六幕 新兵の研鑽
中平元年(西暦一八四年)、十二月。
并州。太原郡。晋陽県。
ここ最近、日中の城内はいつも熱気であふれていた。
というのにも理由がある。
并州刺史・董卓が率いる部隊が、昨年の黄巾の乱において抜擢された。
その際、兵の増員を見込めるだけの資金を手に入れた。
この時代、給与は銭と米で支払われる。
毎月決まった額が洛陽から支給されるのだ。
州刺史である董卓の俸給は月七十斛。俸給のすべてを使っても、百人ほどの私兵団しか集められない。
そこを、董卓は無理矢理やりくりをして、五百の私兵団を率いていた。
昨年の黄巾の乱において、中郎将となった董卓の指揮できる兵数は一万二千五百に達し、それを指揮できるだけの資金も送られた。
董卓はそれを、数万の兵がぶつかり合う戦場において、少ない兵数だと主張し、洛陽からさらに資金を送ってもらい、二万の軍を編成した。
途方もない米と銭が晋陽県の県城に集められ、それを管理することになった。
実は、公表していないが、董卓の部下の華雄が、一万の兵を訓練中、半数をダメにしてしまった。ゆえに、五千人分の俸給が浮いたことになっている。
これを利用して、董卓は并州の軍事を拡充しようとしているのだ。
それが、このところの晋陽の熱気に繋がっている。
黄巾の乱に参加していた兵たちは臨時のものだったのでもうすでに解散してしまっている。
現在、年末の寒空を熱気で染め上げている兵たちは、新しく募集に応じた者たちで、それらの訓練が、董卓たちの急務であった。
募集に応じた者は多かった。
なにせ、訓練をするだけで、食事がもらえるのだ。さらに、家族の分の食事も少ないながら提供される。
また、董卓の私兵団は、州内に侵入してこようとする異民族の討伐も行う。
自分たちの家族を守りながら、食べることもできる。
兵士志願の者たちが殺到したのも無理からぬことだった。
「そこまで!」
声が聞こえて、牛輔は走るのをやめた。
朝からずっと走りとおした。
今は太陽が中点から降りてきて照らされた影も長くなってくるような時間だ。
その間、ずっと走らされていた。
牛輔が視線を巡らすと、何人もの男たちが荒い呼吸をしながら倒れている。意識を失っている者も少なくないようだ。
しかし、牛輔はそのまま、号令をかけた男のもとに歩み寄ると、武器を構えた。
その様子を見て、男が顔を綻ばせる。
「やるなぁ、牛坊。まだまだ余裕みたいやな」
「そうなんですよ。不思議なんですけど、まだ体は動くみたいなんですよね」
牛輔は不思議そうにそう言いながら、訓練用の棒を振り出した。
牛輔はまだ、十五歳。それに比べて、周りに転がっている男たちはみな、二十代から三十代の動き盛りの男たちだ。そんな男たちが倒れていて、まだ幼い牛輔が棒を振れるのは確かに奇異なことだ。
実際に、牛輔も少し前までは走る訓練をした後は動けなくなっていた。
「それが、戦を経験したモンと経験してないモンとの差や。牛坊もいっぱしの兵士らしくなったやないか」
そんな牛輔の成長を喜ぶように、号令役の男―――華雄が豪快に、嬉しそうに、笑った。
「さて、牛くん。今日は戦術における基本的な行動を教えていくわね」
ところ変わって牛輔は場所を室内に移していた。
黄巾の乱から帰ってきた牛輔は鍛錬に励んでいる。
朝から軍事訓練を行い、陽が落ちると軍略の講義を受ける。
軍略講義の講師は楊定だ。
最初は楊定も拒否した。
見習いの兵卒のために軍略講義なんて、楊定に何のメリットもない。
落ち込んでいた牛輔だったが、李儒が動いた。
『整修~。人にものを教えるのは、あなた自身の知見を深めることにもなります~。彼に軍略を教えることで、あなたの軍略もより深くなるでしょう~。胡くんは飛び出して行ってしまう質だから、あなたは前線では頼りにしたいのですよ~』
次に牛輔が楊定に講義のお願いをしに行ったとき、楊定は満面の笑顔で牛輔の願いを受け入れたのだった。
そして、今回は孫子の講義を行っている。
「その前に、牛くん。前回の講義は覚えているかしら?」
