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十七幕 并州私兵団の調練(前編)

        三幕 ④并州私兵団の調練(前編)



 (ちゅう)(へい)元年(西暦一八四年)。

 新たな元号が始まった。

 ………誰が何と言おうと新たな元号はこの時始まったのだ。

 中平元年(西暦一八四年)、十二月。

 (へい)(しゅう)(たい)(げん)(ぐん)(しん)(よう)(けん)の政庁において。

 (へい)(しゅう)()()・董卓が数十人の男たちの前に立った。

 「おはよう、諸君。今日はいい天気だ。死合うには絶好の日だ。来月の査定のために、十全に力を発揮するように」

 そう言うと、董卓はギラギラと炎が燃えるような瞳を男たちに向けながら、獰猛に笑ったのだった。



 (とう)(たく)(あざな)(ちゅう)(えい)

 彼は、この年の初めに起こった大乱・(こう)(きん)の乱において(とう)(ちゅう)(ろう)(じょう)に任命され、黄巾軍と戦った。

 しかし、董卓は黄巾の乱において大した戦果をあげることができず、東中郎将の資格を取り上げられた。

 今はただの刺史である。

 刺史とは。

 軍権を持たず。

 (たい)(しゅ)(けん)(れい)の監督を行う職だ。

 しかし、并州は辺境だ。太守・県令の他にも目を配らないといけない勢力がいる。

 異民族だ。

 (きょう)(ぞく)(せん)()(ぞく)がたびたび入り込んでは領内を荒らす。

 それだけではない。そういった異民族の略奪に紛れて、(かん)人の野盗も跋扈していた。

 そんな中では、自分の身を守る必要がある。

 刺史で、軍権をもたないからと言って、軍事力を保有しないのは愚かに過ぎた。

 辺境では、高官ですら簡単に死んでしまう。

 工夫を、努力を、仕込みを怠った者が生きていけるほど甘い世界ではないのだ。

 故に、董卓は自費でもって私兵団を作り上げていた。

 その数は、刺史の俸給をやりくりして何とか成り立つ程度。

 それでも、領内の豪族を守ってやる代わりに董卓の私兵団の維持費を捻出させた。

 そうやって、近辺の豪族を抱き込むことで、なんとか、五百名の私兵を抱えていた。

 それが、黄巾の乱の際、軍資金を一部横領して、私兵の数を五千人も増やすことができた。

 即座に董卓は動いた。

 今までは県内の豪族に対して働きかける程度だったが、五千もの兵力があれば、郡内を巡視することすら叶う。

 より治安はよくなり、それに利を得る豪族も多くなる。

 すでに、董卓私兵団はこのひと月ほどで五度も賊団の襲撃から民衆を守っている。

 晋陽県の豪族だけでなく、太原郡内にある十六もの県。それぞれから期待を寄せられ始めている。

 董卓私兵団が持続すれば、太原郡は平和になる。

 金を積めば、それで平穏が買える。

 そうして、董卓は自身の下に金を集め、その金でさらに軍備を拡張した。

 現在、董卓私兵団は七千もの大軍に膨れ上がっていた。



 本来ならば、一万を超える人数を集められる程度には金は集まった。

 太原郡だけではない。

 并州内の他の郡も董卓に期待のまなざしを向けている。

 さらに、賊を撃退できた際は、本来その任を果たすべきだった太守に報酬を要求している。

 これによって、董卓は豪族と太守の両方から金を集めることができるようになった。

 しかし、これには条件がある。

 精強であること。

 董卓私兵団は賊を打ち倒すと信じられているからこその出資だ。

 董卓私兵団が弱いと判断されれば、途端にこの金は霞のように消えてしまうことだろう。

 ひと月ほどの間に賊を五回も撃退した。

 あらかじめ、見当をつけておいた賊を見張っておき、賊が動き出したという知らせが入り次第動いた。

 数百規模の賊団だ。千の兵を向かわせれば十分に事足りた。

 今までは、一つの地域を救援している間に別の地域で賊が暴れていた。

 しかし、五つの部隊を作ってもまだ予備兵がある。

 その状態のなんと心強いことか。

