焼きの香ばしい香りに釣られてやってきたミノタウロス。


 よし。それじゃあここはやっぱり――。


「リューズ」


 まさに考えがまとまろうかと言うその時、シーラが俺を呼ぶ。視線を向けると、食べかけのおにぎりを俺に向けていた。赤い具が見える事から中身は梅干しだろう。


「あげる」


「ありゃ、すっぱかったか?」

 子供でも梅干しが苦手な子は多いもんな。こないだ鶏肉と和えたやつをおいしそうに食べてくれてたから平気かと思ったよ。申し訳なさにほんの少し残念さを混ぜた気持ちに眉を寄せてそう問うと、シーラは首を横に振る。

「これ食べると疲れが取れるって。リューズも食べな」


 梅肉には疲労を回復する効果がある、と前にレストランで言った事がある。それを覚えていて、更に俺にくれた……だと?あのシーラが?涙腺ガバガバのおじさんは、もうそれだけで反射みたいに両目から涙があふれていて、シーラはおにぎりをひっこめる。

「え、きも。なんで泣く?」


 俺は収納魔石を開いて髪をバンダナでまとめ、袖をまくってバンドで留める。


「キモくねぇよ。今からスイートポテトを作る。すっげぇうまくて、もう匂いだけで最高だってわかるようなやつをな」


 涙目で俺がニッと笑うと、シーラは納得したように頷いた。

「それで誘き出すんだね」


「いーや、違うね。おにぎりのお返しに、お前に最高にうまいおやつを食わせたいだけだ」

 俺の言葉にシーラは一瞬目を丸くしたかと思うと、怪訝な顔で首を傾げる。

「お返しって、まだあげてないけど」


 気持ちだけで十分、ってのはこんな時に使う言葉なんだろうな。それでは、森のスイートポテト、製作開始だ――。

 

 あらかじめ村から貰っておいたたくさんの甘藷。炎魔石と鉄板で作った即席オーブンを作り、まずは下準備。芋を濡れた紙で包んで、それを土で覆い固める。

「なにしてんの?」

「下ごしらえ。こうやって蒸し焼きにすると甘味が増すんだ」

「へぇ」


 隣で眺めるシーラ。無表情でありながら、犬なら尻尾がパタパタと揺れるようにワクワクしているのが伝わってくる。

「これで1時間くらいじっくり蒸し焼きにする」

「なが」

「ははは。その時間が全部うまみに化けるんだよ」

「じゃあ10時間焼けば10倍か」

「……そうはならないかな」


 そして、待ち時間の間に次の準備をする。きっとこの辺りはビッグボアの縄張り。夜行性寄りとは言え、昼に活動をしないわけではない。自分の縄張りで大好きな甘藷の匂いがすれば、やってくる可能性は高い。あのミノタウロスの様に。


 周囲の木々に少し細工をしているうちに時間は経過する。

 焼けて固まった土を崩すと、周囲に優しい甘みを帯びた甘藷の匂いが広がる。

「わ。完成?」

「いや、まだ第一段階。味見するか?」

「聞くまでもないよ」

 なぜか得意げにシーラは左手を伸ばしてくる。最近気が付いたのだが、こいつは左利きらしい。大剣も左手で持っていた気がする。

「熱いぞ」

「平気」

 焼きたての甘藷は想像よりずっと熱い。きれいな布巾でくるんで渡そうとするが、シーラはひょいと素手で甘藷を取る。

「頭と尻は取れよ。皮は食べても平気」

「頭と尻は、取る」

 真剣な顔で俺の言葉を復唱してシーラは甘藷の上端をむしる。そして、お待ちかねとばかりに両手で甘藷を持って大きく口を開く。

「あっ、待て。マジで熱いから」

 俺の忠告も聞かずにシーラは『あむ』と熱々の甘藷を口に含む。

「うっ……」

 短く言葉を止めて眉を寄せる。ほら、言わんこっちゃない。水を……と思うや否やシーラの瞳がキラッキラに輝く。

「……っまぁ。なにこれ。あまさがすごい」

 その言葉だけで俺もつい顔がほころんでしまう。


「だろ?しかもそいつはまだ第一段階。……もう一段階の変身を残している。この意味がわかるか?」

 わざとらしく、芝居がかった勿体付けた言い回しをすると、シーラはもう期待を超えて困惑の表情でイモを食べる。

「え……えぇ?これより上?ないでしょ、さすがに」


「それはお前の口で確かめてくれ」


 シーラが「うまぁ」と呟きながら甘藷を食べている間にも俺の工程は進む。皮を向いて、ボウルでつぶして、丁寧に裏ごしする。ここで食感が決まるので、手間を惜しまずにきちんと。月並みな表現になるけど、絹のような滑らかな舌ざわりのペーストを作るのだ。


 ペーストが完成したら、砂糖・バター・卵・牛乳、それからほんのひとつまみの塩を入れて練り上げる。


 完成した生地を舟のような形に整える。甘藷8本を使っているので、結構な量が作れる。焼きあがった時にツヤが出るように表面にといた卵黄を塗る。卵白は今回は使わないから、冷やしておいて明日のおやつにでも使うか。


 そして、最後の工程。成形したスイートポテトたちを乗せた鉄板を、熱した炎魔石の上に置かれた二枚の鉄板の間に置く。上からも下からも熱を送るためだ。


「よし、これであとは焼き上がりを待つだけ」

「何分?」

「十五分」

「そっか」

 

 ゴールが見えた事で、シーラのワクワクも最高潮。寝転がり、目を閉じて簡易窯から立ち上る香りを楽しんでいる様子。


 何分か経つにつれ、薄暗い森の中には、そこに似つかわしくない多層的で甘く芳醇な香りが漂いだす。

 

 少しして、シーラはパチリと瞳を開く。

「来るね」

「了解」


 耳を澄ませば遠くから地響きのような足音が聞こえてくるのがわかる。

「方角は?」

「そっち」

 シーラが指さすのは北西の獣道。

「カウントくれ」

「うん。4」

「短っ」

「3、2、1……ゼロ」

 タイミングピッタリに草木を押しのけてビッグボアが姿を現す。

「ブオォオオオォっ!」

 身の丈俺の三倍はあろうかという巨大なイノシシ――ビッグボア。俺は地面に手をつき、そいつが現れるのを待っていた。


「【治癒結界(ヒールサークル)】」


 唱えた治癒魔法は単体治癒でなく、一定範囲の治癒を促す。――それは、俺がさっき下準備と称して傷つけた木々に効く。


 折れて倒れた木々は活力を取り戻し、まるで咎人を捉える檻の様にボアの動きを止める。ボアは暴れて木々をへし折り抵抗するが、それは折ったそばから即座に治癒され、より複雑に自身に絡みつく。

「……っし!」

 想定通り。上手くいった!


「火。焦がさないでね」


 そうつぶやいたシーラは身体の前に伸ばした左手に右手を合わせる。そして右手を後方にひくと、そこには真っ白な弓矢が現れる。――そう解説はしたが、それは一秒にも満たないほんの僅かな時間。


 シーラが右手を離すと、真っ白な矢は糸を引くように、まっすぐにビッグボアの眉間を貫いて、そのまま森の向こうへと消えていった。


 ボアは事態を呑み込めずに一度だけ身じろぐと、その身体は力を失い、木々を折りながらズズンと大地へと倒れこみ、絶命した。


「さて、おやつおやつ」


 直前まで行われていた命のやり取りも全く意に介さず、シーラは無邪気にそういった。

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