楊定の空いた時間に行われるこの講義は、前の時よりも時間があくこともある。
前回の講義は一週間前。
その時の講義を、牛輔は思い出した。
「えぇと、敵と争う前にはまず、敵と自分との力を比べて、争うかどうか、慎重に検討をしなければならない、ということでした」
「ふむ。『兵は国の大事なり。死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり』。では、この続きは、何だったか覚えているかしら」
楊定に問われた牛輔は立ち上がる。
「はい。『ゆえに、これをはかるに五事をもってし、これを比ぶるに計をもってして、その情を求む』です」
「うん。あってるわ。では次、五事とは?」
「道、天、地、将、法の五事です」
「それぞれの意味は?」
「道は君主と民が同じ意志を抱いていること。天は天気、気温、季節のこと。地は戦場の位置、地形、広さ、移動のしやすさのこと。将とは将軍の賢さ、信頼度、仁徳の深さ、勇気の多寡、威厳の有無のこと。法は部隊編成の決まりを守っているか、部隊を監督する官吏の地位が適正か、将軍に対して正しく指揮権が与えられているか、ということです」
「そう。まず最初に、敵と争う前に、自軍の五事は正しく行われているかを見つめなおし、その後改めて敵の五事を調べるのよ。軍を指揮する人は意識的にか無意識的にかは置いておいて、みんなこれを測っているわ」
頷きながら、楊定は牛輔の理解力に満足する。
なんなら、董卓のもとにいる将たちはみな脳筋だ。
五事についても、臧覇は直感で行っているし、段煨は頑張っているが理解が追い付いていない。
ちなみに、華雄は理解しているようではあるが、情報を集めるために攻めてみる、というような本末転倒なことをよくやっている。
董卓の部隊の中でも上級指揮官と呼ばれる三人からしてこれだ。
もちろん、その前段階として、董卓や李儒が情報を集め、だれをどこに派遣するかを考える。それが的確だからこそ、董卓の私兵団は精強なのだ。
しかし、前線で実際に動いている指揮官たちがこの体たらくでは、いつ何時、どんな事故が起こるかわかったものではない。
董卓の私兵団にとって、ひいては幷州の治安維持にとって、兵法を理解した指揮官の育成は急務だった。
(とはいえ、なにもゼロから作らなくても、兵法に精通している人材を発掘すればいいのに)
楊定はそう思っていたが。
(しかし、こう吸収力が高いと、教えているこっちもなんだか嬉しくなるわねぇ)
真面目に楊定の教えを反芻し、着実に知識を増やしてくる教え子の頑張る姿は、なにやら楊定にゾクゾクとした不思議な快感を与えてくれるのであった。
「さて。今日はこれを学ぶわ。『兵は詭道なり』よ」
「詭道、ですか」
「そう。要するに、戦とは敵を欺く、正しい行いではない、ということ。ああ、もちろん、真正直に戦ってはいけない、という意味よ」
「………。詭道、ですか」
戦とは民を損ない、収穫を減らし、産業や文化が停滞するため、国力を大きく減衰させる行為だ。
そもそもの問題として、君主というものは戦を避けるべきなのだ。
外交を行い、交易を行い、対外政治を行い。それでもどうしても、対立が避けられない場合。その時の最後の手段が戦、という手法だ。
利益と損失の釣り合わない選択肢。
それでも、やらなければならない時がある。
そんな、ジョーカーが、戦なのだ。
武力での衝突により、どちらかが負けを認めるまで戦い、勝った方は負けた方に要求を呑ませることができる。
その、要求をどの程度呑ませるか。
それを決める勝負が戦だ。
そんな最後の手段。
仕掛ける側も仕掛けられる側も追い詰められている。そんな段階。
そこまでいってしまえば、戦が始まれば、何をしてでも、何をおいても、勝たなければならない。
正々堂々などという、夢物語は、戦場には落ちていないのだ。
敵よりも強い部隊を敵の弱い場所に攻め込ませることは基本戦略だ。
敵を罠に嵌めて効率よく損害を与えることは推奨されている。
