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終幕 英雄招集



 (ちゅう)(へい)二年(西暦一八五年)三月。

 大国である(かん)は西方を騒がせている反乱に、ようようやっと介入することとなる。

 首都・(らく)(よう)に二人の将が招集されたのだ。



 「しかし、まさかこんなにも早く洛陽の地を踏むことになるとはなぁ」

 「まあまあ~。よいではないですか~。夫婦水入らずの旅行と考えればよろしいのです~」

 ぼやく大柄な男と、それを楽しそうに宥める小柄な女だ。

 男が巨漢であることも相まって、女の背丈は男の腰ほどまでしかない。

 女の軽口に機嫌を直して口の端を僅かに上げた男。

 (とう)(たく)(あざな)(ちゅう)(えい)という。

 (へい)(しゅう)において()()の任に就き、その権限で州内の治安を異民族から守っている男だ。

 本来は監督官として地方高官の不正を監視するのが刺史の務めだ。

 そんな監督官の地位に、武芸に秀でるということで上り詰めた男。

 両利きであり、どちらの腕でも同威力の弓を射ることができる。これは馬を走らせながらその馬上で弓を討つ騎射において圧倒的なアドバンテージを有する特性だ。

 異民族は騎乗に優れた者が多く、そのような異国の軍隊に対抗するため、北の辺境ともいえる并州に送られたのだ。

 董卓の隣で楽しそうに笑っている小柄な女は董卓の妻である。

 ()(じゅ)、という名前で董卓の参謀も務めている。

 董卓の前妻が亡くなり、長い年月が経ち、二年前に突然現れた怪しい女を妻とした上で軍議の場にも出し、政治にも介入させた。

 最初は否定的な意見も多かったが、今ではすっかり李儒は董卓の部下たちからも認められ、名実ともに董卓の参謀として辣腕を振るっていた。

 そんな二人が任地を離れ、遠く洛陽に来ているのには理由がある。

 洛陽より招聘の書簡が届いたのだ。

 御大層に、差出人は三人の連名だった。

 皇帝・(りゅう)(こう)

 大将軍・()(しん)

 (ちゅう)(じょう)()(ちょう)(じょう)

 皇帝はともかくとして、(がい)(せき)である何進。(かん)(がん)である張譲。政敵同士である二人が連名をするという事実が事態の急を表していた。

 思い起こされるのは前年に起きた民衆の大反乱である(こう)(きん)(らん)だ。

 この乱の際も何進と張譲は手を取り合って事態の収束のために動いていた。

 黄巾の乱は六州に跨って行われた大反乱だ。

 漢の国は十三の州で構成されている。その半分近くが戦地となったのだ。

 (さすがにあの規模の大事ではなかろうが)

 もしそうであれば、董卓にも情報が入ってきているはずだ。

 「まあ~、西の方が騒がしいそうですし~。それじゃないですかね~」

 李儒が董卓の表情を読み、間延びした喋り方で反応する。

 「なにやら騒ぎがあるとは聞くが、そこまでの大事なのか?」

 「はてさてさてはて~。わたくしも噂程度でしか聞いておりませんので~」

 一組の夫婦は世間話のように物騒な話をしながら、洛陽城の政庁に自身の着到を告げた。



 (こう)()(すう)(あざな)()(しん)

 黄巾の乱において綺羅星のような活躍を見せた将軍である。

 皇甫嵩の叔父・(こう)()()は優秀な軍人だった。しかし、皇甫嵩は特段その実力を発揮せずに日々を生きており、官職に招かれても何やかやと理由をつけて断っていた。

 もちろん、軍を率いたという公的な記録もない。

 そんな男が、黄巾の乱において()(ちゅう)(ろう)(じょう)として突然の大抜擢を受けたのだ。

 中郎将は(かん)における将軍の最高位のことだ。

 皇帝直々に呼び出される形でその任に就いた皇甫嵩は、()(しゅう)(えい)(せん)(ぐん)を荒らしていた黄巾将・()(さい)を撃破。豫州(じょ)(なん)(ぐん)にて独立した黄巾将・(ぼう)(だつ)を処刑。(かん)軍のもう一人の大将である()(ちゅう)(ろう)(じょう)(しゅ)(しゅん)と別れて(えん)(しゅう)(とう)(ぐん)にて補足した黄巾将・(ぼく)()を捕縛。その後()(しゅう)(きょ)鹿(ろく)(ぐん)(こう)(そう)(じょう)にて黄巾軍幹部・(ちょう)(りょう)を撃破し、城内にて病死した黄巾軍大将・(ちょう)(かく)の首を洛陽に送った。そして黄巾軍の最後の幹部が籠る冀州鉅鹿郡の()(きょく)(よう)(じょう)にて黄巾軍幹部・(ちょう)(ほう)を討ち取り、十万を超える黄巾兵の首を斬って(けい)(かん)(斬首した首を纏めて土をかぶせ塚にしたもの)を築いた。

 無官の男が突如として大武勲を打ち立て、護国の英雄としてその名を轟かせたのだ。凱旋した皇甫嵩は褒賞として爵位を与えられ、()(しゅう)(ゆう)()(ふう)(ぐん)にある(かい)()(けん)に領地を与えられた。

