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三幕 村はずれの草盧その四



 時は進み、(けん)(あん)四年(西暦一九九年)。

 場所は(けい)(しゅう)(なん)(よう)(ぐん)(しん)()(けん)

 その新野県県城の外れにある民家において。

 まだ、世間に見つかっていない、若き才能が集まっていた。

 民家の主である(しょ)(かつ)(りょう)(あざな)(こう)(めい)(ごう)()(りょう)

 諸葛亮の妻である(こう)(げつ)

 そして、諸葛亮の家に訪れていた友人である(じょ)(しょ)(あざな)(げん)(ちょく)(ほう)(とう)(あざな)()(げん)。号を(ほう)(すう)。龐統の付き人の(りん)(こう)

 徐庶、龐統は友人の諸葛亮が結婚したと聞き、祝いのために訊ねてきたのだ。

 ………………………………もう、五日も前のことだが。

 「お前ら。いつまでいるつもりなんだ?」

 「………………………………」

 「おーい」

 「………………………………」

 「………元直」

 「はいはーい? あや。鳳雛サン、集中しきっちゃってマスね」

 諸葛亮と徐庶の視線の先には龐統が付き人の燐光にかいがいしく世話されている様子があった。


 「はい、鳳雛様。おやつですよー」

 「あー。あむ。あー。あむ」


 「………………酷い」

 顔を覆って呟く。その呟きに、徐庶も返す言葉がない。

 異性の友人の家に泊まり込んで、友人の本棚の本を読み漁り、付き人に衣食を世話されている。

 人として、どうかと思う。

 「で。元直」

 諸葛亮は深いため息を吐いて、徐庶に向き直る。

 「お前ら、いつまでいるつもりなんだ?」

 同じ質問に徐庶は苦笑する。

 「まあまあ。いいじゃないデスか。そもそも、家事も手伝ってるデショ? ………まあ、主にわたしと燐光クンが」

 「それは助かってる。しかしな。俺が畑仕事をして、お前たちが家事をしている間、士元だけはずっと本を読んでるぞ。元直も燐君も短時間の仕事をしたりもしてるな。その間、あいつは、本を、読んでるだけだ」

