二人での登校
「おはよう侑磨君。」と登校している侑磨に気軽な挨拶をするのは舞風。
「おはよう、麗は一緒じゃないのか?」
「麗泉ちゃんは日直で先に登校したの。」
「そうか、そう言えばそうだったな。」
「侑磨君はこの前の日直、サボったでしょう。麗泉ちゃん、凄く怒っていたわよ。」
「あ〜・・・。」
口を濁す侑磨の隣にさりげなく、ごく自然に並ぶ舞風。
ふふ、と笑みが溢れる舞風。
「そう言えばこんな風に侑磨と二人っきりになるの初めてだね。」
「そうだな。三人でいる事が多いし。」
「麗泉ちゃんとはよく二人っきりになるけどね。」
「・・・・気のせいだ。」
互いの肩がぶつかるかどうかの微妙な距離感。
舞風の鞄を持っていない方の指先が侑磨の右手に触れようとしては躊躇、それを何度も繰り返す。
チラリと舞風の瞳は侑磨の切り傷がある右眉毛を盗み見。
「何か俺に言いたい事でもあるのか?」
「え?ううん、何でもないよ。(今はこれでいい、かな。)」
被りを振る。
隣を歩ける喜びを噛み締めながら。
「オイ、テメェら。」
高等部棟の玄関口で待ち構えていた佐渡村煉修のせいで今までの幸福感は全て消え去ってしまった。
「オイ、ナメているのか!テメェら。」
「おはようございます佐渡村君。何か用かしら?」
相手を苛立たせない様に丁寧語で対応。
だがそれは失敗に終わる。
「バカにしているのか!!」
彼が声を荒げているのは相手を萎縮させる為。
「聞いたぞ。テメエら、UNACOMの捜査に協力して引ったくり犯を捕まえたらしいな。何でテメェらがUNACOMから協力が要請されたんだ!」
ふざけるなよ!と吐き散らす煉修の態度に呆れる舞風。
「そんなの知りませんよ。私達はNo.1から話を伺ったのです。文句があるのならあの人に言ってください。」
舞風が丁寧語で淡々と話すのは苛立ちを隠す為。
相手のペースに流されないように平然とした態度で対応する。
「それに私達は引ったくり犯を捕まえる為にUNACOMを手伝ったのではありません。アレは偶然ですよ。」
「ウルセェだよ。」
ガンを飛ばす言葉を吐き散らす練修。
「どうせ、そのカラダでNo.1に迫り優遇してもらったのだろう。エロいカラダを持っているオンナは本当に得だよな。」
この場に妹が居なくて本当に良かった、と思う。
もしいれば問答無用で煉修に殴りかかっていただろう。
「ハイハイ、勝手にそう思っていて下さい。行こう侑磨君。」
何を言っても無駄だと判断。
相手にすることなく、侑磨を連れ立って立ち去ろうとする舞風。
その態度が煉修をさらに苛立たせる。
舞風の背中に向かって侮辱の言葉を吐き続ける。
「そこの冴えない男もそうなんだろう。そのカラダを使って言いなりにして、ナンバーズに加えさせて地盤固めかよ。本当に恐ろしいオンナだよな。」
登校中の他生徒達にも聞こえる大袈裟な振る舞い。
屈辱を与える打算であるが、舞風には通用せず。
腹立たしさと軽蔑を胸の内を仕舞い、振り返る事もせず。
平然とした態度を繕って校舎の中へと向かう。
「えっ?」
だがそれを遮る者が。
侑磨である。
「羨ましいのだろう、お前。」
「ちょっと、侑磨君?!」
舞風の腰に腕を回し抱き寄せる。
互いの顔は至近距離。
予想し得なかったこの出来事に今まで繕っていた平然とした態度は崩れ落ち、赤面。
力強くて熱い抱擁を周囲に見せつける。
「舞風に相手させなくて悔しいだけ。だからわざわざ絡みに来ているのだろう。でも残念だったな。舞風はお前には一切興味がないぞ。」
「あん。」
抱きしめる侑磨の掌が胸に触れた事で感じた声が出てしまい、さらに赤面。
「金を積まれても抱かれたくないってな。」
「キサマまで、オレをバカにしやがって。」
先程まで煽っていた立場から一瞬で蹴落とされた煉修。