 うまく決起させるために偽の情報を流したり、金や武器を流した甲斐があった。

 賊たちは刺史が流してきた物資だとも知らずに、まんまと乗せられて、そして壊滅していった。

 ここまでは、董卓の仕込みだった。

 しかしここからは地力の勝負になってくる。

 董卓私兵団は精強なりと内外に知らしめなければならない。

 そのための『査定』を本日行うのだ。



 董卓私兵団は総大将に董卓が、参謀に董卓の妻である()(じゅ)がついている。

 そしてその下に上級指揮官、中級指揮官、下級指揮官と並ぶ。

 上級指揮官と呼ばれるのは、()(ゆう)(あざな)(れん)()(ぞう)()(あざな)(せん)(こう)(だん)(わい)(あざな)(ちゅう)(めい)。という三名。

 中級指揮官は、()(しん)(あざな)(ぶん)(さい)(よう)(てい)(あざな)(せい)(しゅう)。という二名。

 残るは下級指揮官として(ぎゅう)()を含め(あざな)を持たぬほど若い五名がいた。

 今回の査定は、上級指揮官組対中・下級指揮官の組で模擬戦をやるというものだ。

 この模擬戦でいい動きをしたものは、昇進もありうる。

 指揮された兵たちも、自分の指揮官が勝利に貢献すれば給与の増額が。

 怪我をして戦線に復帰できなくなったとしても、治るまでは一家族が生活できるだけの見舞金が出されると保証されている。

 兵たちの士気も高い。

 そして、指揮官たちの士気もまた、高かった。



 「それでは、本日の模擬戦の仕様を説明します」

 十名にも満たない指揮官たち。

 その前に立った上級指揮官のひとりである段煨は、彼らに説明を始めた。

 「まず、本日の模擬戦は、上級指揮官と中級・下級指揮官の連合で戦ってもらいます」

 「お、ほな、全員、ぶっ殺せばええんやな」

 「そういう脳みそ筋肉の発言をすると思って、しっかりとしたルール(規定)がありますよ」

 腕まくりに舌なめずりをする華雄に段煨は釘を刺す。

 「肩から上のどこかにこの布をつけてください。ひっぱたら外れるように縛ったりはしないように」

 そう言って段煨が掲げる布は、何の変哲もない白い手ぬぐいだった。

 「この布が取られた者は戦死扱いとします。それ以降戦端に加わらず、戦死者の集まる場所にすぐさま移動してください。戦う上である程度の怪我は仕方ありませんが、必要以上に痛めつけたり死なせてしまった者には重い罰則を与えますので気を付けてください」

 「ふむ。しかしだね。布を引っ張るなど簡単なようでそうでもない。そもそも、練武さんや私の武器で相手を殺さないようにというのも難しい話だろう?」

 臧覇がにやにやとつつくが、段煨は落ち着いて頷いて返す。

 「ええ、そうですね。なので、全員普段使っている武器は使用禁止です。こちらで用意した武器を使ってもらいます。槍、剣、弓の武器を用意していますので必要に応じて持って行ってください。これらの武器は刃を潰してあり、更に刃に相当する部分に布を巻いています。ここを有効部位として、ここ以外の場所で攻撃することも禁止です」

 「こらまたけったいな。随分準備大変だったんとちゃいます?」

 「ええ。大変でしたよ。なので、私は今回模擬戦には加わりません。上級指揮官は練武殿と宣高殿にお任せします。よろしくお願いしますね?」

 そう言ってにこりと笑う段煨に華雄は豪快に胸を張り、臧覇も頷いて返した。

 そんな中、緊張した様子で胡軫が手をあげる。

 「じょ、上級指揮官と俺らが戦うんすか? それは、なかなか、えぐくないすか?」

 隣にいる楊定も同意見のようで激しく頷いている。

 「その辺りはハンデ(障害)を加えることで解決するつもりだよ。練武殿、宣高殿はそれぞれ千の兵を率いてもらう。総勢二千の部隊だ。それに対して、中級組はそれぞれ二千五百の兵を率いる。総勢五千の部隊だ」

 「それはあまりにもあまりやないか?」

 華雄が顔を引きつらせるが段煨は首を振る。

 「妥当だとは思うけどね。一応、君たちは兵の中でも練度の高い兵をあてがっている。それもこちらで指定しているから、それぞれ持ち場に向かって自分の指揮する兵たちを確認してね」