 「………………」

 徐庶は汗をダラダラとかいている。

 「いやまあ、ごもっともなんデスが」

 そこに、声が割って入る。


 「何よ。家主。何か文句あるの? まったく。燐光」

 「はい、わかりました。あの、臥竜様。これ、少しの足しにしかなりませんが」


 「お前ぇ! さすがにそれは!!」

 「鳳雛サン!? 燐光クンの稼いだお金を!?」

 「な、何よ。燐光が稼いだのなら、それは私のお金でしょ?」

 「ついにそこまで堕ちたのかお前」

 「そこまで言う!? ちょ、燐光。あなたも黙ってないでなんか言いなさい!!」

 さすがに形勢が悪いと感じた龐統が慌てたように燐光に話を振る。

 振られた燐光は進み出て龐統と諸葛亮たちの間に身体を入れた。

 「ま、まあまあ。このお金は今まで鳳雛様が集めたお金を管理したものですので」

 「士元が仕事したのか? 何の仕事を?」

 「え? えーと」

 「派遣業務よ」

 「鳳雛サン!? それって、燐光クンに働かせて稼ぎを徴収してるってこと!?」

 「何か人聞きが悪いわね。そもそも、燐光は付き人よ? これくらいはやって当然でしょ」

 「身の回りの世話をさせてる時点で十分デショ!?」

 ギロリと睨まれて、龐統はもごもごと口の中で何事かを呟く。

 しかし、それは言葉になることなく、龐統は口を尖らせるだけだ。

 そこに、諸葛亮、徐庶の背後から声がかかる。

 「リョウ様? 何か問題ごとですか?」

 諸葛亮の妻の黄月だ。

 「ああ。いや―――」



 「―――なるほど」

 諸葛亮の説明に黄月は頷く。

 「まあ、お話はわかりました。それでは簡単な解決がありますよ、トウさん」

 「簡単な解決?」

 「はい。燐くんに教えてあげるんですよ。軍学を」

 「えええぇぇぇえぇ」

 龐統はげんなりしたような声を出す。

 付き人というのは、才ある人間に心酔した者が、身の回りの世話をしながらその才能の一端を垣間見るものだ。

 師弟のような関係ではないし、そもそも、龐統の世話を焼くのも燐光の勝手なのだ。

 燐光が付き人になる前の龐統は、それこそ、本能のままに生きていた。

 学びたいときに学び、読みたいときに読み、食べたいときに食べ、寝たいときに寝る。

 金が無くとも食べられる植物は知っているし調理法もわかる。

 生きるという、それだけに関してならば何の問題も無いのだ。

 大きな屋敷をふらりと訪ねて、物々交換で知識を得て、立ち去る。

 そうやってずっと生きていた。

 燐光が付き人になってからは、城などに滞在し、日用品を買うために金が必要なことも多くなった。

 そのため、燐光が金を稼いでいるのだ。

 金を必要としない龐統と金を必要とする燐光。

 必要とする者が金を集めることに、そして金を使うことに何の違和があるというのか。

 そもそも、無銭宿泊だと言うが、諸葛亮には各地の情勢を渡した。この地から動くことのできない彼にとっては値千金の情報だっただろう。

 ひと月ほど家を間借りすることになんの不足があるというのか。

 そうぶーたれるが、黄月はにこにこと笑って聞き流す。

 「そもそも、(こう)(きん)(らん)のお話もまだ終わってないですよね?」

 「そうだったっけ?」

 「私もながら聞きでしたが、たしか、皇甫将軍は(えん)(しゅう)(ぼく)()を撃破。朱将軍は(えん)(じょう)を包囲、というところまででしたね」

 「―――ふむ」

 「それに、ここにはリョウ様やショさんもいます。トウさんにとっても無駄な時間ではないでしょう」

 「なるほど」

 龐統は一瞬顔を俯かせるとすぐに向き直った。

 「そういうことなら、まあ、働いてあげなくもないわ」

 そういうことになった。



 「いや、俺たちも参加なのか?」

 「お仕事帰りにまさかのトバッチリ!?」

 諸葛亮と徐庶が愕然と呟くが、提案者の黄月は気にしない。

 (お二人とも、何だかんだで軍事のお話してると楽しそうなんですもの)

 黄月はわいわいと話し始める四人を置いて、夕食の準備を始めた。



 「そもそものおさらいから始めるわよ。(ちゅう)(へい)元年(西暦一八四年)。(かん)王朝の腐敗した政治に、民衆が反旗を翻した。それに対して国も対応を取ることとなり、国の各地で国軍と反乱軍の戦いが発生。この一連の戦いを、反乱軍の名前から『(こう)(きん)の乱』と呼ぶ」

 龐統の説明に燐光が頷く。

 「黄巾軍は百万の大軍。それに対して(かん)が動員できたのは数万という絶望的な数だった、と聞いたことがあります」

 その燐光の言葉に諸葛亮が首を傾げる。

 「うん? いや、そんなはずはないな。まず、黄巾軍だが、起こった戦闘の規模から考えてもそれだけの数がいたとは考えられない。百万というのは恐らく非戦闘員も含めた数なんだろう」

 「(かん)が動員できた兵力ももっと多いはずデスね。そもそも、(らく)(よう)にいた守備兵だけデ三万。各地の守備兵だっているはずデスから、数万ってことは無いカト」

 「それじゃあ、実際はどうだったんですか?」

 燐光に問われた龐統は眉根を寄せる。

 「うーん。その疑問に何の意味があるのかはわからないけど、そうね。黄巾軍の主戦場は()(しゅう)(えい)(せん)(ぐん)。荊州南陽郡。()(しゅう)(きょ)鹿(ろく)(ぐん)。このうち鉅鹿郡には主戦場が二か所あるわ。(こう)(そう)(じょう)()(きょく)(よう)(じょう)。四か所ね。仮にそれぞれの部隊が十万ずつの兵力を持っていたとしても四十万。それに対して(かん)軍は各県に二千から五千の兵がいたわ。仮に平均の三千五百。少なく見積もってひとつの県から三千の兵を集められるとすると、潁川は十七城で五万一千。南陽は二十七城で八万一千。鉅鹿は十五城で四万五千。洛陽から進発した将は(ちゅう)(ろう)(じょう)二名。最高単位の軍を指揮したのなら軍の兵力は一万二千五百。ひとりの将が軍ひとつを指揮したと仮定して二万五千………」

