No.4 VS No.10
放課後、第三体育館には前日の速報に興味を示した生徒達で大賑わい。
その群衆の中にいた冠木姉妹に話し換えてきたのは菊元宗近である。
「おや、そこにいたのか君達は。」
「こんにちはNo.1。」
代表して挨拶したのは舞風。
麗泉は彼に対して不快感を示しており、一言も言葉を交わしたくない態度を見せているから。
舞風も同様だが、ここは最低限の対応を見せた方がいいと判断。
しかしこの言葉には誠意は全くない、無感情で冷淡が込められていた。
「ふむ・・・、やはり最後尾ではどうも見にくいな。もっといい場所へ見届けたいものだな。そう思わないかね。」
有無を言わさない連行。
舞風と麗泉は互いを見合い、仕方なしに菊元宗近の後に続く。
「ここからなら全体を見渡せるだろう。さ、遠慮せず入り給え。」
彼が案内したのは通常立入禁止となっている特別室。
通常はここに設置されたプロジェクターが舞台に映像を映す為の部屋である。
「あら、貴女達は。」
「シルフィア教授?!」
「なぜシルフィア先生がここに?」
「俺が呼んだのだ。女史も気になっているようだからな。」
「当り前でしょう。こんな勝手な事をして。」
「さあ、入り給え。No.11よ。二人にも飲み物を用意してくれ。」
促されるまま背凭れがある木製の椅子に座る。
菊元宗近の言う通り、ガラス越しから体育館全体を見渡せることが出来、円を描く群衆の中心には不敵な笑みを浮かべる佐土村煉修と無理矢理連れ出されて少し不機嫌な侑磨の姿がよく見える。
群衆達は決闘の始まりを今か今かと待ち続ける。
「そういえばシルフィア女史。新しくUNACOM日本支局に入った者達はどうかね。」
「お陰様で、大分優秀な人材達です。」
「そうかそうか。我が菊元グループがお役に立ててよかった。そのおかげでナンバーズも優秀な人材を確保することが出来た。感謝しますよシルフィア女史。」
「お役に立てて光栄です。」
苦虫を嚙み潰すシルフィアと勝ち誇る笑みを噛み締める菊元宗近。
実はUNACOM日本支局の立て直しに菊元グループが全面的な押し付けがあった。
新たな人材を確保するのに苦労していた中、菊元宗近が自分達が保持する優秀な人材をUNACOM日本支局へ出向という形で貸し出したのだ。
そしてその支援の見返りとして忍久保侑磨をナンバーズへ加えさせる事をシルフィアに要求。
この要求を受け入れるしかなかったシルフィアは渋々侑磨を説得。
それらの話を全て聞かされた侑磨は不本意ながらもナンバーズへ加入する事となったのだ。
「No.1,どうしてこんな事になったのですか?」
「その質問はこのコーヒーを味わってからでいいかな?No.6。」
「いいえ今すぐ答えてください。でないと妹が貴方のコーヒーに大量の冷たい水を投下します。」
舞風の容赦ない言葉と掌に水玉を用意して脅す麗泉に「やれやれ。」と息を零す菊元宗近。
出来合いの机にコーヒーカップを置き、説明を口にする。
「No.10が忍久保侑磨はナンバーズには相応しいと異議申し立てをしてきたのでな。ならばそれを証明してみろ、と言ったらこうなったのだ。」
「何故それを止めないのですか!」
「止めても無駄だと判断したからだ。彼があそこまで不満を露にしている。俺が何を言っても聞く耳を持たないだろう。No.10の性格を知っている君達なら納得してくれると思うがね。」
佐土村煉修は自分中心的な考え方をする人間。
他人は利用出来るかどうかの判断しかせず、利用できない・使えない者は破壊する事に生き甲斐を感じる危険な思考を持った人物で今まで多くの問題を起こしていた。
それでも尚、この学園にいるのは先進者であるからで、そのインスピレティアの強さから今まで数多くの問題を起こしていても揉み消されているのだ。
