決闘
明光寺学園には『決闘』というシステムがある。
先進者は向上心や対抗心によってインスピレティアが上昇し、もっと強くなることが証明されたからである。
似た者同士が競い合い、共に向上する為に導入されたこのシステム。
しかし現状はただ自分達の優劣を決める為だけ利用されており、学園側の悩みの種となっているのだ。
立川装と忍久保侑磨の決闘が学園の至る所に設置されている電子掲示板によって知れ渡る。
こうなったら止めることは出来ない。二人の決闘は学園が正式に承認されたのだ。
「立川君、何を勝手に!」
「なんか問題でも副会長。コイツは以前からいろいろ問題を起こしていた。制裁を加えても問題ないはずです。」
上着を脱ぎ捨てる立川。
こうなったら止まらない。
彼の脳内には暴れる事しか考えていない。
一方の侑磨はいつも通り。
欠伸一つ零し、やる気ない一歩を踏み出す。
「仕方がない。遊んでやるか。二人とも離れて。」
侑磨の言葉に仕方なく従う冠木姉妹。
生徒会役員であれど承認されたらもう止めることが出来ないのだ。
「遊んでやる?ほざけ!オレを今までの奴と一緒だと思うなよ!」
「大丈夫かしら、侑磨。」
「そうね、ちょっと心配ね。」
立川の強さをよく知っているからこそ、侑磨の事が心配。
ふと隣の舞風からの視線が気になる。
「お姉ちゃん、何笑っているの?」
「だって、何だかんだ言って侑磨君のこと、心配なんでしょう?」
「そんな訳ないじゃない!」
「でもさっき『大丈夫かしら、侑磨』って言っていたじゃない。」
「お姉ちゃん!」
反論するも、真っ赤な顔では全く説得力はなかった。
「オレはいずれナンバーズに加わる優秀な先進者だ。」
「自分の事を優秀だと口にするとは。たかが知れているな。」
「減らず口もそこまでだ!振動強化!」
立川は自身の人差し指を自分の肩に突き刺す。
すると全身の筋肉が膨張。
至る所の血管が浮き上がった巨人の姿が侑磨に立ちはだかる。
これが先進者、立川装のインスピレティア――『振動強化』。
全身の筋肉に電子振動を与えて活性化、通常の倍以上の力を発揮するのだ。
――決闘開始――
合図と同時に動き出した立川。
5m程離れていた間合いが一瞬で詰められたことに侑磨の眼は見開く。
「喰らえ!」
強烈な右ストレート。
侑磨の身体は後ろへ大きく吹き飛ばされる。
「キャア!」
目の前で吹き飛ばされた侑磨を目撃して真っ青な表情で悲鳴を上げるメリッサ。
一方の冠木姉妹は落ち着いており冷静。
二人は立川の攻撃を受ける瞬間、両腕でガード。さらに後方へジャンプして威力を往なしたのが視えていたのだ。
「侑磨君、立川君の攻撃を上手く防いだわね。」
「うん。とっさの判断と対応、受身もちゃんと取れている。戦い慣れているわ。」
その言葉通り。
身体は宙に舞い、地面に叩き付けられたはずの侑磨は平然と立ち上がる。
大きなダメージを受けた様子は全く見受けられない。
「いや~~、ビックリした。ちょっと油断した。」
「小癪な!」
再び一歩で間合いを詰め、同じように右ストレートを繰り出す立川。
侑磨は防御ではなく、身を屈め攻撃を躱す。
「ぬおおおおおおお!」
攻撃の手を緩めない立川。
屈む侑磨にアームハンマー。
その場から飛び避けたことで地面に大きな穴が形成、砂埃が巻き上がる。
「おのれ、ちょこまかと!」
嵐のように次々と攻撃を仕掛ける立川。
対する侑磨は回避と防御のみ。
それは攻撃する隙がない訳ではない。
反撃のチャンスは何度かあった。
なのにも関わらず彼は能力を使うことも反撃すらしない。
「くそっ!貴様、何故力を使わない!」
力を使用しないのと有効なダメージを与えていないことに苛立つ立川。