 そう言うと、段煨はにこりと笑う。

 「仲穎殿も李女史も、君たちの動きを見ている。中級指揮官は上級に、下級指揮官は中級に上がる好機だと思うことだ。また、上級指揮官の指揮する兵たちの中から下級指揮官に上がる人も出るかもしれない。練武殿と宣高殿はその辺りも見てくれると助かる」

 そう言うと、段煨は地図を広げて壁に張った。

 「戦場は県城の東にある地形だ。()(ちゅう)()と県城の間だね。杷中の農地を荒らすような距離に近づくことは禁止する。期間は一週間ほどを想定。武具や兵糧の管理は各指揮官が行うように。それでは、上級と中級のそれぞれの指揮官には待機場所を個別で伝える。本日すぐさま向かって、明日の正午、県城から太鼓の音が響いたら進軍開始だ。善戦するように」

 そう言うと、段煨は最初に華雄を別室に呼んだ。

 次いで、胡軫。臧覇。楊定が順に呼ばれていく。

 下級指揮官は胡軫に呼ばれて部屋を後にした。



 「いやいやいや。まったく。面白いことを考えるねぇ、仲穎さんは」

 「まっだるこしいねん。こんな武器、軽すぎて、逆に調子崩すわぁ」

 「それには同意だ。しかし、自分の武器を使えない状況っていうのも起こるかもしれないと考えているんだろう。その状態でも戦ってみせなけりゃならない」

 「ふぅむ?」

 「黄巾どもは大人しくなったが、我らが并州は相も変わらず賊や異民族に悩まされてるんだ。軍事力はどれだけあっても腐らない。それに―――」

 臧覇は考える。

 もしかしたら、董卓は、李儒は、その先を見ているのかもしれない。

 国に思ったほどの力がなかった。

 民衆百万の反乱。

 それはつまり、国としての権威が民草に届いていないことを意味した。

 そもそも、董卓は洛陽から出陣の要請が来た際、黄巾と(かん)を天秤に乗せていた。

 今回は、(かん)に乗った。

 しかし、次回もそうとは限らないのかもしれない。

 董卓は、(かん)に叛旗を―――。

 「それに、なんや、臧やん」

 「いや、なんでもないさ」

 臧覇は首を振る。

 今考えても仕方のないことだった。

 それよりも今は、目の前のことをしなければならない。

 「それじゃあまあ、配置についたわけだし、相手さんを探しますかねぇ。斥候部隊を編成。敵軍を補足したらすぐに引いて位置を教えるように」

 「あー。いけないんやー。明日の正午まで進軍禁止やろ?」

 「だから進軍はしてないじゃないか。『軍事行動禁止』ではなく、『進軍禁止』だったんだ。そも、敵部隊の補足は進軍前にすべきだろう?」

 「後輩相手に大人げないなぁ。ほな、俺らも動くでー。こっちは地形の確認や。明日の正午んなったら動いて、丘か林、取ったろうや」

 「まったくどっちが大人げないんだか」

 上級指揮官の二人は、さっそく動き始めた。



 戦場となったのは名もない平原である。

 両軍は百()(約四十㎞)ほどの距離を取っており、お互いの姿は見えていない。

 平原とはいっても起伏もあり、途中には小さい林もある。

 胡軫、楊定の両指揮官も指示された場所に布陣した。

 幕舎を張って、本陣を作り上げる。

 卓上に地図を広げ、楊定は胡軫と、下級指揮官たちに説明を始めた。

 「開戦は明日の正午。それまで兵と武具の確認をしておいて。一週間の対陣になるから兵糧も簡易的な兵糧拠点を作りましょう」

 「で、どうするよ。突撃か?」

 「冗談言わないで。そんなことしたら一網打尽よ。ふむ。下級組。この地図を見て気になることはあるかしら」

 突然話を振られた下級指揮官たちが動揺したようにお互いの顔を見合わせる。

 五人の下級指揮官。まだ若いが、牛輔と同様、()(きょく)(よう)(じょう)の戦いで実際に戦場に立っている。

 そのうちの二人が地図の別々の場所を指さした。

 「この林。兵を潜ませておけば敵に打撃を与えられるでしょう。逆に敵もそれを狙うはず。この林の奪い合いが緒戦ですかね」

