(おまけ)とある雪の日の過ごし方
今日、雪が降ったので。
雪の日。
私は外に出ることを諦め、勇者と2人でコタツに入っていた。
畳の上に置かれたそれは、少し古くて、角が丸くなっている。足を入れると、じんわりと熱が伝わってきて、思考まで溶けていく気がした。外は静かで、雪の音すら聞こえない。
「ミカンも飽きてきたな……」
「2箱買っちゃったもんね……なんで1箱にしなかったんだろ」
「お前、その発言3回目だぞ」
「いいんだよ。雪の日は同じ話を何度してもいいの」
「そんなの聞いたことないぞ……」
呆れたような顔をする勇者。私は聞こえないふりをして、窓の外に降り積もる雪を眺める。
「あとで薄味のスープ飲もうか。雪の日だし」
「さっきからお前のそのルールは何なの……?」
それはあの子が教えてくれた、雪の日の過ごし方だ。
* * * * * * * * * * * *
「雪の日はですね。同じ話を何度してもいいんです」
彼女は、暖炉の前でそう言った。
「どうして?」
火にかざした手を温めながら、私は聞き返した。
「雪の日って、音が消えるじゃないですか。だから、同じことを言わないと、本当にそこにあったか不安になるんです」
「ふーん……」
小さな小屋。
山中にぽつんと建てられたそれは、二人が入ればいっぱいになるほど狭い。中央には小さな暖炉があり、薪がはぜるたび、ぱちぱちと乾いた音が鳴る。
外では雪がしんしんと降り積もり、来た道を完全に覆っていた。今夜はここで過ごすしかない。
小屋の中には、私と彼女、2人しかいない。
寄り添って座っていると、肩が触れる。寒さのせいで、吐く息が白い。空気が冷たく、肺の奥が少し痛い。
……これは、魔法を使ってでも戻った方が良さそうだ。
「触れずに物を動かす」「夢の中で精霊と話す」ことができる、今は聖女と呼ばれている彼女は、そっとため息をついて、私の杖を抑えた。……む。動かない。
しばらくの間、ぐいぐいと引っ張り合いをしていた私は、ぜーはーと肩で息をついて諦めた。この聖女は、聖女なのにフィジカル系なのだ。まるで王女様みたい。
「魔法は、駄目ですよ」
「この距離なら青で飛べるよ?」
すると、彼女は首を振った。
「駄目です。あなたの魔法は、どうも怪しい」
「……怪しい?」
「使わせると良くないです」
迷いのない言い切りだった。
寿命を削って魔法を使っていることは、私は口にしていない。勇者たちが教えてくれたからだ。
それなのに、この反応。
「精霊に何か聞いた?」
「あれ、怪しいんですか?」
「怪しくない」
「ならどうしてそんなこと確認するんですか? 何か聞いたのか、なんて」
彼女はくすくすと笑う。おかしそうに、くすくすと。
「精霊は嘘をつくことがあるから。信用しない方がいいよ。テレサが信じてたら気の毒」
「どんな嘘を、つかれたと?」
「私の魔法が怪しいって」
「どう怪しいんですか? 魔力の代わりに、何かを使っているから?」
「使ってない」
「使ってますよね?」
まずい気がした。
言葉の端々が、逃げ道を塞いでくる。火の音だけが、やけに大きく聞こえた。
「この話何度目? さっきもしたよね?」
話題を逸らす。
「あなたが恩人だから。だから、嫌なんです。私と知り合ってから、何回魔法を使いました?」
「15回くらいかな」
「正解は52回です」
適当に言ったら全然外れた。というか知ってるなら聞かなきゃいいのに。数が具体的すぎるから、たぶん精霊に聞いたんだと思う。
彼女は、そっと私を抱き上げ、膝の上に乗せる。今の私は10歳くらいの姿なので、普通にそう言うことができてしまうのだ。彼女は私の頭に顎を乗せてぐりぐりしながら「相変わらず暖かいですね」とか言ってる。暖房器具として使われてる気がする……。
「聖女だと言われても、一番大事なものは治せない。それが悔しくて」
「別に、そんな大ごとじゃない」
「大ごとです」
「大ごとじゃないよ。本当にね」
「あなたが『大ごとじゃない』と本気で考えている……それが、私は本当に悲しい」
そう言って、悲しそうに視線を落とす。そ、そんなことされると、まるで私が悪いことしてるみたい……。
「大ごとなんですよ。本当にね」
「その話、さっきから何度目?」
「だから言ったじゃないですか――」
そして、彼女――テレサは、ふわりと笑った。
「雪の日は、何度同じ話をしてもいいんだって」
「この雪、まさか精霊に降らせてる?」
「それこそまさかです。精霊さんにできるのは、天気予報くらいですよ」
どうやらここに閉じ込められたのは予定通りだったらしい。
道理で、急に山に登りたいとか言い出すからおかしいと思った……!