勝つために行うすべてのことは卑怯であっても、悪であっても、貫かなければならない。
どんなに汚泥にまみれたとしても。
戦を始めてしまったのなら、勝たなければ、滅ぶしかないのだから。
指揮官たちは、それを理解したうえで、自分の好きな方策をとる。
理解したうえでどんなことでもやる指揮官もいれば、やっていいことといけないことに線引きをする指揮官もいる。
もちろん、民の虐殺などは褒められた行為ではない。しかし、それすらも戦略の一つではあるのだ。示威行為の一環と捉えることができるからだ。
しかし、まだ年若い牛輔にとっては素直に頷けることではなかった。
「続きはこうよ。『故に能なるもこれに不能を示し、用なるもこれに不用を示し、近くともこれに遠きを示し、遠くともこれに近きを示し、利にしてこれを誘い、乱にしてこれを取り、実にしてこれに備え、強にしてこれを避け、怒にしてこれを撓し、卑にしてこれを驕らせ、佚にしてこれを労し、親にしてこれを離す』」
楊定が暗唱する内容を、牛輔が竹簡に書き写す。書き写したものを楊定が覗き込み、誤字があると指摘する。
「さて、これが詭道よ。言葉にするとわかりやすいでしょ?」
「………………なるほど。『詭道』と言われると拒否感がありましたけど、こうして見てみると普通のことが多いですね」
能なるも、不能を示す。
能力があっても無能の振りをすること。
用なるも、不用を示す。
ある作戦を用いていても、作戦がないように見せること。
近くとも、遠きを示す。
遠くとも、近きを示す。
自軍の動きを相手に察知させないようにすること。
利にして、これを誘う。
敵に有利だと思わせ、おびき出すこと。
乱にして、これを取る。
敵を混乱させて、敵の利点を奪い取ること。
実にして、これを備える。
自分の軍が準備万端であっても、相手にそれを悟らせないようにすること。
強にして、これを避ける。
敵が強かったとしたら、敵とぶつかるのを避けること。
怒にして、これを撓す。
敵の冷静さを失わせて、指揮系統を乱すこと。
卑にして、これを驕らす。
弱気になってみせて、相手を自信過剰に陥らせること。
佚にして、これを労す。
気楽にのんびりとしてみせて、相手に心労を与えること。
親にして、これを離す。
敵と仲良くしてみせて、疑心暗鬼を誘発させること。
「前回やった内容が活きてくるのよ。前回、敵勢力の情報と自勢力の情報を比較することが大事だと言ったわよね。そうやって情報を的確に集めたら、次は相手に情報を誤認させる。これはもちろん相手もやってくるわ。どちらがより深く相手の情報を探り、その上で相手に偽の情報を掴ませるか。それが肝要なのよ」
そして、その情報の深度の差。それこそが、戦における究極の要なのだ。
董卓の部隊が鉄門峡で張宝たちに敗走させられた際、董卓たちは黄巾軍が鉅鹿郡にいると考えていた。しかし実は別働体が鉄門峡に布陣していた。
近くとも、遠きを示され、それを董卓の部隊はうのみにしてしまった。
下曲陽城の戦いで董卓の部隊は川を渡って拠点を作り、守備軍の側が拠点を攻めさせられるというあべこべな状況を作り上げ、敵の数を削った。
乱にして、これを取ったのだ。
下曲陽城の戦いで、皇甫嵩が負傷した際に、黄巾軍の各指揮官たちはいっせいに漢軍に仕掛けようとした。しかし、郭典の機転によって、各将が冷静さを取り戻し、黄巾軍の攻撃をいなすことに成功した。
怒にして、これを撓されるのを防いだのだ。
ちなみに、用なるも不用を示すのはよく使われるから枚挙に暇がない。
下曲陽城の戦いでも、皇甫嵩の水攻め、鄧茂の流木の計、董卓の偽攻合流。
戦場では虚が入り混じり、その中に転がる実を手中に収めた者だけが勝利を得ることができるのだ。
当然ながら簡単なことではない。
虚実の入り混じった戦場の中で、絶え間なく頭を動かし、情報を集め、知恵を絞り、人と己を最大限に酷使して、ようやく僅かな活路を見出すことができる、人知の果てに位置するようなはるか遠い領域だ。