 そんな、戦の天才ともいえるような男が、(かん)には、いる。



 『………………………………』

 応接室に通された董卓と李儒は唖然として室内の惨状を眺めることしかできない。

 室内の惨状。

 「なーーーーーんでだよーーーーー。聞いてないよ~~~~~~。こんなんだまし討ちじゃん。酷いよ陛下ぁ」

 蹲って鳴き声を上げている皇甫嵩の姿があったからだ。



 皇甫嵩。(あざな)を義真。

 黄巾の乱において綺羅星のような活躍を見せた将軍である。

 皇甫嵩の叔父・皇甫規は優秀な軍人だった。しかし、皇甫嵩は特段その実力を発揮せずに日々を生きており、官職に招かれても何やかやと理由をつけて断っていた。

 もちろん、軍を率いたという公的な記録もない。

 そんな男が、黄巾の乱において左中郎将として突然の大抜擢を受けたのだ。

 中郎将は(かん)における将軍の最高位のことだ。

 突然の大抜擢に皇甫嵩は困った。それはもう困った。

 何に困ったって、働いていなかったから金がない。武器も鎧も生活費の足しにしてしまったし、その金すら尽きてゆるゆると死のうとしていたのだ。

 金がない、と断ろうとした。

 金を出す、と言われた。

 命令権がない、と断ろうとした。

 最高位の将軍に任命する、と言われた。

 宦官や外戚の政争に関わりたくない、と断ろうとした。

 皇帝から直々に誘いが来た。

 そうして断れなくなった皇甫嵩は、十年ぶりに表社会に顔を出したのだ。

 この時、皇甫嵩は三十を少し超えた程度の年齢だった。

 そうしていきなり大抜擢された皇甫嵩は、随所で怠け癖を見せつつも、将兵をうまく用いながら転戦を繰り返し、勝利を収めた。

 そんな男は、今やみっともなく蹲ってわめいていた。

 董卓と李儒は、そんな皇甫嵩に呆れたようなため息を返すことしかできなかった。



 「あー、皇甫殿? なぜここにいる? 貴殿も呼ばれたのか?」

 董卓の問いかけに、皇甫嵩は蹲ったままの姿勢で目線を上げる。

 「あれ? 董殿? ………………。なーるほど!」

 皇甫嵩は董卓を視界に入れると、一転して笑顔になり、ぴょんと立ち上がった。

 「あー、こりゃこりゃ。董殿が呼ばれたんですね。それじゃあ、俺はお役御免だ。俺が呼ばれたのはきっと何かの間違いです。あ―良かった。肩の荷が下りたー」

 そう言って、皇甫嵩は部屋から出て行こうとする。

 「皇甫殿。どういういきさつかは知らんが、貴殿も呼ばれたのであろう。間違いだと思うのは貴殿の勝手だが、間違いだとわかる前に帰ってしまうのはいささか問題があるのではないか?」

 「正論なんか聞きたくないやい!」

 董卓の言葉に、皇甫嵩はまた蹲る。

 「やーーーだーーーー。ねえ董殿。知ってる? 俺、今、婚儀の準備中なのよ? それなのに、派兵任務とか言い渡されるの? それ絶対死ぬやつーーーー」

 「何を訳のわからんことを言っているのだ」

 董卓は疲れたように呟く。

 皇甫嵩という男。

 戦場で会った時はたいそう頼りになる男だと思っていたが、後から洛陽に詰めていた諸将に話を聞くと、軍議に枕を持参して現れるわ、軍議中に寝るわ、話を聞いていたりいなかったりするわでかなりの問題児だったというのだ。

 それでも、彼の提案する作戦は効果的で、実際に漢軍は皇甫嵩の作戦通りに動くことで黄巾軍の包囲網を打破している。

 それだけではなく、何人かの将は、皇甫嵩の戦時中の行動で助けられたりもしているのだ。

 敵軍と命のやり取りをしながら、片手間のように冤罪にかけられた味方の将を救って見せた。

 こと軍事に関しては(かん)の誇る将軍のひとりであると断ずるのにいささかの躊躇もない。

 それはそれとして。

 平時の皇甫嵩は、全力で働かないことに勤しむ青年だったのだ。

 そこに扉を開けて入ってきた者たちがいる。

 「やあ。集まっているね」

 (かん)が誇る皇帝・劉宏であった。



 劉宏の背後には大将軍・何進、宦官・張譲が控えている。

 「皇甫! 貴様! 陛下の御前であるぞ! 何を蹲っておるか!?」

 張譲が血相を変えながら唾を飛ばして注意をした。

 そんな張譲を、皇甫嵩はどんよりとした表情で見上げる。

 「えーーーーー? 張殿。俺、もうすぐ結婚するんですよ? それなのに招聘とか、酷いと思いません? 張殿もわかってますよね!? 婚儀の日取り決めるのがどれだけ大変か!! 吉日なんてそう何度もないんですよ!? それなのに、俺の、新婚期間を削るとか、酷いよ鬼悪魔!!」

