円卓の間
「何を飲むかね忍久保侑磨よ。ここには全て揃っておる。遠慮せずNo.11に申しつけるがいい。」
円卓の間。
No.は1自分の席に腰掛け、来賓を歓迎。
しかし眼は笑っておらず無言で睨む侑磨を凝視。
「仕方がない。No.11よ。俺のお気に入りのコーヒーを人数分。No.5、No.6も席に着きなさい。」
No.1に促され、それぞれ席に。
「お待たせしました。」
「ブラジルから直接取り寄せている希少なコーヒー豆だ。口に合うといいのだが。」
それぞれの目の前に置かれたコーヒーカップ。
侑磨は冷ややかな目で角砂糖を一つ、二つ、三つ、四つ、五つ。
「おや、君は苦いのは苦手かな?これはブラックで飲むからこそ味がわかるのだが・・・。」
自慢のコーヒーの香りと味を紹介するがそのまま飲んだのはNo.1だけ。
普段ブラックを飲む冠木姉妹さえも砂糖やミルクを注ぎ足すほどの苦さであった。
「さて――。」
コーヒーを満喫してNo.1が話を切り出す。
「君は転入生だったな。ここがどのような場所か存じているかね。」
「円卓の間。選ばれし先進者のみだけが入る事を許される部屋。そしてこの者を称してナンバーズと呼ばれる。ナンバーズには教員よりも高い権限を有している。」
パチパチパチパチ。
「素晴らしい。」
No.1の賛辞にも表情に綻びをみせない侑磨。
「さて、賢い君ならわかっているだろう。俺が君をここに招いた理由を。」
侑磨が答えないのはその問いが分からないからではない。
舞風も麗泉も、No.1が言いたい事がわかっていた。
それでも答えないのは彼の思惑通りになりたくないから。
無言を貫く侑磨。
「仕方がない。俺の口から応えよう。」
No.1は大きくゆっくりと息を吐いた後、答を告げる。
「ナンバーズに加われ、忍久保侑磨。」
「断る。」と即答。
考える余地もなかった。
「ちょっと待ってください。」と口を挟んだのは舞風。
「何故優馬君をナンバーズに?彼は―――。」
「彼の力はナンバーズの脅威に当たる者ではない。君からの報告書はそう造られてあったね。」
「っ!」
「中々の出来だったよ。彼の事を知らなければその報告書の記載を信じてしまう程に、ね。」
「私達を誑かしたのですね。」
「意見の相違だ。君達に調べてもらったのは俺の知る忍久保侑磨と一致するか否かの確認に過ぎない。」
「俺の事を知っている?」
「一方的だがね。」
眉を顰める侑磨。
「自己紹介がまだだったな。俺の名は菊元宗近。」
「菊元グループの人間か!」
菊元グループは世界有数の大企業である。
元は戦国時代から続く武将であったが明治に金融業に鞍替え、戦後は不動産や飲食経営等に進出し、財を築いてきた。
先進者が世間に認知されると一早く先進者の雇用と人材育成に着手。
その功績は菊元グループが存在しなければ先進者への発展はなかったと言わしめる程だ。
現在はこの明光寺学園だけでなく世界各地にある全ての先進者育成学校や研究施設の第一スポンサーとして確固たる地位に君臨している。
「俺は君の保護者、シルフィア女史とは知り合いでね。この学園に赴任する前から。賢い君ならここまで言えば分かるだろう。」
シルフィアは先進者研究の第一人者。
若干27歳にして数多くの論文を世に発表、功績が認められている。
(どこまで知っている?)
侑磨は懸命に思考を巡らす。
勿論表情には出さず。
唯一、視線を冠木姉妹へ一瞬動かしただけ。
「故、俺は君の優秀さを熟知している。君から何者なのか、も。」
「断る。」
頑として最初の意思を貫く。
「俺はお前の操り人形になるつもりはない。」
「勘違いしてもらっては困る。俺の為ではない。この学園の為に力を貸してほしいのだ。」
「学園の為?」
「君も感じたはずだ。この学園のレベルの低さを。」
「どこも同じだと思うが。」
「俺は今の学園の状況に憂いでいる。崇高なるこの力を只々己の欲と野心だけに使い、弱き者を導くばかりか虐げているこの状況を。改革が必要なのだ。この現状を打開しなければこの学園に、いやこの世界に未来はない。」
「あんたの言う事は一理ある。昨今の問題、先進者の凶悪犯罪の増加にも通ずる事だろう。」
「やはり世界を見てきただけの事はある。先進者とは未来の行く末を担う者。導く崇高な存在であるべきなのだ。」
「その考え方がこの情勢を作り出していると考えないのか?」
「ほう。」
侑磨の反論に各張った目が鋭くなるNo.1。
「随分毒を含んだ言い方だな。まるで先進者を毛嫌いするかのような。」
「毛嫌い?そんな生易しいものではないさ。」
侑磨の声はそこまで大きくない。が、彼が発する言葉はとてつもなく重くその場にいる全員の心に深く印象付ける。
「嫌いだね俺は。先進者なんて。この世から滅んでほしいぐらい。こんな力なんて存在しなければいい。」
「成程。君が力を見せないのはそういう理由か。自分自身を認めてはいないのだな。」
「ああそうだ。俺は俺自身が嫌いだ。この力も。」
