追憶花(フィロメリア)
植物の発する柔らかな光は徐々に強さを増し、やがて部屋全体を淡い金色に包みこんだ。
シラセは緊張に眉をひそめたまま、その光景を見つめていた。
一方で、エイムの表情は驚くほど静かだった。
まるで、これから起こることをすでに知っているかのように。
やがて、光の中にぼんやりと人影が二つ、浮かび上がり始めた。
「……うわ……出やがった……!」
シラセが目を見開き、小さく息を呑むように叫ぶ。
「大丈夫。まだ、見守ってて……」
エイムは優しく、けれど確信をもって答えた。
人影はゆっくりと形を持ち始め、やがてはっきりとした男女の姿となって現れた。
女は台所に立ち、穏やかな手つきで料理をしていた。
男は椅子に腰かけ、膝に古風な弦楽器をのせ、指を滑らせながら静かに歌っている。
気がつけば、外は昼の陽射しが差し込む風景に変わっていた。そして、音が聞こえてきた。
「ららら〜♪
……さあ、こんな感じだよ。どうだった?」
男の声は柔らかく、誰かに語りかけている。
「あはは! この楽器、おもしろい音するね〜!」
姿は見えないが、楽しげな子どもの声が部屋に響いた。
「ふふ、そうだね。不思議な音色だけど、とても素敵だ。
売らずに取っておいてよかったよ。君がこんなに喜んでくれるなら。」
男は優しく微笑む。
「よかったわね。いつかあなたも、その楽器を演奏して、私たちに歌を聴かせてちょうだい」
料理中の女が振り返り、あたたかな声を投げかける。
「いいよ〜!ねえ、私、踊りも踊れるよ〜!見てて〜!」
「あははは、なんだいその踊り!面白いなぁ」
「ふふ、振付がめちゃくちゃよ。今度私がちゃんとしたのを教えてあげる」
「ほんと!? やったーー!」
笑い声が交差し、陽だまりの中にいるような温もりが、部屋の空気を優しく包み込んでいく。
エイムとシラセは、その穏やかな情景にしばし心を奪われていた。
「……エイム、これって……この子の……?」
「……うん……」
シラセが隣を見ると、エイムの瞳はわずかに潤んでいた。シラセは、その瞬間、すべてを理解した。
エイムにも、かつてこんな温かな家族の記憶があったのだろう。
けれど、今はもう、その思い出を語り合える相手はいない。
だからこそ、静かに胸の奥で思い返し、噛みしめるしかない――
そんな切なさを、エイムはこの少女にも感じたのだろう。
少女に目をやると、先ほどまでの虚ろな顔つきが嘘のように、やわらかな微笑みをたたえていた。
彼女の視線は、幸せに満ちた幻の家族をじっと見つめていた。
やがて、植物の発する光が徐々に弱まり、それとともに映し出されていた幻影も、ゆっくりと色を失っていく。そして、再び静かな暗がりが部屋に戻った。
少女は、そっと口を開いた。
「……素敵でしょう?
このお花に祈りを捧げると、こんな光景が見られるの。
この時間だけは……私の心があったかくなるの……」
「……うん、そうだね……」
エイムの頬を、一筋の涙が伝う。その声は、しぼり出すように震えていた。
「あの人たちが誰なのかは、わからないけれど……
とても安心するの……」
「えっ……誰かわからないって……!?
どう見ても、あれは君のお父さんとお母さんだろ……!」
シラセが驚きの声をあげる。
「……そうなのかな……でも、わからない……
なにも……思い出せないの……!」
少女は頭を抱え、膝をついてうずくまってしまった。
「……エイム、これも魔法植物の力なのか……?」
「……この植物の仕業であることは確かだと思う。
でも……私の知っている魔法植物の特徴だけじゃ、説明がつかない……
記憶の幻影を見せる植物は存在するけど、記憶を失うなんて……」
エイムはリュックから分厚い魔法植物図鑑を取り出し、床に広げる。
シラセも隣でそのページを覗き込んだ。
「……あった。このページ……!」
その植物は「追憶花」と呼ばれていた。
それは、過去の記憶を思い返しながら強く祈ることで、その記憶の幻影を現実に投影する花だという。
過去の記憶が深く刻まれた土地に、ひっそりと咲くと言われている。
透き通った花びらは、映し出す記憶によって色づき、最後には感情で彩られた美しい姿となるという。
「やっぱり、フィロメリア……この花の特徴と一致する。
でも……どこにも記憶を失うなんて書かれてない……」
エイムはふと、少女の顔を見た。
すると、どこか年齢が逆戻りしたような、幼い印象を受けた。
その瞬間、エイムの中で雷鳴のように、思考が脳裏を駆け抜ける。
「……そうか……そういうことか……!!」
エイムは目を見開いた。その瞳には、確信とひらめきの光が宿っていた――。
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