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二十四幕 冀城陥落



 こんなはずではなかった。

 城壁を上るため、梯子を立てかけようとしてくる敵兵に向かって石を投げおろしながら男は歯を食いしばっていた。

 ()(けん)(けん)(じょう)内に住んでいる人間は県城外に住んでいる者よりも暮らしぶりはよかった。

 県城外に住んでいる人間は申し訳程度の柵で区切られたような民家群で生活しており、『()』と呼ばれる村社会を形成している。

 数十から百いかない程度の家と、農地。それに簡単な商店。

 その程度の施設しかないような場所だ。

 防衛機能も大してなく、賊に襲われれば県尉が来てくれるまで、村人たちで自衛をしなければならない。

 それに比べて県城の暮らしはどうだ。

 城壁に囲まれ、物流も城外の()とは比べ物にならない。

 (せい)(ちょう)のお膝元だけあって、決まりや規制も厳しいが、反面、危険な目にあうこともない。

 自然と県城に住む人々は貯えをもつようになり、()に住む人々とは段違いの豊かな生活を送ることができていた。

 (けん)(ちょう)の指示に従っていれば、安穏とした暮らしを享受できるのだ。

 だから、県長から賊の襲撃を伝えられた時も、動揺こそしたものの、県長の指示を皆が待ったのだ。

 『安全のため、女性と子供、それに老人を政庁で預かる。お前たちは城壁に上り、敵に向かって石を落としてほしい』

 簡潔で実行しやすい命令だった。

 しかも、住民の安全のため、妻や子、老人を預かってくれるとまで言うのだ。


 「さすがは県長様だ」


 そんな言葉があちこちで聞こえた。

 自分たちは家族を守るため。敬愛する県長を守るため。住みよい暮らしを守るため。

 そのために戦うのだと、誇らしさすら感じた。

 しかし。


 「逆賊・()()(はん)を出せ!」

 「我々は略奪が目的ではない!!」

 「軍費を着服し、(りょう)(しゅう)に混乱をもたらす悪徳()()を許すな!!!」


 敵兵が、こちらに攻めかかりながら、そんなことを言う。

 ひとりが、ではない。

 敵軍全体で、こちらの身体を揺さぶるほどの大音声を上げていた。

 こちらは正義ではないのか。

 敵は略奪をする賊ではないのか。

 まるでこちらが悪いとでもいうように、敵は間断なく冀城を攻めてくる。

 既に二週間が経とうとしていた。

 その間、男は妻子と会えていない。

 周りの人間も同様のようだった。

 そこに。


 「女子供を人質にとって民に戦わせる冀県県長も許すな!!!」


 新たな大音声が加わった。

 男の周りの人間が頭を抱え泣き叫ぶ。

 しかしそれでも。

 男に戦うことをやめる選択肢はなかった。

 愛する妻。愛する子供たちのため。

 戦うしか、なかった。



 (りょう)(しゅう)(かん)(よう)(ぐん)(せい)()(けん)

 県城である成紀城では()(よう)(けん)(けん)()(がい)(くん)が救援要請を出したことで阿陽・成紀・(らん)(かん)の軍に加えていくばくかの民兵もが集結していた。

