14話 三食おやつ付き
――ダンジョンから帰還した一行は互いのパーティの健闘を祈り、街で別れた。
そして、荒くれ者が集う冒険者ギルドは驚きとざわめきに包まれていた。
「パ、パーティの結成ですね?」
ギルド受付の知的眼鏡お姉さん――ビスカは、蔑んだような軽蔑するような視線で俺をまじまじと見ながら書類を広げる。俺の後ろには我関せずと言った素ぶりのシーラ。
「それじゃあ齟齬の無いように読み上げますね」
そう前置きして、書類を読み上げる。――不必要に大きな声で。出来る限り多くの人に聞こえるように。
「え~っと、F級冒険者!リューズ37歳!独身男性!が、S級冒険者・シルヴァリアさん17歳と!パーティを組むと言う訳ですね?37歳と!17歳の少女が!二人で!?」
ビスカの声を聞いてギルド内は更なるどよめきに包まれる。
「あのおっさん……、マジかよ」
「普通に犯罪だろ」
「正直うらやましい」
ビスカは不安を顔中に表しながら、身を乗り出してシーラに問いかける。
「……シルヴァリアさん、本当にいいんですか!?」
「ん?まずい?」
他人事の様に首を傾げるシーラに、ビスカは畳み掛ける。
「まずいなんてもんじゃないですよ!?薄暗いダンジョンで2人きり……、恋愛経験のない四十路の歪んだ情念は、可憐な十代の少女に向けられて……」
そう言いながらビスカは段々悦に入ってくる。
「俺まだ37だぞ」
「とにかく!これは事案ですよ!?憲兵を呼ぶべきです!」
ダン、と力強く机を叩いてビスカが断言すると、シーラはくるりと俺をみる。
「だって。リューズ、憲兵呼んで」
「呼ばねーよ?」
周囲の野次馬も聞き耳を立てて、事の成り行きを見守る。
「ご存知かもしれませんが、パーティの結成には審査があります」
建前としては知っている。とはいえ、基本的には申請すればまず通るのが世間一般の認識。
「率直に申し上げます。仲間を見捨てて一人逃げ帰るような輩にもう一度パーティを組ませるほどギルドは甘くありません。特に遺品も遺髪も何も持たず、我が身可愛さに身一つで逃げ出すような外道には」
反論しようと口を開くが、声が出ない。今更俺は、何を言おうとしたのか。彼女の言うことももっともだ。
「大丈夫」
飽きてテーブルに手枕のシーラが割って入る。
「私は死なないから。死ぬならリューズが先」
自信満々に、まっすぐと曇りのない瞳でシーラはビスカに告げる。
「いえ、……ですが――」
諭す言葉はシーラが遮る。
「平気。逃げたら私が殺すから」
「……何が平気なんですかね?」
俺の疑問を無視して、シーラはどことなく待ち遠しそうに、少しだけ口元をあげる。
「だから早く」
黒姫・シルヴァリア、誰とも関わらず表情を変えない孤高のS級冒険者。机に手を乗せ、足をパタパタと揺らすその姿は今までの彼女からは想像もできない。
ビスカは眉を寄せ、腕を組み考える。S級冒険者であり、ソロでもS級パーティのシーラの発言力は思っているより遥かに強いのだろう。ギルド中も、俺たちのやり取りを固唾を飲んで見守っている。
『よぅし、賭けようぜ。俺は却下に1万ジェン』
『じゃあオレも2万!』
『ほっほっほ、若いのう。ワシはあえての受理に10万いっとこうか』
いつの間にか視界の端のテーブルで賭けが始まる。そういうのは本人たちに見えないところでやってくれよ。
年季の入った爺様が『受理』に10万ジェンを賭けたものの、現状『不受理』が優勢の様子。『受理いないか!?受理に賭けるやつはいないか!?』と威勢のいい声を背景音に俺はビスカのジャッジを待つ。
「まだ?」
シーラが急かす。そして、それから30秒ほど経ち、ビスカはついっと眼鏡を指で少し上げた。
「幾つか確認事項があります」
もったいつけるように、指を一つ立てる。
「二人は恋愛関係にはありませんか?」
