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【元S級】スライムを、生で食べてはいけません。~死ねないおっさん治癒術士と味覚ゼロの最強少女、呪いと祝福の食卓記~  作者: 竜山三郎丸
味を知らない少女と死ねない男

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1話 スライムを喰らう少女

 そこにいたのは、小さな口を大きく開け、両手で持ったスライムにかぶりつこうとしている美少女だった。

 

 艶のある漆黒の長髪、無表情めいた整った顔。そんな彼女が街にいるような軽装で、ダンジョンの岩場に腰かけて魔物を捕食しようとしている非現実的な光景。


「おっ……おい。お前何してんだ!?」

 俺の名はリューズ。37歳、独身。今じゃしがないFランクの治癒士(ヒーラー)だ。  15の頃から冒険者稼業を続け、無駄に長く生きすぎたせいで、大抵の修羅場は見飽きたつもりでいた。魔物に食われた奴なら山ほど見てきたし、腐った死体を漁る亡者だって知っている。


 だが――魔物を「生で」食おうとしている人間を見るのは、これが初めてだ。


 俺は引きつる頬を抑え、とっさに声を張り上げる。


 少女は弾力のある半液体のスライムの死骸に向けて口を開けていたが、チラリと横目で俺を見て堂々と答えた。


「ごはん、だけど」


「……ご、はん?」

 

 その言葉に俺は呆気にとられて復唱してしまう。


 その少女は、黒く長い髪を揺らし、それと同じ色の衣服をまとい、冒険者らしからぬショートパンツから伸びた足は擦り傷ひとつなく白い。かろうじてマントとブーツが彼女が冒険者であると周囲に告げる。

 

 彼女は、呆気にとられる俺を尻目に、再びスライムへその口を近づけた。


 それを見て、再び俺の思考は活動を始める。

 

「待て待て待て待て!」

 とっさに俺が制止すると、少女は整ったその顔で迷惑そうに俺を見て、スライムを俺から遠ざけた。

「あげないよ」

「いらねぇよ!?」

「じゃあ消えて。食事中。邪魔」


 短く単語でそう告げ、少女は魔物を追い払うかのようにシッシッと俺に手を振る。直接の面識はないが、俺はこいつを知っている。というか、冒険者ギルドに顔を出す人間でこいつを知らないやつはいないだろう。

 

 シルヴァリア・ノル。17歳にしてS級ランクの冒険者。ソロながら幾つもの高難度ダンジョンを踏破している超有名人だ。圧倒的な実力がありながら、誰ともパーティを組まず常に一人で行動する孤高の存在。


 ――あとになって考えてみれば、『お節介』とか『余計なお世話』以外の何物でもないだろう。

  

「……ス、スライムの生食は寄生虫感染のリスクが高いぞ」

「どうでもいい。そんなの私には効かない」

 

 普段であれば横目で見ながら素通りしただろうか?だけど、無表情にスライムにかぶりつくシルヴァリアを見て、なんだか無性に心が痛んだ。

 だから、これは完全な俺の自己満足であり、大きなお世話のお節介だ。


「いやいや、効く効かないじゃなくて。身体の中にうねうねと線虫が住むことになるんだぞ?いいのか?お前がせっかく食べた大事な食べ物を線虫と分け合うことになるんだぞ?本当にいいならもうそれ以上言わんが」


「え、きも。それは困る」

 

 

 迷惑がられながらも俺は収納の魔石を開いて、幾つか道具を取り出す。そして、挑発的な視線を少女に向けつつ、ダン!と力強く大きめの砂時計を地面に置く。

「30分くれ。俺がお前に本当の『食事』ってのを教えてやる」


 シルヴァリアは俺の言葉を聞いて、心底迷惑そうに大きくため息をついた。

「は?長すぎる。10分。それならいい」


「悪いね、俺の自己満足に付き合ってもらっちゃって」

 砂の量を切り替えて時間は10分。さぁ、その時間で何を作れるのか。


 収納魔石を開き、食材の確認をする。時間は無い。すぐ作れてちゃんとおいしいもの。できれば、五感に訴えるものがいい。魔物食が悪いんじゃなくて、死体をそのまま丸かじりってのはどう考えてもまともな食事じゃないだろうがよ。食事ってのはきっとそういうのじゃない。