 その数五千。

 数百ほどの兵をそれぞれの県城に残し治安維持に勤めさせた後、迅速に集結をした。

 それでも一週間の時が経ってしまった。

 ここから全速で冀城に向かっても三日はかかってしまう。

 冀城を包囲する上洛軍に対して即座に戦闘に入るのであれば、全速は出せない。兵も馬も疲れ切ってしまえばまともに戦えなくなってしまう。

 五日。

 それが蓋勲の試算した冀城への到達時間だった。

 急がなければならない。しかし、急いではいけない。

 改めて、昨年、蓋勲の上官であった(こう)()(すう)の凄さを感じた。

 彼は兵の進軍のギリギリを見極めながら無駄のない動きをしていた。それを一年間し続けたのだ。

 現在の蓋勲にはとてもではないが真似できない。

 それでも、少しでも彼の模倣をしようとしていた。

 「全軍編成が整いました。明日にでも進発できるでしょう」

 拱手と共に蓋勲に声をかけてきたのは蘭干県の県尉・(せい)()という男だった。(あざな)(とう)(ぜん)という。

 「ところで、総指揮だが。(がい)殿にお任せしてよろしいのか」

 蓋勲と共に報告を受けた男。こちらは成紀県の県尉・(かく)(そう)という。(あざな)(しゅく)()だ。

 共に県尉としては歴戦の男たちだ。

 そして、対する蓋勲は県尉になったばかりの新参だった。

 「私が総指揮ですか? いえ、やはりここは(かく)殿がよろしいのでは」

 蓋勲が困惑しながらも最年長の郭宗を推す。

 しかし、郭宗はそんな蓋勲の言葉を鼻で笑った。

 「よいのか、蓋殿。俺が総指揮となるのなら、即刻この軍は解体する。左富繁を救援するという愚を、俺は看過できん。蓋殿の言葉だから従うに過ぎんということだ」

 「………………」

 「長く辺境で生きてきた豪族蓋家の言葉。昨年の戦乱でこの国を守った救国の士の言葉。なればこそ、俺はお前に従おうと思ったのだ。総指揮を執るという責務を果たさぬのならば、とてもではないが従軍などできんな」

 「そうです。それに、蓋殿は昨年の乱で名を上げているではないですか。対して我々は長く県尉にあった。それだけです。蓋殿に指揮をされたい。そう感じている兵も多いのですよ。どうかここは我々の気持ちを汲んではいただけませんか」

 蓋勲はしばし瞑目する。そして、目を開けると二人の県尉に拱手を返した。

 「わかりました。この(がい)(げん)()。総指揮官の任、受けさせていただきます。涼州刺史・左富繁の救出を行うため、冀城に向かう。進発は明日。既に放ってある斥候が戻り次第、進軍を開始する」

 『はっ』

 蓋勲の言葉に、成宜と郭宗は(きょう)(しゅ)で答えた。



 翌日。

 蓋勲の放った斥候が戻ってきた。

 予想外の戦果を携えて。


 「あー、あんたが蓋元固? 元(かん)(よう)(ぐん)(ちょう)()で、左富繁に諫言したことで阿陽の県尉に任命されたっていう?」


 斥候は目つきが悪く態度も悪い男を伴って帰って来たのだった。

 男の手には縄が巻かれている。

 「どーも。(かん)(ぶん)(やく)です。(じょう)(らく)(ぐん)の将のひとり、と言えば用件はわかってもらえますかね」

 縄を打たれた(かん)(すい)が、重いため息を吐きながら蓋勲の前に引っ立てられてきたのだった。



 「斬れ」

 「ちょちょちょちょ」

 蓋勲の短い言葉に韓遂が慌てたように後ずさる。

 「待った待ってちょっとだけ!!」

 韓遂が縛られた手を振りかざして待ったをかける。

 「捕らえられた賊と交わす言葉などない」

 そう言う蓋勲だったが、帰ってきた斥候も蓋勲を止めようとする。

 「県尉殿。実は、彼は自分から投降してまいりまして」

 「なに」

 蓋勲の眉が訝しげに歪められた。

 「県尉殿に伝えたい話があると。そう申しておりまして」

 「ふむ」

 「そうでありまぁす! 話を聞いてほしい。切実に。どうか。話だけでも」

 韓遂が跪き頭を下げる。

 そんな様子に蓋勲は困惑したように顔をしかめた。

 「そもそも、上洛軍の将のひとりと言っても、兵を率いるわけでもなし、同郷のバカに家族を人質に取られて賊に身をやつしただけの小物が俺だ。斬る価値なんてないですって」

 へへへ、と卑屈な笑いを浮かべる韓遂。

 そんな韓遂に、蓋勲はため息を吐いた。

 ((こう)()殿は敵軍の将と話すのを好まれた。敵軍の将と話すことで得られるものもあるのやもしれんな)

 そう考えなおす。

 「いいだろう。手短に話せ。馬上での与太話ぐらいには付き合ってやる」

 「ありがとうございます。………え、馬上? あの、俺、手縛られたままなんですけど」

 「お前は歩け」

 「あ、はい」

 そういうことで、わずかに遅れはしたものの、三県連合軍は冀城に向けて進軍を開始した。



 「えー、まず、なんですけどね? 俺たちは確かに賊です。国に反逆の意思を見せているという点では紛れもない賊です。ですが、民を害するつもりはありません」

 馬上の蓋勲を見上げながら韓遂は馬に追い縋って話す。

 行軍とは徒歩の兵に合わせて行われるものだ。

 人間の小走り程度の速さで進軍は行われる。

 そうでないと、馬も人も潰れてしまうからだ。

 とはいえ話しながら行軍することは想定されていない。

 韓遂は息を切らしながら話していた。

 「そうは言うが、お前たちは(きん)(じょう)を落とした後、周辺を焼き荒らしたというではないか」

 「焼いてませんけど!? いやまあ、そういう噂が立ってるのは知ってます。けど、俺たちはやってないですよ。確かに、周辺の()から物資の補給を受けましたが、代わりに金銭を支払っています」

