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誕生日デート

「舞風に麗泉や、誕生日おめでとう。」

 携帯の画面に映る祖父母からお祝いの言葉をもらう。

「「ありがとうおじいちゃん。」」

「ワシ達からの誕生日プレゼントは届いたかね?」

「うん、ペンダントありがとう。」

「大切にするね。」

「村で採れた石を加工して造った物だ。二人によく似合っておる。」



 本日6月1日は舞風と麗泉の誕生日。

 休日が重なった事もあり、二人はデートする事に。

 先程、祖父母から贈られた淡紅色のペンダントに似合う服を探しにショッピングモールへ。

 互いの服をコーデネイトしたり、ランチを楽しむなど休日を大いに満喫する。

「この後どうしようかお姉ちゃん。」

「そうね、お父さん達が予約してくれたお店までまだ時間はあるわね。」

 冠木姉妹の両親は現在、海外赴任中。

 今回の誕生日に戻ってくる事は叶わなかったが、二人の為にレストランを予約していた。

「荷物が嵩張るし、一旦戻りましょう。」

 二人はショッピングモールを出た。

「こんな事が許され続けていいのでしょうか!」

 スピーカー越しから聞こえる甲高い女性の声。

 ショッピングモールの直ぐ傍で行われている街頭演説だ。

 蛍光ピンクのチョッキを着た数名の大人達がショッピングモールへ訪れた人達に〈先進者達の優遇を許すな!〉と書かれたポスターを配る彼等達は『大和栄党』。

 先進者に敵対心を持つ政党だ。

 一定数の支持があり、少数ながらも議員の席を獲得している。

 宣伝カーの上に立ち、先進者の危険性と先進者特別特権の不当性(そんな特権は存在しないが)を盾に高らかに演説を行っている大和栄党。

 眼鏡をかけた女性が集まる市民に訴えを叫ぶ。

「年々増え続ける先進者の凶悪犯罪。その者達の横暴がどれだけ市民の生活に妨げになっている事か皆さんならご存じでしょう。しかし政府は自身の保身と先進者の眼の色しか考えておらず市民には我慢しろの一点張り。私達はもう耐えられない。今必要なのは先進者の優遇ではなく厳しい規制です。先進者の行動の規制を行わなければ私達の安寧な生活は守られません!」

「そうだ!そうだ!」

「行くよ麗泉ちゃん。」

 手を握られて我に帰る。

 お互いの手は若干震えていた。

 声が聞こえない距離まで無言で歩き続ける二人。

 強く握り合い、気を確かに持つ。

「大丈夫麗泉ちゃん?顔が真っ青よ。」

「大丈夫。お姉ちゃんも無理しないで。」

 心配し合うのは互いの心情が分かるから。

 双子である舞風と麗泉は言葉にしなくても互いの考えている事が分かる事がある。

 その為、言葉にせずともアイコンタクトで会話をすることもしばしば。

「侑磨君の言葉と重なった?」

 舞風が核心をつく。

「うん。あの街頭演説が侑磨の言葉と重なって聞こえた。」

 敵対心みたいな生易しい言葉じゃない。

 憎怒が込められた悍ましい言葉。

 あの時の侑磨が見せた怒りの表情が忘れられずにいた。

「侑磨君、あれから学校にも来ていないしね。心配よね。」

「うん・・・。」

 落ち込む麗泉の肩を優しく叩き、励ます舞風。

「来週には侑磨君が学校に来てくれるといいわね。」

 

 円卓の間での出来事から数日が経過。

 あの後、侑磨を追いかけるも見つけることが出来ず。

 そして次の日から学校を欠席している為、話せないままもどかしい時を過ごしていた。

 二人が買い物に出かけているのも気分転換する為でもあった。

 

 家に着き、荷物を下ろして一息。

 他愛もない話をしてディナーまでの時間を過ごす。

 再び出かける頃にはいつもの明るさを取り戻していた。

 二人が向かっているのは最近雑誌で取り上げられた洋食店で女性シェフが切り盛りする隠れた名店だ。

 冠木姉妹も何度か訪れた事があり、店主のシェフとは顔馴染みの間柄だ。

 お店は閑静な住宅街から少し離れた所に構えている。

 木々に囲まれた門構え。

 店の裏で育てられた新鮮で美味しい野菜を振る舞う事で有名なレストラン。

 自然を連想させた外装は田舎で育った冠木姉妹には懐かしさと親近感を抱く。

「楽しみだね。」

 ディナーの為におめかしをしてきた二人。

「ええ。梅川シェフのバースデーケーキはどんなのかしら?」

 笑顔で店に向かう二人。

 陽はほぼ沈み、夜が訪れようとしている時間帯。

 趣のあるドアノブを掴んで押すとクアンクアンとベルが鳴る。

「あれ?」

「おかしいわね。」

 室内は電灯が付いておらず薄暗く静か。

 通常ならシェフかスタッフが出迎えてくれるはずが誰も出てこない。

 開店時間は過ぎているにも拘らず、いくつかのテーブルにはクロスが敷かれておらず。中には途中で終わっている卓も。

「・・・・・。」

「・・・・・。」

 お互い目配せして麗泉は厨房、舞風はスタッフルームがある二階へとそれぞれ忍び足で向かう。

 二人は異常を察知した。


 木で拵えられた階段をゆっくり登る舞風。

 足音が鳴らないよう細心の注意を払いながら。

 2階のSTAFFROOMの看板が掛けられた木の扉に耳を澄ませる。

 中から僅かながら物音が聞こえる。

(誰かいるわね。)