それでも、ひとつだけ牛輔は理解した。
董卓。皇甫嵩。張宝。鄧茂。
理解の埒外にいる存在だと思っていた人たちも、地続きの境地にいるのだ。
はるか遠く、その後ろ姿は未だに見ることは叶わないけれども。
それでも確実に、研鑽を続けていれば辿り着ける領域なのだと、それを理解することができた。
それならば、後は歩みを進めるだけだ。
牛輔の表情が引き締まったのを確認すると、楊定は満足げに頷く。
「さて、牛くん。さっきあげたもの。それぞれの場合、君なら何を仕掛けるか、を次までに考えておきなさい。次は、そうね。五日後に。それではね」
そう言って、楊定は部屋を出て行ってしまった。
楊定の講義はいつも短く、半刻(約一時間)にも満たない。
それでも、楊定は董卓の私兵団における華雄、臧覇、段煨に次ぐ中級指揮官だ。
そんな存在の一時間を分けてもらっている。
牛輔は懸命に先を行く者たちの背を追いかけることに使った。
夜。
私兵団に解放されている食堂で食事を済ませた牛輔は、夜の城内を歩いていた。
「お。牛坊。今夜もか。マメだねぇ」
すれ違う夜勤の兵士たちにからかわれながら、挨拶を交わし、差し入れの夜食を渡す。
毎夜、牛輔が場内を歩き回っているのを問題にしない代わりに、食堂で余った食材を使って、簡単な夜食を渡していた。
今では、夜勤の兵士たちにとって牛輔は夜食配達員として認識されつつある。
そして、牛輔は目的の部屋の窓に嵌められた格子の前に立った。
格子を叩く。
そうすると、格子の向こうに目的の人物が現れた。
「こんばんは、牛。今夜もまた来てくれたのね」
月明かりに照らされた銀の髪が、周囲の空間に粒子をばら撒いているように、彼女の姿がぼんやりと光り輝いて見える。
夜着の上に厚手の着物を羽織って、髪飾りもまだ解かれていない。
言葉とは裏腹に、彼女は牛輔のことを待ってくれていたようだった。
董麗。
董卓の一人娘。
牛輔にとっては私兵団の長の娘、というだけだ。
お互いに、名前すら知らなかった。
しかし、董麗は絶対に牛輔のことを知らなかっただろうが、牛輔は董麗の顔を知っていた。
訓練場で私兵団が集まって訓練をする時、董麗はよく見学に来ていたのだ。
たった一人を応援するために、董麗は訓練場に通っていた。
氷のような美貌が、唯一その人の前では甘く蕩けていた。
そんな、彼女を華やがせることができる唯一の男。
趙雲。
字は子龍。
彼は、牛輔よりも先に董卓の私兵団にいた男だった。
しかし、部下というわけでもなく、兵というわけでも指揮官というわけでもない。
食客として、晋陽城に滞在しているという。
主な任務は董麗の護衛。
趙雲と、その侍女がいつも董麗の周りを守っていた。
そして、きっと、董麗は、趙雲に恋をしていた。
そんな趙雲は、黄巾の乱の折、鉄門峡で奇襲を受けた董卓私兵団を逃がすために殿に自ら立ち、敵の猛攻を凌ぎ、董卓たちを逃がした。
そして、時間を稼ぎ切った趙雲は、帰ってこなかった。
牛輔も、あの時、鉄門峡にいた。
「退け」という声が聞こえた。
兵たちが泡を食ったように踵を返して走り出す。
牛輔も、そんな人の津波に踏み潰されないよう、必死に足を動かそうとした。
その時、聞こえたのだ。
『退け、仲穎さん!』
『殿は、私たちが』
恐慌に陥っている兵たちの怒号の中、遠くにいるはずの二人のそんな声が聞こえた。
―――待って。待ってくれ。
牛輔は振り返った。しかし、押し寄せる人の波で、何も見えない。
―――あんたが帰らなかったら、あの人は、どうなる!?
そう叫びたかった。
けれど、喉がつかえた。
だって、それは他の人も同じだ。
敵軍の兵にですら、帰りを待ってる人がいるはずだ。
誰かがやらなければいけない。
それなら、誰も帰りを待つ人のいない、自分がやればいい。
けど、力が足りなかった。
趙雲ならば、四半刻(約三十分)は粘る。もしかしたら半刻(約一時間)もたせるかもしれない。
けれど、自分があの場に立っても、何合打ち合えるだろうか。
一合? 二合?
