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十二幕 嵌められた計吏



 (きん)(じょう)(ぐん)(いん)()(けん)

 (けん)(じょう)にある(せい)(ちょう)(かん)(やく)は今日も詰めている。

 下級の役人である韓約の仕事は、重要なものではないものの、多岐に渡っていた。

 民の陳情をまとめたり、他の部署への連絡を行ったり。

 場合によっては、県城外にある()(村のこと)のまとめ役たちと話し合いをしたり、政庁で新たに決まった物事を各地の()に通達したりとその職務は雑多だ。

 しかし、韓約はそれが自分に合っていると感じていた。

 上から言われたことを忠実にこなす社会の歯車。

 それを疎漏無くこなしていく。

 そうしていくだけで、生活していくのに十分な給金が手に入るのだ。

 満足以外に感じることはない。

 韓約の周りには、彼を過剰に評価する人間が多い。

 妻である()(けつ)もそうだし、腐れ縁となってしまっている(へん)(いん)もそうだ。

 辺允の娘である(へん)(せつ)に関しては、韓約を低く見るような発言が多いものの、それが彼への評価の裏返しであることは周知だった。

 しかし、その評価を韓約は切って捨てる。

 自分はそんな大人物ではない。

 そう言ってはばからないのだ。それは、周囲の人間にとってもどかしさを覚えるほどだった。

 韓約が本気になればあっという間に大成できる。

 それは、彼をよく知る人間にとって、共通認識であった。

 だから、今回の件も、韓約自身は不思議でたまらないものだったが、彼の周りの人間からすると当然の出来事であった。

 (きん)(じょう)(ぐん)(たい)(しゅ)(ちん)()からの招集である。



 「(かん)(はく)(しょう)。あたちと一緒に来てちょうだい」

 郡太守直々の呼び出しということで、韓約は首をかしげながら太守府に入った。

 太守府は慌ただしく人が動いている。

 「()(かん)(ほう)(かん)の賊を討つために出陣要請が来ているの。二つの賊が合併して、さらに(きょう)(ぞく)と繋がっているという噂が出ているわ。それの確認をするのよ。本軍は(れい)(こう)()が率いているわ。()()()からも(とく)(ぐん)(じゅう)()が派遣されていて、その督軍従事の推薦であーたの名前が出たの。状況も不明瞭だし、あーたみたいに、物事を考えられる人間が必要よ。すぐに準備してちょうだい」