 「この丘、どちらか、できれば両方。早い内に確保した方がいいと思います」

 陣の前方には林があり、右と左前方に緩やかな丘がある。

 下級指揮官の(はん)(ちゅう)は林を、牛輔は丘を指さした。

 樊稠が牛輔を見て爽やかに笑う。彼は美形で街でもよく女に声をかけられている。爽やかな笑顔がよく似合う少年だ。

 「牛。戦場のほぼ中央に位置する丘を取ってしまえば、必然的に丘は左右ともこちらの勢力圏内じゃないか。林を取れば丘も取れる。そうは思わないかい?」

 「華将軍と臧将軍が林を放棄して大回りして丘を確保したら、こちらは背後を突かれることになる。それよりも足場を固めた方がいいと思うんだけど」

 「そうなったなら、敵の本陣は手薄ってことだ。数の暴力で攻めかかれると思うけどな」

 牛輔の反乱に樊稠もさらに反論を返す。

 それを見守っていた楊定と胡軫は二人して頷いた。

 「これは、好みの問題かしらね。私は牛くんの策の方が好み。………けど」

 「俺は樊の方が好みだな。やっぱ攻めかからねぇとなぁ!?」

 「ふむ。とにかく、明日、朝にもう一度集まって作戦を決定するわ。もう少し考えさせて」

 「じゃ、お前らは兵の指揮系統、確認しとけ。解散」

 五人の下級指揮官たちは(きょう)(しゅ)をして幕舎から出て行った。



 翌日、正午。

 県城の方角から太鼓の音が響いてきた。

 模擬演習、開始の合図である。

 胡軫と楊定は前日の夜に話し合って決めた戦法を取った。

 すなわち。

 「おら! 進軍すんぞ!! 一息に林まで突き進め!!」

 「右方の丘を奪取するわ。進みなさい!」

 軍勢が多いことを利点として、二拠点の奪取を目標としたのだ。

 右の方にある丘は林よりも手前側にあり、更に林は丘にかかっていない。

 左側にある丘は裾野が林に飲み込まれるようになっている。

 どちらも標高はたいして高くない。左の丘をとっても林が邪魔で視界は開けない。

 半面、右側の丘は林から距離があるため、取ってしまえば、林の向こうの敵軍の動きも見ることができるようになる。

 故に、楊定は右の丘か中央の林のどちらかが主戦場になると読んだ。

 胡軫は中央の林に。楊定は右の丘に突き進む。

 緒戦はどちらが有利な地形を取るか。

 両軍の中心にある林は早ければ初日で大きな戦闘が起こる。

 その激突を予想しながら、楊定は馬を走らせた。



 「報告! 楊・胡両軍ともに動き出しました。楊は左方の丘、胡は中央の林に向かっています」

 「ま、せやろなぁ」

 報告を受けた華雄はのんびりと馬で移動している。

 前日の内に楊定・胡軫の両軍が布陣している場所を確認させており、林を中心にほぼ等距離で両軍が展開していることを確認した。

 さらに、あちらへのハンデ(助勢)でもあるのか、左右の丘は僅かに中級指揮官組に寄っている。

 そうとくれば、当然、丘を手に入れたいだろう。

 「いやあ、仲穎さんもいけずな事するわなぁ。丘、取ったろ思ったのになぁ」

 そう呟いて、華雄は手をあげる。

 全軍停止。

 華雄に従っていた千の兵は、林から距離を取って停止した。

 「ほな、臧やんの連絡を待とうか」

 華雄はのんびりと暖かい陽の光を浴びながら設営の指示を出した。



 胡軫率いる二千五百の部隊は林に到着した。

 胡軫の下には樊稠と()(もう)、二人の下級指揮官がいる。

 「旗は『華』。華将軍ですね。どうやら設営の指示をしているみたいです」

 偵察兵の情報をまとめた樊稠が、胡軫にそう言ってくる。

 「練武さんをあそこで釘付けできてるだけで十分以上だ。このまま様子を見て、向こうが近づこうとしたら矢で牽制だ」

 「でも、それじゃ勝てないですよね」

 胡軫の言葉に、李蒙が不満げに言う。

 「まだ緒戦だ、李。一週間かけて華将軍をすりつぶすんだ。まずは相手を思うように動き回らせないことだ」

 そんな李蒙に樊稠が答える。

