第八話(2)
修学旅行が終わって、莉緒は半月休んだ。
そのころには、莉緒がレイプされたという噂まで流れていた。
いや、実際にあれは、加害者に対してだけは、お前がやったのはレイプだと断罪して良いだろう。
だが、問題はその点ばかりではない。中学生が面白おかしくレイプという言葉を弄んで、さらに莉緒を傷つけたことだ。
なんどか学校と話し合いの場がもたれたが、最初はお粗末だった。
我が家を最初に訪問したのは担任教諭と学年主任で、当時在校生だった俺にも身近な教員だった。我が家の居間で、単身赴任先から急いで帰ってきた親父と母さんが対応し、俺と莉緒が端に座っていた。
「ちょっと、悪ふざけが過ぎてしまったが、あいつらも反省しているし、謝りたいと言っているんだ。許してやれないか」
両親への挨拶のあと、莉緒に向かって教師はそう言った。担任の谷崎という男性教諭の最初の認識はその程度だった。
莉緒は、何も言えずに目を伏せて、その日は何も言葉を発しなかった。その場だけでなく、家族にすら、精神的なショックで口を利けなくなっていたのだ。
俺は冷たい目で教師を見ていた。はじめて、教師という大人が、そこまで優れた人格をもつ存在ではなく、対等に向き合い、時にこちらの意見をなんとしても通さなければならない相手なのだと感じていた。
俺は両親に莉緒を部屋で休ませてよいかと許可を求めて、莉緒を部屋から連れ出すと、すぐさま応接間に戻った。
「谷崎先生……いえ、谷崎さん。僕は、学校で流れている噂を知っているんですよ? 母さんは知らないかもしれないけど、莉緒がレイプされたって、冗談交じりに男子、いや女子だって、みんな興味本位で口にしてるんです。事実はそうじゃないけど、そういう状況だったって理解して、みんな覚えたての言葉で遊んでいるんですよ。これって、いいことですか?」
「うん、だからな、みんなには学校として指導しなきゃいかんと考えているし、それがおのずと、言わされる謝罪ではなく、心からの謝罪につながると先生思うんだ」
谷崎という男は、まだ俺に対し、生徒を諭す感覚で話していると感じた。俺が、親が背後にいることをいいことに、大人である自分と対等に生意気な口をきいているとすら思っているのではないか。俺はそんなふうに疑ってさえいた。
「りおが感じた怖さは、りおにとっては、きっと“それ”と同じだったはずです」
黙って聞いていた親父が、その時、組んでいた腕をほどいておもむろに言った。
「谷崎先生。まず、校長先生と一緒に来られるべきでは」
わが父は、礼儀として谷崎たちを家にあげたが、そもそものこのこやってきた教師二人の話を聞くつもりはなかったようだ。
いつだったか、その当時、母は俺に言った。
「春詩、あんたに言っとくけど、先生なんて言っても、お父さんからすれば十歳も下の人よ」
正確な年齢差を確かめたわけではないが、物の例えだ。もちろん年齢がすべてではない。安易に教師を貶めるものではないから、母さんは分別のつく歳と信じて、そのとき俺だけに言ったのだろうと思う。
翌日、校長が加わり、三人の教員が家にきた。
この日、莉緒は同席を拒んだ。親父は、相手の挨拶もそこそこに聞き流して、切り出した。
「校長先生、認識の齟齬があるといけないので先に申し上げておきます。私は、警察に被害届を出そうかと考えております」
父は宣言した。
そこから、事態は動いた。問題となった生徒たちとその保護者たちによって謝罪を行いたいという申し出に対して、莉緒抜きでなら謝罪を受けると父は答えた。
謝罪の場は、中学校の応接間にセッティングされた。
相手方の保護者が頭を下げ、生徒たちも決められたセリフのような謝罪を口にした。
親父はその場で、謝罪の言葉自体は受け取るが、決して君たちを許しません、と父は訓示した。許さないという意味についても、言葉を砕いて説明した。法的に何かをおこすつもりは『今のところない』が、今後の反省や行動次第では、手を尽くすと説明した。
今思えば、これも一ノ瀬蒼司がいう、「言葉の通じない相手にわからせる」方法なのかもしれない。
親父は、莉緒と俺にも相談してくれた。
まず、親父は莉緒の気持ちを優先させたうえで、結果として問題の男子生徒たちの今後の扱いは、クラスを変えてバラバラにし、莉緒がいるクラスには一人も残さない、ということになった。
転校させてやることもできるが、と前置きした親父は、つづけて説明した。
主犯格とはいえ表層的でもある数人を転校させるよりは、目の届くところで厳しく指導されている姿を見せたほうが、ほかの生徒たちに対して重大性を理解させることにもつながるし、ひいては流出した画像の削除や、流出させることの犯罪性を理解させ、抑止につながる。
付け加えれば、同じ学校に在校することで相手の保護者側にもこちらの存在を近くに感じさせた方がよかったのだろうと、俺は今でもあの時のことを思い返している。
俺と莉緒もその考えを理解した。
親父はそのあたりも、無理に誘導せずに、莉緒の気持ちと俺の判断を尊重してくれて、最終的にそういう形に落着した。
「もちろん、莉緒も立ち向かわなくちゃいけないけど」
親父の言葉に、莉緒は小さくうなずいた。
「春詩、助けてくれるか」
俺ももちろん、強くうなずいた。
親父は弁護士にも相談していた。
校内限定とはいえ、SNSで流されたの画像の削除のことと、この事件の扱い方について。
主にかかわった男子生徒たちには、部活動の引退と毎日1時間の社会規範とSNSに関する講習を科すこととした。講師役は、校長と教頭と学年主任が持ち回り。何回かは専門の講師を招いた。その費用は示談金の一部として相手の保護者に払わせることもできたが、親父が支払った。示談と和解を成立させてしまうのを親父は嫌ったのだ。弁護士によると、和解に条件を付け、それに反すれば罰則を科すこともできるということだったが、俺も和解しないことに賛成した。子供心に、和解という言葉は、何かおかしく感じたのだ。
なにかあれば、より徹底的にやり返す権利をまだこちらが手にしているのだと、言外に親父は相手の保護者や学校側との面談で、誇示した。和解が成立すると、相手方に気のゆるみを与えてしまう。それよりも、末永く反省を強いる。そして、やり返す武器をちらつかせることで、莉緒が中学や高校を卒業するまで、それ以上に、出来るだけ長く守ってやろう、と親父は考えたのだ。




