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婚約破棄され、家族に捨てられた悪役令嬢ですが、逃亡先の隣国皇太子に溺愛され、拒否している間に勝手に全員へ復讐されて次期王妃になっていました

作者: 結城斎太郎


 「――リシェル・エルバート。貴様との婚約を破棄する!」


 その言葉が響いた瞬間、貴族社交界の晩餐会場はざわめきに包まれた。

 宣言したのは、私の婚約者であり、第一王子エドワード殿下。彼は私を睨みつけながら、その隣に寄り添う完璧な金髪の美女――私の姉、セリーナを抱き寄せた。


 「殿下……理由をお聞かせ願えますか」


 喉の奥から絞り出すように問いかけると、彼は軽蔑の笑みを浮かべた。


 「お前は冷酷で、嫉妬深く、周囲を虐げる悪役令嬢だ。セリーナはお前の被害者だ」


 ――悪役令嬢。

 それは、この場にいる誰もが信じ込まされている虚構。幼い頃から両親に顧みられず、姉には使用人のように扱われ、暴言や暴力が日常だった私。

 けれど、そんな真実を語ったところで、誰も耳を傾けはしない。


 「……そうですか。では、これ以上言うことはありません」


 私は裾を持ち上げ、王子と姉の前で一礼し、その場を立ち去った。背後で笑う二人の声が、妙に遠く聞こえる。



---


二 ネグレクトの家


 実家――エルバート公爵家に戻ると、父は私を見るなり眉をひそめた。


 「恥を晒して帰ってくるな。お前はもう用済みだ」


 母は扇子で口元を隠しながら、「セリーナの足を引っ張らないでちょうだい」と冷ややかに言った。


 私は何も返さなかった。

 ――ああ、この家では私はただの道具でしかない。婚約という「価値」を失った今、存在する意味すらないのだ。



---


三 脱走


 その夜、わずかな金貨と外套を持ち、私は屋敷を抜け出した。

 馬車など使えば追手に見つかる。夜明け前の冷たい森を、ひたすら歩き続ける。


 国境を越えるには、険しい山道を抜けるしかない。途中で足を捻り、食料も尽き、私は雪の降る林の中で倒れた。


 ――ああ、このまま死ぬのも悪くないかもしれない。


 意識が薄れる中、馬の蹄の音と低い声が聞こえた。


 「……おい、大丈夫か!」


 最後に見たのは、白銀の髪と深い蒼の瞳を持つ男の姿だった。



---


四 隣国の皇太子


 目を覚ますと、そこは暖炉のある豪奢な部屋だった。

 傍らの椅子には、あの男――アレクシス・ルフェーブル殿下が座っていた。


 「目が覚めたか。君は国境近くで倒れていた。名前を聞いても?」


 「……リシェル、と申します」


 「リシェル。いい名だ」


 彼は穏やかに微笑んだが、その瞳は鋭く私を観察していた。


 数日間の療養の間、アレクシス殿下は何度も見舞いに来てくれた。そしてある日、不意に言った。


 「リシェル、私の妃にならないか」


 私は反射的に首を横に振った。


 「……申し訳ありません。私は、誰かに愛される器ではありません」


 「君がそう思っているだけだ」


 彼はそう言って微笑んだが、私は過去の傷から、彼の真意を受け入れることができなかった。



---


五 静かな動き


 それから、アレクシス殿下は表立って求婚することはなかった。ただ、私の暮らしを整え、護衛をつけ、誰も近づけないようにしてくれた。


 けれど、彼の背後で何かが動いていることに、私は薄々気づいていた。

 国境を越えて密かにやってくる使者、彼が時折見せる冷たい笑み。

 ――それは、まるで獲物を狩る獅子のようだった。


 私の知らぬところで、エルバート家と第一王子周辺に、不穏な噂と事件が広がり始めていた。



---



六 崩れゆく王都


 春の雪解けと共に、故国アルベール王国に妙な噂が広まった。

 第一王子エドワード殿下が、貴族令嬢数人と密会を繰り返している――。