 

 ――俺が思い出したのは、12年前、共にパーティを組んでいた3人の幼馴染たちと楽しく鍋を囲んだ思い出。その誰もが今はもういない。

 少し考えて、液体の入った大きなビンと野菜をいくつか取り出す。

 

 調理用の炎魔石を敷いて、火を起こす。治癒魔法しか使えない俺にとって魔石は生活必需品だ。

 

 ビンを開けると香ばしい匂いが広がる。後で食べようと思って干し肉をタレにつけて戻していたのだ。本当はもう少し味を染みさせたかったけど、時間制限があるからそうもいかない。

 

 大急ぎで野菜を切って、ダンジョン内で採集したキノコを切って、干し肉と交互に串に刺す。砂時計の砂はサラサラと落ち続け、5分ほど経過した事を伝える。

 

「なぁ、スライム何切れかもらっていい?」

 声を掛けるが返事は無い。

「スライム何切れかもらっていいですかねぇ~」

 少し広めな空洞内ではあるのだが、聞こえていないはずはない。少し大きな声で呼びかけると、シルヴァリアはやはり迷惑そうな視線を俺に向けてくる。

「あげない。と、言ったはず」

「そこをなんとか!小皿分くらいでいいからさ」

 

 我ながら大きなお世話だと思う。ソロでダンジョンをいくつもクリアした冒険者の頂点。むしろ彼女の行動こそがダンジョン探索の最適解の可能性の方が高い。

 けど、そんな問題じゃないんだよ。

 俺の懇願が効いたのか、シルヴァリアは無造作に千切ったスライム片をぽいっと放物線を描いて投げてくる。

「おっ、さんきゅー。うまいの作るからもう少し待っててな」

「どうでもいい」


 短く答えてシルヴァリアはスライムを傍らに置いて寝転がる。どうやら生食はやめてくれたようで一安心だ。俺は湯を沸かした鍋にもらったスライムを放り込む。グツグツと茹だった身はきゅっと締まり、お湯はわずかに白濁する。それを合図に鍋から上げてザルに開ける。いったん氷結魔石で冷やしておいて、串の続きに移る。――残り時間は、3分。

 

 やることは簡単。火の上に網を置いて串を並べる。じゅう、と音を立てて煙が立ち上り、醤油と砂糖が焦げた甘辛い香りが洞窟の湿った空気を塗り替えていく。脂が爆ぜる音と共に、暴力的なまでの食欲をそそる香りが立ち上ったので、あえて匂いを拡散させるように団扇でパタパタと煙を仰ぐ。

 チラリとシルヴァリアを見ると、こっちを見ていて目が合う。

「もうすぐできるぞ」

「興味ない」


 噂通りのやり取りに思わず笑ってしまう。彼女との会話のほとんどは『関係ない』『興味ない』『どうでもいい』で終わると聞いた。もう二つ聞いたので、あとは『関係ない』でコンプリートだ。

 

 焼き加減を見ながら串を裏返す。香りよし、焦げ目よし、じきに完成だ。

 視界の先でシルヴァリアがスライムを放置して、スタスタと俺へと歩み寄るのが見えた。

「どうした?」

 なんとなく嬉しくなり声を掛ける。

「匂いに釣られてきた」

 無表情ながら嬉しい言葉についにやけてしまうおじさん、俺。

「おっ、嬉しい事言ってくれるねぇ」

「牛が」


 ――俺が呑気な声を出したのも束の間。匂いに釣られてきたのはシルヴァリアではなかった。


「ヴヲォォォォォオオッ!」


 空洞内に地獄から這い出てきた様な雄叫びが響き渡り、空気どころか岩壁をビリビリと揺らした。

 

 声のあとで姿を現したのは、人より二、三回りほど大きな魔物。牛の頭を持ち、巨大な斧を引き摺っている。

「ミ、ミノタウロス……!?この辺にはいないはずだろ」

 

 身構える俺の視線の端で、シルヴァリアがペロリと舌なめずりをして、微かに笑い――呟いた。


「決めた。お前はデザート」

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