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十三幕 賊についた計吏



 (そう)(けん)(きん)(じょう)(じょう)を落としてから一週間が経った。

 未だに、(りょう)(しゅう)の各地では何が起こったのかの把握はできていない。

 定時連絡が途絶えた。

 それに気づいた(しゅう)()が現状を把握しようと動き出した頃合いだ。

 ()(きょう)(こう)()(れい)(ちょう)は不測の事態に備え、定時連絡がなかった場合、すぐに予備戦力を率いて打って出るよう指示を出してある。護羌校尉所属の()()(部隊指揮官)は定時連絡が途絶えたことを認識しただろう。しかし、それでもすぐに動けはしない。

 伶徴が予測していた通り、司馬の軍が動き出すのにはまだ二週間ほどの時がかかる。

 (きょう)(ぞく)連合軍は情報の面で官軍に有利を取っていた。

 だからこそ、自分たちの家族を呼び寄せることも可能だった。

 八月十八日。

 この日はかねてより計画していた、反乱軍に加わった者たちの家族が金城城に到着する日だった。



 国家に対して反乱を起こすことは大罪である。

 ことが露見した場合、死罪は免れない。

 もちろん、それだけではない。

 誰がどこまで計画に関与していたかわからないため、罪人の親類縁者は皆、死罪となる。

 関りが無かろうと。まだ幼かろうと。すでに老いていようと。

 僅かにでも疑いがあるのなら罰する。

 国を守るためには仕方のないことだ。

 罪人が一人であったとしても、その妻、その子、その親、その親戚、その友人。

 一人の罪で数十人が巻き添えになる。

 これを(れん)()という。

 高名な者であれば繋がりも多くなり、連座する人間も数百人に及ぶこともある。

 国に叛くという行為は、それほどまでに大きな犠牲を覚悟しなければならないのだ。

 当然、自分の行いで愛する妻や子、優秀な友人たちの命を奪ってしまう恐怖に常人は耐えられない。

 国家叛逆を抑止するためにも必要な処置だった。

 国に逆らうというのは、それだけで、従軍する兵士たちに精神的な負荷がかかる。

 それを解決するために、辺允はあらかじめ反乱に加担する兵士たちの家族を金城城に呼び寄せる計画を立てていた。そして、それはこの日、無事に遂行されたのであった。



 「ヤッくん!!」

 髪を頭の片側でお団子に結んでいる女が、群衆の中から飛び出した。

 女の視線の先には(かん)(やく)がいる。

 僅か一週間ほど前、従軍することになったと重いため息を吐きながら泣きそうになっていた愛する男を目にした()(けつ)は、一も二もなく韓約に飛びついて抱きしめた。

 「ケツ、済まない」「ヤッくん、ごめん!」

 二人が同時に謝る。

 韓約は、大罪人の妻にしてしまったことを。

 呉結は、自分が辺允の人質となってしまったことを。

 お互いに謝罪を言い合いながら、抱き合って泣いた。

 そんな二人を、少し離れたところから見つめるもう一人の女がいる。

 (へん)(いん)の娘、(へん)(せつ)だ。

 きめの細かな長い黒髪を風に靡かせながら、抱き合う夫婦を悲しそうに見ていた。

 見ていたが、耐えられない思いから、その場を立ち去った。

 辺雪は辺允の計画について何も知らされていなかった。

 急に父の部下たちが辺雪や呉結を軍中に案内するといってきたのだ。慰労のためだという。

 疑いようもなかった。部下たちは辺雪とも顔見知りだったし、自分の父がまさかそんな大それたことをするとは思ってもみなかった。

 しかし、薄っすらと気づいていたのかもしれない。

 馬車に揺られながら考えていた。

 戦場に女子供を呼ぶのは非常識であった。

 さらに、その部下たちは、方々に散って大勢の人を集めていたようだった。

 それは皆、辺允に従った兵たちの家族だ。

 そして、移動を指揮する男たちの焦ったような、狂気に駆られているような表情。

 それらを見て、漠然とした『まさか』を抱えていた。

 それでも、暢気に旅程を楽しむ友人に何も言えなかったのは、己の弱さであると、辺雪は自覚している。

 何の償いもできない自分は、愛し合う二人に近づく資格もないのだと、そう思うしかなかった。



 「さて、これからの動きについてだ」

 韓約が呼び出された部屋に入ると、その視線の先には、頬を赤く腫らした辺允がいた。傍らでは宋建が楽しそうに笑っている。

 「おお、来たか、道化の相方よ。惜しかったなぁ。もう少し早く来ていれば、良い座興を楽しめたのだがな」

 「座興?」

 「道化には娘がいるのだろう? あの娘はずいぶんとじゃじゃ馬のようだな。突然この部屋に入ってきたかと思えば、父の顔を思い切り引っ叩いて部屋から出ていきおった。まったく、どんな教育をしている。孝の道はしっかりと説かねばならんぞ。ふはははははは」