 ぶつぶつと呟きだした龐統を燐光は見守ることしかできない。

 諸葛亮や徐庶は「確かに」とか「それは多すぎる」などと口を挟んでいる。

 言っていることは朧気ながら理解できる。

 しかし、そもそも、どの地域に城がいくつあるかを知っているのもついていけないし、それを暗算で計算されて兵数をぼそぼそと喋られても何が何やらだ。

 なので静かに、結論を待つ。

 「うん。結論としては黄巾軍四十万と(かん)軍二十一万ってところかしら。更に(かん)軍は周辺地域から徴兵も可能。対する黄巾軍は、まあ、多く見積もっても四十万ってところでしょうね」

 「それでも、二倍の差があったんですね」

 燐光の言葉に、徐庶が腕を組んで顔をしかめる。

 「うーん。数でだけならネ。質は何とも言えないカナ」

 徐庶の言葉に龐統も頷く。

 「そうね。燐光。兵の質と聞いて思い浮かべるものは?」

 突然訪ねられて、燐光は慌てて思考を巡らし、答える。

 「装備、でしょうか」

 「他は?」

 「他!? えーと、えーと………」

 目を回しながら考え、思いついたものを言う。

 「指揮官ですか」

 「それもある。他」

 「ええ!? えーと、防具」

 「それは装備に入れていいわ。他」

 「へ、兵の練度」

 「そうね。まあ、それもよし。他は?」

 「う、馬の練度」

 「あったでしょうね。他」

 「ええ!?」

 涙目になって龐統を見るが、龐統は真面目な表情でこちらを見ている。ふざけていじめているわけではなさそうだ。

 「馬の、数」

 「いいわね。もう一息よ」

 絞り出した答えに、そんな返事をされた。

 よくわからないながらもまた考える。

 (兵の、練度。馬の、練度。馬の、数。兵数は多いのに、馬が足りない?)

 「あれ。黄巾軍って騎馬隊は作れたんですか?」

 頭に浮かんだ疑問を口に出す。

 その途端、正面の龐統の眦が下がった。諸葛亮も「ほう」と感心したように息を漏らし、徐庶は「わー」と言いながら拍手している。

 「そうね。黄巾軍は寝返った(かん)の元正規兵と元賊・農民兵がいたわ。元正規兵たちは馬に乗れたでしょうけど、元賊や農民兵たちは馬に乗れない者が多かった。騎馬隊は少数が点在する形でしかなかったでしょう」

 燐光は龐統の言葉にハッとしたようになる。

 「そうか。軍の質って、兵科の差も含むんですね」

 「当然」

 「そうなると、弓兵も少なかったんじゃないでしょうか」

 「へえ。その理由ハ?」

 「馬に乗るのも弓を放つのも相応の練度が必要です。それを黄巾軍はできなかったのではないかと。賊だった人たちはまだしも農民だった人たちには難しいかな、と」

 「おー! 燐光クン、正解~~!」

 「まあ、要するに何が言いたいかというと、兵の多寡が重要な戦いではなかった、ということよ。十倍とかの差があったら話は別だけどね」

 そう言うと、龐統はさて、と仕切り直した。



 「潁川での(こう)()()(しん)(しゅ)(こう)()()(さい)の戦い。南陽での朱公偉と(ちょう)(まん)(せい)(ちょう)(こう)(かん)(ちゅう)の戦い。鉅鹿広宗城での()()(かん)(ちょう)(かく)(ちょう)(りょう)の戦い。(とう)(ぐん)での皇甫義真と卜己の戦い。鉅鹿広宗城での皇甫義真と張梁の戦い。鉅鹿下曲陽城での皇甫義真と(ちょう)(ほう)の戦い。とまあ、大きく分けるとこのようになるわ」

