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昼休みでの出来事

「冠木麗泉さん、これ本気なの?」

「勿論ですが、何か問題でも?」

「ちょっとねぇ~~。」

 担任の山崎道弘が突き返したのは一枚の用紙。

 それは進路希望書で先日提出したものである。

「第一希望にUNACOMへの就職を希望しているけど、合格率知ってる?0.001%も満たないのだよ。千人に一人合格するかどうかも分からない難解な場所だよ。」

「知っています。」

「知っているならやめておいた方がいいと先生は思うけどな。冠木麗泉さんは確かに成績優秀だけど、ここに関しては成績だけでは何とも言えないからね~~。」

「私の夢です。UNACOMに入ることが。」

「夢を持つことは大切だよ。でも現実を見ないと~~。ここの大学とかはどうかな?ここでもいいよ。君にとてもお似合いだと思うよ。」

「・・・・・・、検討してみます。」

 差し出された複数の大学のパンフレットを一応受け取り、彼の研究室を後にする麗泉。

 部屋から遠ざかる毎に愛想笑いが苛立ちへと徐々に変わっていく。

「何よあの担任。私の夢を否定するばかりか自分の都合ばかり押し付けてきて。」

 紹介してきた大学は担任の山崎道弘と深い関わりがある所ばかり。

 卒業後も繋がりを持ちたい、という魂胆が見え見えだ。

「本当にもう・・・。」

 担任の哀れ無表情を思い出し益々腹立たしくなると同時に空腹を訴える音も。

 今は丁度昼休み。

 本来であれば最愛の姉と仲良く楽しいランチの時間が、担任に呼び出しのせいでかなり時間を削られてしまった。

 早足で姉が待つ生徒会室へと向かう。

「あれは・・・、メリッサ。」

「あ、レイミセンパイ、お疲れ様です。」

 その途中で出会った女子生徒の名はメリット・スチュワート。

 藍色の髪をツインテールした小動物っぽい容姿の彼女は中等部3年で役職は生徒会会計。

 欧米からの留学生である。

「目安箱の回収?」

「ハイ、そうです。」

 小柄なメリッサがよいしょ、と木箱を抱きかかえるが足取りが覚束ない。

「手伝うわ。」

「ありがとう・・・、ございます。」

 メリッサから木箱を受け取る。

「あの、重たくないですか?」

「全然。」

「そうですか・・・・。」

 麗泉の返答に影を落とすメリッサ。

 どうやら彼女には重く感じたようだ。

「私はそれなりに鍛えているから。そう感じるだけよ。」

 すかさずフォロー。

「だからそこまで気にする必要はないわよ。」

「ハイ・・・。」

 少しだけ声のトーンが明るくなるがその後は無言。

 メリッサは内気な性格で寡黙。

 さらに男子には少し苦手意識を持っている節があり、普段から必要最低限の会話しかしない。

 結局、会話は盛り上がる事はなかった。


「昨日、そんなことがあったのですか・・・。すいやせん、オレ全然役に立ててなくて・・・。」

 丁寧語であるが口調が荒い男子生徒の名は立川装(たちかわしょう)。明光寺学園高等部1年で、冠木姉妹の1つ後輩にあたる。

 両耳にピアスを複数個つけ、金色に染めた髪をワックスで逆立てた風貌。改造した制服を乱雑に着ている身なりをしているがこれでもれっきとした生徒会役員である。

「仕方はないわよ、定期検査だったのだから。」

 舞風の言葉通り。

 立川装はその時、定期的に行われる先進者の能力検査があり席を外していたのだ。

「ですが会長と副会長の二人の手を煩わせる事になってしまいました。」

(本心は暴れる建前が欲しかったのでしょうに。)

 頭を下げる立川の裏に隠れている本性を見抜いていた舞風は「謝罪は結構。次の機会で期待しているわ。」受け流し、この話を終わらせる。

 生徒会室には今、立川と舞風の二人だけ。

「ではオレは二度をこのようなことがないよう両部長に忠告を―――。」

「あなたの仕事はこれよ。」

 意気揚々と出ていこうとする立川に一枚の書類を渡して立ち止まらせる。

「さっき提出してくれたこの書類、計算間違いだらけ。修正して。」

「わ、分かりました。」

 不満げな態度で受け取る立川に舞風はため息。

(本当に困った後輩ね。暴れる事しか考えていない。おかげで書類整理が全然進まないわ。)

 会長席に大きく背伸び。

 大きな胸が呼吸と連動して大きく揺れる。

(本当に人手不足。どこかにいい人材はいないかしら?)

