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バケモノ

 連続暴行犯、高松聡は気弱で臆病な人間であった。

 姉4人の末っ子長男。

 父親が早くに他界したこともあり、家族の中で男子は自分一人。

 母親と姉4人は気が強く勝気な性格だった事もあり、幼少期から虐げられていた。

 その影響で人前ではオドオドした態度、中でも女子の前では緊張して何も喋れない性格へとなってしまった。

 中学の頃に先進者として覚醒。が、出来る事は掌サイズのカマキリを召喚する程度。

 明光寺学園へ入学するがインスピレティアの成長は見られず、劣等生として学園を過ごし、そのまま卒業。

 ごく普通の中小企業に就職するも臆病な性格が災いして、役立たず社員のレッテルを貼られ、人目を避ける生活を続けていた。

 そんな彼に転機が訪れたのは数か月前。

 彼の内気な態度と行動に苛立ちを感じていた女上司が彼を罠に嵌めて会社をクビにしたその夜。

 腹立たしいが何も言い返せず、人気のない夜道を途方に暮れていた時の事だ。

「恵まれない者よ。これを使ってはどうかね?」

 黒いフードを被った得体の知れない人物から携帯ゲーム機を無理矢理渡されたのだ。

 その瞬間、今まで心の奥底に押さえつけていた感情が爆発。

 今まで手のひらサイズのカマキリしか召喚できなかったのが携帯ゲーム機にインスピレティアを通す事で自分の背丈よりも大きく狂暴なカマキリの化け物を召喚できるようになった。

 最初の被害者は自分を罠に嵌めた女上司。

「や、やめて。お願い・・・。た、助けて・・・。」

 今まで威圧的で見下す態度しか見せなかったあの女上司が恐怖で引き攣った表情で許しを懇願するその様を目の当たりにして興奮が収まらなかった。

 だから、次々と女性を狙った。

 仕事が出来て偉そうにしていそうな女性を。

 先進者だと自慢する女子生徒を。

 自分はモテる、と他人を鼻で笑う女性を。

 皆、恐怖で青ざめ、泣き叫ぶ女性を見る度に性的欲求が滾り、荒ぶる自分の衝動を抑えきれなかった。

 

「くそ、くそ、くそ!」

 森の中を懸命に逃げる高松聡。

「捕まってたまるか。まだだ。まだ俺は満足していない。」

 終わりが尽きない欲求を満たす為に今は逃げる。

「とにかく今は身を隠そう。時期を見てまた襲ってやる。」

 彼の脳内に浮かぶのは打ち負かされたあの冠木姉妹。

「許さない。絶対に許さない。次は、次こそは泣かしてやる。恐怖で染めてやる。」

 走っている息を荒さと興奮が入り混じった呼吸音が何度も漏れる。

「力が戻ったら絶対に・・・。絶対にあの二人を犯してやる!」

 突然、高松聡の足が急に止まる。

 前方に異様な気配を察知したからだ。

(獣か?マズイ。これ以上召喚するのは・・・・。)

 蟷螂(とうろう)を召喚できるのは1日に28体が限界。

 それ以上は精神の限界で意識を失ってしまうのだ。

「もう既に20体は召喚している。だけど・・・ひっ。」

 どこかで体を休めたい、と焦る気持ちを嘲笑うかのように前方の闇影から姿の見せたのは悍ましい漆黒の闇を纏った一体の虎らしき顔を持つ二足歩行のバケモノ。

 頭部から伸びる二本の長くて細い髪は地面に引き摺られ蠢く。

 ギラギラと輝く黄色の眼に赤色の瞳。

 発達した鋭い犬歯と足と手にある爪は月の光を受け、鋭く光る。

「な、何だ?コイツは何だよ?」

 得体の知れないバケモノと遭遇し、恐怖で腰を抜かす高松聡。

 震える手で携帯ゲーム機を操作、蟷螂(とうろう)を呼び出す。

「殺せ!アレを殺せ!」

 命を受け、襲い掛かる蟷螂(とうろう)