 そんな宋建の言葉に、韓約は朧気ながら何があったかを悟った。

 そして、呉結に気を取られて、辺雪のことをすっかり忘れていたことに冷や汗が出る。

 あとでそれとなく気にかけてやらなければならない。

 思えば、彼女の立場も苦しい。

 父である辺允の策略によって、彼女の昔馴染み(恋しく思っているのは韓約には伝わっていないが、それはそれでよりしんどい)である韓約は強制的に反乱軍に組み込まれた。

 辺雪からしてみれば、合わせる顔がないのだろう。

 折を見て、こちらから会いに行った方がいい。韓約はそう結論付けた。

 それよりも今はこちらだ。

 喫緊の問題に手を付けなければならない。

 「ひとつ、いいか」

 「(はく)(しょう)。なんだ」

 「あー、すまん。ひとつじゃない。疑問がたくさんあるんだが、まずはひとつ目だ。俺たちは(かん)を打倒する反乱軍、でいいんだよな?」

 それに対して、辺允と宋建は顔を見合わせて黙った。

 韓約にはうまく状況がつかめない。

 そこに、片目の潰れた羌人が割って入った。

 「あー、(かん)(はく)(しょう)といったか。まずは改めて。俺は(ほく)(きゅう)(ぎょく)という。羌族は雁の部族の長だ。そして、俺たちは羌賊連合軍。いや、辺も加わったのだから名も変えねばな。まあそれはおいおいでいいだろう。この連合軍の柱は俺と、宋建と辺だ。俺たちはそれぞれに目指している場所が違う」

 「そういうことよ。そこな蛮族は一族の地位向上。そこな道化は腐敗した政権の打倒。そしてこの新しき王はその身に相応しく(かん)を食い破る国を作ることだ」

 「北宮玉殿は羌族の精強さを知らしめるために戦を欲した。宋建殿は自身の国の樹立のために名を上げる機会を欲した。俺は彼らの力の方向を定めただけだ。辺境の地である涼州は異民族の脅威に晒され続け、(らく)(よう)からも遠いために大した物流もない。(けん)(れい)(たい)(しゅ)()()も、不正を行う者ばかり。まずは掃き清めなければならない。一度壊し、そしてもう一度作る必要がある。誰も不正を行わない。誰も他者を虐げない。そんな、国に作り直さなければいけない。そんな、当たり前のことが、俺の、俺たちの、望みなんだ」

 「――――――――――」

 「これこれ、道化。勝手に、この、新しき王の望みを語るでない。気狂いの夢に同調しているわけではないぞ。新しき王の新しき時代の緒戦に有用だから使ってやっているだけだ。泥に塗れ、泥沼の中の月を必死になって掬おうとしている哀れな道化よ。存分に踊るといい。特別に、楽隊はこの新しき王が担ってやろう」

 「ああ。よろしく頼む、宋建殿」

 力強く頷く辺允を見て、宋建は鼻で笑った。


 「あー、お前らが没交渉でお互いを利用しあってるのはわかった。で、具体的にだが、次は何をするんだ?」


 「ほう? どうした、道化の相方を演じる三流役者よ。随分と打って変わって乗り気ではないか」

 「馬鹿言え。乗り気なわけあるか。ただな、ことをこうして起こした以上、うまくやって生き延びなきゃならん。理想を語るのは勝手にやってくれ。俺はせめて、自分たちの身を守るために、無茶苦茶な作戦を立ててるようならそれを潰さにゃならん」

 「なに。標的は決まっている。(ろう)だ」

 「隴? って、なるほどな。()刺史か」

 「ほう?」

 「隴をとって、(さん)()を伺う気か。確かに、そうされれば(かん)も無視できる状況じゃなくなる」

 「そうさな。それか、見ない振りをするか。………賭けるか?」

 「賭けにならんだろ、それ。ちなみに、俺は無視できない、に入れるけど?」

 「ふは。存外物を見ている。その、濁った眼でも見えるものなのか」

 「いや余計なお世話です。それよりも部隊編成だ。宋建。あんたの同盟相手はどこにいる? 確か、(おう)(こく)って名前だったよな?」

 「王国! 王国か! 見たいか。そうか。そうであろうな。特別に見せてやってもよいぞ。ふは。ふはははははは。ついてまいれ。この新しき王の繰り出す王国を、照覧させてくれよう!!」