なんじゃそりゃ、と思うがまぁ真っ当な質問だ。
「あるわけない」
「どうでもいい」
答えながらシーラはあくびを手で隠す。
「……あなたは年長者でありながらパーティも組めないうだつの上がらないF級治癒士。S級のシルヴァリアさんを利用する意図はありませんか?」
そう聞かれて『ある!』って答えるやついる?どう考えても『ありません』としか答えようのない質問。俺は少し考えると、申し訳なさそうに口を開く。
「少し昔を思い出して楽しかった、……ってのが利用にならないなら」
ビスカの年齢は20代中頃。この年代は本当にみんな『神戟』のファンだった。だから、本当に皆俺の事を憎んでいる。だから、気恥ずかしさもありながら正直に吐露したこの言葉は、もしかすると逆効果なのかもしれない。
「外道に楽しみ事など不要です」
ビスカは、吐き捨てるように言い放つと、右手に大判の判を取る。『受理』『不可』『要検討』、判の種類はいくつかある。そして、朱肉をつけると、ダン!と勢い良く用紙に判を押す。その音は、裁判官の木槌の音のように、ギルドの喧騒を切り裂いた。
「どうせなら、『またS級を目指す』とでも言って下さい」
ぶっきらぼうな口調と共に差し出された用紙には大きく『受理』の文字。
「あっ……、ありがとうございます!」
またもや滲む涙を隠すように、俺は大声を出して勢いよく頭を下げる。後ろでは歓声と悲鳴の両方が飛び交う。
俺とシーラの二人だけのパーティ。新規設立は例外なくF級から始まる。
「シーラ、決まったぞ」
「おめでと」
スッと右手のひらを差し出すと、手を合わせようとシーラも手を上げる。上げて、首を傾げる。
「さっきトイレ行って手洗った?」
「……洗ったよ」
「ならいいか」
と、言い俺の手をパチンと叩く。
それを号砲に見立てたかのように、ギルド内に乾杯の音頭が響き渡る。
「ところで、パーティ名はどうします?」
「パーティ名?」
ビスカに聞かれるまで考えてもいなかった。前の時は四人の案をくじで決めた結果、レオン案の『神戟』が採用されたっけ。
「お前なんかある?」
一応公平に聞いてみるが、返事は決まっている。
「なんでもいい」
「だよなぁ」
一応命名期間は一週間ある。けれど、せっかくだから今決めてしまいたい。うぅむ、と悩んでいるとビスカが助け舟を出してくれる。
「好きな響きとか、パーティの理念で決める人も多いですね。あります?パーティの理念」
「理念ねぇ」
――と、その時、俺の思考を遮って後ろからシーラの声が飛ぶ。
「ある。三食おやつ付き」
「……は?」
「理念。三食おやつ付き」
シーラは得意げに、大真面目にそう言って、ビスカは一瞬あっけにとられてからクスリと笑う。
「それじゃあ、パーティ名にしちゃいます?」
馬鹿げた悪乗りにシーラはコクリと頷く。
「うん、約束だから。忘れないように」
「……うおぉ、おいマジかよ」
シーラは受付のカウンターに身を乗り出してビスカにプレゼンを始めだす。
「今日はまだ一食しか食べてないから、あと二回とおやつがある」
真面目な顔で指を二本立てるシーラを見て、ビスカもなんだか嬉しそうに笑う。
「そうなんですねぇ」
「リューズ、いい?」
勝手に決めるかと思いきや、振り向いて俺に同意を求めてくる。なんだかそれだけでおじさん嬉しいよ。これで『ダメ』って言えるやついる?
「いいぜ。俺とお前にピッタリだ」
コクリと頷くと、シーラも嬉しそうにはにかむ。
「ピッタリか」
のちに世界の理を変えてしまうF級パーティ・『三食おやつ付き』は、この日産声を上げた。それはきっと、俺の最後のパーティになるだろう。
俺とシーラは、ギルドの端のテーブルでカチンとグラスを合わせた。バナナミルクと黒ビール。久しぶりに、うまい酒を飲んだ。




