エリシアの旅立ち
すこし前の出来事である。
村の片隅にある、古びた民家。
昼下がりの淡い光が差し込む書斎で、ひとりの少女が本棚を掻き回していた。
床には、大小さまざまな書物が無造作に積み上げられ、足の踏み場もない。埃をかぶった本に埋もれるようにして、彼女は執念深く何かを探している。
「――あった……!」
一冊の本を開いた瞬間、少女の空色の瞳が大きく見開かれた。
少女の名は、エリシア。
かつてフィロメリア(またの名をアユルエクリド)という魔法植物の光と影に魅せられ、自我を失いかけながらも、エイムたちに救われた少女。
両親と死別し、深い悲しみを胸に抱えながらも、いまは村で静かに暮らしている。
けれど、心の奥底では、ある言葉がずっと燻り続けていた。
――『魔法をもたらした存在』
エイムたちが旅立つときに交わした、あの会話。
そして、遺跡で見た父の表情。
困惑。焦燥。
まるで、決して触れてはならないものに触れてしまったかのような、あの顔。
あんな父の顔を、エリシアは知らない。
その答えを求めるように、彼女はこれまで足を踏み入れることの少なかった父の書斎を、まるで盗人のように漁っていたのだ。
本の中に、隠すように挟まれた一枚の紙。
震える指でそれを取り出す。
見覚えのある筆跡――父の字だった。
そこには、こう記されていた。
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今日、遺跡で見つけたものは、生涯をかけて秘匿すべきだろう。
あの遺跡に刻まれていた内容は、世界の根幹に触れている。
この世界には、魔法が存在する。
それがいつから使われ始めたのか、正確には分からない。
だが、ある時期から急速に発展したことは確かだ。
学説では、人類が進化の過程で獲得した能力だとされている。
そして技術の発展とともに、その役割は終わり、衰退しつつあるという見方が主流だ。
だが――。
あの遺跡の碑文には、こうあった。
魔法は『外部の存在から持ち込まれたもの』だと。
もしそれが真実なら、人類の前提は崩れ去る。
魔法をもたらした存在――それは間違いなく、我々より上位の存在だ。
そのようなものが実在し、いまもなお干渉している可能性があるとすれば。
それは、恐怖であり、混乱の種となる。
事実、遺跡には意図的に破壊された痕跡があった。
おそらく、私と同じ結論に至った者が、真実を隠すために壊したのだろう。
だが、疑問が残る。
なぜ、私が読める文字を残した?
なぜ、完全に消し去らなかった?
不注意とは思えない。
……私が何かを、根本から見落としているのか。
この問いは、頭から離れない。
だが、触れてはならないのだ。
触れれば、何か良くないことが起こる。
そんな確信がある。
それでも、私は――好奇心を抑えきれる自信がない。
いや、だめだ。
私は、父だ。
妻と娘を守らねばならない。
この命は、もう私だけのものではない。
だから私は、善良な父に戻る。
この強烈な好奇心に――別れを告げよう。
私の勝手な都合で、愛する家族を危険にさらすわけには、いかないのだ。
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ぽたり、と。
紙に落ちた雫が、文字を滲ませる。
エリシアの視界が、ぼやけていた。
「……お父さん」
声が震える。
「ずっと、我慢してたんだね。
私とお母さんを、巻き込まないように……」
唇を噛み、涙を拭う。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「でもね、わかるよ」
胸の奥が、熱を帯びる。
「“知りたい”って気持ちが、どれだけ強いか。
それを押し殺すのが、どれだけ苦しいか」
父の血が、自分の中にも流れている。
「ごめんね、お父さん。私は……抑えられない」
視線は窓の外へ向いた。
どこまでも広がる青空。その向こうを、エリシアは見据えていた。
「この世界の根幹に迫る秘密。
それが何なのか、私は知りたい」
小さく、けれど確かな声で。
「だって……私も、お父さんの娘だから」
立ち上がる。
その瞬間、彼女の心はすでに村の外へと駆け出していた。
遥かな地平へ。
未踏の遺跡へ。
そして、世界の真実へ。
エリシアの空色の瞳には、もう――迷いの色は、なかった。
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