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第十話(5)

 俺が玉入れから戻ると、赤マッチョを中心に男子数人が揉めていた。やがて、赤組のテント全体に赤マッチョが呼びかけた。

「棒倒しで、うちのメンバーに欠員が出た。誰か出たいやついないか!」

 なるほど。原因は体調不良ということだ。棒倒しは数で劣れば不利だもんな。

 うん、それはわかる。が、なぜ莉緒が前のめりなんだ。

 俺の隣で、莉緒がいまにも手を挙げそうな、らんらんとした目をしている。

 どうしよう、やってみようかな? と、いまにも勇気の一歩を踏み出してしまいそうだ。やっぱり、今日の莉緒はテンションが高すぎておかしくなってる。

「りお、だめだぞ。体格差がありすぎなので、お兄ちゃんストップを宣言する」

 ドクターストップならぬ、俺様ストップを宣言。俺は腕でばってんを作った。

「えぇ~」

 と駄々をこねるような口振りが、まるでりこみたいだ。やっぱり兄妹なんだなあ。

「なあ藤原とかって出てこないよな?」 「棒倒しって、あいつらいると荒れそうだもんな」

 普通の男子たちの不安材料はそれだ。

 藤原をはじめ、生徒たちに不良と判を押されたメンツは、生徒会と実行委員会によって、各組に分散して組み分けされている、という情報は真白とその兄、一ノ瀬蒼司から聞いていた。

 藤原本人は、その生徒会副会長一ノ瀬蒼司率いる青組に封じ込められていた。

 正直、藤原とその他の連中に関しては、一年のころから噂ばかりで、俺は実害を被ったことがない。何人かは、殴られた、とかコンビニで奢らされたとか、面倒ごとがあるみたいだ。

「あー、藤原は棒倒しの出場メンバーに入ってないから安心していい」

 生徒会の裏工作を知っていそうな赤マッチョ先輩が説明を付け加えたが、どっちにしろ棒倒しは荒れ気味の種目なので、希望者がなかなかでなかった。荒事を厭わない血気盛んな連中は、すでにメンバーに入っているのだ。

「兄さん……」

 莉緒が心配そうに俺を見上げる。自分が出られないなら、代わりに出てほしいという目だ。

 俺はみんなを助けるスーパーマンじゃないんだが。

 でも、がんばりたいといった莉緒に出場をやめさせるわけだもんな。願いはかなえてやりたい。

 ふう。息を吐いて、俺は右手を挙げた。

「葉月、出てもいいです」

 と、我ながら消極的。他にやりたいやつがいるなら譲ってやるよ? という体裁で、しかし他の希望者は出てこなかった。

「よーし、頼むぞ葉月!」

 赤マッチョ先輩の一言で募集は締め切られ、俺は交代要員として選ばれてしまった。

 がっくし。

 いよいよ時間になり、入場門に向かう棒倒しメンバーを赤組女子が声援する。みんなすごくかわいく見える。なんせ、毎年大荒れの棒倒しだ。彼氏彼女の間柄じゃなくても、リップサービスくらいはしてくれるのが人情だ。

 男子は男子で、これを機に彼女ができるかもしれない。ほかの野郎どもはその程度で奮起するかもしれないが、俺には通じない。

「兄さん、がんばって!」

 莉緒も見送りの列にいた。なんか、きらきらした瞳が俺の気持ちをもおかしくさせる。

 ようし、がんばるぞー。




 棒倒し一回戦……風塵が巻き上がり、グラウンドの両端で対峙する赤組対青組。

 放送ブースががなり立てて、戦いを盛り上げる。午前中最後の種目。団体種目で得点も高い。

 さらに、人気低迷の微妙な漫画が、バトル路線に変わって評価が上がったりするように、人間の根源には闘争本能があるのだ……そんな馬鹿な。

 ケガしないように気をつけよう。

 いやそんなことより。青組の中央に仁王立ちするやつに、赤組総勢ざわついていた。

「一ノ瀬副会長、ちゃんと仕事してくださいよ……」

 一ノ瀬兄に俺は毒づいた。

「なんで藤原が出てんだよ」 「あいつ絶対危ないだろ」

 みんな思うことは一緒。俺は競技役員ブースをちらりと見たが、さしもの一ノ瀬蒼司も、もはや苦い顔で腕組みするしかないようだ。

 そうだよな。いまからあいつの出場を止める、正当な理由もない。

 笛が鳴って開戦!

 動揺したままの赤組。藤原のラフプレーを恐れて及び腰の赤組の棒に、藤原と相手方の青組の連中が群がる。こいつらはいいよな、藤原を敵に回さなくていいんだから。

 俺たちの攻め手も青組の棒を引き倒しにかかったが、勢いが違った。赤の棒がみるみる倒されて先制される。

 あっさりと先制されて、棒倒しってこんなに平和な競技だっけ? というくらいにみんな無傷で拍子抜けだ。あまりの赤の弱さに、自軍のテントも静まり返っている。

 次、二本目だ。

「いいか! ビビるな、守りを固めろ!」

 赤マッチョ先輩が咆哮をあげる。

「おお!」

 なんだかみんなも、二本目まであっさり負けては女の子たちに顔向けできない、という心情みたいだ。

 赤マッチョ先輩が、率先して藤原の進路をふさぐ。タックルなどのハードコンタクトは禁止だから、ただ道をふさいで時間稼ぎにしかならない。それもむなしく、藤原は鮮やかなフェイントで抜き去っていく。

(あいつ……なんかスポーツやってんのか?)

 藤原が、ふたたび赤組の棒に取り付いて倒しにかかる。まるで一本目の敗北シーンの焼き直しだ。青組の攻撃陣がどんどん群がって取り付いていく。

 趨勢が決まったかに見えた。

(しかし、だ)

 両チーム人数は同じで、青の攻撃がこちらに多数取り付いているのだから、当然青の守りは薄いわけで。

「なあ、ちょっと」

 自軍の棒の守備に取り付けないメンバーに声をかけて、俺は青組の棒に速攻をしかけてみた。青組の棒を支える三人が、まずい、という顔で叫ぶ。

 赤の攻め手、俺を含めて五人。青の守り三人。

「兄さん、うしろ!」

 場外からの高い声が、俺に警告を発した。

 次の瞬間、俺はものすごい力で後ろに引きずり倒された。

「残念だったな、春詩く~ん」

 背中を強打して、息ができない。そこへ、藤原が顔を覗き込んでいた。馬鹿でかい手が、俺のほっぺたをピタピタ叩いて、こばかにする。

(なんつう、でかい手だ。そんなに体格違うのかよ……)

 藤原はものすごい歩幅とダッシュ力で、あっという間に俺の背中に迫ったらしい。さらに攻撃メンバーと同じ人数の青組の守り手が柱について、俺たちの奇襲は終わった。

 そのとき、あろうことか赤組の棒がめきめきという音を立ててへし折れてしまった。その破断する音は、場内に響き渡るほどだった。近隣から提供された、かなり太い竹の棒だったが、高校生の乱暴な情熱に負けてしまったか。

 競技役員が悲鳴にも似た笛を吹いて競技中止を宣言した。

 結局、予備の棒がないということで、棒倒し種目自体が中止とり、一本目まで行われた赤組と青組の勝負も、ほかの色の対戦ができない以上、公平性を期すため得点なしのノーコンテストとなった。

「ちっ。つまんねーんだよ」

 藤原が、小さく苛立ちを吐き出していたのが、俺に残った印象だった。

 体育祭なんて、かったるいとか言って校舎裏でさぼってるイメージのやつなのだが。

(あれだけの運動能力を、持て余してんのかな……)


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