12話 堕ちた英雄は地を見つめる。
――遡る事15年前。
当時、全世界の冒険者で一番人気があったのは、間違いなく『神戟』だった。彼らは当時22歳、貴族や優秀な家系でも何でもない田舎町の幼馴染4人で作ったパーティがその若さでS級パーティに昇級したのだ。世の子供たちがそれに憧れない訳がない。
神の矛を意味するその大仰な名前に恥じない圧倒的な戦力と、貴賤分け隔てなく依頼を受けるスタイルから圧倒的な人気を誇った。目にも留まらぬ光速の剣術を得意とする『千剣』レオン、最大五十の魔法を同時に扱えると言われる水魔法の天才、紅一点の『水神』マリステラ、鉄壁の守りと剛力を誇りながら対照的に軽い性格のムードメーカーは『城塞』バルド。そして、パーティの司令塔でもあり、治癒術の天才『神癒』のリューズ。死んでいなければ問題なしと言われるほどの超高精度高速治癒魔法が代名詞だった。
この日、街の目抜き通りはたくさんの人で埋め尽くされていた。竜の巣と呼ばれる超高難度ダンジョンの中層で赤竜が出現し、それを神戟が討伐したのだ。一匹で都市を滅ぼせる、まさに災厄とも言える凶悪な魔物。見事に首を両断したその死体は極めて損傷が少なく、今日はその赤竜を伴っての凱旋とあって、英雄と厄災を同時に見るまたとない機会と通りの両脇を埋め尽くした。
「来たっ!神戟だ!」
わぁっと地鳴りの様な歓声があがり、4人は街に姿を現した。いつも先頭を歩くバルドはニコニコと笑い両手を振り、レオンは不愛想に歩く。照れ屋のマリステラはぎこちない苦笑いを浮かべて、時折声援に手を振る。最後尾はいつもリューズ。これは戦闘の時も変わらない。後ろから3人を見守るのが、彼は好きだった。
ナインたち3人も、そのパレードを見て目を輝かせていた。当時5歳。
「……かっけぇ」
ダルトンはキラキラと目を輝かせて神戟の四人を目で追う。
「僕たちも、なれるかな」
視線を釘付けにしながら、ナインも希望に満ちた声を漏らす。
「なれるよ、絶対!なろう!」
エイラは両手を握りしめ、熱っぽく息巻いた。
三人とも、最前列でパレードを見つめる。
やがて、四人は通り過ぎる。最後尾のリューズはチラリとダルトンを見る。目が合い、何か言いたそうにあうあうと口を動かしている子供を見てニッと小さく口角をあげたリューズは自身の革手袋をひょいっと彼に投げる。
あまりにさりげないファンサービスにダルトンの身体も、心も震えた。
だが、その革手袋はもう捨ててしまった。それから三年後、英雄はたった一人で生きて帰ってきた。仲間を見捨てて。彼の英雄は、その時に死んだのだ――。
――そして現在、ダンジョン下層。かつての英雄はその少年たちと、食卓を囲んでいる。
魔除けのお香に交じって、もつ煮の匂いと食欲をそそる手羽餃子の強烈な香りが立ち上る。手羽と言っても人ほどもある巨大なサイレントオウルの手羽だ。大きさは想像が出来よう。
「わはは、ノリで作ってみたが大きさやべーな。ま、若いの一杯いるから平気か」
「問題ない」
シーラは頼もしく頷いた。サイレントオウルの手羽に、そいつの肉とミノタウロスの肉をたたいて混ぜてあんにしてみたはいいが、そんなでかい鍋もフライパンもないから、シーラの炎魔法でいい感じに焼いてもらう。ニンニクもたっぷり入っていて、吸血鬼が出ても安心だ。
「……こいつ本当に元神戟?」
ダルトンがナインに耳打ちして、ナインは眉を寄せて彼をたしなめる。
「こら、リューズさんに失礼だぞ」
エイラちゃんはもう一つの鍋で付け合わせのスープを作っている。鼻歌交じりで楽しそうである。
しばしして、食事が完成。今日の献立――。
・エイラちゃん特製薬膳スープ
・サイレントオウルの特大手羽餃子
・サイレントオウルのもつ煮
・サイレントオウルのタン塩焼き
「はい、それじゃあご一緒に」
『いただきます』