 「こうして聞くと皇甫中郎将の活躍が異常ですね」

 「そうなのよ! 皇甫義真。素敵よ! 翌年の(へん)(しょう)(かん)(すい)の乱でも大活躍! だし!」


 「………皇甫将軍。辺章・韓遂の乱で活躍したっけ?」

 「活躍………。微妙なところデスね。あれを活躍と言うかどうか、悩みマスね。皇甫将軍は戦果を挙げられず更迭されマシタよね?」

 「(じゅう)(じょう)()との対立の結果だとは思うが、公的には戦果なしだからなぁ」


 「しゃらっぷ。皇甫義真はそもそも、陵墓を守るようにと言われて派遣されたのよ。それはこなしたわ。追加の指令が来て、現状の兵力じゃ無理だから増援を要請したのに、正確に容れられなかったの! 皇甫義真が悪いわけじゃないわ」

 「わかったわかった。悪かったから、本題に戻れよ」

 「はっ」

 龐統は話がずれたの(新シーズンのネタバレ)に気づき、咳払いをして話を戻した。

 「ええと、そうそう。黄巾の乱のお話ね。まず主戦場となる場所を見ていくわ。潁川。鉅鹿。南陽。どれも()(なん)(いん)のすぐ近く。これを見てもわかる通り、黄巾軍は首都・洛陽の包囲を目標としていたんでしょう」

 龐統の言葉に燐光が頷く。

 「先日教えてもらいましたね。えーと、『黄巾の乱には三つの段階があった』と」

 「お。覚えてテ偉ーい!」

 「でも確か、一段階の話をしていて終わったような」

 「そうね。一段階目は黄巾軍の攻勢。二段階目は(かん)軍による黄巾軍への対処。そして三段階目が(かん)軍の攻勢」

 「一段階目がえーと、洛陽の(ちゅう)(じょう)()への工作、(せい)(しゅう)の拠点作成、潁川寇掠、宛城陥落、くらいまでですかね」

 「デスね~。孫文台が洛陽までの道すがら、どこかの黄巾軍を蹴散らしたり、洛陽潜伏中の()(げん)()(けん)中常侍が捕まえてたりするカラ一概には言えないんだケドも~」

 燐光の整理に徐庶が補足する。そんな光景を龐統がうむうむと頷きながら眺め、そんな龐統を諸葛亮が呆れたように見ている。

 「その流れでいくと、二段階目は波才討伐、(ほう)(だつ)討伐、広宗城包囲、宛城包囲くらいカナ~。この辺は明確な区分がある訳じゃないデスからね~」

 「三段階目が卜己討伐、宛城奪還、張梁討伐、そして、最後の幹部・張宝討伐。これによって、黄巾の乱は締めくくられるわ」

 龐統は言葉を切ると、燐光が理解しているのを確認して続ける。

 「主戦場となったのは二段階目から三段階目で大きな戦場となっている場所ね。どのような流れで最終的に勝ったのか。それは前も言った通り、わからないわ。けれど、そうね。例えば」

 そう言って龐統は指を一つ立てた。

 「潁川における戦闘では、まず、朱公偉が敗走するわ。そしてその後、皇甫義真と朱公偉は(ちょう)(しゃ)(じょう)に籠城。包囲する波才軍に火計を仕掛けて混乱させ、その隙に城から打って出て、波才軍を壊滅させた、というのが通説」

 「長社城は潁川郡の北部にある城だ。洛陽から最も近い(よう)(じょう)やその近くの(りん)()(じょう)に拠点を置かなかったのはなんでなんだろうな」

 諸葛亮が首を傾げるが、その疑問に答えられる者はいない。

 「うーン。朱中郎将が敗走した場所も不明デスし、どうしても細かい動きはわかり辛いデスね。転戦されるともう追えないデス」

 そんな徐庶の言葉に龐統も残念そうに頷く。

 「それがこの討論の限界ね。燐光。今は詳しい戦の運びよりも、大まかでいいから事例を集めなさい。その大まかな流れと類似した状況を見つけること、そして、異なる点を見出すこと。それが、軍事に限らず、政治の分野でも役に立つわ」

 「はい!」

 燐光は力強く頷くのだった。



 「次は彭脱の討伐ですか?」

 「まあ、そうね。とはいっても、これも語るべきことは多くはないわ。(じょ)(なん)西(せい)()(けん)で突如挙兵した男ね。潁川から離れた場所でもないのに、波才と連携を取る動きすら見せることなく皇甫義真に討ち取られてるわ」

