菊元宗近の魂胆
決闘が終わって約1時間後。
侑磨は菊元宗近の呼びかけでシルフィアと共に円卓の間を訪れていた。
「本当に見事だったぞNo.4よ。」
「その名で呼ぶなと言ったはずだが。」
「失敬。訂正しよう。見事であったぞ忍久保侑磨よ。」
菊元宗近が盛大な祝辞を述べるが、侑磨の表情に誇りも喜びもなし。
No.11が目の前に置いたコーヒーに大量の角砂糖を投下する。
「ちょっとユーマ。いくら甘党だからってそんなに入れたら身体によくないわよ。」
シルフィアの忠告にも耳を傾ける事無く飲み始める。
「それで菊元クン、私達を呼んだのはどういう要件なのかしら?ナンバーズしか入る事が許されないこの場所に私までを呼びつけて。」
「何、貴女ならこの部屋に入る資格はありますよシルフィア女史。元ナンバーズであった貴女ならね。」
「昔の話、よ。」
不機嫌をオーダーにぶつける。
「申し訳ございません。幾ら何でもブランデーはここには置いておりません。」
「No.11よ、食堂に赤ワインがあるはずだ。それも持ってきなさい。」
「承知いたしました。」
No.1の指示に深々と頭を下げ、円卓の間から退出。
扉が閉められたのを合図に侑磨が口を開く。
「体のいい人払いだな。」
「ほう。」
「つまりこれからの話は誰にも聞かせれない内容。だから舞と麗もこの場に呼ばなかった。」
「鋭い読みだ。その通りだよ忍久保侑磨。やはり君は優秀だね。」
菊元宗近の口元が緩む。
「アンタの話を聞く前に一つ質問だ。何であの決闘を認めた?」
「それには2つほど理由がある。一つは君の実力を直接この目で確認したかった。No.10をどのようにして倒すのかが興味あってね。」
「お前のお眼鏡に叶ってしまったという事か・・・。」
「その通りだ。そしてもう一つはNo.10をナンバーズから排除したくてね。その為にこのような状況を作り出したのさ。」
「空席にしてでもか?自分が連れて来た人間だろう。」
「勘違いしてもらっては困る。彼は俺が招いたのではない。前任のNo.1が連れてきた人材だ。面白いインスピレティアだが、人格が悪すぎる。反対の意を示したが、俺の意見は通らなかった。」
「ずっとその機会を狙っていたのか・・・。」
「ああそうだ。ナンバーズに就いてから態度を改めてくれれば再考の余地もあったがね。最後まで変わる事もなかった。佐土村煉修はこのまま、ナンバーズを抜けてもらう。君に負けた事だしね。」
「負けた者がナンバーズを去る、という約束を取り付けていたな。」
「ああ、彼自身はそう解釈していなかったようだが、ね。」
「上手く言葉を誤魔化したのではないのか?」
「ふふふ、さ、どうだろうね。」
不敵な笑みを浮かべる菊元宗近と侑磨。
その両者を傍から見ていたシルフィアはこの前観た時代劇の悪代官と商人が悪巧みしている場面を思い出す。
「それで菊元クン、本題の要件とは何?」
シルフィアの問いに菊元宗近は無言で胸ポケットから一枚の写真を取り出し、二人の前に置く。
それは顔写真。
こけた頬に目元にクマがある、疲れ果てた印象を感じさせる中年男性。
眼鏡とワックスで固めた白髪交じりの髪からは知的な印象を持つ。
「彼は菊元グループ関連の会社に勤めていた研究員だ。」
「勤めていた?」
言葉尻を見逃さない侑磨。
「数日前に死体で発見された。溺死。両手両足を縛られ、重しを抱かされて海に放り投げられたそうだ。全身には拷問の痕があったそうだ。」
もう一枚の写真を取り出す。
そこには先程の男性の惨たらしい死体が写されていた。
「拷問・・・。つまり何かしらの情報が盗まれた、と言う事ね。」
シルフィアの表情が険しくなる。
「死亡推定時刻ははっきりしていないが、少なくとも2週間ほど前。その近辺で彼が無断欠勤をしている。」
「その時には既に捕まって拷問を受けていた。あるいは殺されていた可能性が高いな。」
「そうだと、俺達は推理している。」