 そう言われた韓約は一瞬呆けた後「(ちゅう)(すい)め」と呟いた。

 大方、うだつの上がらない韓約を推薦してこの戦いで手柄を上げさせようとしているのだろう。

 有難迷惑である。

 しかし、決まってしまったことは仕方ない。

 韓約も、慌ただしい準備の奔流に巻き込まれることになった。



 允吾城が保有している兵力は千程度である。

 その全兵力を率いて、陳懿は(きん)(じょう)(けん)に向かった。

 金城県の県城で()(きょう)(こう)()の軍と督軍従事の軍に合流して、部隊を再編成した後に、(ろう)西(せい)(ぐん)に向かう。

 隴西郡の河関県と枹罕県を荒らしまわっていたそれぞれの賊は現在行方が分からないという。

 隴西郡に入り次第、偵察を放って賊を補足し、合わせて四千となる討伐軍で賊の連合を叩く。

 河関の賊は(そう)(けん)、枹罕の賊は(おう)(こく)という者がそれぞれ率いていると情報は入っている。

 しかし、宋建はまだしも、王国という存在について詳報がない。

 韓約はそれを気にしていた。

 そもそも、枹罕の賊に関しては、散発的に野党の類が横行していただけで、大きな賊団にはなっていなかったはずなのだ。

 それが、いつの間にか賊団ができてしまっている。

 中央が(こう)(きん)の乱で混乱しており、地方の人間が中央の動静に集中していたわずか半年の間で、そのような大きな変事が起こってしまった。

 韓約は、(りょう)(しゅう)内の情勢確認を疎かにしてしまっていたことを悔やむ。

 そしてそれは、金城太守の陳懿も感じていることだった。

 宋建が率いる賊団は、七百名ほどの規模で、数年にわたって活動している。

 賊ではあるが、用兵が巧みで、河関の(けん)(れい)は手を焼いている。

 王国の方は半年前までは名前も聞かなかった。そうであれば規模はあまり大きくはないはずだ。

 楽観していい状態ではないが、宋建の規模を超えるような大軍勢にはなっていないはず。もしかしたら、宋建の賊団の半分以下かもしれなかった。

 どちらにせよ、四千の漢軍に対して、半数以下の賊軍となる。

 しかし、ここに、羌族が関与しているとなれば自体は混迷を極めるかもしれない。

 その事実確認が急務であった。



 金城県に着いた允吾軍、護羌校尉軍、督軍従事軍はすぐさま県城に入って軍議の構えを取った。

 部隊の再編をするためである。

 「さて、まずは指揮権の確認だがねぇ」

 護羌校尉の(れい)(ちょう)が口火を切る。それに対して、普段よりもしゃんとした格好と態度の陳懿が言葉を返した。

 「私は、護羌校尉殿が大将として適任だと思います」

 「私も、異論はありません」

 陳懿の言葉に辺允が賛同した。

 賛同しながら、彼の視線は室内を見渡す。部屋の隅で立っている韓約を目にとめて、ふ、と柔らかい表情を浮かべた。

 対する韓約はしかめ面である。

 「では、私が総大将の任を受けることとしよう。今回の件では河関の賊将・宋建と枹罕の賊将・王国が手を結び、さらに羌族とも手を組んだという情報があったわけだ。これに関して何かわかったことはあるかね?」

 「羌族と手を結んだことどころか、王国という将についても、確かな情報はありません」

 陳懿の答えに、伶徵は深く息を吐く。

 「まずはそれを探るところから始めないといけないねぇ。明朝、さっそく兵を進めよう。部隊の再編についてだが、各自が率いてきた兵をそのまま率いる形で構わないだろう。その方が迅速に動けよう。各部隊との連絡系統の確立だけしっかりと行うように。先発は允吾の部隊が行きなさい。督軍従事は允吾が出てから()(こく)(約四時間)後に。私はさらに二刻後に出発する。允吾は督軍従事に、督軍従事は私の部隊に半刻(約一時間)おきに伝令を飛ばすように。隴西郡に入ったら野営の準備をして待機。在野に陣を張ることになるが、迅速に動くために多少の危険は致し方ない。野営の準備と並行して、賊の位置を探り、明るくなってから補足した賊を倒す。羌族と手を結んでいようが、奴らに援軍を呼ばせる前に叩いてしまいたい」

 「は」「了解しました」

 伶徴の作戦に辺允、陳懿共に拱手で答えた。



 「あたち、形式ばった空気苦手なのよねぇ」

 「でしょうね」

 韓約は陳懿に付き従いながら、割り当てられた部屋に向かう。

 「しかし、俺が部屋もちなんて、いいんですかね」

 「いいんじゃないのぉ? あたちも、あーたはこれぐらいの待遇受けてもいいと思ってたけどねぇ。あーた、嫌がるじゃない? だからしてこなかったのよねぇ。でも、今回は督軍従事さんの計らいなんでしょぉ? お友達の顔を立ててあげるのも大事なことよぉ?」

 そう言いながら歩く陳懿の表情は硬い。

 「ちょっと、きな臭い感じしない? 兵力は十分。伶校尉の作戦も、ちょっと前のめりだけど大きな見落としがあるようには思えない。まあ、賊の位置の補足くらいはしておきたかったけどねぇ」

 「この城に急襲してきたらどうします?」

 「そうなったら危ないわよねぇ。それがこの戦いの負け筋だとも思うし。でもぉ、相手は二賊連合で二千にも届かないでしょ? 羌族が合流してたらまずいけど、それでも三千か、悪くても同数の四千。羌族は野戦は強いけど、攻城戦に関してはお得意の騎馬部隊も脅威ではないし、粘っていたら他の県や郡からも援軍は来る。さすがに、壊滅するような負け方はしないでしょ」