 現在、生徒会に所属しているのは冠木姉妹と立川、メリッサの4人だけ。

 これは少人数制を敷いているわけではなく、候補者がいないだけ。

 皆面倒だと言い、やりたがらないのだ。

「お疲れ様ですマイカセンパイ。あの・・・・・・目安箱持ってきました。」

「ただいまお姉ちゃん。お腹すいた~~。」

「ありがとうメリッサ。そしてお帰りなさい麗泉ちゃん。はいはい、用意できているからこっちへいらっしゃい。」

 会長席へ誘い、テキパキ用意をする舞風。

「それじゃあ、今日の成果物を拝見しましょうか。麗泉ちゃんはそのまま食べていていいからね。」

 麗泉が弁当を幸せそうに食べている横で立川は乱雑な手つきで目安箱の蓋を開けて、逆さまにして中身を全て机上にぶちまける。

 30通程の手紙が入っていたが、殆どが冠木姉妹に対してのラブレター。

 この目安箱は舞風が会長に就任した時に設置した物。

 生徒達の小さな声を聞き入れたい、という想いから始めた事だが残念ながらそのような成果にはあまり繋がっていない。

「相変わらず凄いですね・・・・・・。」

 中身を確認しながらメリッサがボソッと呟く一方、当人達は苦虫を嚙み潰すのみ。

「こんなのもらっても嬉しくないわよ。」

「麗泉ちゃんの言う通り。名前も書かずに一方的に好きです、としか書いていないしね~。」

 一方的なラブレターは即座にシュレッダー行き。

「あ、これはちゃんとした意見書だ。最近、学内で女子生徒にナンパをしている男子生徒をよく見かけます。全く不愉快です。取り締まってください。」

「その件は私がキッチリと対処するわ・・・。」

 立川が読み上げた内容にこめかみを抑えながら返答する麗泉。(因みに同様の苦情が2,3件あった。)

「これはちょっと深刻ね。先日友人が夜、塾の帰り道に化け物に襲われて大怪我しました。何とかしてください。」

「その事件、聞いたことがあります・・・。確か、最近頻繁に起きている女性暴行事件ですよね。」

 舞風が読み上げた意見書に食いつくメリッサ。

 彼女は情報通。

 ネットサーフィンなどで情報を収集するのが日課としている。

「その話、オレも聞いたことがあるな。確か、被害者は女性ばかり。被害者の話によれば昆虫に似た化け物に襲われたとか・・・。」

「あれ、そうなのですかタチカワ・・・センパイ。私の情報では虎の顔をした黒い化け物だったのですが・・・。」

 メリッサは立川から視線を逸らしたのは単純に男性が苦手なだけ。

 立川も承知の上なので何も言わない。

「とはいえ、この件に対して私達が出来る事は注意喚起を促すことしかできないわ。」

 その後も目安箱に投函されていた手紙を全て眼を通すが、悪戯メモやラブレターばかり。

 昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴る時間が刻々と迫ってきたので一旦お開き。

 生徒会室を退室し、教室へと戻る。

 次の授業が体育の立川に目安箱の事を任せて冠木姉妹はメリッサと共に各々の教室へと向かう。

 