「菊元クン。その情報、私達UNACOMに届いていないのは何故かしら?」
シルフィアの視線が鋭くなる。
先進者に関連する事件が発生した場合、UNACOMへの通報が義務付けられているのだ。
「我々内部だけで事を解決しようとしていたからだ。UNACOMへは事後報告するつもりだった。」
「つまり、この研究員は菊元グループに対して不利益な行動をしていたのだな。」
「ご名答。1か月ほど前、菊元グループ本社のネットワークにエラーが発生した。そのエラー自体はちょっとしたバグが発生した事が原因ですぐに解決したのだが、復旧の際に行ったプログラムテストの時に誰かが不正アクセスして研究データを盗み取っている事が分かった。そこで信頼足る者達に秘密裏に調査してもらった。」
「その結果、この写真の男性に辿り着いたと・・・。」
「その通りだシルフィア女史。だが一足遅くてな。重要参考人として事情聴取を行う前に彼は無断欠勤、行方を眩ました。」
「そして死体で発見された、か。で菊元宗近よ。コイツはどんな研究データを盗み出していたのだ?」
「インスピレティアを機械へ模倣、に関する研究内容だ。」
「何ですって!」
と驚くのはシルフィア。
彼女の顔には困惑と怒りが滲み溢れていた。
「その研究は非人道的行為として禁止されているはずよ。菊元グループはそんな研究を秘密裏に行っていたというの?」
「誤解しては困る。この研究データはUNACOMが設立される前に行われていた研究データだ。現在は禁則事項として厳重に保管されていた。」
数十年前、とある科学者がある論文を発表した。
それはインスピレティアを機械に記憶させて模倣させる理論。
先進者がインスピレティアを発動される際に発生する脳の周波数等を数値化させて機械に記憶。
それにより機械自身がインスピレティアを扱えるようになる、という内容である。
さらに研究が進めば未熟なインスピレティアでも機械で増幅させれば強力なインスピレティアへと変わり、又大量生産も行える事ができると結論付けた。
その理論を眼にした各国は軍事利用出来ると判断。
早速人体実験を行うが先進者側の脳に大きな負担がかかり、その影響でインスピレティアが発動できなくなる事や実験中の死亡する事故が発生。
さらに脳の周波数が複雑すぎて正確なデータが取れず実用化に至らないと判断、中止される。
後にUNACOM設立によりこの研究は非人道的行為と認定され、完全凍結された。
「それが無断で閲覧されて盗まれたと。」
「ああそうだ。彼は卒業論文でインスピレティアの増強・安定性について発表していた。その内容がこの禁足事項と類する所があったらしい。詳しく調べた所、彼の父親がその昔、完全凍結されたその研究に参加していたことが分かった。どうやら幼少期に父親からその内容を聞かされていたらしい。」
「興味本位、もしくは父親の無念を引き継ぐ為に不正アクセスをしていた。」
「その可能性が高い。彼は優秀な研究員だったが、私生活はかなり謎が多かったそうだ。自分自身の時間を大切にしたいと懇親会等には一切参加せず、定時帰宅が殆ど。他の研究者との交流も最低限にとどめていたらしい。」
「自分自身の時間・・・。つまりこの研究を一人で進めていたわけね。」
「ああ、彼自身がどこまで研究を進めていたかは不明だ。だが彼がかなり危険な研究を行っていた事実は否定できない。」
「成程・・・、これは由々しき事態ね。」
「ああ、だからこそ今こうして君達に情報を公開した。すまないが、この事件解決に向けて協力できないであろうか。」
「分かったわ。今まで黙っていた事については山ほど言いたい事があるけど、それは後。早速捜査を開始するわ。」
「よろしく頼むシルフィア女史。」
「侑磨、この事件は多分――――。」
「ああ分かっている。」
シルフィアの言葉を遮る。
侑磨は理解していた。
その事件には裏社会の人間―――闇の武器商人が関わっている事に。