「成程、そうですか・・・。」
「納得してくれたかね。」
「理解しましたけど、納得したかどうかは妹を見てくださいな。」
「ん?ちょっと待ちたまえNo。5。それは駄目だ!」
怒りの笑みを浮かべた麗泉。
机の上に置かれているコーヒーカップを砕き割ろうとしている事に気付いた菊元宗近は慌ててそれを守る。
「そこまで怒らなくてもよいだろう。」
「怒るに決まっています。侑磨君を危険な眼に合わせるなんて。」
「危険な事?これぐらい、卵の殻を割るぐらい簡単な事だろうに。」
ようやくコーヒーを味わえて、満足そうに背中を預ける菊元宗近。
「さて、お手並み拝見とさせてもらうぞ、忍久保侑磨よ。」
群衆の中央の佇む侑磨。
傍から見ればただ茫然としているように見えるが、彼は最終確認を行っていた。
フィールドとなる体育館の広さに群衆までの距離。天井までの高さや支柱の強度。
その途中で特別室から心配そうにこちらを見つめる舞風と麗泉の姿を目撃。
安心させるため手を振ろう、とした自身の行動に驚く。
(本心から他人の心配に気を使うなんて、な。)
今までしたことがない自分の行動と感情に苦笑が漏れた。
「俺に向かって笑みを浮かべるとは大した余裕だな。」
侑磨の態度が癪に障ったのだろう。
苛立ちの声を投げつけてくる。
「No.1が俺に言った。ナンバーズに相応しいかどうかこの決闘で証明しろ、とな。」
「成程ね、そういう事か。」
もう一度特別室の方へ視線を送る。
コーヒーの香りを味わう菊元宗近の魂胆を察しての行動だ。
「お前を盛大に吹き飛ばし、ナンバーズを――、いやこの学園から追い出してやる。惨めな恰好を晒してな。」
「それは大それた目標だな。精々頑張ってくれ。(折角の機会だ。アレを試させてもらうかな。)」
無関心を貫く侑磨。
侑磨の意識は別の方へ向いていた。
『それではナンバーズによる決闘、佐土村煉修と忍久保侑磨の決闘を行います。』
合成音声が体育館に響き、雑音の歓声が沸き上がった後は徐々に静けさを取り戻していく。
『決闘開始5秒前、3,2,1・・・開始。』
「何だ、来ないのか?折角先行を譲ってやろうと思ったのによ!来ないならこっちから行くぜ!」
(来る!)
貶す笑い声を轟かせ、侑磨へと駆け出す煉修。
煉修のインスピレティアに警戒している侑磨は彼の両手の動きに細心の注意を払う。
(わかっているぜ。キサマが俺の両手に警戒している事に、な!)
だからこそ裏をかく。
両手に意識を向いている死角から蹴りを放つ。
「ッ!」
驚く侑磨。
咄嗟に腕で蹴りをガード。
だがそれが煉修の狙い。
ガードした腕を掴む為、手を伸ばす。
侑磨も慌てて反対の手を伸ばす。
互いの手が重なり、その瞬間、大きな爆発音と火薬の煙が全体に広がる。
「「侑磨(君)!」」
「ほほう。」
悲鳴を上げる冠木姉妹の横、菊元宗近は鼻を嬉しそうに鳴らす。
面白い光景を目撃できたことに対する行為であった。
「くっそが~~~~!」
煙幕の中から転がり出てきたのは煉修。
彼の手には軽い火傷が。
「な、何が起こった?俺の手にダメージだと。こんなこと一度もなかったのに・・・。」
「うんうん、中々使えるな、コレ。」
薄まる煙幕の中、平然と佇む侑磨。
煉修からのダメージを受けた様子は全く見受けられない。
「いや、本当にいいモノを手に入れたよ。君には感謝しないとね。」
「オマエ、俺の誘導爆発に何をした!?」
「インスピレティア自体に何かをしたわけではない。ただお前の手にこれを貼っただけさ。」
侑磨の手から現れたのは重ね貼りされた一枚の御札。
「コイツの中には火薬と簡単な起爆剤が入っている。貼り付けた瞬間、起爆剤が発火して火薬に引火、爆発する仕組みさ。」
「何だと・・・。だがさっきまでそんな物、持っていなかっただろうが!」