それ以上は無理だ。そうなれば、敵はこちらの背後に噛みついてくる。私兵団は壊滅する。
唸り声を上げながら、撤退することしかできなかった。
あの人が、どんなに悲しむのだろうと。
それが、心をかきむしった。
せめて、少しでも彼女の目に映るものが華やげばいい。
そう思って、帰還の道中で花を集めた。
本当に渡すのか。
何か恐ろしさと、気恥ずかしさに襲われ、悶々としていたら、月が上り始める時間になってしまった。
ままよ、と彼女の部屋の窓格子の前に立ち、格子を叩いた。
何度か叩くと、中から声がした。
鈴を転がすような誰何の声。
正直に名乗った。
もし、無礼だとして殺されても、悔いはなかった。
ただ、名乗った後は必死になりすぎて、自分でも何と言ったかわからなくなった。
しまいには、くすくすと笑い声が聞こえ、格子から手が伸びて来て、牛輔の頭を撫でた。
それで、牛輔は石にされたように固まったのだ。
『優しいあなた。それで心配して来てくれたの? ありがとう。ええ。ぜひ、強くなって、あなたが守ってちょうだい。彼の代わりに、私を守って? 約束よ?』
そう言って微笑む董麗は、妖しく、美しかった。
その表情は、怒りに歪むような、悲しみに堪えるような、新しい玩具を見つけたような、そんな恐ろしく、可愛らしく、妖しく、美しい笑顔だった。
それから牛輔は董麗の部屋に通っている。
格子越しの会話。
今日学んだこと。訓練のでき。
約束を守るために努力していることを、董麗に示し続けていた。
「お嬢様。これ、タンポポが咲いていました」
「あら、牛。また持ってきてくれたのね。ふふ。最近のわたくしの髪飾りはすっかり、質素になってしまったわよ?」
「えぇ!? これ、髪飾りにするのですか!? おやめください。飾って、枯れたら捨ててくださいよ!」
「どうしてそんな悲しいことを言うのよ。あなたがせっかく摘んできてくれたのでしょう? それを捨てるなんて寂しいこと、できるわけないじゃない」
眉を寄せて、少し口を尖らせて、悲しそうにそんなことを言う董麗。
しかし、牛輔はそんな董麗の態度が嬉しい反面、心配でもある。
「だって、お嬢様。あれは野に咲いていた花です。花の裏や葉の見えないところにどんな虫が潜んでるかもわからないんですよ?」
「………………………………。どうしてそんな台無しなこと言うのよ。あなたがせっかく用意立ててくれたもので着飾ってあなたを迎えるという、わたくしの可愛らしさをぉ」
牛輔の言葉に固まると、董麗はそろそろと頭の花飾りを外し、顔をしかめ「虫………。虫かぁ」と呟きながら飾りを検分し始めた。
「大丈夫ですか、お嬢様。頭がむずむずするとかないですか?」
「牛!! この、もう!! そんな話してたらホントにそんな気がしてくるじゃない!! やめて! ねえ、やめて!?」
「あ、でも、それ、お嬢様の手作りじゃないですよね?」
「え? ええ。お父様のところに来ていた商人の方に相談したのよ」
「だったら大丈夫だと思いますよ。髪飾りにするときに、花を固めますから。虫はいないか、死んでます」
「………………牛?」
「なんです?」
「あなた、最初からそれ知ってた?」
「………………そんなことはぁ」
「まっっっったく!! どうして男の子っていうのはこう、悪戯好きなのかしら!? そういえば、子龍にもこういうところがあったわ。あのね? ――――――」
董麗の周りでは、彼女を慮って、趙雲の話を振らない人が多いらしい。
だから、趙雲の話をする時の董麗は、解き放たれたように笑顔になった。
だから、牛輔も、趙雲の話を振る。
「そういえば、訓練場で会った時に槍を教えてもらったことがあって――――――」
そうやって話し始めれば、董麗は花が咲き誇るような甘やかな顔で、当時を思い出しながら、手の中に握りしめていた宝物をそっと見せてくれるのだ。
「あら。華将軍の運動訓練で倒れなくなったのね? 凄いじゃない。子龍は汗もかいてなかったけど」
「それは体の作りがおかしいのでは?」
「慣れによるものなんだって。無理だって思っていたものも、ずっと繰り返していれば、いつの間にか平気になるのよ。あなただって、最初の頃はとてもじゃないけど立っていられない、って言っていたじゃない」
「なるほど。そんなものですかね」
話をする中で、たまに、目線が牛輔を向くようになった。
その度に、何かに対して、とても悪いことをしているような気分になる。
そうして、たっぷり一刻(約二時間)ほど、二人は秘密の逢瀬をして、別れる。
誰にも知られてはいけない、秘密の逢瀬だった。
董麗は本作では董卓の娘ですが、役割的には史実における董卓の孫娘の役も担います。
なんでかって?
董卓の息子が某かわからなかったからだよ!!
というわけで、董麗のお相手は牛輔くんの予定なのですが、可憐なお姫様が脂ぎった中年にぐへへへされるのは悲しいので、牛輔くんをショタ化しました。名案!!!