 窓がないため、中の詳しい様子が確認できない。

 ゆっくりとドアノブに手を掛け、音をたてないように注意深く扉を少し開く。

 隙間から見えたのは猿ぐつわをされ、両手両足を縛られて捕えられている数名のスタッフ。

 彼女達しかいないことを確認して中へと侵入。

「大丈夫ですか?」

 涙を流し、猿ぐつわ越しから叫ぶスタッフ達に駆け寄る。

「今助けますから。」

 何度も首を振り叫ぶスタッフ達。

 彼女達は何かを訴えかけていた。

 そう彼女達は知っていた。

 この部屋に潜んでいたソレに。

 縛られているスタッフ達を助けようとしている舞風の背後から忍び寄るカマキリの化け物。

 鋭利な鎌を高々と振り上げ、背を向けている舞風へ勢いよく振り下ろした。


「・・・・・・。」

 吹抜になっている厨房を覗き見。

 作り途中の料理があるだけで人の影はない。

(誰もいない・・・。)

 厨房へと足を踏み入れると、奥から微かな物音が聞こえた。

 麗泉は厨房の奥にある倉庫へと足を進める。

 食材が取り置かれている倉庫。

 扉に耳を寄せて聞き耳。

 ガサガサガサガサ。

(中に何かがいる。)

 注意深く耳を澄ませる麗泉の背後からゆっくりと近づくカマキリの化け物。

 物音立てずに静かに振り上げられる鎌が狙う麗泉に振り下ろしたその時、

「っの!」

 水渦巻く手刀で鎌を払い、追撃の回し蹴り。

 頭部を蹴られ、ホールまで吹き飛ばされるカマキリの化け物。

 同時に二回から吹き飛ばされるもう一体。

「お姉ちゃん!」

「上にいるスタッフは無事。でもシェフがいないわ。」

 襲われる直前、突風で吹き飛ばし事なき得た舞風。

 階段最上段から飛び降りて一階ホールへ華麗な着地を決める。

「これは一体―――。」

 冠木姉妹は息を就く暇がなかった。

 何故なら、一体の奇声が呼び声となり、影から複数のカマキリの化け物が姿を現したから。

 敵意を剥き出しの相手に冠木姉妹は背を合わせ、構える。

「二階の人は?」

「私の風の結界で守られている。安心して。」

「じゃあ、遠慮なく!」

 瞬時に水の剣を生成。

 襲い来るカマキリの化け物と対峙する。

 テーブルや椅子を障害物のように利用して駆け回る麗泉。

 一対一の状況を作る事を意識して水の剣でカマキリの化け物の部位を切断、蹴りや拳を振るう。

 一方の舞風は動き回らずその場に自分の間合いを作り戦うスタイル。

 一体複数の状況でも風を用いて相手の攻撃を受け流して投げ飛ばす。もしくは関節技を用いて部位を破壊。時には風を刃にして飛ばし、切り裂くなど多様な戦い方を披露。

 飛び跳ねるように戦う麗泉。

 限られた空間を舞いように戦う舞風。

 洗練された動き。

 実は舞風は柔道、麗泉は空手の段位取得者。

 さらに幼少期には祖父母から古武術を習っており、その為素人相手ならインスピレティアに頼らなくても事を収める程の実力を持ち合わせているのである。

 十数体いたカマキリの化け物は二人によって瞬く間に倒されてゆく。

 その状況に焦りを感じたのであろう。

「動くな!」

 ホールに甲高い男の声が響く。

「これ以上動くとこの女が死ぬぞ!」

 奥の物陰から出てきたのは針金みたいに痩せている男性。

 ぼさぼさで手入れが行き届いていない髪と無精髭、そして目に出来たクマで正確な年齢が分からない男性の手に握られているのは携帯ゲーム機。

 その隣には一人の女性の首元に鎌の先を突きつけるカマキリの化け物。

 

 そう彼は高松聡。

 侑磨達に逮捕された連続暴行犯である。

 なぜ彼がここにいるのか?