 そんな二人の様子を見て、胡軫は頷いていた。



 楊定率いる二千の部隊は右方の丘に布陣した。

 布陣、できた。

 眼下には林と、それから『華』の旗。

 華雄の部隊が林から距離を取って布陣している。

 『臧』の旗が、ない。

 それが意味することを理解し、しかし、万が一の保険が生きることに、楊定は誇らしさを感じていた。

 「反対側の丘に救援を出すわ。周。五百を率いて林を迂回し、対面の丘に向かいなさい!」

 「は!」

 楊定の部隊に所属していた下級指揮官の(しゅう)()(きょう)(しゅ)をすると指揮下の兵を連れて丘を下った。



 「ん? 丘に動きあるなぁ。ほーん。まあ、そら気づくわな。でもまあ、遅いんとちゃうか?」

 下から上に攻撃する部隊と上から下に攻撃する部隊。どっちが有利かは明白だ。

 だからこそ、華雄と臧覇は、楊定が左の丘、胡軫が中央の林を制圧すると想定して、右の丘を奪うことを決めていた。

 すでに、臧覇が右の丘に向かっている。



 臧覇率いる千の部隊は、右の丘を登り始めていた。

 しかし、臧覇の表情は優れない。

 「うーん。参ったねぇ」

 その視線の先には、丘の頂上から矢を射かけてくる兵の姿があった。

 「まさか、こっちにも兵を配するとは。いやはや、思ったよりやるねぇ」

 臧覇は労せずしてできるはずだった丘の占拠から、丘の攻略へと方針を変えざるを得なくなっていた。

 「いやあ、感心感心。さて、勝負と行こうか、牛くん」

 丘の上にすでに布陣している牛輔に、臧覇は舌なめずりをしながら狙いを定めた。



 前日の夜。

 下級指揮官を解散させ、胡軫と楊定が話し合おうとした時、幕舎に牛輔が訪れた。

 「左方の丘。放置するのは危険かと思います。仮に林を迂回してあそこを取られれば、眼下の林に潜む兵の動きは丸見えになってしまいます。もしお許しいただけるのなら、僕の部隊だけでも向かって、左の丘を制圧しておきたいのですがどうでしょうか」

 「もしそうなるとしたら、敵は上級指揮官が直接率いる部隊だ。お前の指揮下にある五百の兵だけでどうにかできるか?」

 「高所の利を利用して防戦に徹すれば半刻はもたせます」

 「わかったわ。その場合、援軍を送る。それまで、耐えて」

 「はい。『利にして、これを誘う』。上級指揮官を驚かせましょう」

 その言葉に、胡軫は口笛を吹き、楊定は誇らしげに笑ったのだった。



 牛輔率いる五百の部隊は左方の丘に布陣を完了させ、臧覇率いる千の部隊が丘を登ることの妨害を続けている。

 「矢、斉射! 一陣、槍!」

 丘の斜面を登ろうとしている臧覇の部隊の兵たちに槍が突き出される。

 斜面だ。

 鎧を着た身体は、僅かによろけるだけでも転がり落ちる可能性がある。

 死にはしないが、大怪我を負いかねない。

 必然、臧覇たちの進軍は鈍った。

 しかし、臧覇たちも兵を引かせることはできない。そんなことをすれば追撃の機会を相手に与えるだけだ。

 臧覇もそれをわかっている。だからこそ、この状況に焦れ始める。

 その機を逃さないように、牛輔は注意深く臧覇の指揮を見ていた。



 臧覇は舌を巻いていた。

 侮っていた。

 しかし、牛輔の指揮は見事なものだった。

 臧覇が手をあげ、部隊の一部を削って回り込ませようとしたが、その瞬間に、牛輔が百名ほどの兵と共に駆け下りてきたのだ。

 何人かが戦死判定を受けた。こちらも十人ほど布を奪ったが、牛輔はすぐさま兵を丘の上まで引かせた。

 二千対五千の模擬戦だ。

 一対一交換では割に合わない。

 さらに側面を伺った部隊にも百名ほどが駆け下りてきたらしい。

 数十名の戦死判定。対してこちらも十ほど布を奪った程度。

 臧覇は劣勢に立たされていた。

 若く、血気にはやっている。

 前のめりな戦法が、この丘における攻防戦ではかなり良く働いている。

 (夜になったら一度引いて立て直すべきかもねぇ)