 「よくいうた。宦官の前でよく言うたな、皇甫。女を娶りたくても娶れぬ者もおるのだ! 弁えろ」

 「知るかぁ! あんたは自分で宦官になったでしょうが! よく知らんけどどうせそうだ!」

 「このクソガキ」

 張譲がわなわなと震える中、笑いをこらえた何進が張譲の前に歩み出る。

 「すまんな、皇甫。しかし、俺は聞いているぞ? (かく)がまだ戻れないのだろう? 花嫁もなしにどうやって婚姻を結ぶ気だ。郭は諸々の引継ぎに数か月はかかると言っている。お前も当然聞いているはずだな?」

 「っすーーーー」

 皇甫嵩が何進から目を逸らす。

 そんな皇甫嵩に、何進がしゃがんで視線を合わせる。

 「気持ちはわかる。お前の気持ちはわかるぞ。昨年、あれだけの修羅場にいたのだ。もう当分はごめん。そう考えるのはもっともだ。しかしな皇甫。お前は(かん)に仕え、(ろく)()む人間だ。皇帝陛下の、要請だ。それを断るお前ではあるまい?」

 何進は皇甫嵩の肩に手を置いて、皇甫嵩に語りかけるようにそう言った。

 何進の手が置かれた皇甫嵩の肩がミシミシと音を立てる。

 何進の青筋が立つ音と、皇甫嵩の脂汗が流れる音が、しばしの間静かな室内に流れたように感じた。

 皇甫嵩がため息を吐く。

 どうせ最初から断りきるつもりはなかった。

 ただ、全力で遺憾の意を表明したかっただけなのだ。

 このまま、肩を犠牲にしてまでごねる理由はない。

 「わかりましたよぅ」

 か細い声で皇甫嵩は白旗を上げた。



 「お次は(りょう)(しゅう)ですかぁ。(こう)(ちゅう)()(じゅう)()に賊将(そう)(けん)(へん)()(いん)。宋建とか辺武允とか知らない人なんだけど、有名な人なんですか?」

 「さてなぁ。儂も并州に赴任して長い。涼州は確かに地元だし、(ろう)西(せい)の出身だが、最近活動を始めた賊などはわからんな」

 皇甫嵩と董卓が話しているのを、何進の咳払いが遮った。

 「ともかくだ。涼州の官吏たちは随分と鬱憤が溜まっていたらしい。数万の規模となって洛陽を目指しているらしい」

 「また国家転覆ですか?」

 皇甫嵩の白い目に皇帝・劉宏が苦笑する。

 「いやあ、なんでも彼らは自分たちを『(じょう)(らく)(ぐん)』と呼称しているらしい。目的は(じょう)(そう)だそうだ。僕に意見を言いたいらしいね」

 「でも官吏を襲ってる」

 そんな皇甫嵩の突っ込みに、「ふむ~?」と首を傾げたのは董卓の参謀・李儒である。

 「わたくしも噂で聞いておりますが~。彼らは悪徳官吏を成敗している、のではなかったですか~?」

 「本人たちはそう言ってるね」

 「確かに、涼州刺史は戯け者であった。しかし、その前に、(きん)(じょう)(たい)(しゅ)()(きょう)(こう)()を攻め殺している。彼らには言うような非はなかったはずだ。それを為した時点で、何をしようと賊よ。犯罪者よ」

 張譲の言葉に、皇甫嵩がため息を吐く。

 「去年あれだけのことがあったのに、今までと変わらないやり方してるからですよ。それで地方がぶち切れて、その対応に俺たちを送るってんだから勘弁してくださいよ~」

 「お前は、随分と、大きな態度をとるではないか」

 「はあ。いや別に、俺、張殿に仕えてるわけではないので」

 皇甫嵩の言葉に、張譲が頬を引くつかせる。

 「それで、陛下。結局のところ、俺たちに何をさせると?」

 「え、ああ、そうだね」

 皇甫嵩の大きすぎる態度に、必死に笑いをこらえていた劉宏が改めて、皇甫嵩と董卓に向き直る。

 「君たちを(ちょう)(あん)に派遣する。歴代皇帝の陵墓を守るため、上洛軍の(さん)()寇掠を阻止してほしい。頼めるかな」

 「承知仕りました」

 「わかりました」

 董卓、皇甫嵩が拝礼をして劉宏の言葉を受ける。

 そこに何進が進み出た。

 「今回の乱の厄介なところは、敵に官吏が与したことでも賊が参加していることでもない。(きょう)(ぞく)がその軍中にいることだ。仲穎殿。あなたは并州の任地にて私兵団を率いて羌族と争っていると聞いている。故に貴殿を抜擢した。前年の軍功を鑑みて、今回は仲穎殿を中郎将として据え置きにし、義真殿を()(しゃ)()(しょう)(ぐん)として任命する」

 左車騎将軍とは国の防衛を担う将軍号のことである。

 部隊を率いる権限をもった中郎将であると同時に、今回の戦に限り名乗ることが許されたものだ。

 左車騎将軍・皇甫嵩。

 中郎将・董卓。

 二人の英傑が西に向かって動き出すこととなった。

というわけで、第二集に続きます!

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