そんな彼に対して侑磨(は小馬鹿にした笑みを浮かべて答えた。
「別に使わなくたって、お前には勝てるからさ。」
明らかな挑発。
短気である立川はブチ切れる。
「馬鹿にするな~~!振動強化、最大出力!」
立川の筋肉がさらに膨大。
それにより、彼の身体の体積比は通常時の4倍以上まで膨れ上がった。
「オレを見縊るなよ。俺は能力によって通常の5倍以上の力を発揮することができるのだ。」
怒りを拳に込め、猛進する立川。
それに対して侑磨がとった行動は、
「よし、撤退!」
敵に背を向けて逃亡。
「「ちょっと!」」←冠木姉妹のツッコミ。
だが跳躍力も飛躍的に上昇している立川にすぐ追いつかれる。
「俺から逃げられると思っているのか!」
「別に。俺の勝ちは揺るぎないし。」
「ふざけるな!」
高々に振り翳された右腕が地面を叩きつける。
(さっきよりも早い。でも、これぐらいなら何とか。)
回避しながら瞬時に相手を分析。
さっきより間合いを広く取り、相手の攻撃を冷静に対処。
立川の攻撃は先程より大振りだが、筋力アップの為スピードも増していた。
侑磨から笑みと余裕は消える。が、焦りは全くない。
ひたすら、回避と防御、逃亡を繰り返す。
攻撃は一切しない。
攻撃する手立てがない訳ではない。攻撃しなくても勝てるからだ。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、・・・・・・。」
(20分・・・。中々しぶとかったな。)
時計を見て時間を確認する侑磨。
その顔に疲れは見えない。
笑顔。額に浮かぶ少量の汗を袖で拭う。
一方の立川は両膝が地面につくほど疲労困憊。
肩で息をする有様でその場から動けないでいた。
この20分間、攻め続けていたのは立川なのにこの状況だけ見れば侑磨が完膚なきまで叩きのめしたようにしか見えない。
「俺の勝ちだな。」
勝利を宣言する侑磨。
「ふざけるな。これで貴様の勝ちだと!」
立川が抗うのも無理はない。だが、立ち上がれないのだ。
彼は自身の力の負荷で身体に大きなダメージを受けている。
「無理するな。もうお前の体は持たないだろう。これ以上やれば、重度の筋肉痛では済まなくなるぞ。」
歯ぎしりする立川。
(くそっ、こんな屈辱的な負け方、生まれて初めてだ。)
「お前のインスピレティア――振動強化は確かに強い。だが、その分身体への負担も大きい。最大通常の5倍の力を発揮するんだからな。そんなことすれば筋肉が悲鳴を上げるのは当然。言わばお前は時限爆弾を抱えた只の猛獣。時間が経てば勝手に自滅。今みたいにな。」
「・・・・・・・。」
悔しいが彼の言う通りの結果がここにある。
「おまけに、自身の力に自惚れて筋肉を鍛えた事がないだろう。お前の戦闘の動き、明らかな素人。いくら5倍以上の力があろうとも元が0ではね・・・。0を何倍しようとも0は0さ。このままではお前はそれ以上頂上にはいけないぜ。」
そう言い残して、この場から去る侑磨。
誰もが予想しえなかった勝利の仕方に誰もが呆然。
彼を見送る事しかできない中、
「ふ、ふ、ふざげるな!!!」
この結果に納得できない立川。
ただ怒りに身を任せ、拳を振り回す。
それは完全な不意打ち。
危ない、と叫ぶ冠木姉妹。
だが侑磨はそれにすら対応する。
最低限の動きで強烈なパンチを躱し、一歩大きく足を踏み出しと同時に繰り出した掌底が立川の下顎を直撃。
「がっ・・・。」
一撃で沈んだ立川。
その場で崩れ落ちる。
「まともに鍛えた事がない未熟者が・・・。」
気絶した相手に容赦ない一言と勝者を知らせる電子音声だけが虚しく鳴り響いた。