5限目 体育
「それでは二人組になってストレッチをするよ。」
快晴の下で行われる体育の時間。
33歳女性(既婚者)体育教諭の号令に自然な流れで二人組冠木姉妹。
体育はクラス合同で行われる為、別クラスの二人が一緒に受けることが出来る数少ない授業だ。
ストレッチをする女子達の近くでは長距離走を行っているのは同学年の男子達。
「おい見ろよアレ。」
辛い長距離を走る男子達の視線の注目先はもちろん冠木姉妹。
「すげえ、姉の胸。」
妹に両手首を掴まれて背中に乗せられた時にプルンと揺れる、たわわに育った胸。
それを見た男子達の歩幅は極端に狭まる。
長くその光景を見たい願望がそうさせた。
「やっぱデカいよな。雑誌で見るグラビアアイドルよりもデカくないか?」
「何カップあるんだろ。おっ今度は妹の方だ。」
髪型と胸の大きさで姉妹を見分ける男子陣。
「姉と比べると小さいな。」
「でもデカい方じゃないか。」
「妹の方はモデル体型だよな。」
「わかる。曲線美で凛々しいよな。特に背中のラインが。」
「マニアックだな~~お前・・・。」
再び交代。
話し続ける男子陣は舞風と麗泉に釘付け。
「マジでスゲぇよな。あ~~あんな彼女が欲しい。」
「それは遠回しで付き合いたい、て言っているのか?」
「彼女だったらマジで嬉しくないか!あの身体を好き勝手できるのだぞ!」
「はいはい、妄想乙。」
「俺、中等部の頃から二人を知っているけど、人付き合った事がないらしいぜ。」
「ああ、結構告白した奴がいるらしいな。卒業した先輩とかが。全敗、て聞いた。」
「理想が高いんだろうな~。」
「まぁ分かるぜ。そんなにスタイルが良くて美人だもんな。」
「胸だけじゃなくて腰のクビレや尻もいいしな。」
「オマエ視線が――――やべっ!」
ふと二人の視線がこっちを向いた気がして慌てて速度を速める男子陣。
「・・・バレてないみたいだな。」
何事もなくストレッチを続ける二人にほっと胸を撫で下ろす。
「真面目に走るか・・・。」
「気付いていない、て思っているみたいだけど、最初からバレバレよ。」
男子陣の視線にはとっくに気付いていた二人。
走り去る背中を軽蔑な視線を向ける舞風の隣で麗泉の表情は少し曇り空。
「本当に困った人達。好きでもない人にじろじろと厭らしい視線を向けられるのは困るわ。ね、麗泉ちゃん。」
「・・・・・・。」
「麗泉ちゃん。」
二度呼ばれたことで我に返る麗泉。
ストレッチ中も上の空。
周囲はその事に気付いていないが、双子の姉だけが気付いていた。
その理由も。
「侑磨君の事を探しているのでしょう。」
図星。
言葉に詰まる麗泉。
「朝から気まずい雰囲気だったね。侑磨君はずっと無言だし、麗泉ちゃんは何か言いたげそうで言えないもどかしい態度を見せていたし。」
「うっ。」
本当の事なので何も言い返せない。
「侑磨君の姿が見当たらなくて、心配になっているのよね麗泉ちゃん。」
口が開かれるが言葉が出ない。
いつもなら「茶化さないでよ。」と言えるのに・・・。
心がモヤモヤして落ち着かない。
「心配なら探して来たら?」
「えっ?」
ストレッチが終わり女子は今からテニスコートへと移動中。
「今なら上手く抜け出せるよ。先生には私が上手くいっておくから。ね。」
姉が見せたウインク。
「ごめんお姉ちゃん。お願い。」
「気を付けてね。」
麗泉は授業を抜け出した。
(今日の気候と湿度、風の向きから・・・今日侑磨がいる場所は・・・。)
麗泉が向かったのは高等部専用の室内プールがある建物の裏。
まだプール開きが行われておらず、放課後水泳部が利用する以外は滅多に人が通らない静かな場所。
日差しが少し差し込む芝生の上に寝転ぶ侑磨を発見。
目を瞑っているようだが寝ている様子は見受けられない。
その証拠にゆっくり近づく麗泉の存在にすぐさま気付いた。
「授業を抜け出したことを怒りに来たのかい麗ちゃん。」
おどけた口調だが声は少々固い。
麗泉に対して少し遠慮がある物言いだ。
「生徒会として示しがつかない、と注意しに来たのか?(溜息)仕方がない、戻るとするか。」
「無理しないでいいわよ。」
起き上がろうとする侑磨の行動を声で制する。
「まだ身体が辛いのでしょう。寝てていいわ。」
麗泉の発言に驚く侑磨。
彼女が言ったことは本当で周囲に隠し通している、と思っていたからだ。
「気付いていたのか?シルフィにも気づかれていないのに。」
「他の人達は知らないけど私達の眼は誤魔化せないわよ。」
「そうか・・・。」
再び地面に根付く侑磨の隣にゆっくりと腰を降ろす。
