13話 堕ちた英雄は空を見上げる。
湿っぽい話もそこそこに、俺たちは山盛りに作った料理を楽しむ。ニンニクたっぷり手羽餃子には間違いなく酒が合うが、ここはダンジョン内である。中には解毒魔法で酔っ払い状態を強制解除する豪胆な冒険者もいる。
「リューズさんの治癒魔法、すごいんだよ。崖から落ちてバキバキに折れた両足が三十秒もしないで治っちゃうんだから」
「本当!?って言うか、そんなケガしてたんだ……」
「はいはい、すごいすごい」
ナインが俺の治癒術を無駄に褒め、エイラが心配してダルトンが不貞腐れ気味に相槌を打つ。
話を聞いていると、ワーウルフとの戦闘中にサイレントオウルに介入され、混乱の結果離れ離れになってしまった様だった。
「君らは誰が指揮してんの?」
「指揮?」
エイラはキョトンとした顔で2人を見る。
「俺らにそんなん必要ねぇ」
憮然とした表情でダルトンは吐き捨てる様にそう言ったので、俺は頷いてニコリと笑う。
「そうか。じゃあいいとこB級止まりだな」
「……なに!?」
わざと挑発的な物言いをしたんだ、乗ってくれないと困る。
「おっと、ロートルの僻みだ。忘れてくれ。シーラ、随分大人しいが逆に心配になるからやめてくれ」
振り向き声をかけると、シーラはリンゴシャーベットの入ったバケツを側にまだ手羽餃子を食べていた。
「リューズ、いいことを教える」
真面目な顔で手羽を齧るシーラさん。
「……な、なんだろうね」
「あまいとしょっぱいを交互に食べると永遠に食べられる」
そう言ってシーラは得意げにニヤリと笑う。あぁ、だから大人しかったのね。
「……お前。もうそれに気がついたのかよ、天才か?」
「まぁね」
真面目な顔でワナワナと驚愕の演技をしてみると、シーラは満更でもない様子だ。
「リューズさん、続き……言ってください!」
「お願いします!ダルトンはもう口を開かせませんから!」
ナインとエイラが真剣な面持ちで声を上げる。こう言うのは、こっちから頭ごなしに伝えても効果は薄いんだよな。回りくどいやり方して悪いね、若者たち。
「……えーと、じゃあ僭越ながら少しだけ。今回、シーラがいなかったら君らみんな死んでたんだけど、まずその実感ある?」
歯に衣着せぬ言葉で真っ直ぐに伝える。『死ぬかと思った』。わりに聞く言葉だけど、今回彼らが助かったのはそんなレベルじゃない。
「ナインはワーウルフに骨までしゃぶり尽くされ、こっちの2人はあのフクロウに目ん玉からついばまれる。ははは、今と真逆だな」
ピタリ、と食事の手が止まる。シーラ以外。
「運が悪かった?相手が悪かった?……残念、それでも死ぬんだよ」
シン、と辺りを沈黙が包む。シーラのもぐもぐはノーカウント。
「……ちっ。わかってんだよ、そんな事」
ダルトンが舌打ちをして呟くと、エイラが頭をバシッと叩く。睨みつけるその視線は反論を許さない。
その様子を見て、俺も少し安心する。
「運が悪くても、相手が悪くても、……生きて帰らなきゃダメなんだよ。それは阿吽の呼吸でできるのか?意見が割れたら?」
そこまで言って、声のトーンを普段通りに戻してヘラヘラと笑う。
「以上、あとは自分たちで考えてくれ。俺から言えることは一つだけ。……絶対に死なないでくれよな?」
ナインとエイラは真っ直ぐに俺を見て、こくりと頷いた。
「はいっ!」
ダルトンも小さく頷いたのを、俺は見逃さなかった。
「あ〜、シーラさんからも何か一言くらいありますかね?」
真面目に語っちゃって気恥ずかしいので、照れ隠しにシーラに話を振ってみる。
「ん?別に。なんでもいい」
「……だよな」
俺が後片付けをしている間、若者たちはけんけんがくがくと議論を交わしている。ああすればよかったとか、これがいけなかった、とか。反省会は生者の特権だよ。
そんな光景を眺めていると、いつかの自分たちを思い出す。子供の頃からずっと一緒だった、家族以上に一緒にいた仲間たち。あいつら以外とパーティを組むだなんて考えたこともない。
「お腹いっぱい」
岩に寝転がった満足げにシーラが呟く。
「お前でも腹一杯になることあるんだなぁ」
「おいしかったからね」
思わぬ言葉に手が止まる。俺にとって、あいつらだけがパーティで、あいつらが最後で、だから、こんな風に誰かと楽しく食卓を囲む日なんてもう来ないと思っていた。
――だから、きっと気が緩んだんだ。でもなければシラフでそんな言葉を口に出せるはずがない。
「俺とパーティ組まないか?」
食器を洗いながら、気付けば俺の口は半ば勝手にそんな言葉をはいた。寝転がるシーラがキョトンとした顔で俺を見る。
俺は聞こえたその言葉が自分の声だと気付いた瞬間、ゾッとして大慌てでシーラに弁明を始める。
「いやっ!違うんだ!そういう意味じゃない!変な意味じゃなくてさ、……なんとなく昔を思い出しちゃって、あぁ楽しかったなって。だから憲兵だけは勘弁してくれ!頼む!」
シーラに手を合わせて必死に許しを請う。今日未明、Fラン37歳男性がダンジョンの奥で17歳S級少女をパーティに誘った模様。字面だけでもう事案の臭いがプンプンする。
「ん、いいよ」
「マジか、助かる!ふぅ、社会的に死ぬとこだったぜ……」
若者三人の白い目など気にも留めず、俺は冷や汗をぬぐい安堵の息を吐く。その様子を見てシーラは眉を寄せて困惑の表情で俺を見る。
「じゃなくて。いいよ、パーティ組むの」
まるで予想していない答えに、キョトンとした間抜け面を晒すと、それを見たシーラは珍しくクスリと笑い指を三本立てる。
「三食おやつ付き。これだけは譲れない」
それを聞いてつい口元がにやけてしまう。
「あぁ、お安い御用だ」
もう二度と誰とも組まないと思っていた矢先、その舌の根も乾かぬうちに。理由は分からないが、俺の食事以外味を感じる事の出来ないシーラ。けど、それが理由で誘った訳じゃない。そんなのを抜きにして、こいつとならあいつらみたいにおもしろおかしな冒険が出来そうな気がしたから。……って言ったら、動機にしては軽いだろうか?
俺はにやけた口元を手で覆い天を仰ぐ。ここはダンジョンの中、当然空なんて見えない。ただ、涙が流れたらかっこ悪いから、俺は天を見上げていた。
そんな風に、俺はシーラとパーティを組むことを決めた。