 この戦いは、官軍が賊軍を討伐する戦いだ。

 討伐ができなかっただけでも負け扱いである。

 「ま、護羌校尉は本拠にまだ兵力を残してるらしいし、この城が仮に包囲されたとしても、増援がすぐに来て挟み撃ちにできるわよぉ」

 そう言って韓約を安心させるように笑った陳懿は、割り当てられた部屋の中に入っていった。

 韓約も深く考えることはせずに、その日は眠った。



 結果として、この戦いは官軍の圧倒的な敗北で終わる。

 そのことを僅かな者だけが知っている。



 (こう)()七年(西暦一八四年)、八月十日。

 涼州は漢の中でも北部に位置しており、日中はまだしも、夜になるとこの時期は肌寒さすら感じる日もある。

 その日は、残暑もなりを潜め、過ごしやすい夜だった。

 そんな夜を過ごし、そして、朝がやってきた。

 朝が、やってきて、緊急事態に城内は大混乱となった。

 金城城が、賊に包囲されていたのだ。



 「じょ、城壁からの伝令です! 宋建と思われる賊将が率いる賊団が!!」

 「わかっている」

 息も絶え絶えな伝令兵は、伶徴の静かな言葉で黙らされた。

 「まずは、敵の編成だ。羌族はいるかな?」

 「は、はい! 銀の髪に騎馬部隊を確認しています。おそらく、羌族はすでに合流している模様。羌族だけでも二千はいます!!」

 「二千、ねぇ。てことは、宋建と王国の賊団と合わせて四千弱ってところよねぇ。あらやだ。うちとタメ張るじゃない」

 陳懿が告げられた言葉を整理すると、その場にいた者がすべて項垂れた。

 この二十年ほど、城を攻めるような反乱は涼州ではなかった。

 この時点で劣勢に追い込まれたと感じるのも致し方ない。

 しかし、今回の討伐軍を率いているのは歴戦の将だった。

 故に焦らない。

 「落ち着きなさい。逆に考えれば、所在のわからなかった賊を補足することができているのです。定時連絡がなければ、州府から援軍が派遣されます。異変が伝わるまで一週間といったところでしょう。そこから援軍を派遣して二週間。三週間も籠城すれば敵を挟み撃ちにできます。相手は、羌族との連合であるとはいえ、騎馬隊は攻城戦には使えません。そうなれば、羌族の利点はほぼほぼなくなったとみていいでしょう。ただ、門を固く閉ざし、定石どおりに城を守るだけでよろしい」

 伶徴の穏やかな声は、徐々に浸透して、彼が語り終わるころには、俯く者は室内に一人もいなくなっていた。

 (これが、歴戦の将の(げき)ってやつなのねぇ)

 陳懿はそんな光景を見ながら心中で学びの機会を得たことを喜びつつ立ち上がる。

 「城内で湯を沸かし続けなさい。城内の民の慰撫も忘れずに。心配の必要がないことを伝えて落ち着かせなさい。それから、石と油を城壁に運んで。急ぎなさい!」

 陳懿の言葉に、伝令兵は(きょう)(しゅ)で応え、走り出した。



 「ふん。城内も動き出したようだな」

 「宋建。力攻めでいいのか?」

 「構わん。攻めあぐねているように見せてやれ。金城の将兵に、一縷の希望を抱かせるのだ」

 「そこまでやる必要があるのか?」

 「戯けが。そんなだから貴様らは()(じゅう)()という立場に甘んじることになるのだ。よいか。戦において虚をつくことは何にも勝る計略だ。当然、護羌校尉にもなれば簡単に虚をつくことはできん。だからこそ、真剣に攻めかかり、必死に攻城をし、こちらが優位に立っていることを悟らせてはならんのだ」

 「なるほどな。勉強になるよ」

 「ふん。この、新たな王の、教えを賜ったこと、末代までの誇りとするがよい」

 オールバックの髪、耳にはピアス、首元には玉を連ねた首飾り。

 赤い外套をはためかせ、真っ黒な鎧を付けた男が、進み出た。

 「新たな王、宋建の名の下に命ず。(たん)(かん)()()の蔓延る腐敗した国家に鉄槌を。新たな世を治めるのは、蒼天でも、黄天でもない。新たな王、宋建による、何色でもない無色の、新しき天が、新しき世を、治めよう。進め諸君。お前たちには天意がついているぞ!!」