 さらに、国庫から莫大な金が不正に流れている証拠まで出てきた。


 「……アレクシス殿下、これは……」


 私が問いかけると、殿下は紅茶を口にしながら、淡く笑った。


 「正義は、時に少し手を貸してやらないと姿を現さない。君を捨てた男の不正を暴いただけだ」


 「……やはり、あなたが」


 「私がやったと証明できる者はいない。だから心配はいらない」


 その口調は穏やかだが、瞳は冷たく澄み切っていた。

 獲物を追い詰める狩人の眼――それが、私のために向けられているのだと気づき、胸が熱くなると同時に、ぞくりとした。



---


七 姉の墜落


 噂はすぐに姉セリーナにも及んだ。

 彼女は王子の愛人として贅沢を謳歌していたが、王子が失脚し始めると、周囲の貴族たちは一斉に距離を置き、彼女を裏切った。


 「セリーナ・エルバート。あなたには王家への詐欺と背信行為の疑いがあります」


 王都の広場で行われた公開裁判に、私は招かれた。

 遠くから見た姉は、かつての誇り高い姿はなく、髪は乱れ、泣き叫びながら罪を否認していた。


 ――それでも、彼女は最後まで私の名前を罵った。


 「全部、あの女のせいよ! リシェルが私の人生を――!」


 私は静かに視線を逸らした。

 アレクシス殿下は私の耳元で囁く。


 「君は何もせずともいい。彼らは勝手に落ちていく」



---


八 父母の破滅


 次に標的となったのは、エルバート公爵夫妻だった。

 国庫横領に加担していた証拠が、ある日突然、宮廷に届けられた。

 差出人不明のその文書は、王室監査官によって即座に調査され、公爵夫妻は財産没収と終身幽閉の刑に処された。


 私は知っている。その「差出人」が誰かを。

 アレクシス殿下は、私の目を見て告げた。


 「これは報いだ。君を道具のように扱い、守らなかった者たちへの」


 私は唇を噛んだ。復讐は望んでいなかった……そう思っていた。

 けれど、こうして自分を傷つけた者たちが滅びていくのを見て、胸の奥に溜まっていた冷たい塊が少しずつ溶けていくのを感じた。



---


九 再びの求婚


 すべてが片付いた夜、アレクシス殿下は私を王宮の庭園に呼び出した。

 満開の月下美人が甘い香りを漂わせる中、彼はゆっくりと跪いた。


 「リシェル。もう君を縛るものは何もない。私の隣に来てくれないか」


 「……私は、あなたに相応しくないわ。今までずっと、あなたの気持ちを拒んできた」


 「君が拒む理由はわかっている。けれど、私はそれでも構わない。拒まれ続けても、手を伸ばす」


 彼の真剣な眼差しに、胸が強く打った。

 私は、ようやく言葉を絞り出す。


 「……はい。私でよければ」


 アレクシス殿下の瞳が輝き、彼は私の手の甲にそっと口づけた。



---


十 王妃としての朝


 婚約の報せは瞬く間に隣国中に広がった。

 私は王宮で暮らすことになり、礼儀作法や政務を学びながら、次期王妃としての務めを果たし始めた。


 時折、過去の記憶がよみがえり、胸が締めつけられることもある。

 だが、そのたびにアレクシス殿下は私の手を握り、「君はもう一人じゃない」と囁いてくれる。


 ――あの日、森で出会わなければ、私はとうに消えていた。


 今、私はここにいる。

 彼の隣で、真っ直ぐ前を見て歩いていける。



---


十一 そして未来へ


 戴冠式の日、アレクシス殿下は新たな王として即位した。

 その隣に立つ私の姿を、かつて私を捨てた人々は遠くから見ていただろう。

 彼らの視線を背に、私は堂々と笑った。


 「ようこそ、リシェル・ルフェーブル王妃殿下」


 アレクシス殿下の低い声と共に、国中の祝福の声が響く。

 私は静かに誓った――もう、誰にも踏みにじられない。

 愛する人と共に、私の物語はこれからも続いていく。



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