 「ふむ。まあ、確かにこちらも噂でしか知らん。追って確認の者をやる。お前の言っていることが嘘だとわかれば、こちらも気兼ねなく押しつぶせようものだ」

 蓋勲率いる連合軍は五千の兵力だ。対する上洛軍は三万の兵力。にもかかわらず、韓遂は蓋勲が本気で言っていると感じる。生唾を飲み込んだ韓遂は話を続けた。

 「本来、俺たちは(らく)(よう)に進軍し、現状の腐敗した政治を変えるように朝廷に訴えかけるのが目的です。もちろん、立ち塞がる敵は倒さねばなりませんが、民からの略奪をするつもりはありません」

 「しかし、お前たちは金城から洛陽の進路上に無い冀城をわざわざ攻めている。冀城には涼州刺史が滞在している。涼州刺史を殺し、実質的な涼州の支配者になろうと目論んでいるのではないか」

 「いやいやいやいや。それも勘違い。俺たち上洛軍には三本の柱がいます。一本目は(きょう)(ぞく)。彼らの目的は羌族の権威向上です。今の奴隷のような境遇を変えたいと。そのために彼らは洛陽に上り直接(じょう)(そう)仕りたいのです」

 「ふむ。しかし、賊に身を落としたのであれば、まともに(じょう)(そう)を受け取ってもらえようはずがない」

 「まあ、その件に関しては追って説明します。先に他の二本の柱について説明させてください」

 「言ってみろ」

 「次の柱は賊将(そう)(けん)。彼に限って言えば、完全な賊ですね。自身の国を建国したい。その地盤を涼州に求めています。そして三本目の柱が俺を上洛軍に引き入れた張本人でもある(へん)()(いん)です。彼は羌族のことも含め国の腐敗した政治に物申したいと考えています。特に(かん)(がん)の誅滅。これを(じょう)(そう)仕りたいと行動している次第」

 「………………」

 宋建の話題が出た時、蓋勲の眉がピクリと動いた。しかし、それを見た韓遂がすかさず辺章の説明を始めたため、とりあえずまだ聞く体勢はできている。

 「我が軍の最終目的は(じょう)(そう)ではありますが、当面の目的は三本柱共通して民の人気取りです。宋建は将来の自国の民に成り得る者たちの苦しみを除きたいと考え、辺武允と羌族の(たい)(じん)(部族の長)・(ほく)(きゅう)(ぎょく)は自分たちが通り一辺倒の賊ではないと証明するために民を救います。その一手として冀城に籠る左富繁の討伐が上がりました」

 「左刺史はお前たちが乱を起こしたことが遠因となって軍費の着服に及んでいる。自分たちで原因を作り、罪を犯した者を刈り取ろうというのか」

 蓋勲の鋭い視線に韓遂はにやりと笑う。

 猪武者だと評判であった蓋勲だが、昨年の大戦で随分と揉まれたようだ。

 しっかりと韓遂の話を聞いてくれている。

 「マッチポンプ(自作自演)は百も承知。ですがねぇ。考えてもみてください。左富繁は今回の着服が初犯だとお思いですか。今回ほど大きい着服は初めてでしたが、少し探れば湯水の如く公費横領の証拠が出ますよ。もっとも、涼州に限って言えば太守以下もみんな、ある程度やってますがね」

 「いったい何の証拠があって」

 「俺は以前、(けい)()として金城郡の台所事情を預かった経験があります。数年前のものですが、中にはまだ現役で現職中の者もおります。本来であればその者ら全員を処断しなければなりませんが、それもやりすぎるとこの地を荒廃させるだけ。だからこそ、一人。一番の大物を討伐し、その戦果をもって漢に敵意はなく、純粋に国を改善したいと信じてもらうべく動いているのです」