 宋建の言葉に、賊兵も羌兵も区別なく(とき)の声を上げた。

 「先陣! ()(ぶん)(こう)、進め!!」

 「おうさ!!」

 名を呼ばれたのは、大柄な男だった。

 銀の髪を短く切りそろえ、そしてなんと、鎧もつけていない状態で馬に跨っている。

 李文侯と呼ばれた男の身体には無数の傷がついている。しかしそれでも、彼はその身になんの防御力も加えず、兵たちの一番前を走っていた。

 「ふはははは。おい、見たか(ほく)(きゅう)(ぎょく)。奴は凄まじいな。なぜあれでまだ死んでいない」

 「ああいう奴だ。何度言っても、防具を付けようとしない」

 宋建が笑いながら隣にいる北宮玉に言った。北宮玉はため息を吐きながら宋建に返す。

 「しかし、攻撃力は保証する。もしかしたら、奴の突撃だけで、この戦、終わるかもわからんぞ」

 そんな北宮玉の言葉に、宋建が途端に冷めたような表情で鼻を鳴らした。

 「北宮玉。あまり愚物になってくれるなよ。そのように簡単な相手ならこの新たな王が苦戦するはずなかろう。(かん)という国は、舐めてかかって打ち崩せるものではないぞ」



 「湯を持ってこい!」

 「油と火種を!!」

 「離れろ、石を落とすぞ!」

 「こっちにも石を! 梯子がかけられてる!!」

 金城城の城壁はあっという間に怒号で満ちた。

 しかし、どれだけ怒号が響いていても、混乱している場所はない。

 念のために各城壁に兵を配しているが、羌賊連合の軍は愚直に一方面の城壁に攻めかかっていた。

 単純に兵力が足りていない。

 さすがに戦いなれており、防具を付けていない大柄な男が暴れまわっている。

 それでも、梯子を立てかけたそばから、城壁の守備兵に梯子を外されており、攻めあぐねている様子だった。

 伶徵は(かく)(ろう)でその光景を見て頷く。

 この調子で守っていれば、金城城は大きな被害を出さず、羌賊連合は徐々に兵を減らす。そして時間が経てば、援軍がやってくる。

 何も問題が無いようだった。

 伶徵はもう一度、戦場を見る。

 何も、問題はなかった。



 「ふむ。鈍重な獣が意外にやる」

 「………鈍重な獣?」

 北宮玉の疑問に宋建は鼻で笑ってみせた。

 (かん)という国。

 自浄作用を失い、内の問題も外の問題にも鈍く動きが悪い。それを揶揄してみせたのだと北宮玉は遅ればせながら気づく。

 宗建の言葉選びは遠回しに過ぎる。

 北宮玉にとって付き合いづらい男だった。

 「しかしこうなってくると、打っておいた手が生きるな。道化師の手番を奪ってしまおうかと考えたが、やはりそこまで簡単な相手ではないか。喜べ北宮玉。貴様の働きが生きることになるぞ」

 「………………」

 宗建に笑顔を向けられた北宮玉はむっつりと黙り込む。

 そんな北宮玉を、宋建は面白そうに見やる。

 「どうした、北宮玉。そのように顔をしかめていては、ただでさえ醜い顔により一層の磨きがかかってしまうぞ」

 「余計なお世話だ」

 宋建の軽口に短く返すと、北宮玉は口を開いた。

 「なに、(はかりごと)をもって敵を破るというのがな。どうにも面白くない」

 そんな北宮玉の言葉を予想していた宋建は、その言葉を笑い飛ばす。

 「だから愚物なのだ貴様らは。いいか。力攻めをすれば勝った方にも被害は出る。李文侯を見ろ。いつ死んでもおかしくはない。しかし、謀をもってすればどうだ。勝った方には大した傷もなく、負けた方は大きく失う。どちらがいいかなど明白だろう。傷を負って得た物にしか価値を見出せない古き考えではこの先やっていけんぞ。ものを考えない者はこれから先どんどんと死んでいく。生きていたいのなら、常に頭を動かすんだな」