 明光寺学園はかなり壮大な敷地を有している。

 この土地自体は国の所有物で建設にも国税が使われている。

 正門の正面に構える大きな本校舎と左右には中等部の教室棟と高等部の教室棟があり、グラウンドも4つ、体育館が3つほどある。

 その他にも図書館や研究棟など数多くの施設があるのだ。

 現在、明光寺学園は国以外にも多くの企業のスポンサーによって運営が賄われている。

 その為、卒業後の進学率と就職率は物凄く高く、現在ではかなり人気が高い学園として広まっている。


 さて、冠木姉妹とメリッサは生徒会室がある本校舎から各々の教室へ向かう途中。

 教室に向かうには本校舎から中央庭園と通り抜ける必要がある。

 中央庭園は花や木で彩られたゆとりの場所。

 昼食時には弁当やパンなどを持ち寄って囲む生徒達をよく見かけられる。

 もうすぐ午後の授業が始まるためだろう、人気は少ない。

 舞風は麗泉の愚痴に耳を傾け、先を急いでいた時だった。

 突然メリッサが何かを見つけて足を止める。

「あれって・・・リオ?」

 中庭のちょっと外れにある木陰。

 注意深く見ないとわからない場所にいるのは一組の男女。

 栗色のショートボブに金のへアピン、栗色の瞳と日焼けでやや黒褐色色の肌の女子生徒。

 メリッサの唯一無二の親友、井戸塚莉緒(いどづかりお)である。

 彼女は男子生徒に壁ドンされていた。

「リオと話しているのは・・・・。誰?」

 その男子生徒は背を向けているので誰なのか判断しにくいが、麗泉には一目瞭然。

 身長は170㎝程、高校生男子としては平均的。

 まだ新しめの制服で体型はごく普通。

 見た目での特徴をあげるとすれば、襟足が異様に長い髪型に右眉に小さな傷痕。

「アイツは!」

 誰かと分かった瞬間、麗泉は即座に行動を移した。


「ほら、よく見て。」

 両袖を捲り、掌を見せびらかせる。

 何もない右手を強く握って左指を三回弾く。

「はい!」

「うわああ!」

 開かれて右手には1輪の赤いバラが。

「おっと、莉緒は赤よりも青の方が好きだったよね。」

 ポケットから純白のハンカチを取り出し、バラに被せて再び指を1回鳴らす。

「はい!」

 ハンカチを退けるとバラの色が青に変わっていた。

パチパチパチパチ、と拍手喝采の莉緒。

「どう満足してくれた?」

「うん。」

「じゃあ、次は―――「侑磨!!」何?ぎゃふん!」

 バスケットボール程の大きさの水球が侑磨の脇腹に直撃。

 そのまま吹き飛ばされる。

 水球を投げたのは勿論麗泉。

「え?え???え???」

 突然の出来事に目を丸くする莉緒に親友のメリッサが駆け寄る。

「リオ、大丈夫だった?」

「メリーちゃん?大丈夫って何が?」

「痛つつ・・・。何事?」

「侑磨、何をしているの?」

「れ、麗、泉さん?」

 目の前で仁王立ちの麗泉に危険信号が灯り、おもわず敬語になる。

 彼女は今までの中で一番激怒していた。

「高等部では相手にされないからって無垢な中等部の子を毒牙にかけるなんて!!」

「ちょ、ちょっと待って麗ちゃん。これはご、誤解!誤解ですよ!!」

 水で造られた剣を振りかざす麗泉に弁明を口にする侑磨。

「何が誤解よ!!」

「あの、これは一体・・・?」

「大丈夫だよリオ。こんなナンバ男、センパイ達が成敗してくれるから。」

「ナンバ?!もしかして・・・、お兄ちゃん!」

 メリッサの一言に何かを察した莉緒は激怒する麗泉の前へ踊り出る。

「学園内で噂になっていたナンパ男ってお兄ちゃんの事だったの?!」

「いや~~、その~~、何と言いますか~~。ナンパではなく只々お近づきになりたいといいますか~~。」

「お兄ちゃん!」

「すいませんでした!」

 莉緒の鋭い声に慌てて土下座。

「お兄ちゃん、学園内でナンパするのは絶対にダメ!我慢しなさい。」