 韓遂の言葉に、蓋勲は首を振る。

 「愚かなことだ。馬鹿げたことだ。武力に拠らず、正攻法で国を改める方法がいくらでもあったはずだ。それをせずに武力による蜂起を行った時点でお前たちは賊だ」

 蓋勲の憐みが籠った視線に韓遂は肩を竦めた。

 「いや全く同意。だから俺は反対したし、そのせいで家族が人質に取られました。それに、正攻法では時間がかかりすぎるというのもあなただってご存じのはずだ。左富繁の情報は当然洛陽にいっているはず。それでも音沙汰がない。どこかで握りつぶされたかもしれません。(しょう)(こう)(もん)には左富繁と同姓の者がいますよね。国に巣食う宦官を討つには、現在の皇帝陛下では無理でしょう。誰かに脅されでもしなければ。しかし、宦官を殲滅できれば、今よりも少しだけいい世の中になります」

 「………………………」

 蓋勲は顔を覆った。

 天を仰ぎたくなるのを必死で耐えなければならない。

 自分たちが救ったこの国。

 しかし、問題は根深く、そして中枢はその根深い問題を解決する気がない。

 解決しようと動くには力業しかないのだ。

 (こう)(きん)軍も、この上洛軍も。

 根本の部分は国を良くしようと、その考えから動いているのだ。

 更に。

 「それで冀城を攻めたんですがね。冀県県長が厄介な策を練りまして。住民の妻子を政庁に捕らえ、それを人質にしていることで城内の民が決死の防衛を行っているんです。俺たち上洛軍は県城の民になるべく手を出したくありません。士気を落とすため、左富繁の悪行を伝えたのですが、それも士気は落ちませんでした。彼らは家族を守るために戦う選択しかありません」

 「――――」

 「俺たちは冀城を落としたいわけではない。左富繁を誅滅したいだけです。けれどそのために民が犠牲になるのであれば、俺たちは次善の策を取るべきです」

 「次善の策、だと?」

 蓋勲の弱り切った視線に、韓遂は頷いた。

 「はい。せめて、左富繁に処罰を。あなたが左富繁を捕らえるのであれば、我々は軍を退くことに何の躊躇いもありません。あなたに一芝居を打ってもらい、その後我々は撤退。あなたは城内に入り、油断している県長と刺史を拘束し、城内の人質を解放。二人の罪人にしかるべき処罰を与えてくれればそれで問題はありません。本来であれば、俺たちがやりたかったのですが、時をかけすぎれば人質がどうなるかわかったものでもない。早急に解決するため。あなたの力を借りたいのです」

 韓遂の言葉は、確かに、蓋勲の心を揺さぶった。



 韓遂からもたらされた情報はその日の野営の段階でそれぞれの県尉、(じゅう)()に共有された。

 「果たして本当に信用なるのか」

 郭宗の言葉に蓋勲は頷く。

 「まずはそこからだ。既に手の者を確認に行かせた。金城の様子、そして、左刺史の横領の証拠の確認だ」

 「でもですねでもですね。金城の様子はまだしも、刺史殿の横領の証拠など、捏造も可能ですよ?」

 「それについてはどうなんです? (しん)殿も(こう)殿も左富繁の従事として洛陽から派遣されているはず。何か知っているのではないですか?」

 「いやまぁいやまぁ、捏造は可能とは言いましたがね。やってましたやってましたよあの人は」

 「どうも、当然の権利、のように思っていらっしゃったようで。特に隠し立ても行っておらず」

 その言葉に、蓋勲は顔を覆う。

 「よく、刺史が務まりましたね」

 成宜が顔を引きつらせながら言う言葉に一同は深く同意する。

 しかし、全員がこうも思う。

 それが可能な時代なのだ、と。

 口には出さないが、皆の共通認識であった。

 高官になると大なり小なり汚職を行う。

 真に清廉で潔白な者は少ないのだ。

 それが中央から離れた涼州のような僻地であればなおさらだ。

 職務に支障さえきたさなければ、ある程度の罪は目を瞑るのが常識でさえあった。

 左昌は職務に支障をもたらすほどの横領を行った。

 これが仕掛けられていたものだったとしてもその事実は変わらない。

 韓遂は語らなかったが、蓋勲は宋建という男が怪しく思えていた。

 国を造る。

 他国の領土の中に、別の国を造る。

 そのためには既存の支配権益を破壊し、その上で新たな支配を確立しなければならない。

 地方の賊の蜂起、と思わせ、秘密裏に羌族や(かん)の官吏すら抱き込んだ。

 ()(しょう)は宋建の秘密裏の行動を察知することができず、横領を行う。その上で左昌の想定以上の兵力を整えて襲うのだ。

 (さすがに、考えすぎだといいが)

