報告
「JP――ジョージ=パーマーストンの身柄は確かに受け取った。直ちに監獄所へ収容させよう。」
モニターに映し出されていている相手はUNACOM本部の長官、白龍強。
中国人で御年70歳だが、鍛えられた肉体と白眉毛で覆われた灰色の瞳からは若者にも負けない活力がモニター越しでも十分過ぎるほど伝わる。
「国際指名手配犯のJPを逮捕するとは見事だ。やはり君を日本へ送った甲斐があったよ。」
「ありがとうございます長官。ところでJPが開発したあの機械はどうなされましたか?」
「破壊したよ。乗せていた船ごと木っ端微塵に。今頃海底の藻屑だ。」
「そうですか・・・。」
「アレはこの世に存在してはならんモノだ。設計図や研究データ共々闇の彼方へと葬るべきだ。後は過去の機密文書だが・・・。」
「菊元グループが厳重に保管している模様です。」
「菊元グループか・・・・。確か日本支局へ人員提供してくれたそうだな。」
「はい、菊元宗近氏が手配してくれました。お陰で短期間で最低限の人員は確保する事ができました。」
「次期総帥と噂されている青年だな。ふむ、ワシから声をかけよう。尽力してくれた事にお礼を兼ねてな。」
「よろしくお願い致します。」
権力者による腹の探り合いは苦手だからそっちで勝手にしてくれ、と念を込める。
「例には及ばんよ。シルフィア捜査官には日本支局の立て直しという重大な責務がある。このまま頼むぞ。」
「期待に添えれるほどの成果はまだ。長官が仰る水準までまだ程遠く―――。」
「それは最終目標だ。徐々に、で良い。悪性の腫瘍を取り除いてくれただけで十分な成果じゃ。スマンな、本来であればこちらからも何人か人を送るべきであろうが、中々な。」
「人手不足なのは日本だけではありません。何処もそうですから。」
「理解してくれて助かるよ。腐敗しているのは日本だけではないからな。全く・・・フィアちゃんみたいな人材が欲しいモノよ。」
苦虫を嚙み潰した返答。
長官の気苦労が十分に伝わると同時に、長官としての態度が崩れ落ちる。
「大きなお節介だと思いますが長官。そんなあからさまな態度を見せるのは如何なものかと思いますが。」
「おっと、イカンな・・・。君とは長い付き合いだからな。どうも素をさらけ出してしまう。」
「公私混同は駄目ですよ。」
「ああ、そうだな。」
長官とシルフィアはUNACOMに勤める前から知り合いだが、この事を知る者は数少ない。
「報告は以上となります。それでは―――。」
「おっと待ってくれ。シルフィア捜査官に一つ聞きたかったことがあるのだ。」
「なんでしょうか?」
「ユウマの事だ。」
「ユーマ?彼の事なら報告書で知らせたとおりですが?」
「ふむ、ちゃんと眼を通しておるぞ。随分学園に馴染んでいるようだな。」
「何も問題でも?」
「何一つ気になる事があってな。」
「???」
鋭い眼光がシルフィアに向けられる。
「シルフィア捜査官よ、ユウマのインスピレティアは誰にもバレていないのだろうな?」
「!!!」
心臓が止まる。
報告書には冠木姉妹に知られた事は何一つ触れていないからだ。
「ええ、大丈夫です。問題ありません。」
平常心で答えたつもり。
声が裏返っていないか?
動揺が表情に出ていないか?
冷や汗が流れていないか?