 「お前さんの言ってることはわかってる。しかし、これは感情の話だ」

 「感情こそ、犠牲のない勝利を喜ぶべきであろう。死にたい者がいるものか。進んで傷を負いたい者がどれだけいるというのだ。己は傷を負わず、配下に傷を負わせて、それで手にしたものでなければ価値がない。お前はそう言っているのだ」

 「そんな、つもりは」

 「そのつもりはなくても、お前の言葉はそう言う意味だ。お前の抱く感情はそういうことだ。随分と悪辣ではないか。なあ、北宮玉」

 宋建の言葉に、北宮玉は俯く。

 そんなつもりはなかった。

 力で押すことこそ正道。謀は邪道。

 頭にあったのはそれだけだ。

 しかし、宋建に言われてよくよく考えてみれば、まったくその通りであった。

 むしろ、今までそこまで考えを巡らさなかったことに驚かされる。

 「よいのだ、北宮玉。貴様はそうやって受け入れるだけまだましだ。羌族と(かん)族。変わろうとする者はどちらにもいる。しかし、理屈ではなく今までの経験を優先して物事を考える者のなんと多いことか。経験則を悪く言うつもりはないが、全てを経験則で片付けようというのも愚かしいことだ」

 そこまで言うと、宋建は前に進み出た。

 「合図を出せ。鈍重な獣を仕留めるぞ」

 その言葉に、兵が燃え盛る(かがり)()に近寄る。

 篝火に薬剤を投げ込むと、途端に黄色い煙が立ち上り始めた。



 伶徵は、角楼からその変化をまざまざと見た。

 敵陣から黄色い煙が上がっている。

 明らかに何らかの合図だった。しかし、攻城戦において奇策など存在しない。

 守備兵の薄い反対側の城門を攻めようとでもいうのだろうか。

 「各城門の警戒を厳に。何か異変があったらすぐに伝えなさい」

 開戦してから何度も放っている伝令をもう一度送る。

 今のところ、異常を知らせてくる城門はない。

 (何が目的だ? 他の城門に守備兵を割かせて、正面の守備力を削ろうとでもいうのか?)

 伶徴は考えながら頭を振る。

 それはない。

 眼前の敵本陣は兵を動かしていない。四千という兵力は未だ目の前にあるのだ。

 兵を伏せようにも、その兵力がないはずだ。

 そこまで大規模な兵の移動があったなら、さすがに情報網に引っかかる。

 (どちらにせよ、いまだ見えぬ敵兵に怯えて判断を誤ることはしない。もし、私の情報網を潜り抜けた移動をして二倍の兵力がいたとしても、攻城戦はそこまで簡単なものではない。ひと月持ちこたえるくらいはわけはない)