 鎌を振り翳し切り裂く。

 が、届かなかった。

「ぎゃああああああああ!」

 悲鳴を出す高松聡。

 黒き虎らしき生物は蟷螂(とうろう)の腕を掴み攻撃を防ぎ、反撃。

 首付近に咬みついたのだ。

 引き千切られた痛みが高松聡に襲い掛かる。

「な、なんでだ?なんで俺に痛みが。こんなこと今まで一度もなかったのに・・・。」

 恐怖の汗に飲まれる高松聡。

 事切れた蟷螂(とうろう)の死体を投げ捨て睨み付ける黒き虎らしきバケモノ。

 身の危険を感じた高松聡は何振り構わず。

 出せるだけの蟷螂(とうろう)を召喚。

 集団で襲い掛かる。

 だが、通用はしなかった。

 二本の細い髪を鞭のようにしならせて敵を蹴散らし、禍々しい爪で突き刺し、牙に向けて嚙み千切る。

 それはもはや戦いではない。

 相手を倒すのではなく、貪り喰らう血に飢えた獣そのもの。

 無残にも食い散らかさせてゆく蟷螂(とうろう)達に高松聡は恐怖。

 今まで自分が与えていた恐怖を今、自分が受けているのだ。

「く、来るな!来るな~~~~~~~~!」

 全ての蟷螂(とうろう)は死に絶え、泣き叫ぶ高松聡。

 助けを求める。

「だ、誰か助けてくれ!!!助けてくれ!!!!!」

 何度も助けを呼ぶ。

 だが誰も彼に救いの手が伸べない。

 彼の叫びが誰にも届いていない訳ではない。

 現にその声は冠木姉妹にはちゃんと届いていた。

(お姉ちゃん。)

(駄目よ、息を殺して。身を潜めて。)

 互いの口を塞ぎ、身を寄せ合う冠木姉妹。

 彼女達も黒き虎らしきバケモノに恐怖していた。

 アレは手に負えない相手ではない。

 戦ってはいけない。

 直感がそう警告していたのだ。

「ぐっ。あ・・・・あ・・あ・・・・。」

 腰を抜かす高松聡へ近づく黒き虎らしきバケモノ。

 首を掴み、そのまま宙吊りに。

 空中で足をばたつかせ苦しみもがく高松聡。

「GYAAAAAAAA!!!!」

 高松聡の顔面に至近距離で吠える黒き虎らしきバケモノ。

 すると高松聡の口からも透明の靄らしきモノが顔を覗かせる。

(何あれ?)

 状況を把握できない冠木姉妹。

 ただ今から起こる事は決して良くない事だというのはわかっていた。

 黒き虎らしき生物は口を大きく開き、そして。

ぐしゃ!!

 靄を嚙み切った音。

 その音は冠木姉妹の耳へ鮮明に届き、思わず強く目を閉じる。

 数秒後、恐る恐る目を開けると黒き虎らしきバケモノが地面に転がる蟷螂(とうろう)の死体を貪っていた。

 高松聡は生気を失い、屍となり地面に転がる。

 恐怖に固まる眼が二人の視線と合う。

 背筋が凍る。

「・・・・。」

「・・・・・。」

 無言で頷き、ゆっくりと立ち上がる二人。

 今のうちにこの場から立ち去る判断だ。

 音を立てないよう細心の注意を払い、恐る恐る後退する二人。

「GUUU!」

((っ!))

 突然、後ろを振り返り、二人が隠れている草むらを睨む黒き虎らしきバケモノ。

 中腰のまま、その場で固まる二人。

 草陰で通して視線が交わる。

「GUUUUUUU・・・・・・・。」

((・・・・・・・・。))