 臧覇はそう考えて長期戦の覚悟をした。



 牛輔は待っていた。

 ひと押しができる機会を。

 そして、周毖がこちらへ向かってくるのを目にした。

 丘のふもとから、周毖率いる五百の兵が登ってこようとしている。

 牛輔は視線を反対に向ける。

 そちらでは、臧覇が丘の攻略を一度諦め、距離を取ろうと丘を降りようとしているところだった。

 (―――機はまさに今)

 そう感じた牛輔は、手をあげ、麾下の兵に指示を出した。


 突撃。


 牛輔は兵たちと共に、引きかけている臧覇の部隊に突っ込んだ。



 「ふむ。見事なものだ。牛はよく学んでいるらしいな」

 「それはそうでしょう~。整修も彼の呑み込みの良さにだいぶお気に入りになっているみたいですからねえ~」

 城壁の上に(しょう)()を置いて、董卓と李儒は模擬戦を眺めていた。

 晋陽城の城壁からは模擬戦の細かな動きは確認できない。

 それでも、指揮官たちには旗を持たせてある。

 中央の林を胡軫が、手前の丘を楊定が制圧したのは確認できている。

 奥の丘を牛輔が制圧し、それを臧覇が攻めた。

 手前の丘から周毖が援軍として派遣され、周毖が奥の丘に辿り着くや、牛輔は臧覇に逆落としを仕掛けたようだ。

 旗の動きでわかるのはその程度。

 細かな動きなどは後で各指揮官から聞き出さなければならない。

 しかし、大まかな動きとしては十分な情報が手に入る。

 「宣高の奴はどうも下を舐めるきらいがある。いい薬にはなっただろう」

 「そうですねぇ~。宣高殿も少しは真面目にやってくれるでしょう~。彼はいちどしてやられないと、本気になってくれないのが難点ですねぇ~」

 「ふ。しかし、本気になった時の宣高は、それはもう厄介なものだぞ」

 「それもそうなのですが~。まあ、あのお二人の課題は明白です~。もう少し、素の部隊指揮の能力を上げてもらわないと、お話になりません~」

 臧覇、華雄は個としての武力が秀でている。

 その武力は二人の持つ特異な武器に由来した武力だ。

 大槌と特殊唐傘。

 その武器を振るって、敵を恐慌に陥れ、そこを軍団で貫く。

 大きな武器。訳のわからない武器。それはそれだけで敵を恐怖に陥れる。

 しかし。

 二人の武器に対して怯えることなく立ち向かい、二人を抑えてしまえば、途端に華雄と臧覇の指揮する部隊は身動きが取れなくなる。

 一年前に恋々が二人に対してそうしたように。

 黄巾の乱で(とう)()が二人に対してそうしたように。

 兵の練度としては、特段秀でたものがあるわけではないのだ。

 指揮官が動けなくなると、途端に部隊は死んでしまう。

 それを打開するために。

 ひとまず、臧覇と華雄から武器を取り上げてみた。

 これでこの二人は普段の突撃力を失う。

 頭を使って、人を使って、軍事行動をしなければならなくなったのだ。

 臧覇と華雄が部隊指揮を真面目に行うようになれば。

 董卓軍は、また、変わる。

 李儒が入って大きく変わったが、更に変わるのだ。

 その鍵を握っているのは、意外なことに、下級指揮官なのかもしれない、と。

 董卓は年甲斐もなくワクワクしながら丘の攻防を眺めていた。



 丘を占拠していた楊定は、反対側の丘の戦況が動いたのをその目で見た。

 そして、日暮れ。

 伝令の報告を聞いて、満足そうに顔を綻ばせ、残念そうに唇を嚙んだ。



 「あいたたた。参ったよ、練武さん」

 「んぁ? 臧やん? なんでこっちに来とるん?」

 林の前で野営の支度を始めた華雄の部隊に、臧覇の部隊が合流する。

 「いやぁ、牛くん、やるね。一杯食わされちゃったよ」

 「ほな脱落か?」

 華雄はそう言いながら、臧覇の首元を見る。布はまだついている。

 「辛うじてなんとかなった。けど、私の部隊も半数はやられた。代わりに、牛くんは討ち取っておいたけどね」

 「なんや。牛坊脱落かいな。というか、臧やん半数やられたん? それは牛坊頑張りすぎとちゃう?」

 「いやあ、丘の上からの逆落としだよ。参った参った」

 その言葉に、華雄が眉をしかめる。

