第五話(3)
「ただいま」
ガラガラと玄関に入ると、どたどたと、りこが階段の二階から玄関をのぞき込む。
出掛けてから二時間くらい経っていただろうか。
俺が二階に上がらずに台所に向かうと、ととと、と階段を降りてきた。
台所に母さんは居なかった。俺は自分で湯を沸かしてインスタントコーヒーの準備をする。さっき、缶コーヒー飲めなかったからな。
「飲むか?」
聞くと、
「砂糖みっつね。コーヒー苦手だから」
俺はコーヒーと角砂糖をカップに落としてお湯を注いでやった。自分の分はブラックで。
中学二年のころには、ブラックを飲みつけるようになっていた。
「自分で混ぜろよ?……とみちゃん帰ったのか?」
「うん」
ふうふう、と湯気の立ちのぼるカップに息を吹きかける。
俺も黒い液体をすすった。りこも、ちょっとずつ口をつけている。
「うまいか?」
「よくわかんない」
「なんだよ」 と笑うと 「カプチーノは好きだよ」 と主張する。まあ、それもコーヒーか。
「ね、どこいってたの?」
「んー? その辺をぶらぶらと」 事実、そうとしか言えない。
「なんか、機嫌、悪いよね?」 りこはカップを置いた。
「いや、怒ったりしてないぞ?」 それは嘘じゃない。
「勇吾くんはね」 俺は、ドキッとした。
「なんでもないの。ただの友達」 俺は何も言えなかった。ただ心臓がどきどきした。
俺が黙っていると、りこはすっと立ち上がって、二階に駆けあがっていった。普段の生活音なんて、筒抜けなくらい聞こえるのに、そのあと、二階は誰もいないみたいに静かだった。
……そうだよな。同じ子供部屋で過ごしているんだから、居間の声が筒抜けなことくらい、りこもわかってるよな。でも、俺に言い訳が必要なのか? 俺が、不機嫌に見えたのか?
なんだかよくわからない……。りこは、俺が機嫌悪そうにしてたから勇吾くんのことを言い訳したのか?
俺は何で機嫌悪そうに見えた?
妹に嫉妬なんて、おかしいだろ。普通は、妹に嫉妬なんてしない。だから、俺は嫉妬なんてしてない。
俺は、りこの残されたカップを見て、しばらくぼんやりしていた。
数分後、俺はミルクを温めていた。
「ただいま」
やっぱり、台所からじゃ玄関の声は聞き取りにくい。あんなに、二階から今の声は聞こえるのに。
「りお、おかえり」
台所に顔を出した莉緒に、声をかける。
「兄さん……なにか、あった?」
ううむ、顔に出やすいのだろうか。自分でもよくわからないのだ。ほんとうに。不機嫌なつもりはないのだけど。
ぺちん、と、俺は自分の頬に手を当てる。
「なにか、落ち込んでる……りこと、ケンカした?」
俺たち兄妹って、なんだかわかりあってるのだか、なんなんだか。ふっと笑みが出る。
あつあつに温めたミルクで、りこの残したコーヒーを割る。
「りお、悪いが二階のりこに持ってってくれ」
「わあ、カフェオレだね」
「おまえの分もつくろうか?」
「うん!」
俺は運び屋の対価を用意するため、小鍋にミルクを足して温め始めたのだった。