「あなたがあのとき私を拾ってくれなかったら、私は今、ここにはいない。そのお礼をしたいと思うのは、そんなにおかしなことでもないでしょう?」
「別に要らないけど……」
「おかしなことでも! ない! でしょう! ねっ!?」
彼女は、話すときもたまにフィジカル系なのだった。頭をごりごりと顎で押され、囚われの身となった私はこくこくと頷く。
「では、私をあなたの旅に連れていってください」
「それは無理」
「なぜですか」
「テレサには居場所があるでしょ。仕事も。この話、今日何度目?」
「5度目です」
「諦めたら?」
「やです」
「だって無理じゃ」
「だってじゃありません」
「なんか私がわがまま言ってるみたいになった……」
いやいや、と彼女はゆっくりと首を振った。
「いつ出るんですか?」
「明後日」
「みんなも悲しみます」
「また会いに来るから」
「あなたの『また』はいつになるかわかりません」
「……精霊ってどこまで話したの?」
「全部です」
「最悪だ」
「さいあくです。……もう」
そして、彼女は私をそっと横に置き、立ち上がった。私は座ったまま、彼女を見上げる。よく見ると、彼女の眼の下には大きな隈があった。
「どうしたの?」
「雪の日にはね、温かく、薄味のスープを飲むんです。それが私の故郷の鉄の掟でした」
「さっきから知らない風習がたくさん」
「そうでしょうそうでしょう。知ってたら怖いです」
「……どういう意味?」
「さあ、どういう意味ですかね」
彼女は背中を向けたまま、台所で何かを準備し始めた。ちゃぷちゃぷという水音や、カチャカチャ、と何か金属が触れ合う音がする。そして、彼女が持ってきたのは、鍋だった。中には、透き通ったスープ。暖炉に鍋を掛けると、しばらくしてぶくぶくと泡が立ち上ってきた。
「ここで一緒に死にませんか、って言ったらどうします?」
「約束があるから無理かな」
「ふふ、じょうだんですよ」
「知ってる。え? これ毒なの?」
「毒じゃないです」
「怖い」
「私も死ぬのはちょっと怖いです」
「私たち、話嚙み合ってる?」
「いちおう」
「怖い」
薄いスープの味。
最初に舌に触れたとき、拍子抜けするほど何も主張しない。塩気も香りも控えめで、口の中に「味」として残るものはほとんどなかった。
けれど、飲み込んだあと、少し遅れて熱だけが身体の内側に落ちてくる。
喉を通り、胸の奥へ、さらにその下へ。
冷え切っていた内臓が、順番にほどけていく感覚。
彼女は何も言わず、同じようにカップを傾けている。
暖炉の火の音と、雪の向こうの静けさだけが、間に流れていた。
「私、雪の日って、きらいじゃないです」
「どうして?」
「雪を見ると、あなたを思い出します」
「それは髪の色がちょっと似てるだけだと思うよ」
「似てますよ。どこか冷たいところも、触ると消えてしまうところも」
「なんだか今日のテレサって正直だね」
「いつもは嘘つきだと申しますか」
「私の口からは言えないかなぁ」
この、とこちらに怒るふりをして、彼女はくすくすと笑った。
けれど、その笑顔は、さっきまでの軽さとは少し違っていた。
言葉にしてしまえば壊れると分かっているものを、あえて冗談の形にして差し出してくるような、そんな慎重さ。
本気を隠すための軽口だ。
「雪の日には、私と2人で、山小屋でスープを飲んだことを思い出してください。そうすれば、きっと、私も一緒に旅をしていることになりますから。……忘れないで、くださいね」
そう言って、彼女はふわりと笑った。
――それから何十年もあとのこと。
彼女の故郷を訪れたとき、「雪の日には薄いスープを飲む」なんて風習がどこにも存在しない、ということを知った。
* * * * * * * * * * * *
「なんか薄くね?」
「いいの。これが習わしなんだって」
私は窓の外にしんしんと降り積もる雪を眺めながら、あの時と同じ、薄味のスープをゆっくりと口に運んだ。
なんとなく、カップを1つ、余分に置いてみた。そうすると、よりあの日のことをよく思い出せる気がした。
あの雪の日に教えてもらったことが真実かどうかなんて、もうどうでもよかった。
けれど確かに。
彼女と一緒に過ごしたあの雪の日は――今も私とともにある。
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