 そう、伶徴が決断を下したその瞬間。

 城門の方で歓声が上がった。

 伶徵はそちらを視線で追う。

 そして愕然とした。

 城門が、開け放たれていた。



 そこからはあっという間の出来事だった。

 開いた城門から騎兵がどんどんと入り込み、城内の町に散っていった。

 補足できないほどの賊が城内に入り、ある者は城壁に駆け上がり、ある者は政庁に突撃した。

 縦横無尽に城内を駆け回る賊は、しかし統率が取れており、官軍の懸命の抵抗も虚しく、一刻程で城内は完全に制圧されてしまった。



 伶徴は縄を打たれて政庁の外に引き出された。

 同じように、陳懿、韓約、辺允も縄で縛られている。

 「ご苦労」

 そんな彼らの前に、一人の男が姿を現した。

 髪を後ろに撫で付け、背後に向かって突き刺すように尖らせている。

 漆黒の鎧に身を纏った宋建だった。

 「頭を垂れろ。新しき王の面前であるぞ」

 尊大に見下ろしてくる宋建に伶徵は唇を噛みしめる。

 「宋建。貴様、辺境の賊ごときが新しき王だと? 羌族を引き入れるとは、国を(ほろ)ぼすつもりか!」

 「ふむ。なるほど。貴様が鈍重な獣の正体か。頭の回りも鈍く、ただいたずらに年を重ねただけの老害らしい戯言よな」

 「な―――」

 「(さえず)るな」

 なおも言葉を並べようとした伶徴の口の中に、剣を突き立てる。

 「あ、が」

 伶徵は口を閉じることもできず、視線だけで宋建を睨むことしかできない。

 「愚鈍よなぁ。新しき王、と言っているだろうが。国を(ほろ)ぼすだと? 当然だ。それくらいの意気がなくて、新しき王などと名乗りはせんわ」

 睨みつけてくる伶徴を見下しながら、宋建は薄ら笑いを浮かべた。

 「しかしな。それを良しとしない者もいるようだ。国を正すなどと夢見がちな乙女のようなことを宣う奴がいたのでな。そ奴の行く先を見るのも一興かと乗ってみることにしたのよ」

 声を震わせて笑いながら、宋建は一歩一歩と縛られた将兵に近づく。

 そして、一人の男の前に立った。

 「新しき王の盟友よ。そんなところに這いつくばっていないで、立ち上がるんだな」

 宋建はその男の縄を斬る。

 「――――――」

 そうして立ち上がったのは、辺允だった。

 「(まい)(ふく)、大儀であった。貴様のおかげでこの戦、損害無く終わらせることができた。感謝するぞ」

 「別に、お前に感謝されるいわれはない。俺は、俺の理想のために動くだけだ」

 「はっはっは。よい。許す。せいぜい踊り回って周囲を楽しませよ。たかが道化にどこまでできるか、見ものよ」

 そう言うと、宋建は捕らえた将たちに向き直った。

 「で、どれが道化の相方だ?」

 その言葉に、伶徴と陳懿の表情が強張る。まだ、内通者がいたというのだろうか。

 「まだ相方ではない。しかし、これで相方にならざるを得ないだろう。伯章。一緒に来てもらうぞ」

 辺允の言葉に、陳懿が目を見開いて韓約を見た。

 しかし、韓約も陳懿に負けず劣らずの表情で辺允を見ている。

 「お前、何、何を、言ってるんだ? 俺が、いや、そもそも、どうしてこんなことを。飲み込めないぞ。何一つ、飲み込めない」

 「そうだな、伯章。訳がわからないだろう。それでもいい。俺はお前の才を買っている。こんなところで埋もれさせるわけにはいかない。こんなところで、お前を死なすわけにはいかない」

 「ふざけるな。ふざけるな! 何を言ってやがる!? どうして俺が、お前に、手を貸さなきゃならない!!」

 「すでに遣いを出している。呉嬢もセツも、もうすぐこちらに合流する。彼女らの身柄は既にこちらの手中にある」

 「―――――――――っ!! 人質のつもりか!?」

 「逆だ。人質にされないように先に救ったんだ。国への反乱を企てた者は家族の立場も危うい。だからすでに救ってあると」

 「馬鹿かお前は!! なんで、こんなことを」

 「しかし、そうだな。そっちの方がお前には効くか。伯章。こちらに付け。そうでなければ、呉嬢を殺す」

 「っ!!」

 韓約は辺允を睨んだ。睨んだが、すぐに俯いた。

 「理解してくれて、嬉しいよ、伯章」

 「ふむ。茶番は終わったか」

 辺允の言葉に項垂れる韓約の縄を引っ張って立たせながら、宋建は酷薄に笑う。

 「道化らしい演目だった。酷い男もいるものだ。友人を修羅の道に叩き落すとは。そして、女を盾にするとはなぁ。実に愉快極まるものだった。さて、仕上げに入るとするか」

 宋建が指を鳴らすと、賊軍が剣を抜いて捕らわれた将兵に近寄る。

 「開戦の祝いだ。将兵全ての首を刎ねよ。城内の民に手出しをするのは禁ずる。この地は、新しき王の支配下となるのだ」



 光和七年(西暦一八四年)八月十一日。

 宋建率いる羌賊連合軍は金城郡の県の一つ、金城県の県城を支配下に置いた。

 これが、涼州の長く続く騒乱の始まりとなるのだった。

さーて、修羅場が始まりました。

そして、シーズン2の賊軍側主役がついに出てきました。

宋建。そして、北宮玉。

宋建はFGOのギルガメッシュをキャラモデルとしています。

そしていまだに詳細不明の枹罕の賊・王国。いったい何者なんだ!?

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