「はい!気を付けます。」

「すいません、お兄ちゃんが迷惑をかけていたみたいで・・・。」

 麗泉達の方に向き変わり頭を下げる莉緒。

 だが三人とも眼がポカン状態ですぐに声が出ず。

「えっと・・・、お兄ちゃんって、どういうこと、ナノ?」

 代表で親友のメリッサが質問。

「ほら、前に話したでしょ。私にはお姉ちゃんの他に近所に住んでいた幼馴染の兄がいるって。それが侑磨お兄ちゃんなの。」

「久しぶりに会ったから思い出話に花を咲かせていただけなのだけど・・・。」

「そうだったの。ごめんなさい。」

 勘違いだと分かり、素直に謝る麗泉。

「いえいえ、大丈夫です。勘違いされることをしていたお兄ちゃんが悪いのですから。」

「あのさ莉緒、そろそろ正座、やめていいですか?」

「反省した?」

「はい。」

「じゃあ許してあげます。」

 莉緒からの許しを得た侑磨。

 勢いよく立ち上がると一目散へ麗泉の後ろにいる姉の舞風へ。

「ところで、もしかして麗ちゃんのお姉ちゃん、ですよね。」

(しまった!)

 舌打ちをする麗泉。

「話は聞いていたけど本当に似てるね~~。始めまして、俺は麗ちゃんのクラスメイトの忍久保侑磨です。」

右手の胸に当て、丁寧に頭を下げる侑磨。

「あら、ご丁寧に。私は冠木舞風、生徒会会長よ。いつも妹がお世話になっています。」

 侑磨と舞風が会うのは実はこれが初めて。

 麗泉が意図的に侑磨と舞風の接触を阻んでいたのだ。

 その理由は明確、大好きな姉をナンパさせない為である。

「いや~~噂通り、ううん、それ以上。可愛いね。妹よりも。」

「あらあら、お褒めありがとう。」

 むかっ!

 目の前で大好きな姉がナンパされていることと自分を引き合いに出されたことで怒りがいつもの二倍込み上げる。

「ちょっと侑磨!」

「そう怒らないで愛しの麗ちゃん。俺が愛しているのは麗ちゃんだけだよ。」

「うるさい!」

「何なの、あの人・・・。」

「お兄ちゃん・・・・・・。」

 侑磨の行動に軽蔑の視線を投げるメリッサと驚愕する莉緒。

「麗ちゃんは可愛い、というよりかは美人が似合うよね。凛々しさに花がある感じ。」

「あらよくわかっているわね。麗泉ちゃんはね、本当に格好良くて美人なの。それでいてちょっとした事で頬を赤めたりして。」

「わかります。からかい甲斐がありますよね。」

 世間話を楽しむかのような独特の空気を醸し出す二人。

 初対面のはずなのに意気投合、他の人達は入り込むことが出来ない空気に麗泉は面白くなく頬を膨らませる。

「うふふ、本当に思った通りだわ。」

「ん?それはどういう事かな?俺、気になるな~。」

「気になるの、私の事?」

 両手を後ろに回し、覗き込む仕草をみせる舞風。

「うん、とても気になる。どうです、その話を含めてこの後お茶でも。」

 毎度おなじみの誘い文句に麗泉の怒りは最頂点。

 再度水の剣を手にしようとした時、

(大丈夫よ、麗泉ちゃん。)

(え?)

 双子の一瞬のアイコンタクトに麗泉の動きが止まる。

「あら、素敵なお誘いね。実は私も侑磨君には興味があったのよ。」

「ちょっとお姉ちゃん!!!」

 姉の発言に驚く麗泉。

 自分の知る限り、姉が男性のお誘いを受けた所を(その前に麗泉が薙ぎ払ってきたが、)一度も見たことがない。

 侑磨も予想外の返答だったのか驚く顔を見せるが、それも一瞬。

 すぐさまいつもの調子を取り戻す。

「おっ、それじゃあ早速―――。」

「でも残念なことにね、もう時間なのよ。」と言い終えると同時に予鈴のチャイムが。

「―――ということでお茶はまた今度、ね。」

 がっくし、と項垂れる侑磨。

 こうして舞風のナンパは見事失敗に終わった。


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