 軍議もほどほどに、宋建は高笑いを上げながらずんずんと歩いて行ってしまう。

 残された北宮玉は諦めたように肩を竦め、辺允は部隊の再編に頭を悩ませ始めた。

 一番外様であるはずの韓約が、なぜか宋建の後を追う羽目になるのだった。


 韓約は宋建に連れられて城壁に上がった。

 城壁の様子は平静そのものだ。

 来たる官軍との戦いに備えて要塞化を施している、という様子もない。

 (打って出るにしても、本拠は別にあるってことか? こいつらは、この金城城を保持するつもりはないみたいだな)

 そんな韓約の考えは当たっている。

 辺允・北宮玉・宋建の三軍連合は内に籠らず、積極攻撃を仕掛けるつもりだ。

 そして、それを可能とする最重要要素が、金城城の城壁からその巨躯を霞ませながら見えていた。



 「―――――――――」

 絶句。

 言葉もない。

 最初、山だと思った。

 あの方向に山などあっただろうか、そう首を捻ろうとした。

 しかし、しばらく見ていると、その山が、徐々に大きくなっていることに気づいた。

 違う。

 大きくなっているのではない。

 近づいているのだ。

 「ふははははははは。古来より、軍の動きには補給が最も肝要だった。これが、大国に挑む中で最も困難な課題だ。三流演者よ。お前も理解しておろう?」

 勢力を弱体化させるには、その勢力の生産体系を崩さなければならない。

 そのために、都市を攻略するのだ。

 (せい)(ちょう)が収められている(けん)(じょう)が標的となるのも当然のことである。

 しかし、地方の中枢でさえ、周囲を多くの県城が囲んでいる。

 補給線を繋ぐためには、自身の本拠から敵の主要都市までの間に敵性存在を放置してはいけない。補給路が遮断されたら、敵地のど真ん中で孤立することになるからだ。

 故に、主要都市の前に周辺都市を攻略する必要が出てきてしまい、当然、小国は消耗することになってしまう。

 それが、絶対の道理なのだ。

 「その道理を曲げるのが、この、王国だ。この、新しき王が造り上げた、この、王国が、これから先の戦を変えていくのだ」

 そう、宋建が示す方を見れば、確かに前代未聞の、おとぎ話のような化け物が威風堂々と佇んでいた。

 簡単に言ってしまえば。

 城が、動いていた。



 「まず、特注で巨大な鉄板を作った。重さを分散するように大量の車輪を取り付ける。あとは、版築だ。下には土も敷いてある。むろん、作物も育つ」

 宋建に『王国』の中を案内されながら、韓約は圧倒される。

 「水は、どうしてるんだ?」

 そう尋ねる韓約を、宋建は楽しそうに見返した。

 「ふふん。お前はあの道化に付けておくのがもったいなくなるほどの目をもっているな。そうだ。この、移動要塞において一番の問題点は『水』だ。こればかりは如何ともしがたい。水場の近くでないと王国は動くこともままならん」

 しかし、逆に言うと、水の問題さえ解決できれば、これほど力強い存在もない。

 王国の内部には畑があり、民家も建っており、鍛冶屋もある。

 兵は家族と離れることもなく、武器や道具の摩耗を気にする必要もない。

 「二つ目の問題点はこの大質量による速度だな。しかし、この防御力はどうだ。補給線を破壊される恐れなどなかろうて」

 王国は三層構造となっている。

 上層が家屋や畑の並ぶ基地部分。

 中層は土が敷き詰められ疑似的な土壌が作られている。

 そして、下層部分。ここが動力となっており、驚くべきことに数百人の人間が一斉に車輪を回すことでこの巨大要塞は動いているのだ。

 どこもかしこも、城壁で覆われている。ゆえに、機動力はないが、車輪を回す者たちが襲われる危険性はかなり少なかった。

 「戦のできなくなった傷病者や、女子供に老人。そういった者共があの中で暮らしている。(かん)という国に守ってもらえなかった者共だ。そういった者たちを拾い集め、守ってやる代わりに仕事をしろと、この新しき王はそう告げた。するとどうだ。あのような、眉唾のバカげた子供の妄想の産物が、動き出し、国に猛威を振るう。なんとも痛快ではないか」