 もし、そこまで徹底しているのであれば、宋建は確かに国を造り上げてしまうかもしれない。

 それが間違いなのか。

 それで、民が救われるのか。

 そこまで考えて、蓋勲は一座の議論が終わろうとしているのに気づいた。

 「どちらにせよ、戦わずして城を救えるというのであれば、ひとまずはあちらの思惑通りに動くのが良いかと」

 成宜の言葉に、軍議の場にいる面々が頷く。

 「えー、突っ込みたい。突撃したいー」

 ひとり、郭宗が不満げに言葉を漏らすが、隣の成宜にたしなめられる形で、不承不承に納得した。



 翌日。

 連合軍が行軍を開始すると、蓋勲は韓遂を呼び出した。

 「あのー、まだ俺縛られてなきゃダメですか? 飯も食い辛いんですけど」

 韓遂のぼやきを黙殺し、蓋勲は(しん)(そう)に馬を連れてこさせた。馬には誰も乗っていない。

 「我々は貴殿の企みに乗る。無駄な血は流したくない。貴殿には今から、冀城を包囲している軍に合流し、企みが成ったことを伝えてほしい」

 そう言うと、蓋勲は腰の剣を抜き、韓遂を縛っていた縄を斬った。

 韓遂は縛られていた腕をさすりながら、蓋勲を見上げる。

 「あー、わかりました。では一つだけお願いが」

 「言ってみろ」

 「戦場に到着したら、我々上洛軍を悪しざまになじってください」

 「………なに?」

 「いやまあ、適当に何でもいいんで。逆賊がー、とか」

 「その行為にいったい何の意味がある」

 蓋勲の鋭い視線に、韓遂は肩を竦める。

 「いやまあ、合図みたいなもんですよ。俺たちにも一応、退く理由を作らないといけない。左富繁が横領さえ行わなければ、俺たちはここまで大きな動きができなかった。それをしっかりと周囲に喧伝できれば、最低限の面目はたちますから。その問答をさせてほしいってことです」

 蓋勲は韓遂の目を覗き込む。

 韓遂はキョドキョドと視線を逸らしながら、卑屈そうに笑った。

 「………………お前、今回の件、独断か」

 「さすがは大戦を経験した将軍様ですね。まあ、独断です。ただ、俺が話したことに嘘はないですよ。無辜の民を傷つけたくない。左富繁を討伐したい。それでうちの軍がにっちもさっちもいかなくなってたんで休暇にかこつけて動いたってだけです」

 「………………。ならばお前にとってはこれからの方が過酷な戦となろうな。武運を祈る」

 「………ありがとうございます」

 韓遂はバツの悪そうな顔をしながら小さく頭を下げると、連れてこられた馬に乗って冀城に向かって駆けた。

 「なんとも、末恐ろしい男だな」

 蓋勲の呟きは風に溶けて誰の耳にも入らなかった。



 三日後。

 蓋勲は冀城を包囲する軍を指揮する将たちの前で正座させられていた。

 「カンハク! 君ってやつは! 君の身に何かあったらどうするんだ!?」

 「ふっはっはっはっはっはっはっはっは」

 「――――――――――」

 (へん)(しょう)は怒り、宋建は大笑し、北宮玉は唖然としている。

 「いや、だって、これが早いじゃん?」

 「早いといっても、一言相談ぐらいしろ!!」

 「いや、お前に話したら、危険だなんだってダラダラ伸びるのが関の山だろ」

 「無事に帰ってきたからいいものの! 一歩間違えればその場で斬り殺されてもおかしくないんだぞ!!」

 「いやそれもそれで問題ないだろ。この軍の柱は、宋建と北宮玉と、お前だ辺。俺は柱じゃない。死んでも問題ない駒だからこそ、ダメ元の一手を打てるんだ」

 「君は、まだ、そんなことを」

 辺章が歯を食いしばる。そこに、宋建が割って入った。

 「ふははははは。やってくれたな三流役者よ。いや、二流役者に格上げしてやろう」

 「はあ。どうも」

 「それで? 蓋元固にこの新しき王の軍勢を逆賊呼ばわりさせ、その上で新しき王にみっともなく恨み言を言えというか」

 「言ってもらえると、助かるなぁ、なんて」

 「ふはっはははは。(じゅう)(おう)()を気取るか。この新しき王を楽しませたこと、褒めて遣わす。いいだろう。このまま、この新しき王の思惑通り事が運んでも興が醒めるところであった。分不相応にも縦横家の役を演じた役者に免じて、その恥辱、この新しき王が認めてやろう」

