東より来たる者
時は、さらにさかのぼる。
エイムとシラセが守護英雄の村を旅立った頃――。
海は、何も知らぬ顔で穏やかだった。
寄せては返す波が、白い泡を引きながら、やわらかな昼の光を砕いている。潮風は温く、空は高い。あまりにも平和な、どこにでもある午後だ。
だが、その浜辺に打ち上げられたものだけは、明らかに異質だった。
船。
数人乗りの小型船が、まるで力尽きた獣のように砂にめり込み、傾いている。船体は裂け、帆は無残に引き裂かれ、長い漂流を物語る塩の跡が白くこびりついていた。
やがて――
操舵室の扉が、
「ギィ……イイ……」
と、耳障りな悲鳴をあげて開く。
現れたのは、一人の少女だった。
東洋風の衣をまとい、腰には雅な長刀を下げ、漆黒の髪を後頭部でひとつに束ねている。
腰まで流れるその髪は、本来ならば絹のように艶やかだっただろう。年の頃は十七、八。整った顔立ちは、平時ならば凛とした気品を放ったに違いない。
しかし今は違う。
唇は乾ききり、頬はこけ、足取りは幽鬼のように頼りない。
その姿は、この航海がほぼ“漂着”であったことを、雄弁に物語っていた。
「……う……うぅ……みず……」
少女は、かすれた声で呟く。
一歩、また一歩と砂浜へ足を踏み出す。
だが――
ドサリ。
力は、もう残っていなかった。
彼女はそのまま砂に崩れ落ちる。
「……うぅ……死ぬ……」
頬を砂につけ、焦点の合わぬ目を開く。
その視界の先に、きらりと光るものがあった。
ガラスのボトル。
透明な液体が、陽光を受けて輝いている。
少女の瞳が、ギラリと光った。
跳ね起きるように身体を起こし、震える手でボトルを掴み、コルクを引き抜く。
「う、うおおおおお!! 水ーーーー!!」
次の瞬間、豪快なラッパ飲み。
ゴク、ゴク、ゴク、ゴク――!!
喉を鳴らし、数口飲み込んだ、その直後。
強烈な香りが鼻腔を焼いた。
「――ブーーーーーーーーッ!!!」
盛大に吹き出す。
「な、なんだこれはぁぁああ……!」
顔はみるみる赤く染まり、視界は渦を巻く。
それは水ではない。この地に伝わる、度数の高い酒だった。
「おおお……世界が……回るぅぅ……」
空と海がぐにゃりと溶け合う。
少女はそのまま仰向けに倒れこんだ。
「やはり……なんと恐ろしい地なのだ、ここは……噂以上だぁ……」
コテン。
静かな浜辺に、波音だけが残る。
その後、騒ぎを聞きつけた近隣の住民によって、彼女が介抱されたことは語るまでもないだろう。
だが――
この異国から流れ着いた少女こそが、のちにエイムとシラセの旅路を大きく導く存在になるなど、
このとき、誰ひとり知る由もなかった。
物語は、さらに進んでいく。
――誘惑の森編・完――
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