 三軍連合に守備はいらない。

 本拠は移動しながら、一歩ずつ着実に前線に向かってくる。

 そんなバカげた、しかし、実際にやられた場合、対処にとても困る、そんな基本戦略を立てた新たな王は、天まで轟く大笑を放ったのだった。



 韓約がバカと天才の紙一重の差に戦慄しているちょうどその時。

 金城城内の市に、二人の女がいた。

 手を繋いで。

 「あの、ケツさん。そろそろ離してもらえるかしら?」

 「なんで?」

 「いや、あの、周りが見ているし、恥ずかしいから」

 「なんで?」

 「その、あまりこういうことを、人が見ている前でやるものではないでしょう?」

 「そうかな? 仲良しだったらやるよ」

 「それ、本当?」

 (ヤバい。セっちゃん、ちょろい………)

 呉結は悪いことを思いつきそうになって慌てて頭を振る。そんなこと、してはいけない。

 いくら、この愛すべき友人が弱りきり、特に呉結の言葉に逆らえなくなっているとしても、それを好機として韓約と結婚をさせてしまうだなんて。それは人の道を外れすぎている。

 「とにかく、その、汗をかいてきたし、そろそろ離してもらえると」

 「逃げない?」

 「それ、は」

 事の次第は、大体お察しの通り。

 金城城まで一緒に来ていたのに、呉結が韓約と再会して抱き合っている僅かな間(本人的には)に辺雪は姿を消したのだ。

 軍部に押し入り、父親を張り倒したという情報を聞いて探し回り、ようやく見つけた辺雪は、金城城の狭い路地に入ろうとしているところだった。

 不吉な予感に駆られた呉結は、一も二もなく辺雪の手を掴み、驚く彼女の抗議も無視してずっと手を引いてきたのだ。

 「絶対、離してあげない。今のセっちゃん、何するかわかんない。わかんなくて、怖い。目を離した隙に、死んじゃうんじゃないかって」

 そう言った途端、辺雪の肩がびくりと震える。それを見て、呉結は自分の考えが、不安が、決して過剰なものだったわけではないと悟った。

 だから、呉結は絶対にその手を離さない。

 韓約と辺雪。

 その二人の間に入り込んでしまった呉結は、しかし、もう身を引けないほど、二人の存在がかけがえのないものになってしまっていた。

 それなのに、困ってしまう。

 呉結の大切な二人は、何かと理由をつけてお互いの距離を離してしまおうとするからだ。

 呉結からすれば、途方もなく能力のある二人だ。

 しかし、二人はお互いに自分の存在が他人の足枷になると、そう信じて疑わないのだ。

 だから、人と距離を取ろうとする。

 そんな人たちを、大切の枠組みに入れるためには。

 とにもかくにも距離を置かないこと。

 無理やりにでも相手を一人にさせないこと。

 だから、呉結は辺雪と韓約の間に入り込んで二人の手を繋ぐ。

 そうすることで、二人が離れていかないように。

 「馬鹿な事、言わないで」

 そう弱弱しく反論する辺雪に、呉結はそっぽを向いて手を引く。

 「いーや、信用できない。今日はこのままヤッくんの泊まってる部屋に行こう。そのまま、泊まろう」

 「馬鹿なこと言わないで!?」

 「だーめでーす。今のセっちゃんは一人にできない。なら仕方ない」

 「そんな、夫婦の部屋になんて泊まれない。迷惑じゃない」

 「でも、(ちゅう)(すい)さん、乗り気だよ? ヤッくんもきっと、悪い気してないし。あとはセっちゃんが頷くだけだし」

 「………………何の話を、しているの?」

 「セっちゃんがヤッくんと結婚するって話」

 「馬鹿なこと言わないで!?!?」

 呉結は思った。

 これもう、無理矢理連行して、無理矢理ことに及んでしまえば、辺雪は絆されるのではないか。

 そう思ったが、さすがにやめておくことにした。

 おそらく絆されるだろうし、それくらい辺雪は『内側』に入れた人間に甘い。

 けれど、それをしてしまったが最後。

 呉結は辺雪を対等の友人と思えなくなってしまう気がした。

 なので、必死に我慢した。

 必死に我慢して、夜、無理矢理韓約の眠っている床几に押し込むに留めた。

王国は『王国』だった!!!


そういう出オチです。

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