 「西華っていうのがまたよくわからないんデスよね~。(さん)(そう)だったらわかるノニ。(ちん)と連携取ろうとしたのカナ」

 「ちなみに、燐君のために補足すると、山桑ってのは汝南郡の東にある県で、汝南郡の中では他の城とかなり距離がある。(はい)(こく)に近い場所だな。軍管区の境目も近いから、山桑に割拠されていたら見つかりにくかったかもしれないのに、っていう話だ」

 「なぜ、討伐軍が来ている潁川に近い場所で、孤軍にもかかわらず反旗を翻したのか。よほど情勢の読めない男だったのか。それとも―――」

 「討伐軍の調略によって旗を挙げざるを得ない状態にされたか、デスね」

 龐統の後に徐庶がニヤリと笑って付け足すが、

 「そんな都合よく素敵な展開になるわけないじゃない。これだから歴史ってやつは………」

 と、龐統に突き放されてしまった。

 「で、ええと次は」

 「ここで、皇甫義真は朱公偉と別れて、東郡に向かって卜己を撃破。鉅鹿の広宗城を包囲していた盧子幹が更迭され、(とう)(ちゅう)(えい)が敗走したのと前後して、総大将・張角が病死。皇甫義真は張梁が指揮官となって籠っている広宗城に着陣して広宗城包囲の指揮官を引き継ぐわ」

 「え。え? え、更迭? どうして」

 混乱する燐光に、龐統も溜息を返す。

 「なんでも、(しょう)(こう)(もん)に賄賂を贈らなかったことから恨まれたとかなんとか」

 「国の存亡がかかっている戦場で!?」

 「愚かよねぇ」「まあ、だから民が敵についちゃったわけデ」

 「まあ、この時の小黄門の()(ほう)はこの時以外記録がない。本当にただ愚かだったのか、それとも何か複雑な政治事情があったのかはわからんがな」

 諸葛亮のフォローに龐統と徐庶は肩を竦める。

 「臥竜サンは結構陰謀論とか好きデスよね」

 「あったと仮定して誰がどう動いたか考えるのはいい頭の体操だぞ」

 「じゃあこの時は何か思いつきマス?」

 「そうだな。例えば、広宗城に張角が籠っているという情報が不確定だったとかどうだ? 小勢が籠っているだけの城を大軍で包囲して、他の戦場の支援も行わないってなったら罪に問われるかもしれなくないか?」

 「またあり得そうなコトを………。でも、それだけで罪に問われマスかね? よほど判断を迫られるような状態じゃなけレバ、包囲軍の将を更迭なんてしないと思いマスけど」

 「判断を迫られる………。例えば、包囲軍が黄巾軍と内通してる可能性があった、とかですかね」

 「おお。鋭いカモ。それナラありえるねぇ」

 徐庶に撫でられて、燐光は恥ずかしそうに俯き、龐統は興味なさげに鼻を鳴らした。



 「指揮権を引き継いだ皇甫義真は広宗城に籠っていた張梁を攻めてこれを斬り、その月の内に下曲陽城を攻めて張宝を破って下曲陽城城下に(けい)(かん)を築くわ。大勝ね」

 「皇甫将軍は城攻めが得意なんですか?」

 「そうかもしれないわね。ひと月の間に城を二つ。しかもその後の処断を考えると城側は降伏したのではないでしょうね。そう考えると、ひと月で二つの城を攻め落とすのは尋常じゃないわ」