「俺のインスピレティアは物を取り出す力。一瞬で取り出すぐらい動作でもないよ。」
とカマをかける侑磨。
本当に手品の応用でこの御札を一瞬で取り出して煉修の手に貼り付けただけである。
「それにしてもここまで煙幕が上がるとは・・・。火薬の量が多かった・・・・、いや誘導爆発で煙幕が酷くなっただけかな?」
思考を巡らす侑磨が隙だらけだと判断した煉修。
手の痛みを押し殺して地面に叩きつける。
爆発の推進力を利用して侑磨へと一瞬で接近、怪我していない手を突き出す。
「短絡的な攻撃だな。」
小細工がない単純で短絡的な攻撃を難なく躱す侑磨。
すれ違いざま、背中に御札を貼り付ける。
パチン、と指を鳴らした瞬間、御札が爆発。
学ランとシャツが焼け破れる。
「今のは火薬の量が少なすぎてダメージなし、か。」
「ほざけ!」
眼をギラつかせ、手を伸ばす煉修。
彼も立川装同様、足さばきや動きは素人。
ただただ、インスピレティアの力だけで成り上がってきただけの先進者である。
だからこそ、動きは直線的で単純。駆け引きなど一切ない。
体術を仕込まれた侑磨からすれば、目を瞑っても躱せるぐらいの余裕を持ち合わせていた。
(やはりインスピレティアの力を増強する事ばかりに意識し過ぎだな、この学園の方針は。)
と別の事を考えながら御札を貼り、起爆させる。
「ぐあああ!」
「うん、今の量はいい感じでダメージを与えているな。欠損させる程の威力はないけど、皮膚がいい感じに火傷して、常に痛みを伴う感じ。」
「くそくそくそくそ!」
「となると・・・これぐらいの量を基本にして後はもう少し威力がある物を幾つか作っておいて、ストックしていたら大丈夫だな。」
考えが纏まり、ここで初めて被験体の煉修を見る。
「実験協力してありがとう。良い検証が出来たよ。」
「ふっざけるな!!」
激怒する煉修。
対する相手が自分の事を一切見ていなかった事に彼の尊厳であるプライドを傷つけたのだ。
怒りに目が眩み、只々無造作に拳を突き出す煉修。
最小限の動きで躱し心臓部に渾身の掌底打ち。
「がはっ!」
内臓にダメージを受け、吐血する煉修。
「これで終わりだ。」
煉修の霞む視界は指を鳴らす用意をする侑磨、そして自分の心臓部に貼られた御札を目撃する。
「や、や―――。」
バチン!
指が鳴る音と爆発音を最後に佐土村煉修は心臓からの大きな衝撃受け、そこで意識を失った。
「「侑磨(君)!」」
雌雄を決し、飛ぶように侑磨の元へ駆ける舞風と麗泉。
その勢いは遠慮がちに手を振る侑磨へダイビングして抱きしめる程。
観客の視線と歓声が侑磨の方へ向けられる中、ただ一人だけ、大の字で倒れている煉修の元へ歩み寄る人物が。
菊元宗近だ。
「く・・・・そ・・・・。俺は・・・・ま、だ・・・。」
起き上がろうとするが、身体の言う事が聞かない。
「酷い有様だなNo.10よ。」
「No.1・・・、お、俺はまだ・・・。」
「見事だ。徹底的に叩き潰されたな。俺の予想通りだ。」
「そ、れは・・・どういう、事だ?!」
「俺は言ったはずだ。この決闘でナンバーズとして相応しいかどうかを証明しろ、と。」
「ま、まさか・・・。」
「やはり君はナンバーズには相応しくなかった。それを証明してくれた忍久保侑磨には感謝しかないよ。」
菊元宗近の意図に気付き、咬みつこうとする煉修。
しかし、突如姿を現した黒装束の少女に口を塞がれる。
「No.7。彼はかなりのダメージを追っている。丁重に扱いを頼むぞ。」
「御意、お館様。」
「~~~~~。」
布で塞がれた口から恨み節をぶつける煉修に菊元宗近は冷酷な視線で一瞥、こう締めくくった。
「悔しいのなら、努力して這い上がる事だ。今まで自分が犯した非道な行いを反省して、な。」