 数秒。

 だが冠木姉妹には数時間経過したように感じた。

 立ち上がった黒き虎らしき生物は屍となった高松聡を引きずり、夜の闇の中へと消えていった。

「「・・・・・・・・・・・・・はぁ~~~~。」」

 姿が完全に見えなくなって数十秒後、自然と安堵の息が零れる二人。

「怖かった・・・・。」

「あんな化け物、対峙したくもないわ。」

 迫る恐怖から解放され、足の力が抜けた。

「お姉ちゃん。」

「ええ、一刻も早くここから立ち去りましょう。」

 手を取り合い、立ち上がる二人。

「GYAAAAAAAA!」

「「きゃあああああああああああああああああ!!!!」」

 突如目の前に現れた黒き虎らしきバケモノ。

 ソレは冠木姉妹の存在に気付いていた。

 去ったと思わせて相手を油断させ、背後から襲いかかってきたのだ。

 不意をついての爪により切り裂き。

 間一髪躱せれたのは運と日頃から鍛えていた賜物であった。

「この!」

 襲い掛かる細い髪を水の剣で払う麗泉。

 その隙に複数の風の刃を飛ばす舞風。

「ッ!」

 驚異の跳躍力で躱し、舞風へ襲い掛かる。

 転がるように避ける舞風に黒き虎らしきバケモノは追撃。着地した勢いを殺さず、方向転換。

 牙を向ける。

「くっ!」

 自身を目として竜巻を発生させる舞風。

 牙と爪が食い込まれそうになるが辛うじて攻撃を防ぎ、弾くことに成功した。

「動きが動物そのもの。本能だけで戦っている感じね。」

「おまけに体術に自信があるみたい。動きが俊敏。」

 額の汗を拭う冠木姉妹。

 彼女達の考えは一致していた。

 どのようにして倒すのではなく、如何にしてこの場から逃げ延びられるか、を。

 コクン。

 目配せして頷き合う。

 その時間わずか1秒。

 作戦が決まり、一斉に行動に移す二人。

「これはどう?」

 幾つもの荒ぶる風をぶつける舞風。

 黒き虎らしきバケモノは両腕を大きく振るい弾く。

 だがこれは陽動。

 背後へと回った麗泉の両手には大量の水玉。

 それを叩きつけるように投げつける。

 躱す隙がなかったのかそれとも避ける程でないと高を括ったのかわからないが、吠えながら爪を前へ突き出す黒き虎らしき生物。

 鋭い爪が水玉に当たった瞬間に爆発。

 霧が発生。黒き虎らしきバケモノを覆い、視界を遮る。

 大きく息を吸い、咆哮を鳴らしたのは霧を吹き飛ばす為。

 視界を奪い、その隙に逃げる算段だと考えたのだ。

 しかし、黒き虎らしきバケモノの考えはハズレ。

 視界を奪ったのは力を溜める時間が欲しかったから。

 視界が開けた先に見えたのは頬を寄せ、組んだ手を前に突き出す冠木姉妹。

 水で造られた螺旋状の槍は風の力を受け、高速回転。

「「スパイタル・ドライブ!」」

 弾丸のように撃ち放たれた螺旋状の槍。

 高音速で放たれたそれを正面から受け止める黒き虎らしきバケモノ。

 しかし勢いを殺すことは出来ず、遥か後方へと吹き飛ばされた。

「よし。」と頷き合う冠木姉妹は即座に背を向け走り出す。

 相手の息の根が止まった確認する事はしない。

 倒せたとは微塵も思っていないのだ。

 気を失う、もしくは大怪我を負って後を追えないようになってくれれば十分。

 とにかく安全な所まで逃げれば。

 だが、その淡い期待を打ち砕くように二本の細い髪が舞風を襲う。

「きゃああ!」

 一つが舞風の右腕に絡み、足を止めさせた僅かな一瞬をもう一つが薙ぎ払う。

「お姉ちゃん!」

 大木に背中からぶつかる舞風。

 受身を取ったので全身への痛みは少ない。

 だが、細い髪は素早く身体に絡み纏わり大木へと磔に。

「ああ・・・。」

 締め付けの痛みに声が漏れる姉を助けようとする麗泉。

 しかしそれは叶わない。

 何故なら黒き虎らしきバケモノが襲い掛かってきたから。

 猛スピードで飛び掛かってきたそれに対応できず、地面に倒された麗泉。

 馬乗りになる黒き虎らしきバケモノの咆哮に委縮。

「いや、放して‥‥。」

 押さえつけられた両手に爪が食い込む。

「GUUUU!」

 喉を鳴らし、舌が麗泉の頬を舐める。

 その感触に寒気が走り、恐怖で表情が引き攣ったのを合図に牙が襲い掛かる。

「いやああああああああああ!」

 麗泉の悲鳴が夜空に響く。

 動きを封じられた舞風は「やめてええええええ!」と叫ぶ。

 愛しの妹が目の前で屈辱に襲われているのだ。

 衣服を引き千切られ、素肌を晒されているその状況を傍観することした出来ない自分の無力さに心が張り裂ける。

「いや、やめて・・・。お願い!」

 必死に抵抗をするが、力の差は歴然。

 誕生日で着飾った洋服は無残な姿へと果て変わり、下着は嚙み千切られる。

 淡紅色のペンダントだけが残り上半身を守る物は全て失い、屈辱と恐怖で涙が溢れる。

(こ、殺される・・・。)