 「どんな方法を使ったんでしょう」

 「それがわかるなら苦労しないわよ」

 龐統が頭を抱える。しかしそこに。

 「ンー。広宗城の方は何とも言えないケド、下曲陽の方ならたぶんわかりマスよー」

 徐庶が一石を投じた。

 『―――は?』

 そんな言葉に、燐光だけでなく諸葛亮と龐統も唖然とした顔で徐庶を見た。

 「ちょ、ちょっと待ちなさい。ど、どうやって!?」

 動揺する龐統に、徐庶は呆れ顔を向ける。

 「いや、どうやってッテ。普通に現場に行ったことがあるからデスけど。広宗にも行きマシタが、あっちはなんの変哲もない城だったんでわからないデス」

 「実際に行っただけでどう攻めたかわかるものなのか?」

 諸葛亮が疑問を投げるが、龐統は黙って口元に手をやると、数秒後に徐庶に目線を合わせた。

 「―――なるほど。さて、燐光。あなたはわかるかしら?」

 「えぇ………?」

 師からの突発的なクイズ第二問に燐光はうめく。

 わからない。もちろんわからない。

 しかし、龐統はそれをわかっている。わかった上で燐光に問うているのだ。ならば、わからないで止まらずに考えろ、と言いたいのだ。

 だから考える。

 (鳳雛様は元直様が『下曲陽の方ならわかる』と言った際には僕らと同じように驚いていた。その後、元直様が言った。『現場に行ったことがある』『広宗城はなんの変哲もない城』。それなら、下曲陽城にはなにか特徴があったということ。特徴。城を舞台にした戦で、戦い方がわかるような特徴………)

 「城が要塞化していた?」

 「ン~。黄巾の乱から十五年が経ってるわけデ、要塞化してたとしてもその十五年間の内にされてる可能性があるヨー」

 「確かに」

 徐庶の答えに、更に燐光は深く沈む。

 (年月か。確かに、さっきの元直様の発言では年月の言及はなかった。ということは、時期は重要じゃないということ。特殊な設備があるのならその設備が黄巾の乱時点であったことを説明するはずだから。………………いや、元直様と鳳雛様、いつもこんな謎かけみたいな会話してるのか??)

 一瞬思考が逸れて、燐光は諸葛亮を見上げる。

 諸葛亮は特に気にした様子もなく、燐光の答えを待ってるようだ。

 「こら」

 「あいた」

 燐光の頭が龐統に叩かれる。

 「集中しなさい。そも、孔明に助言を求めても無駄よ。孔明は軍事に関してはそこまで関心が無いし」

 龐統の物言いに諸葛亮が眉を顰める。

 「いや、そんなことは無いが、そもそもそんな謎かけみたいにされたら俺はわからん。なんでそんな迂遠な言い回しするんだ」

 「いや、政治関連の話するときは元直とあなたでいっつもこんな感じじゃない」

 そうだったか、と小首を傾げる諸葛亮。

 そして燐光は密かに戦慄する。

 軍事では龐統と謎かけをし、政治では諸葛亮と謎かけをする徐庶。

 彼女はこの三人の中で最も優れた頭脳を持っているのではないだろうか。そんなことさえ思い、その胸を借りる思いで燐光はさらに思考を加速させ、辿り着いた。

 「あ。地形?」

 「オ! いいネ!」

 「地形が特徴的。(かい)の地に立つ城とか、湿地とか、川が近くにあるとか、そういうことですか。地形でしたら何十年経っても大きく変わることは無いですから」

 「ぴんぽーん! ちなみニ、その地形の種類はわかりマスか?」

 「え、さすがにそこまでは」

 「あら、燐光。そこでお終い? 私はわかったわよ、地形。それに、皇甫義真が採ったであろう戦術も」

 「ええ!?」

 燐光が頭を抱えて唸り出す。

 「あはハ。ちょっと難しいカナー? 燐光クン、ヒント! 皇甫中郎将はこの下曲陽城で京観を築いてマス!」

 「京観………」

 京観とは戦で討ち取った敵の死体から首を取り、集めて塚にしたものだ。塚というより周りを土で固めて塔のようにしてしまう。軍の示威行為として行使されるものだが、残虐な行為でもあるため避けられがちだ。

 (京観がヒント………。死体から首を切り取る。ひとつずつ確認していこう。まず峡の地にある城。どうやって城を落とすって言うんだ? 山の上から岩を転がす? どうやって?? 湿地の城もどうやって落とすかわからない。ってなると、川の近く? てことは)