 「いいんですか?」

 「いいもなにもあるか。もとより、建国には数多の障害がある。その障害がいま一つ増えたところで何の苦境にもならん。結果は同じ事よ。この新しき王の新しき国が建つということに相違はない。それよりも、健気にも友のために働いた労をこの新しき王自ら、労ってやろうというものだ。感涙に咽ぶがよい」

 「はあ。いえ、友のためとかじゃないんですけどね? ありがとうございます?」

 「ふん。素直になれぬ男というのは見苦しいものだぞ。己の感情を認めよ」

 「いや、違うんで。冀城の民のためなんで。あと、洛陽からの討伐軍よりも早く、(さん)()に入るためなんで」

 「口の減らぬ男だ」

 宋建は楽しそうに韓遂を見ると、幕舎の中で未だ呆然としている諸将に声をかけた。

 「何をしている。木偶か貴様らは。蓋元固の軍が近づいている。こちらもせめてまともな軍容を整えねば、救国の将軍に申し訳がないだろうが。各自持ち場につけ。問答はこの新しき王に任せよ」

 「いやちょちょちょ。宋建。あんたはこの軍の盟主じゃない。武允。お前がやるんだ」

 「ふむ。それぐらい背負ってやってもよいぞ」

 「それだと支払いすぎだ。採算が取れない。あんたの名を不当に落としすぎるのも困るんだ。たぶん、今後、困ることになる」

 「ほう。お前は演出家の素養もありそうだな。まあよい。此度の謀はお前の絵だ。お前のやり方に合わせてやろう」

 そう言うと、宋建は幕舎から出て行った。

 北宮玉や()(ぶん)(こう)たちもハッとしたように慌ててその後をついていく。

 後には辺章と韓遂が残された。

 辺章は韓遂を睨むと、彼も立ち上がる。

 幕舎を去り際。

 「このことは、あの二人にも言っておくからな」

 そう言って韓遂を置いて幕舎から出て行った。

 あとに残された韓遂は、気が滅入ったかのように重たいため息を吐いた。



 (ちゅう)(へい)二年(西暦一八五年)二月十五日。

 冀城を攻囲する三万の上洛軍の背後に、阿陽・蘭干・成紀の三県からなる連合軍が着陣した。

 連合軍の兵力は五千である。

 およそ六倍の敵兵に、しかし蓋勲は堂々と布陣を完了させた。

 上洛軍の背後、二里(約八百m)ほどのところにある小高い丘の上だ。

 逆落としをかけるに絶好の要衝。

 そこにそつなく陣を布いた蓋勲は、眼下に並ぶ三万の上洛軍に唾を飲み込んだ。

 前年の大反乱は民兵による素人軍だった。

 しかし今回は賊・羌族・官吏からなる混成軍が相手だ。

 全員、戦いのいろはを知り尽くしている。

 蓋勲の脳裏に浮かぶのは黄巾将・(とう)()との戦い。

 恐らく、黄巾の乱において蓋勲が経験した軍と軍の戦いはあれだけだ。

 上洛軍。

 彼らの纏う雰囲気は、鄧茂の指揮する軍と同種の、それでいてより練度の高いものを感じさせられた。

 一瞬、その空気に呑まれそうになる。

 しかし、呑まれそうになった心とは裏腹に、身体は勝手に前に歩みだしていた。

 足が前に進み、敵軍を見渡せる位置に来ると止まる。ゆっくりと眼下の光景を視界に収め、肺腑に空気を吸い込み、空気の塊と共に言葉を口から押し出した。


 「辺武允! 私の名前は蓋元固である!! 貴様がこの反乱軍の柱石と聞いた。(とく)(ぐん)(じゅう)()として国に仕える身でありながら、国家が運営する政庁に向けて弓を構えるなど言語道断であることを知れ。大任を授かる栄光に浸かり、報酬も不足したことがなかったはずだ。その恩を、仇で返すとは恥知らずにもほどがあろう。挙句の果て、決死の抵抗をしている無辜の民を攻め苛むなど、許されていいはずがない。貴様は必ず報いを受ける。これ以上、罪を重ねるべきではない。投降せよ!!」