 性的興奮をみせつけるバケモノにそう察した麗泉。

 抵抗の力が弱まったのを見計らい、黒き虎らしき生物の両手は麗泉の細く美しい首へと移動。

「ア・・・あ・・・・アア・・・・。」

 首に力が籠められ、苦しむ麗泉。

 足をばたつかせ、締める手に爪を立てて抵抗するが力は緩まない。反対に力が増す。

「や、やめて・・・・。妹を!妹を殺さないで!!!」 

 苦しむ妹を助けようと暴れる舞風。

 だが動けば動くほど身体に絡み付く髪の力が籠る。

 舞風の全身から軋む音。

 だが、舞風は自分の身体の痛みよりも妹の失う事の方が怖かった。

「お・・・ねえ、ちゃん・・・・・・。」

 霞む視界。

 意識も朦朧とし、苦しみの徐々に感じなくなった。

 姉のいる方へ手を震えながら伸ばす。

「嫌よ、イヤイヤイヤ。私から妹を奪わないで!殺さないで!」

 痛みを堪えながら、大粒の涙を零しながら殺されようとしている妹の名前を叫んだ。

「麗泉~~~~~~~~!!!」

「レ・・・イ・・・ミ。」

 黒き虎らしきバケモノの動きが止まる。

 首を絞める手が離され、九死の一生を得た麗泉。

 何度も咳き込み、酸素を取り入れる。

「何が、起こったの?」

 困惑する麗泉。

 次の瞬間、

「GYAAAAAAAA!!!!!!」

 天に向かって甲高く吠え始めた黒き虎らしきバケモノ。

 その声の大きさと迫力に身を竦める。

 しかし先程までの恐怖感は一切ない。感じたのは苦しみだけだった。

「麗泉ちゃん!」

「お姉ちゃん!」

 麗泉へと駆け寄る舞風。

 彼女も拘束していた髪から解放されていたのだ。

「何をあったの?」

「わからない。ただいきなり私の名前を呼んだ後、苦しみ始めて・・・。」

 何度も何度も叫び続ける黒き虎らしきバケモノ。

 この声は苦痛で痛々しい。

 爪を自身の身体に突き立て引っ掻く。

 まるで自身の全身に纏わる黒い闇を引き千切るかのように。

 苦しみ暴れるその様子を冠木姉妹は互いの身体を抱き合いながら見守る。

 本来であればこの隙に逃げ出すべきだ。

 だが、逃げ出さない。

 恐怖で足が竦んだ訳ではない。

 この結末を見届けなければならない、と二人の直感がそう訴えていたのだ。

 黒い闇を脱ぎ捨てようとする黒き虎らしきバケモノ。

 何度も頭を振り回し、身体を木にぶつけもがく。

 そして叫び枯れた声をもう一度天に向けて高々と吠え終えた刹那、全身の闇が霧となって散乱、夜の静けさを取り戻した。

「「・・・・・・。」」

 冠木姉妹は目を見開き驚く。

 自分達が目にした光景が信じられなかったからだ。

 消え散ったバケモノの中から一人の少年が出来てきたのだ。

 気を失っているようで地面に倒れこんだその少年に恐る恐る近づく二人。

 信じたくなかった。

 嘘であってほしい、と願いながら。

 だがそれは届かなかった。

「噓・・・・。」

 と零れる姉の声が耳を素通り。

「なんでよ・・・・。なんでなのよ・・・・。」

 麗泉の小声がその場に反響する。

 目の前で倒れるその少年は二人がよく知る人物。

 信じたくない現実を、彼の名を口にする。

「何で、アンタなのよ・・・・・侑磨。」


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