囚われの二人
意識を取り戻した麗泉が最初に眼にしたのは車の天井。
そして両手両足がロープで縛られている事に気付く。
(どういう事?何で私が捕まっているの?)
少しふらつく頭で回想。
(そう、確か私はお姉ちゃんと一緒に山崎先生の研究室に行って―――。)
徐々に思い起こす記憶、
そして、用意された紅茶を一口飲んだ後に極度の睡魔に襲われて意識を失った事を思い出す。
(睡眠薬を飲まされた!?どうしてこんな事を?)
「う、うんん。」
隣から姉の魘される声が聞こえた。
「お姉ちゃん、起きて!」
自分と同様の格好になっている姉を声で起こす。
「麗泉、ちゃん。どう、いう事?」
虚ろ目が縛れている妹の姿を見て、覚醒。
周囲を見渡す。
「私達は捕まったみたい。山崎先生に。」
「車の中、見たいね。どこを走っているのかしら?」
二人が乗せられているのは大きなワゴン車の後部席。
運転席と助手席には仕切りがあり、こちらから様子を窺う事は出来ず。
窓は黒く目張りされているので外の様子もわからない。
「とにかくお姉ちゃん、縛っているロープを切って。」
風でロープを切ってもらおうとする。が、姉の様子がおかしい。
「駄目。インスピレティアが発動しない。」
「え?どうして?」
冠木姉妹の首には金属製の首輪―――インスピキャンセラーが装着されているせいである。
「完全に封じされたわね。」
「どうするお姉ちゃん。」
「今は様子見。機会を伺いましょう。」
頷き合い、流れに身を任せる。
車はずっと動いていた。
エンジン音と時折感じる振動から高速道路を走っていると推測。
暫くすると高速を降り、一般道へ。
時間間隔が狂わされている中、ようやくエンジン音が消えた。
二人を乗せた車が止まったのは現在使用されていない埠頭。
寂れた廃倉庫に錆びついたクレーンと灯台が随分の間、誰も足を踏み入れていない場所だと知らしめる。
「おや、もう起きたのか。もう少し薬の量を増やしておくべきだったな。」
後部座席の窓を開けた山崎道弘が言い放つ。
学園では見せた事がない冷酷な表情。
「これはどういうことですか先生。」
「山崎先生、これは許される事ではありませんよ。犯罪です。」
「ああ知っているさ。それぐらい。」
鼻で笑い嘲笑う山崎道弘。
そこには教師としての顔は一切ない。
自身の欲のみに溺れている一人の犯罪者の顔。
「大人しくしていろ。もうすぐお前達を買う人達がやってくる。」
「私達を買う?」
その言葉を待っていたかのように向こう側から現れた黒の車が数台。
山崎道弘の前で止まり、タキシード姿の男達に続々と。
そして最後に車を降りたのは茶髪の男性。
彼こそジョージ・パーマーストン、JPと呼ばれる闇の商人だ。
年齢は40歳手前。
茶色の顎髭と眉毛は手入れが行き届いており、紫色のスーツは皴なく綺麗に着こなしている。
両指にはたくさんの高価な指輪。
そしてこげ茶色の瞳は狡猾で冷酷な印象を感じる。
「待たせたね、ヤマザキさんよ。」
「遅かったなジョージさん。」
「ちょっとごたついてね。で、商品は?」
「コイツらだ。」
ドアを全開にして冠木姉妹の姿を見せる。
「ほう、彼女達が水と風を操る先進者か。」
「ああそうだ。ほれ、ついさっき計測したデータだ。」
JPの傍に控えていたタキシード姿の男が山崎道弘から書類を数枚受け取り、そのままJPに渡す。
「ふむふむ、確かに。能力も申し分なさそうだな。いいだろう約束通り1億―――。」
「いいや4億。」
山崎道弘は右手を突き出し4本の指を突き出す。
「一人2億だ。」
「随分ふっかけてくるではないか。」
「この二人を攫うのに危ない橋を渡ったんだ。もう学園に戻れない。これ以上商売は続けられない。」
「続けられない?まさか先生、私やお姉ちゃん以外にも―――。」
「ああそうさ。卒業生を何人も売りつけたさ。コイツらみたいな商人にな。」
「山崎先生、貴方は人として恥ずかしいとは思わないのですか。」
「五月蠅い!黙れ!」
怒りに満ちた感情を爆発させ、叫ぶ山崎道弘。
「もうたくさんだ!あんな安月給で働かされて残業の毎日。休みはなく、休日も研究室に籠っては下らない研究データばかり集めて上の人間の顔色を伺う。そんな人生もうごめんだ!お前達を売ったお金で日本から離れ、豪遊してやる。死ぬまで遊び尽くしてやる。」
「そうだ、楽して稼げるのならそれに越したことはない。おい。」
JPの合図を受け、部下の一人が車からアタッシュケースを二つ取り出し、山崎道弘の前に置く。
「約束の4億だ。」
「確かに・・・。」
鍵を開け、本物かどうかを確認し終えた山崎道弘は満足そうに頷く。
「いい取引だった。」
「お互いにな。」
固い握手を交わす。
「これで我々の最高の武器が完成する。気候を操る最高の武器が・・・。」
「冠木姉妹の『水』と『風』を操る力。その二つを機械に記憶させる事で気候を自在に操る。全くジョージさんは突拍子ない武器を思いつくな。」
「ふん。素晴らしいであろう。では商品を戴くとしよう。」
JPの合図を受け、部下二人が冠木姉妹を乗せられている車へと近づく。
「大人しくしていろ。」
鋭利なサバイバルナイフを見せつけ、冠木姉妹を脅す。
連れ出すのに邪魔だと思ったのだろう、
足を縛っていたロープを切り、外へ出るよう促す。
大人しく従う二人。
「・・・・。」
「・・・・・・。」
舞風と麗泉の視線が合い、頷き合った瞬間。
「な!」
「ぐほっ!」
一瞬の隙をついて顔面へ回し蹴りを放つ麗泉。
同時に舞風は敵の足を強く踏みつけ、両手で鳩尾に鋭い一撃。
相手が蹲った瞬間、後頭部に両拳を叩きつけ、地面に落ちたナイフを拾う。
二人の動きは鮮やかの一言。
そのまま逃亡を図る。
「お、お前達!」
「追いかけなさい。殺してはならんぞ。」
叫ぶ山崎道弘とJPの落ち着いた指示が後ろから聞こえた。