 「臧やん、それ、素直に受けたんか? それはちょっと、気ぃ抜きすぎとちゃう?」

 「返す言葉もないさ。向こうに援軍が来てね。部隊を再編すると思ったから少し距離を取ろうと思ったんだ。それを読まれたみたいだねぇ」

 「まったく。牛坊はまだ下級指揮官やぞ? そんなんじゃしめしつかんやないか」

 「重ねて返す言葉もないよ」

 「ほな、明日は変に頭使わずに、攻めとこかいな。臧やんも合流して一緒に攻めよ」

 「じゃあ、ご相伴にあずかるとするよ」

 「ういー」

 華雄の部隊、千。

 臧覇の部隊、五百。

 合わせて千五百。

 対峙する胡軫の部隊は二千五百。

 倍以上あった数の差が、局所的にではあるが埋まってきていた。



 逆落としを敢行した牛輔は、晋陽城に戻ってきていた。

 戦死判定を受けたことを報告するためだ。

 「………はぁ。あっさりいなされちゃったなぁ。被害を与えられたとは思うけど、こっちはほぼ壊滅。臧将軍の部隊は半壊ってところ。あまり仕事ができなかったなぁ」

 呟きながら戦死判定の報告を行い、待機場所に待機する。

 戦死判定を受けた者たちは、外で戦っている者たちと同様に訓練を行い、野営をする。

 練兵場で幕舎を組み立て、野営食の支度をするのだ。

 そこに駆け込んでくる足音が聞こえた。

 牛輔がそちらを見ると、董卓の娘、(とう)(れい)が牛輔を目を真ん丸にして眺めていた。

 「………………牛?」

 「お嬢様? どうしたんですか、こんなところで?」

 「牛!!」

 董麗は叫ぶと、牛輔に駆け寄った。

 そしてそのまま、牛輔に抱き着く。

 「へ!?」

 「牛。牛。生きてる。生きてるわよね?」

 「え、そりゃ、生きてますよ?」

 「だって、わたくし、さっき、あそこで、牛が、戦死」

 しゃくりあげながら言葉を絞り出す董麗に、牛輔は何が起こっているのかを悟り、顔を青くした。

 「あ、あの、お嬢様。あの、今日は模擬戦がありまして、首に巻いた布を相手に取られると『戦死判定』受けたことになって城に戻ってくるんです。だから、その、お嬢様が聞いたのは、それのことかと」

 「模擬戦?」

 「はい」

 「そう。そっか。また、わたくし、失ってしまったのかと」

 「大丈夫です。僕、弱いですから。そんな危ないところには行かされませんし」

 「それは胸を張って言うことではないわね?」

 「と、とりあえず、お嬢様。場所を移しましょう。ね?」

 そう言われて、董麗は改めて周囲を見渡す。

 幕舎を準備している兵たち。野営食の準備をしている兵たち。武器を振るっている兵たち。

 みな、不自然なほどに、董麗と牛輔を見ていない。

 必死に見ないようにしている。

 それを見て、董麗は今、自分が牛輔に抱き着いていることを思い出した。

 顔を真っ赤にして、牛輔から距離を取る。

 「せ、せっかくできたお友達が、戦死したって聞いたらぁ!!」

 「いやいやいや、わかってますって。大丈夫です。すみません、ご心配おかけしました!!」

 頭を下げて謝ってくる牛輔に、董麗は何やらもにゅもにゅと口の中で言いたげにしながら、結局言葉は出さなかった。

 「それとすみません。今日はお花を持っていけそうにないです。これから一週間、ここで幕舎を張って野営訓練なんです」

 「そう、なのね」

 「えーと、お話があるようでしたら、あちらでお話ししましょうか?」

 「いえ、わたくしはもう帰るわ。牛が生きてたこともわかったし。それじゃあ、牛。訓練、頑張ってね」

 「はい! ありがとうございます!!」

 董麗が歩き去っていく。

 そんな中、牛輔の部隊にいた副官が牛輔に歩み寄った。

 「牛隊長」

 「はい?」

 「城内とはいえ、もう暗いんですから、お嬢様を送って差し上げてください」

 「え、あ、はい。そうですね。わかりました」

 牛輔は頷くと、董麗を追って走り出した。

董卓私兵団強化クエスト、開始!

下級指揮官五人衆をしっかり描写したかったので、前後編!

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