 「川のそばの城で、水計、ですか?」

 「おお! 多分だけど、正解ヨ!」

 徐庶が手を打つ。

 「下曲陽城は北と東、南の三方を川で囲まれてマス。城の北の川を堰き止めレバ、川の水が城に流れ込んでくるような土地なんデス」

 「なるほどね。それなら早期決着も十分可能か」

 龐統が納得したように頷いた。

 「しかもデスね。下曲陽城は荒城になってマシて、人が住んでなかったんデス。水計の恐ろしさがわかりマスね。まあ、整備すれバまた人は住めるでしょうケド」

 (現地に行くことで実際に地形を使った計略を想像することもできるのか)

 燐光は、徐庶の行動力と、それに裏打ちされた知識に舌を巻いたのだった。



 「さて。最後は南陽郡宛県。宛城に籠城した張曼成・韓忠・趙弘。三将の指揮官を核として、十万を超える黄巾軍と対峙するのは朱公偉が率いる約二万の漢軍」

 龐統が、また指を立てる。

 「まず、宛城が黄巾軍に落とされ、宛城に詰めていた南陽郡太(たい)(しゅ)(ちょ)(はく)(けん)が討ち取られるわ。これによって、南陽郡の指揮系統が崩壊。各県城が孤軍となった。恐らく黄巾軍に各個撃破されたでしょうね」

 「南陽の黄巾軍は宛城に陣を置きマス。けれど、南陽黄巾軍大将の張曼成は褚伯献の後任である(しん)南陽郡太守によって討ち取られてしまうんデス」

 「一番最初に方面軍指揮官が討ち取られてしまうんですか」

 燐光が愕然とするが、それ自体は事実だ。

 事実なんだから仕方がない。

 三人の賢人たちはそう言うしかない。

 「けれど趙弘が代わりの大将に収まり、黄巾軍は宛城に君臨し続ける。そこに皇甫義真と別れた朱公偉が漢軍を率いて攻め寄せ、宛城を包囲するの」

 「朱中郎将の指揮下には、今をときめく(そう)(もう)(とく)がいたらしいデス」

 「他に孫文台、(じょ)(もう)(ぎょく)(ちょう)()(へい)。四人の指揮官により、宛城を包囲し、特に孫文台の活躍が大きかったらしいわね」

 「なるほど。それで、孫将軍の活躍で宛城は攻略されるわけですね」

 『………………………』

 燐光が総括をしようとすると、微妙な沈黙が降りる。

 「………え。この戦場でも何かあったんですか?」

 「まあ、宛城での攻城戦を詳しく言うと、包囲してきた(かん)軍と戦っている内に、張曼成の代わりに指揮官となっていた趙弘が討死するわ」

 「えー………」

 相次ぐ指揮官の死に燐光は混乱する。

 (指揮官ってそういうものだっけ??)

 「次いで韓忠が指揮官になったわ。その韓忠は(かん)軍に降伏を申し入れるの。けど、朱公偉はそれを受け入れず、攻め立てて、ついに韓忠は討ち取られるわ」

 「おお」

 「それでも、黄巾軍は(そん)()という男を指揮官にたてて徹底抗戦の構えを見せた。それも討ち取って、宛城の黄巾軍はようやく壊滅したわ」

 「いやあ、何度聞いても凄まじいな。指揮官の生えること雨後の筍の如しだ」

 諸葛亮の呆れたような物言いに、徐庶が首を振る。

 「真の凄まじさは別デスよ。張曼成が宛城を占拠してから落城まで七か月。(かん)軍が包囲してからでも二か月以上もの間十万以上の兵が籠城して抗戦を続けたんデス。その間、物資も士気も底をつかないっていうのが、地味に凄いデス」

 徐庶の言葉に龐統も頷いた。

 「とはいえ、お粗末であるのは確かよ。救援のあてがあるかも不明の状態で籠城を選択するなんて。(かん)軍の方は物資の補給はし放題。黄巾軍は目減りしていく物資と兵力に絶望するしかなかった。はずなのに、かなりの粘りを見せてるのよね。救援を信じていたのか、張角に殉じようとしていたのか。まあ、確かに、宛城が粘ったからこそ、広宗城、下曲陽城は皇甫義真ひとりを相手どるだけで済んでいたのよね。結果として、皇甫義真は独力で勝ってしまうわけだけど、それは結果論だものね」