 天を震わせる雷鳴のような大音声。

 上洛軍のみならず、冀城を防衛していた城内の民にもその言葉は届いた。

 上洛軍も、冀城防衛軍も、その突然の大声に、呆気にとられたように攻撃の手を止める。

 そんな静まり返った中、上洛軍の中から一人の男が歩を進めた。

 辺章である。


 「辺武允である。我々は、逆賊・左富繁を討つためにこの城を攻撃している。確かに我々は罪を犯した。国家に反逆をした。しかし、我々の目的は国家に巣くう悪鬼の殲滅だ。従事として諫めもした。しかし、聞き入れてもらえなかった。正攻法で何度も働きかけたが、現実は変わらなかった。もはや、実力行使に出るしかなかったのだ。あなたも、左富繁を諫めた人間だと聞く。左富繁がもし、あなたの言葉に従っていたのならば、我々も止まることができただろう。しかし、今や、金城を落とし、この冀城を攻めている。罪を重ねてしまった。あなたに降ることはできない」


 辺章の声はまるで天から降り注ぐ雨のようにその言葉が人の心に浸透していった。

 蜂起は本意ではないと。

 今更引くことはできないと。

 そう言って、この話し合いは決裂したかのように思えた。

 両軍の兵が、武器を構え、腰を落とす。

 しかし、連合軍の総指揮官・蓋勲は突撃の号令を出さず、もう一度言葉を交わすことを選んだ。


 「ではどうするか。このまま決戦か。私は国に忠義を尽くす者。我ら五千が死に絶えたとしても、左刺史の救援要請は果たしてみせる。お前たちに、城を包囲する余裕がなくなれば、左刺史は城から脱出できる。我らの死は、無駄にはならない!」


 蓋勲の言葉に、連合軍が鬨の声を上げる。

 蓋勲の演説が兵ひとりのひとりの士気を際限なく高めているのだ。

 五千の兵と言えど、今の連合軍とぶつかれば、上洛軍もただでは済まない。六倍の兵力。覆ることはないだろうが、大損害を受けるのは明らかだった。


 「見事! 見事だ蓋元固!! あなたのような忠義の士が、まだこの国に残っていることは、(かん)にとって吉報であろう。先ほども言ったように、我々は、悪賊を討つのであって、善良な人間を害したいと考えてはいない。あなたの心意気に敬意を表し、我々はこのまま包囲を解き、撤退を行う。願わくば、左富繁に厳正なる処罰をお願いしたい!!」


 そう言うと、辺章は合図を出した。

 銅鑼が鳴らされ、冀城を攻囲していた三万の軍勢が、辺章の言葉通り、冀城の包囲を解いて、連合軍が布陣しているのとは反対の南側へ移動を開始した。

 蓋勲はその軍の移動を動かずに見続けた。

 しかし、おかしな動きをする者はおらず、上洛軍はそのまま山の中へと姿を消していった。



 「(おぞ)がっだではないが、(がい)(げん)()! だっだぞれだげの(べい)でよぐあの(だい)(ぐん)を追い(ばら)えだものよ。お前を阿陽に(おぐ)っだ(わだじ)(ばん)(だん)()(ぢが)っでいながっだな」

 冀城の政庁に蓋勲は通されていた。

 上座には左昌がふんぞり返って座っている。

 「恐れ入ります」

 蓋勲他駆けつけた諸将は下座に座り、蓋勲に合わせて全員が頭を下げた。

 「ぶん。じがじ、(がっ)()な真似をじだものだ。(わだじ)(げい)(がぐ)ではお前だぢが(ぞぐ)(ぐん)(ばい)()()り、お前だぢの(どづ)(げぎ)に合わぜで(わだじ)だぢも(じろ)がら打っで出る(りょう)(めん)(ざぐ)(ぜん)(でぎ)(げぎ)(めづ)ずるづもりだっだのだ。ざずが、(ぎゅう)(ごぐ)の英雄どもなれば()()(どごろ)を逃ざないどいっだどごろか。やるではないが」

