第三話(3)
月曜の下校時間。帰宅部の俺は寄り道するあてもなく、早々にカバンを肩にかけて昇降口を後にした。周囲にはご同輩がぼちぼちいる。みんな、週の最初の月曜日で疲れた顔だ。
校舎の脇を通り抜けると、
——— ぷおおぉぉー
と、まっすぐだがどこか気の抜けたような音が響いてくる。音楽室の窓が開いていて、吹奏楽部の音出しが盛大に外まで響いていた。まだ音を合わせる前の、めいめいに出している音。ばらばらだけど、でもどこか活気があって。最近俺が得た知識だと、チューバかユーフォか……音を聞き分けられるほどではない。
楽器の音を耳にして一抹の寂しさを感じる。
(なんだか、フラれたみたいだな)
なんて、冗談めかして独りごちると歩き出す。今頃、新入生として莉緒は指導を受けているころだろうか。なじめるといいな。
「あれ、りこ?」
バス停のベンチで、制服姿のりこが座っていた。松葉杖が足元に立てかけられている。
俺たち兄妹の使うバス路線は駅前から住宅地を抜けるルートで、最寄のバス停は中学と高校のちょうど中ほどの住宅地の中にあった。そこそこ乗降客の多いバス停だが、いまは、りこがさみしそうに一人きりだ。
「兄さん……」
りこは少しだけ困ったように笑う。
「よ……足、痛まないか?」
俺が隣に腰を下ろしながら尋ねると、りこは首をすくめた。
「痛いよー、でもへいき。松葉杖もさ、だいぶ使いこなせてきたよ。人生初マツバヅエ!つい動き回っちゃって、あはは」
俺は何も言わずにうなずいた。病院に付き添ったので、状態は知っている。軽い肉離れ。筋疲労とか筋肉痛の重症化したやつだ。
「安静にしてろって、いわれただろー?」
「だから部活休んでるし」
りこは唇を尖らせた。
「ま、回復も大事だっていうしさ」
「そうだねえ」
空を見上げながら、りこは無事なほうの足をぷらぷらさせる。
「試合のわたし、すごく跳べてたでしょ」
俺の方を向いて続ける。りこは、あの日の試合の感触を思い返しているのだ。そして次に向かう努力のことと、目の前に迫る限界を見つめているのかもしれない。
「とみちゃんが褒めてくれたんだ。『りこ、今日めっちゃかっこよかった!』って」
「ん、すごかった。俺がもし、りこと同じ身長だったらスパイクなんて打てないよ」
「でしょー?」
りこは自分の足を見つめながら、かすかに笑う。その目は、次に挑む目だ。
「はる兄、応援に来てくれてありがと」
バスが来る。りこは松葉杖を使って立ち上がった。
「がんばるよ、夏までは……」
そのあと、俺たちはバスに揺られていく。車内は路線沿いに住むじいさんとかばあさんが多くて、たまに下校する小学生が乗ってきたりしたけど、終点の俺たちの家の近くに着くころには、また二人だけになった。
りこは無言だった。まあ、あの試合の直後もそうだったが、元気がない時に、無理に元気にするのも疲れるからな。
終点に着いてバスを降りると、りこがいたずらっぽく言った。
「ねえ、お兄ちゃん、おんぶー」
ケガした片足を浮かせて、松葉杖を両手に掲げる。
「仕方ねえなあ」
俺はかがんでりこを背負った。
「えへへー」
「りこ、スカート短くなってるんだから、気をつけろよ、後ろからパンツ見えてるかもよ」
「だ、だいじょうぶだもん!」
りこを背負って歩きながら、俺はりこがかあさんと喧嘩したときのことを思い出した。
りこの身長は、中学一年の終わりのころからぴたりと止まっていた。りこの背丈は、母さんとほとんど同じ。自分の背が伸びないのは遺伝のせいだって、りこは泣いてた。もちろん、それはどうしようもない事への怒りで、我が儘ですらあるのだけど、母さんは一生懸命りこを慰めてたし、謝ってもいた。
(母さんって、すごいな)
それから、母さんは栄養のことも頑張って覚えて、食事でもりこをサポートした。ちょっとだけ大人になったりこも、母さんに謝ったし、ありがとうって言えるようになった。
「はる兄、ありがとう」
りこは、俺の耳元に囁いた。
「おう、早く治せよ」
我が家はもうすぐだ。