シーラも含めてキレイに声がそろった。まるで保育園の先生になった気持ちである。
「シ、シルヴァリアさん。よかったら召し上がってくださいね。すっごく身体にいいので」
エイラが照れながら生ける伝説ともいえるS級冒険者シーラにスープを献上する。
「ん、いらない」
当たり前のように視線もやらず、にべもなく断る。と、そこで一つ思いつく。
「あのさ、エイラ。ちょっと試してほしい事があるんだけど」
ひそひそと耳打ちをして、エイラは困惑しながらもそれを了承する。なんて事はない。再度のシーラ味覚実験だ。
「ひっ、【治癒】」
エイラは彼女が作ったスープに治癒魔法をかける。これで、俺が作った料理との比較になる。
「ほれ、シーラ」
俺が手渡すとシーラは巨大手羽餃子を眺めながら素直に右手を差し出してくる。
「ん」
そして盗賊がお椀で酒でも飲むかのように豪快にスープを一気飲みする。
「ねぇ」
不満げに横目で俺を見た事で実験の答えはもう分かる。
「あぁ、悪い。手羽食ったらどうだ?」
「そのつもり」
二つしかない巨大手羽をなんと一人で一つ丸々持っていき、大きく口を開けてかぶりつく。豪快。
「んん」
シーラはまた新しい味を楽しむように、首を傾げて言葉を探す。
「なんて味?ピリってする」
「わはは。そのままだよ。ピリ辛」
その語感が気に入ったようで、シーラはニヤリと笑う。
「ふっ、ピリ辛って」
ふと見ると、三人は俺とシーラのやり取りを、とても奇妙なものを見るような目で眺めていた。
「……おっさんら、どんな関係なんだよ」
ダルトンが問うと、シーラは手羽先の向こう側から冷たい視線を送りつけて呟く。
「関係ない」
「えっ!?関係ねぇの!?」
つい驚きの声をあげてしまう37歳。
「リューズじゃない。そいつ。そいつには関係ない」
手がふさがっているので、尊大に顎でダルトンを示す。あまりの感じ悪さに申し訳なくなってくる。
「……悪いね、こんなやつなんで」
謝るが、ダルトンはまだ何かを言いたそうに俺を睨んでいる。食事の手を止めてギリっと歯ぎしりの音が聞こえるくらい歯を食いしばったかと思うと、彼は苦々しげに口を開いた。
「……俺、昔あんたから手袋貰った事あるんだ」
一瞬キョトンとしてしまうが、すぐに思い出す。
「あぁ!赤竜の時の!?お前だったのか!ははは、すげぇなぁ。でかくなったなぁ」
今度はダルトンがキョトンとするターン。
「覚えてんのかよ」
すると、エイラとナインも話に入ってくる。
「僕も!僕もいましたよ、リューズさん!」
「私もいたんです。三人幼馴染なんで!」
その言葉を聞いて、つい眉が寄ってしまう。
「そりゃすげぇよなぁ。……Fランおじさんから一つだけアドバイスさせてもらうけどさ、幼馴染は大事にな。だってもう絶対増えないんだから」
ダルトンは自らの傷口を抉る様な悲痛な顔で、言葉を絞り出す。
「……あんたが自分で捨てたんだろ?」
――本当は信じたくない。何か理由があったはずだ。あるなら言ってほしい。堕ちたかつての英雄に、そう素直に聞くには時間が経ちすぎた。
「そうだな。なんで俺は、死ねなかったんだろうな。……なんであの時――」
四人で挑んだ超高難度ダンジョン『神殺しの魔窟』。深淵の七獄と呼ばれるそこが、『神戟』最後の冒険の地。
幼馴染であり、仲間であり、家族のようだった三人を見捨て、俺は一人ダンジョンを脱出した。気が付けば、拳を握っていた。情けなくも、思い出しただけで反射的に目に涙がにじむ。
「ん?どっか泣くとこあった?」
遠くから頓狂な声が聞こえてきてイラっとして涙も引っ込む。
「泣き所だらけだよ!」
「なんでもいいけどデザートは?」
その言葉で仕込んでいたのを思い出す。
「おぉ、あるある。リンゴシャーベットにしてみた。あとで食ってみてくれよ」
「もう食べる、今」