 それは逃走したに他ならない。

 UNACOM日本支局の檻から犯罪先進者を収容する監獄への護送中、監視員の隙を突き、逃走。

 逃げ込んだ先が、このレストランだった。

 空腹を満たし、従業員とシェフに暴行を行っている最中、冠木姉妹が来店。

 身を隠して二人を捕え、同じように暴行を加えようと画策したのだ。

 

「梅川シェフ。」

 人質にされているのはこの店のオーナー兼シェフの梅川。

 仕事ができるキャリアウーマンの印象はそこにはなく、誇りのコック服はズタズタに引き裂かれ、利き腕には深い切り傷。

 指先から血が滴り落ちる。

 今まで惨たらしい仕打ちを受けてきたのだろう、髪はぐちゃぐちゃで涙と鼻水で化粧はボロボロ。

(お姉ちゃん。)

(麗泉。)

 一瞬のアイコンタクト後、麗泉の手に握られていた水の剣は液状となり地面に落ちる。

「わかったわ。降参よ。」

 両手を挙げて目を瞑る麗泉。

 舞風も自身の周囲に纏わせていた風の守りを解く。

「貴方の腕にある壊された手錠。この前捕まった連続暴行犯ね。」

「ああそうだ。警察のスキをついて逃げ出したのさ。」

 ククク、と喉を鳴らす高松聡。

「馬鹿な奴らだ。この手錠でインスピレティアが使えないって油断していたからな。俺のインスピレティア『蟷螂軍団(とうろうぐんだん)』はこの携帯ゲーム機に内蔵された力によって効力を発揮する。お陰で簡単に逃げ出せれたぜ。おっと動くな。」

 舞風が一歩足を動かしたことで声を荒げる。

「動くなよ。動けばこの女を殺す。」

 黒く濁った眼力は脅しではないと直感。

「何が望み?」

 自分の方へ行き死を向けさせる。

「それはお前達の恐怖で歪んだ顔だ。ムカつくんだよ。自分達は優秀だと鼻につく偉そうな顔をしやがって。女のクセに!ただのメス豚のクセに!」

 長年塵積もった感情を爆発させる。

「切り刻んでやる。オマエも隣の女も。上にいる女も全員。屈辱と恐怖を植え付けてやる。」

「そう。やれるものならやってみなさい。」

「余裕の顔をしてみるのも今のうちだぞ。」

 暴行犯が指を動かし、携帯ゲーム機を操作。

 背後にいたカマキリの化け物が舞風へゆっくり近づく。

「まずはお前からだ。服を切り裂き、その体に深い傷を刻んでやる。さぁ、どんな叫び声をあげてくれるんだ?ああ。」

 高松聡の意識は完全に舞風だけに向いていた。

 だからこそ気付かなかった。

 液体となった水が静かに地面を這いずり、梅川シェフを人質にするカマキリの化け物の足元まで迫っている事に。

(5・・・、4・・・。)

 心の中でカウントダウンを始める麗泉。

 それは姉である舞風に届いていた。

(3・・2・・1・・。)

「「0!」」

 次の瞬間、地面から水の刃が出現。

 梅川シェフを人質にするカマキリの化け物が真っ二つに。

「なっ!」

 高松聡は慌てて梅川シェフを取り戻そうとする。が、それよりも早く舞風が風の渦を梅川シェフに貼り付け、それを阻止する。

「くっそが!!!」

 怒りを剥き出し、新たなカマキリの化け物を召喚。

「待ちなさい!」

「麗泉ちゃん!」

 梅川シェフを保護した舞風はカマキリの化け物を盾に裏口から逃げる暴行犯とそれを追いかける麗泉の姿を目視。

「シェフ、大丈夫ですか?」

 コクコクと何度も頷く梅川シェフを早口で話す。

「すぐに警察に連絡してください。ここは私の風で暫く守られるようにしておきますから。スタッフの人達と一か所に集まって待機していてください。わかりましたね。」

 返事を聞く前に駆け出す舞風。

 彼女は犯人を追いかけた妹の方が心配だった。

 シェフの呼び止める声を無視して裏口から外へ。

 空は完全に夜へと様変わりしており、視界も宜しくない状況。

 それでも舞風は確信を持った足取りで地面を駆ける。

「麗泉ちゃん!」

「お姉ちゃん!」

 5分ほど走っただろうか。

 道の真ん中で立ち往生している妹を発見。

 両手を絡ませ合い無事を分かち合う。

「犯人は?」

「ごめん、見失った。」

 互いに視線を行き交う。

「あのカマキリみたいな奴に何度も足止めされて。」

「仕方がないわ。麗泉ちゃんが無事でよかった。」

 ほっと胸を撫で下ろす舞風。

 完全に見失ったのでレストランへ戻ろう、と視線で頷き合ったその時、

「ぎゃああああああああ!」

 悲鳴と空に飛び立つ野鳥の羽ばたきの音に硬直する冠木姉妹。

「この悲鳴は・・・。」

「この森の奥からよ。」

 頷き合い確かな足取りで森へと向かった。

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