元々短気で煽られ弱い彼は完全に侑磨の流れに乗せられる。
「吹き飛ばしてやる。」
「ナンバーズ同士の決闘はNo.1から禁じられているはずだ。それを破るのか?」
「関係ねえ!No.1なんぞオレのーーー。」
「敵ではない、と言いたいのかね?」
「っ!!」
たったこの一言だけだった。
この場にいる全ての人が委縮し、恐れ退ける。
高校生に似つかわしくない風貌と風格。
開いているのか分からない程の糸目から放たれる眼光に粋がっていた煉修は2歩後退る。
「な、なんでアンタがここに・・・。」
菊元宗近はお抱え運転手による自家用車登校。
学生が多く通る正門ではなく、車が出入りする南門からいつも登校しており、それは殆どの者が知っている事。
「正門前で騒ぎを起こしている生徒がいる、という連絡が入ったのでな。こうして様子を見に来たのだがね。」
そう言い終えた宗近の視線は一瞬、侑磨へ。
実は宗近を呼んだのは侑磨。
煉修が舞風に絡んでいる隙にメールを送っていたのである。
「話を聞いていたがNo.10よ。君は勘違いしている。先日No.6達に頼んだUNACOMからの要請だが、俺は君へ話を持ち掛けた。彼女達よりも先にね。だが君は「下らない」の一言で一蹴したではないか。」
穏やかな口調と文言だが、言葉一つ一つに圧があり、それに飲み込まれた煉修は何も言い返せない。
呼吸する事さえ忘れている。
「それに忍久保侑磨をナンバーズに加えた事と冠木舞風を次期No.1に任命したのは俺の独断。誰かの指図を受けたものではない。君は俺が色仕掛けに乗せられる愚かな人間だと、そう思っているのかね。」
「っ!そ、それは・・・・。」
「とは言え、他の者の意見を聞かずに勝手に進めた事に対しての不満が出るのは当たり前の事だ。さてNo.10、是非とも君の不満を俺に聞かせてもらおうか。」
「い、いや、オレは・・・。」
「遠慮することはない。ああ、ここでは話しにくいか。ならば円卓の間でじっくり話し合おうではないか。」
「ま、待ってくれ!オレは!!」
拒否する煉修の襟を鷲掴み、連行する宗近。
彼の姿が完全に消え去った事で重苦しい空気はいつもの賑わう学園へと戻る。
ふう~~。と大きく息を落とす舞風。
彼女も宗近の圧に飲み込まれた一人。
気が付かないうちに緊迫で汗を流していた事に気付く。
そして、自分が侑磨に抱かれ続けている事にも。
「行ったか。」
そんな中、唯一冷静で落ち着いていた侑磨。
「侑磨君、いつまでこうしているつもり?」
「ああ、ごめん。」
慌てて離れる侑磨の行動に少し不満。
「(私は全然構わないのになぁ。)そんなに慌てて離れるなんて、ちょっとショック。」
拗ねた口調なのは彼から感じた温かみと安心感が消え去ったことが不満で意地悪したかったから。
「なのでやり直しを要求します。」
「えっ?」
両手を広げ、待ち構える。
視線を左右に何度も揺らし戸惑いを見せる侑磨。
だが頑とした舞風の態度に根負け。
やれやれと頭を掻きながら近づき、両腕を舞風の細い腰へと腕を回し、抱きしめ―――ようとした時、
「な、何しているのよ侑磨!」
「げっ、麗!?」
玄関口で驚愕する麗泉の姿に、硬直する侑磨。
No1の圧にも屈しなかった侑磨であるが、麗泉の怒りのオーラには恐怖、顔が真っ青になる。
「お、おお、お姉ちゃんに何をしようとしているのよ!」
一末のショックからすぐさま怒りが沸き上がる麗泉の右手には鉄よりも硬い水の塊が。
「いや、ちょっと待って麗。これは深い事情が。」
「問答無用!」
「ちょっと麗泉ちゃん。これには訳が――――。あ~あ、残念。ごめんね侑磨君。」
舌をちょろっと出す舞風のお茶目な愛くるしい謝罪は侑磨の悲鳴と妹の怒号にかき消されてしまった。