 「つまり、宛城の犠牲は人柱的なものだった、と?」

 「その可能性もあるってだけ。何の証拠もないことよ。結局ね」

 龐統はそう言うと物憂げにため息を吐いた。



 「さて。これで、黄巾の乱の総括は終わったわね。黄巾の乱はその巨大な規模と一年という長い戦争期間の割に、圧倒的な結果で終わるのよ。この戦争は今のこの国の群雄割拠の契機になったと言われているわ」

 「言われてマスねー。国の問題対処能力がないことに気づいた各地の県令や太守が独自に兵を集めて領地の問題に対処せざるを得なくなった。これが、現在の状況に繋がってるわけデスね」

 龐統、徐庶の言葉に、諸葛亮が待ったをかける。

 「いや、待て。やはり根本は腐敗した政権が自浄作用を持っていなかったことが問題なんだ。この問題が解決されないままに時間が進み、翌年の異民族を巻き込んだ反乱に繋がり、辺境の支配体制が弱った。そこに皇帝の崩御が重なって政権が乱れ、董仲穎が政権を掌握し、地方高官たちがそれに従うを良しとせず各地で皇帝を擁立し始め派閥争いの様相を呈し、(えん)(こう)()の皇帝僭称を皮切りにそれぞれの勢力が独自に動き始めたわけだ」

 諸葛亮の言葉に、鼻白んだ龐統と徐庶が白い目を向けてくる。

 「要するに、群雄割拠の契機とは戦によるよりも、どちらかといえば董仲穎や袁公路のような力をもった個人による時代の動きなのではないかと、俺は思う」

 「いやそれは否定しませんケドも」

 「いいえ。私は嫌いね、それ。そういった個人の動きをきっかけに董仲穎や袁公路と諸侯が戦ったみたいに事態が大きく動く瞬間こそ、時代が動いたというべきじゃないかしら」

 「いいや、違うね。それはお前が軍事を好きすぎるがために偏向した考えだ!」

 喧々諤々と言い合う二人に、徐庶は呆れたような視線を向け―――、

 「どうデシたか、燐光クン。多少は勉強になったカナ」

 ふ、と。

 燐光の方を向いた。

 「はい。戦史に関して、いろいろな考え方があると知ることができました」

 「そう。それガ、大事なんダよ。考え方。それヲ、知ることが、キミにも、鳳雛サンにも、大事、なんだケドなぁ」

 徐庶はそう呟くと、目を細めて龐統を見る。

 その姿は、まるで親が子供を見ているかのような優しさに溢れる眼差しだった。

 (母親って、こんな感じなのかなぁ)

 燐光はそんな徐庶を見て、ふと、そんなことを思う。

 「元直様って、お母さんみたいですね」

 「わたし、そんな老けて見えマス!?」

 突如吐かれた言葉に、徐庶が衝撃を受ける。

 そして、軽く息を吐く。

 「ま、持ちつ持たれつ、ってやつデスかね。燐光クンも何か困ったことがあったら言ってネ」

 そう言ってウィンクをしてくる徐庶に、燐光は笑顔で頷くのだった。



 「南に行こうと思うの」

 『―――は?』

 諸葛亮の家に滞在して一週間。

 本をあらかた読み終えた龐統は、不意にそんなことを言い出した。

 「え。え? 鳳雛サン? 急にどうしたんデスか?」

 「孫家に話を聞きに行こうかと思って。こないだの話し合いで血が騒いだわ。孫家の人たちから軍事についての話を聞きに行こうかと思うの」

 「そうか。まあ、じゃあ、今生の別れかもしれんな」

 「そうね。まあ、話を聞いて、飽きたらこっちに戻ってくるわよ。生きてたら会いましょう。さ。燐光。行くわよ」

 「ええ!? わわ、わかりました!」

 慌てて荷物を整理し始める龐統を、諸葛亮と徐庶がぽかんとして見つめていた。

賢人たちにシーズン1の総括をしてもらいました。

ところどころに、本編と相違があるのは、後の時代にはこう伝わってるよ、というだけのことです。

佐久彦三国志はあくまでオリジナル解釈のもと戦の詳細を書いていますが、当然その全貌は後世に伝わってませんよ、というものです。


次回の更新は2月17日です。

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