侑磨はまたしても驚くがそれも一瞬、目を瞑る。
張り詰めていた気が抜けていくのが分かる。
「授業をサボってもいいのか副会長さん。」
「私にだって人目を忍んでゆっくりしたい時があるのよ。悪い?」
言った後でどうして口調が荒くなるのだろうか、と後悔。
空を見上げる。
大きな入道雲がゆっくりと空を泳いでいる。
「ねえ、侑磨。」
隣で眼を瞑る侑磨の顔を見て話しかける。
「聞いていい?」
「何を?」
「侑磨のインスピレティアの事。」
「話す事なんて一つもない。」
触れられたくない内容なのだろう、不貞腐れた口調での拒絶。
でも麗泉は辞めない。
ここで終われば、次へ進めない。
侑磨との繋がりが途切れると思ったから。
他人の敷地に土足で入る。
許される行為ではないかも知れないがそれでも止まれなかった。
「私達先進者の力は心にーー脳に深く印象付いた事柄が具現化されたもの、とされている。私が水、お姉ちゃんが風を操れるのもその為。」
冠木姉妹は明光寺学園に進学するまでは祖父母が住む自然に囲まれた村で生活していた。
木々を優しく揺らす心地よい風と清らかで澄んだ水。
それを常に肌で感じ取り、心許したからこそ二人がそれぞれ『風』と『水』を操る力に目覚めたのは至極当然の事だった。
「侑磨のアレを見た時、凄く怖かった。恐ろしかった。殺されると思った。」
「そんな奴が今隣にいるのだぞ。このまま襲ってーーースイマセン。」
怒り筋が入った水の拳を見て即座に謝る侑磨。
「心にも無い事言わないで。一番苦しんでいるのは侑磨でしょ。侑磨のインスピリティア、あれって先進者を恨んでいるから、憎んでいるからあんな力が備わっているのよね。円卓の間で言っていた通り。だから相手の力を失わせる事ができる。そしてその力に侑磨自身も苦しんでいる。そうでしょう。」
侑磨の心が軋むのは麗泉の言う通りだから。
望まぬ力に翻弄され続ける人生。
悪魔の捕食者は自身で制御する事が出来ず、今まで多くの被害を出してきた。
誰もが侑磨の力に恐怖し、恐れる。
危険な存在だとして処分するべきだと訴え続ける者さえいる。
それでも今も尚、生きていられるのはUNCOMにとって利用価値があるからに他ならない。
監獄の檻を閉じ込められいつ処分されるか分からない不安な日々。
自身の力が知られるとすぐさま記憶を抹消される。
故、親しい友人などできるはずもない。
でもそれは仕方がない事だと割り切っていた。
侑磨自身が一番、悪魔の捕食者を恐れているから。
だからこそ麗泉から「苦しんでいる」と言われた時、驚いた。
怖がる者は多くいたが侑磨の身を案じた発言をした者は今まで誰もいなかったからだ。
UNCOM本部では道具としか見られておらず、誰一人侑磨の苦しみを知ろうとしなかった。
侑磨自身でさえそれから眼を背けていたのに。
(駄目だ、やっぱりーー。)
「侑磨は私達の前から消えるつもりだったでしょう、黙って。何も言わずに。」
考えを言い当てられる。
日本から出る、もしくは二人の記憶を抹消してくれと頼むつもりで無理を押して学園に来ていた。
だがタイミングが悪くシルフィアには会えず。
この場所にいるのもここからなら彼女の研究室の窓が見えるから。
「何で分かった?」
「態度でバレバレ。素っ気ないし、無愛想で他人行儀だったわ。」
「普通通りに接しているつもりだったのにな。」
寝転んだまま背伸び。
そして反動をつけて素早く起き上がる侑磨。
「なら分かっただろう。俺がどれだけ危険か。本来なら学園に通う事さえ許されない。また麗泉に襲う事だってある。」
背を向ける。
もうこの話は終わり、だと。
「だからもう俺の事は放っておいてくれ。忘れてくれ。」
痛む身体を動かし、歩み始める。
全てを捨てる為に。
だが麗泉はそれを許さなかった。
「今度は負けない。」
「え?」
侑磨の右手首を掴み、歩みを無理矢理止めさせる。
彼女の異なる色の瞳から頑固たる決意が見える。
「次は絶対に負けないから。だから、行かないで。侑磨がいなくなる方が辛いよ。」
目尻に涙を浮かべて強く見つめる麗泉に驚き、戸惑う。
彼女からこんな強い意志を向けられるとは露にも思わなかったのだ。
思考が止まる脳の片隅で「女の涙を拭うのが男の仕事だ!」と脳内に亡き父親の檄が飛ぶ。
麗泉の肩に左手を優しく添える。
「ごめん。」
「謝罪はもう昨日聞いた。違うでしょう。」
「ああ、そうだな。・・・ありがとう麗。俺の為に泣いてくれて。」
久しぶりに心の底から本当の言葉が言えたような気がした。




