白い鳥かご
(シラセちゃん……自分の痛みが、怖くないのかな……?イカれてるね…)
耳から血を滴らせながら、それでもまっすぐにこちらを射抜いてくるシラセの視線に、アシュクラは不覚にも背筋を撫でられるような恐怖を覚えた。
――だが、なぜだろうか、それだけではなかった。
胸の奥底から、泡のように湧き上がってくる謎の高揚感。
自分の常識がひっくり返された、その瞬間の愉悦。
それは乾ききった大地に水が染み込むように、ゆっくりと、しかし確実に、アシュクラの心を潤していった。
理解できない。だが、理解できないからこそいい。
それは、この退屈な均衡を、退屈な世界を壊す、純粋なまでのエンターテインメントへの渇望。
想像を超える“驚愕”への飢えだった。
「すごいねぇ、シラセちゃん……正直、見くびってたよ」
にやりと歪んだ笑みを浮かべ、アシュクラがじりじりと距離を詰める。
「セイレーンちゃんたちの歌声を無効化するために、自分の耳を犠牲にするなんてさ……!」
アシュクラにとって、形勢は明らかに暗転した。
なのになぜかアシュクラの瞳は、闇に灯る火のように、ますます妖しく輝いていた。
――なんでそんなに楽しそうなんだよ、こいつは……!
シラセは、その笑顔の奥に潜む狂気を、はっきりと感じ取っていた。
「でもさぁ」
アシュクラは、まるで観客に語りかける役者のように、両手を広げる。
「セイレーンちゃんは六体。対する君たちは、シラセちゃんを入れても二人と一匹だ。
戦力差は、まだ埋まってないよね?
さあ、ここからどうするのかなぁ!?」
その言葉を合図にするかのように、六体のセイレーンが一斉に翼を広げた。
羽ばたきが空気を裂き、数秒後には、その鋭い鉤爪が肉を引き裂く未来が、容易に想像できた。
だがシラセは、微動だにしなかった。
――そう。
シラセもまた、備えていたのだ。
虎視眈々と、逆転の一手を。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
数刻前。
セイレーンの歌声を遮ろうと、シラセが両耳を押さえて地面に身を伏せていた、その時だった。
(くそ……このままだと、間違いなくやられる。
俺が……俺が、何か手を打たないと……!)
エイムとピーちゃんは、迫りくるセイレーンの爪を、ぎりぎりのところで防ぎ続けてくれている。
だが、それも長くはもたない。
――考えろ。
――この状況で、俺にできることは……?
焦りの中、シラセの思考だけが激しく回転する。
これまでの戦い、鍛錬の日々、エイムと交わした何気ない会話。
無数の断片が浮かんでは消え、掴めそうで掴めない。
(見つけろ……!
この場を、ひっくり返す“何か”を……!!)
その瞬間だった。
脳裏に、二つの言葉が、稲妻のように走った。
一つは、バジリスク戦の最中、エイムが口にした言葉。
『守護英雄はきっと、細い糸みたいなものを、感覚器官みたいに張り巡らせてたんだよ!』
そして、もう一つ。
この森に入る前、道ですれ違った謎の老爺の忠告。
『そんな速度で具現化をしておれば、膨大なマナが一気に消費される。それでは、身体が持たんぞ』
点と点が、つながる。
ひらめきの閃光が、シラセの思考を一気に照らし出した。
さらに、別の記憶が呼び起こされる。
それは、あまりにも他愛のない、エイムとの会話。
「ねえシラセ、植物ってさ、なんで目がないのに蔦を伸ばせるか知ってる?」
「え、知らんけど……?」
「実はね、人間よりもずっと繊細な“触覚”を持ってるんだよ。
何かに触れたってことを、すごく敏感に感じ取れるの!
それで、巻き付く物なんかを感じ取れるってワケ!」
「……へえ」
「…全然興味なさそうだね。
じゃあこれは!?植物って止まってるように見えて、実はゆっくり次の方向を探して動いてるんだよ!
手探りで、少しずつ……かわいいよね!」
「……かわいいか?」
今思えば、くだらない会話。
だが、その一コマこそが、今まさに、この窮地を救おうとしていた。
シラセは、バジリスク戦の後からずっと、具現化物への“感覚付与”の鍛錬を続けていた。
きっとこの技術が、自分を次の段階へ引き上げる。
そう信じて、ただひたすらに。
――今だ。
イメージしろ。
蔦が、ゆっくりと伸びていく様を。
手探りでも、確実に、空間を探り続ける姿を。
そして宿せ。
俺自身の感覚を。
枝分かれしていく、そのすべてが――俺の一部だと。
シラセは、敵に悟られぬよう、マントを羽織った背中から静かに蔦の具現化を始めた。
地面の茂みに紛れるよう、細く、細く枝分かれさせながら。
全神経を集中し、白い蔦を、周囲へと張り巡らせていく。
急がない。
マナを浪費しない。
それは、まるで植物が成長するかのように、静かで、確実な動きだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アシュクラの言葉は、もうシラセの耳には届かない。
だが、その表情から、こちらを挑発していることは、容易に察せられた。
シラセは、不敵に笑う。
「……いくら空を飛べようが、無駄だぜ」
低く、確信に満ちた声で、そう告げる。
「鳥かごの中じゃあな」
「……何? 鳥かご?」
アシュクラは眉をひそめ、周囲を見回す。
眼球が、縦横無尽に動き――そして、違和感に気付いた。
(……なんだ?
周囲の木々に……白い蔦が、絡まってる……?
こんなの、あったっけ……?)
森に入ってからの記憶を、瞬時に洗いざらい探る。
だが、白い蔦など、一度も見ていない。
――理解した瞬間、全身に鳥肌が立った。
そう。
そこにはすでに、完成していたのだ。
怪鳥を絡めとる、『白い鳥かご』が。
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