 そう言って、左昌はぐぶぐぶと笑った。

 その時。

 「時間稼ぎどうも。蓋どのー。もういいですよー」

 と声が響き、それと同時に、蓋勲は立ち上がると、左昌に近づき、隠していた短刀を抜いて突き付けた。

 「な!?」

 左昌は驚きで声が出ない。

 一泊遅れて周りの人間が左昌を助けようとするが、

 「動くな!!」

 蓋勲の一喝で一瞬動きが鈍る。

 それでも剣を抜いて左昌を助けようと動く者の前に、連合軍の諸将が短剣を抜いて立ちはだかった。

 「(でぎ)に寝返っだが、(がい)(げん)()!!」

 左昌の言葉に、蓋勲はゆるゆると首を振る。

 「いえ。これは別件です。左富繁。あなたには洛陽よりの書簡で、刺史を免官する旨を届けられております。理由は、公費の着服。私は、皇帝の命を受けて、あなたと、そして、県長・(ほう)(しゅく)(れき)。あなた方二人を更迭いたします。無駄な抵抗は、やめていただきたい」

 その言葉に、左昌は理解ができないといったように首を振る。

 「め、(めい)(れい)(じょ)を、見ぜろ」

 先ほどと打って変わって弱々しくなった左昌の声に、蓋勲は書簡を手渡した。

 小さな眼がキョドキョドと動く。その動きが繰り返されるにつれ、左昌の顔色はだんだんと赤くなっていった。

 「あの、イガレ()(ぞう)がっ!!!」

 そう叫ぶと、左昌は書簡は真っ二つに引き裂いた。

 「()(ごう)だ! (みど)められん!! (わだじ)は、まだ―――」

 左昌の言葉は、最後まで続けることができなかった。

 蓋勲が素早く左昌に身を寄せ、剣の柄で、左昌に当て身を食らわせたからだ。

 「な、ば、ぐ」

 左昌は言葉にならない声を上げながら、意識を手放すとその場に崩れ落ちた。

 蓋勲が鮑俊に目を向けると、(ほう)(しゅん)はへたり込んで小さく笑っている。

 「この二人を洛陽に連行する。上洛軍が賊とはいえ、一度交わされた約定だ。万難を排して、厳正なる処分に持ち込む。良いな」

 『はっ!』

 蓋勲の言葉に、連合軍の諸将のみならず、冀城に詰めていた兵たちも同様に、拱手をして応じた。



 「にゅーん。にゃーん。むにゅーん」

 「おや、こんにちは」

 「あれ、やほー。ハイ(超絶)スウィート(甘々)ユーナッキ(宦官)、マジカルさほりんだよ~ん」

 「あー、はいはい。まじかるまじかる」

 ところ大きく変わって、洛陽。

 マジカルさほりんこと()(ほう)がひとりの青年に遭遇した。

 青年の名前は(えん)(しょう)という。

 「何かあったんですか? 浮かない顔をしていましたけど」

 「うーん。同族っていうか、同姓でね、悪いことしてる人がいてね」

 「ほおほお」

 「その人に対する意見書とか、届いてね。さほりん、巻き込まれたくなかったから無視してたんだけど」

 「だからそれをやるから、去年の黄巾の乱起こったんですよ?」

 「だってさぁ! さほりん関係なくない!? 同じ苗字ってだけで、親戚でも何でもないし、知らない人だし! 涼州で起こってるんだったらそっちで処理してよ!!」

 「いやまあ、それもそうではありますが。ということはよほどの高官で?」

 「刺史」

 「うわちゃあ」

 「で、見ない振りしてたら、また届いて。しかも、武力行使で、刺史の籠る城を襲うとか言ってるし! 長史の人からも、弾劾文が届くし。なんで!? ちゃんと法律があるんだから、そっちでなんとかしてよ!!」

 「で、どうなったんですか?」

 「大義名分が欲しそうだったから、『逮捕していいよ♡』って書いて送った」

 「それはお疲れ様です。いいことしたじゃないですか」

 「はあ。いやあ、今回も、マジカルな敵だったなぁ」

 「何がどうマジカルなんだよそれ」

 「それにしても」

 左豊は窓から物憂げにはるか遠く、西方の空を見上げた。

 「誰だったんだろ、左富繁って」

左昌をもう登場させないで済むので佐久彦の勝ちです。

セリフ全部濁音にする。発想は面白いと思ったけどルビ振るのホントにしんどいから二度とこういう系のキャラは出したくないね。思い付きでやるからこうなる。


さほりんの『マジカル』発言については、厳密に時代考証するならラテン語での『マギクス』かギリシャ語の『マギコス』にするべきなんだろな、と思いながらわかりやすさ優先でやってます。

書籍化することがあればちゃんとするかもね。

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