11話 シーラの味覚についての考察
俺とナインたち三人は道を戻りシーラと合流する。シーラは案の定フクロウ似の魔物――仮称サイレントオウルの討伐を終えており、その死骸に座りのんきにあくびをしていた。
その姿を見て、ナインの仲間・エイラとダルトンは血の気の引いた引きつった顔になり、一歩後退する。
「くっ……『黒姫』シルヴァリア!?」
「シルヴァリアさんが、助けてくれたんですか!?」
シーラは二人の方を見ずに、興味なさそうにあくびをする。
「リューズ。これ食べたい」
そう言って座る魔物を足でトントンと叩く。
「……若人には刺激が強すぎんじゃないっすかね」
と、言ってこの場で一番年下なのはシーラだと思い出す。
一応周囲に魔除けのお香を焚いて拠点化を狙いつつ、改めてサイレントオウルをマジマジと見る。
「俺も長いこと冒険者やってるけど、こんな奴は初めて見たなぁ。ダンジョンってたまにそう言うのあるよな、どこから湧いてくんだろ」
視線を感じたので振り返ると、剣士・ダルトンが何やら不満げに俺を見ていた。
「おっ、君もおじさんの事知ってる感じ?」
「そりゃ、あんたは有名人だからな。臆病者の【生き恥】リューズ」
半ばケンカ腰のダルトンを汚れた白いローブを身にまとうエイラが窘める。
「ダルトン!助けてくれた恩人にその口の利き方はないでしょ」
「はぁ?俺らを見つけたのはナインだろ。で、聞いたところナインを助けたのは黒姫だ。Fランのおっさんはただの金魚のフンだろ」
それを聞いてナインもムッと眉を寄せる。
「それは違う。俺たちを助けようって言ってくれたのはリューズさんだ」
「あー、はいはい。もしかして罪滅ぼしってやつ?治癒士のくせして仲間見捨てて一人帰ってきたクズが、人の力で人助けていい気になんなよ」
「ダルトン!」
「まぁまぁ、おじさんの為に喧嘩はやめて。おじさんの為に争わないで」
今にも取っ組み合いを始めそうな二人を、年の功でヘラヘラと仲裁に入る。
――その時、チッと舌打ちが聞こえる。
まるでスズメバチの威嚇音の様なそれは、一瞬でこの場を支配する。
「どうでもいい」
無表情ながら明らかに不機嫌を隠さずに、シーラの重圧でズシリと空気が重さを帯びる。ダルトンもナインも、何も言葉を発せない。ワーウルフや、サイレントオウルなんて赤ん坊に思えるような圧力。さっきの戦いの時だってここまでではなかったぞ?
「あ、あぁ。そうだな、このフクロウ食いたいんだよな?シーラちゃんは腹ペコなんだもんな?」
ニコニコと機嫌を取ってみると、シーラはオウルの黒い羽毛を指さす。
「この毛、剣も魔法も通じなかった。剥ぎ取るとなんかに使えるかも」
「へぇ。お前でも?じゃあどうやって倒したんだ?」
「目ん玉には羽毛ない」
そう言ってドヤ顔を決めるシーラ。よく見るとサイレントさんの特徴だった両目は多分あの二又槍で貫かれていて、そのまま頭の裏まで貫通している様子。これで生きていられるはずがない。
「お、おう。そうだな」
怖い話は終わり。
「じゃあ食うかどうかは別として、早速解体するか。毛皮は防具に使えそうだもんな」
「お手伝いしますっ!」
エイラは白いローブを脱いで薄着になると、薄水色の髪を結わってナイフを持つ。
「もちろん、僕も」
ダルトンは意地が勝るのか、ギリっと苦々しい表情でその場を動かない。別にそれはそれでいい。健全な反応だよ。
エイラはナイフを使って器用に毛皮を剥ぎ、ナインは毛皮を剝がされた肉を切り分けていく。息の合った連携だ。
さて、今度は何を作ろうかな、とサイレントオウル氏を眺める。鋭い嘴からダラリと伸びる舌が印象的。それでピンと閃く。
「よし、タン焼きともつ煮にするか」
肉はともかく内臓は新鮮なものがいいに決まっている。
「シーラ、こいつ毒あった?」
「ないんじゃない?」
「了解。じゃあ火を通せば平気か」
まぁ最悪腹壊したら治癒魔法でどうにかなるしね。
よく考えると、仕留めた獲物を食べるってのは根源的な欲求なのかもしれないよな。そう考えると、シーラが少しまともに見えてくる不思議。
「そうだ。お弁当があった」
シーラは巨大フクロウを捌く二人を気にも留めずに、思い出した様に収納魔石を開いて弁当箱の入ったバスケットを取り出す。
そして離れた岩場に腰を掛け、宝石を取り出すように弁当箱からおかずを手に取る。高級レストランで知ったように完璧なテーブルマナーを持つシーラは手づかみが好きだ。
その様子を見て、一つ疑問が浮かぶ。
シーラは生まれつき食べ物の味がしないといった。けれど、なぜか俺の料理だけは味がすると言う。リンゴがガラスみたいな食感。けれど、俺がウサギ剥きをしたものは味がする。ミニトマトはすっぱあまいと言って笑った。ミニトマトは俺が手を加えていないのに。
「シーラ、ちょっといいか」
「無理。食べてる」
「せっかくミニトマトあげようと思ったのに」
「先に言って。あ」
そう言ってシーラは俺に向かって大きく口を開ける。……と言っても割と距離があるんですが。外したら怒るかな?怒るよな?ええい、ままよ。
「ほいっ」
まるで犬にでもするように、大きな放物線を描いてミニトマトを投げる。行儀が悪いね、ごめんなさい。
シーラは一瞬で着弾点を予測して、三歩動くとパクッとミニトマトを食べる。
次の瞬間、露骨に不快そうに眉を寄せて舌を出す。
「え、まずっ」
「悪い間違った。こっちだ」
「次はない」
ミニトマトのヘタを取ってまた投げる。内心ドキドキだ。次はない、ってどうするつもりなんだよ。
①リンゴそのままは×②ウサギ剥きは〇③弁当に入ったミニトマトは〇④そのまま渡したミニトマトは×。……って事は、俺がヘタを取ったミニトマトは〇なハズ。
俺一人が緊張感を持ってミニトマトの行方を見守る。シーラがミニトマトをパクリと食べると、『これこれ』とばかりに嬉しそうに頷く。
「みずみずしい」
「ふはっ」
新たな食レポに笑いが出てしまう。
これでほぼ確定。生まれつき味を感じないシーラは、『俺が手を加えた食べ物のみ』味を感じる事ができるのだ。原理も理屈もわからない。けれど、事実としてそうだ。俺は、身体中の毛が総毛だつような感覚に捕らわれる。
12年前、俺はとあるダンジョンから仲間たち全員を見殺しにして一人だけ生還した。仲間を見捨てたクズ野郎だ。以来、死ぬ事も出来ずに何の目的も持てず、ただ無為に生きてきた。そんな俺が、まだ誰かの役に立てるかもしれない。そう考えると、自然と目の奥から涙が滲んできた。
それはシーラに目ざとく見つかり、彼女は怪訝な顔で俺から一歩距離をとった。
「え、泣いてない?きも」
「言い過ぎじゃね?」