そんな事ばかり考えてしまう。
長い沈黙。
どれぐらい経ったのか分からない。
「そうか、それならよい。彼のインスピレティアは絶対にバレてはならんからな。」
「存じております。」
「ま、彼の危険度を良く知っている君なら間違えるはずがない。」
長官の表情に笑顔が戻る。
「では引き続き、頼むぞ。」
「了解致しました。」
通信が完全に途切れ、数秒後大きなため息と脱力。
椅子に崩れ落ちる。
わずか数分の連絡であったが数時間の疲労感が全身を襲う。
「とにかく誤魔化しきれたわね・・・。」
眼鏡をずらしこめかみを押さえる。
心臓に刺さる痛みを伴うような激務から解放されたのだ。
このまま酒に溺れ眠り続けたい衝動に駆られる。
が、そこは大人。
「駄目よシルフィア。アナタにはまだやる事がある。ここはぐっと堪えなさい。」
と自分自身に言い聞かせ、横に置かれている芋焼酎を一杯だけ煽る。
「さ、補給完了。仕事の続き。山崎道弘の収容も完了。証拠品も押収し終えた。後は・・・・・・これね。」
シルフィアは隣の机に目を移す。
そこには舞風と麗泉の首に装着されていたインスピキャンセラーと山崎道弘が計測した二人に関するインスピレティアのデータが記載された紙が置かれていた。
徐にグラフで表示されたデータ表を手にする。
「二人はユーマの『悪魔の捕食者』を止めた。二度も・・・。これはもう偶然ではない。」
本部に送った報告書には冠木姉妹が臨時捜査官へ着任した事は記したが侑磨の『悪魔の捕食者』を抑えた事に関しては報告していない。
使用した事とさえ伏せている。
その理由は明確。
「この事を報告すればユーマは本部に強制送還される。」
本来、『悪魔の捕食者』発動には管理者であるシルフィアの承諾が必要。
しかし侑磨はそれを無視して、発動させた。
任務違反は重罪だ。
即刻本部へ送還されるだろう。
だからこそ偽りの報告をした。
侑磨をあの場所に帰さないために。
「折角ユーマをあの監獄から解き放ったのよ。二度とあんな場所に帰すものですか!」
UNACOM本部にいた時の侑磨を思い出す。
生気はなく、目は虚ろ。
生きる気力もなく、ただ命令に従うだけの機械。
そこには彼の意思は存在せず、ただ都合のいい道具として、そして憂さ晴らしの捌け口でしかなかった。
表情の変化なく指示が出ない間は監獄の隅で膝を抱えて座るだけ。
食事を摂る時も全くの無表情。
死んでいるのも当然だった。
そんな彼を目の辺りにしたシルフィアは誓う。
この監獄から彼を出す事を。
血を滲む努力を経て、多くの成果を掴み、ようやく侑磨の監視者としての地位を得たシルフィア。
彼女が日本という地で教員の職に就いたのも侑磨の為。
本部から遠く離れた地で人間としての生活を過ごさせるためだ。
しかし最初は苦労の連続だった。
侑磨はシルフィアを信用しておらず、常に警戒していた。
受け答えも素っ気無くて簡略。
感情すら見せない。
学園では陽気な性格を見せているが、それも全て演技。
父親の面影を想像して演じているだけに過ぎない。
その証拠に時折、一人の時間を作っては無感情な姿を隠し晒していた。
「ユーマは私を信用していない。でもそれは仕方がない事。私はユーマを苦しめた存在だから。でも彼を助けたい。だから彼を学園に入れた。人間らしい生活をしてほしくて。彼にとっては余計なお世話だったかもしれない。でも、私にはそれしか出来ない。こんな形でしか贖罪が出来ない。私は彼から数多くの物を奪ったから。」
侑磨には親しい友人はいない。
無くしている、と言った方が正しいだろう。
過去の任務で深い間柄になった者は皆、記憶を抹消された。
悪魔の捕食者が知られたからである。
目の前で知人を幾度も失う侑磨。
彼の心が死んでしまった原因の一つであり、当時のシルフィアはそんな彼を助けられなかった。
いつしか、孤独を選び、深く心を閉ざした侑磨。
だからこそ嬉しかった。
彼の傍に舞風と麗泉がいる事に。
彼女達といる時の侑磨は嘘偽りない本当の自分を曝け出しているから。
「ユーマがようやく手にした日常。絶対に壊させたりはしない。それに――――。」
一人の人間としての想い。
と同時にそしてもう一つ―――研究者としても性が沸き上がる。
「私は知りたい。どうして誰も鎮める事が出来なかった『悪魔の捕食者』を何故あの二人だけが止める事が出来たのかを。」
悪魔の捕食者は一度発動すると暴れ尽くすまで止まらない。
誰にも止める事が出来ず、侑磨当人ですら制御できないアレを舞風と麗泉は見事に鎮めた。
その事実を目撃したシルフィア。
驚愕を通り越し、興奮が抑えきれなかった。
その感情に従うまま自身の身体を抱きしめて高ぶる。
「ああ知りたい知りたい。何故あの二人が『悪魔の捕食者』を鎮めることが出来たのか。それを解明したい。この手で・・・。あぁ、この高ぶりを・・・この研究は他の者に渡してなる物ですか!そうですよね先生!」
中身がない写真立てに向かって欲望を曝け出す。
「ええ先生。解明して見せますわ。先生に成り変わって。彼の―――ユーマのインスピレティアの全てを解明して見せますわ。絶対に。そしてその暁には――――ダメよシルフィア!」
絶頂寸前で我に返るシルフィア。
荒い呼吸を抑える為に、ウイスキー瓶を掴み、一気飲み。
酒の力で高ぶりを抑え付ける。
「はぁ、はぁ、はぁ、駄目よシルフィア。落ち着きなさい。荒ぶっては駄目。興奮しては駄目よ。」
乱れた髪をかき上げて仕切り直し。
「研究を進めるのはユーマの為。決して先生の為ではない。その事を良く肝に銘じなさいシルフィア。」
空のウイスキー瓶に映る自身の顔に向かって言い聞かせる。
そして欲望高き性が完全に収まったのを確認した彼女は穏やかな感情で研究に没頭するのであった。
これにて第1章、終了です。
次からは第2章へと向かいます。
次の更新まで暫しの間がありますが、気長にお待ちください。