侑磨の声が残像として部屋に残る。
「力を貸してくれないのか?学園の為に。」
「微塵もないな。無理矢理通わされているこの学園に何故力を貸す必要がある。」
「なら言葉を変えよう。そこの冠木姉妹の為に力を貸してほしい。」
「私達のために?」
「そうだ、No.6―――いや、冠木舞風。」
ここで初めてNo.1の視線が侑磨から冠木姉妹へ。
「冠木舞風、君には俺の卒業後、No.1の席に就いてもらう。君に高校1年から生徒会長の職に任命したのはその為の予行だ。」
「わ、私が、No.1の席に・・・。」
眼を見開き、絶句する舞風。
「そして冠木麗泉。君は姉の補佐としてNo.2の席に。今後は君達がこの学園を導くのだ。」
「・・・・・。」
重圧から言葉を失う麗泉。
「だが、君達二人だけでは難しいであろう。それは重々承知だ。何せ下級生はただ暴れる事しかできない有象無象の衆ばかり。俺は頭を悩ましていた。だが、それを救うかのように忍久保侑磨、君がその学園に転入してきた。俺は大いに喜んだよ。」
「俺が舞風と麗泉を支えろ、と。」
「そうだ。君なら可能なはずだ。普段からシルフィア女史の手助けをし、荒事にも慣れている君なら、ね。」
(そこまで知っているのか・・・。そしてあのことは知らない。そういう事か。)
この学園に転入させられた理由がはっきりと分かった。
「ちょうどいい機会だ。冠木舞風、そして冠木麗泉よ。」
名前を呼ばれ、我に返る冠木姉妹。
「今後、君達には今まで俺が行っていた仕事を割り振る。俺がこの学園にいるのも後僅かだ。俺の後継者として色んな事を学んでもらうぞ。」
「ちょっと待て下さい。」
「どうした冠木麗泉?」
「いきなりそんな話を振られても、ちょっと困ります・・・。」
「困る?何故だ?No.2の地位だぞ。UNACOMへの就職を目指す君には千載一遇のチャンスだと思うのだがね。」
「で、ですけど・・・。」
困惑するのも無理もない。
話が先に進み過ぎで状況が呑み込めていないのだ。
そして二人は気付かなかった。
No.1が意味深な視線を侑磨へ向け、侑磨の眼がさらに鋭くなった事に。
「侑磨君?」
静かに席から立ち上がる侑磨。
「残念だが、俺には関係ない話だ。失礼する。」
形だけお辞儀して背を向けた侑磨にNo.1は一言。
「そうか。無理強いはできないな。」
やれやれ、と2度首を左右に振るNo.1。
だが、彼の表情には落胆の色は一切ない。
不敵な笑みを浮かべ、一枚のカードを切る。
「所でだ、君には中等部に妹当然の生徒がいるそうだね。確か名前は―――。」
No.1は莉緒の名を口にする事ができなかった。
何故なら侑磨が円卓に飛び乗り、襲い掛かったから。
角砂糖を掴む鉄製のトングを握りしめ、No.1の喉元に。
「っ!」
しかし侑磨の攻撃はNo.1には届かなかった。
喉元に刺さる寸前、苦無を手にした生徒が防いだから。
顔に頭巾を巻いているため、性別の区別すらできない。
「No.7すまないね。」
心の中で舌打ちをする侑磨。
「おっと、コーヒーが零れてしまったな。No.11よ、忍久保侑磨にお代わりを用意してあげなさい。」
「莉緒には手を出すな。」
「それは君次第だ。俺は無関係な者には手出しなどは一切しない。」
ぶつかりあう視線。
それを嫌ったのは侑磨。
トングを握りしめる手の力を緩め、円卓から降りる。
「侑磨・・・。」
麗泉が戸惑いながらも呼び止めるが足を止めない。
「お代わりをお持ちしました。」
扉に向かう途中、No.11とすれ違いざまトレイに乗っていたカップを掴み、一気飲み。
無言のまま円卓の間から退出。
「返事を聞けなかったか。ま、仕方がない。No.5にNo.6よ。彼から良き返事をもらえるよう働きかけてくれ。」
「お言葉ですが、No.1。」
右手を挙げ、意見を述べる舞風。
「私はそれなりにNo.1の貴方には敬意を持っていました。ですが―――。」
「それも今日までです!」
麗泉が両手で力強く円卓を叩いた事で卓上のコーヒーカップたちが飛び跳ねる。
「残念ですけど、私達は今回の件は侑磨の肩を持ちます。さようなら!」
怒りを叩きつけて走り去る麗泉と軽く一瞥し批難の睨みをぶつけ静かに立ち去る舞風。
激しく閉まる扉の音が完全に静まるのも見計らい、長く大きな溜息を漏らすNo.1。
「だから言ってのだ。俺には荷が重い。上に立つ人間ではない、と。」
誰も座っていないⅢの席に話しかけるNo.1。
「わかっているさ。これが俺の決められた運命、逃れることが出来ない運命だという事は。」
今まで威風堂々と何事も動じていなかったNo.1の表情が崩れる。
露になったのは苦悩、そして僅かな微笑み。
「何?今回は上手くいかなかったが大丈夫だ。上手くいく。忍久保侑磨とは分かり合えると確信を得ている。何故かって?それはこれさ。」
目の前のコーヒーカップを目の高さまで持ち上げる。
「この味が分かる者に悪い奴はいない。次はよき対話になるさ。」
誇らしげにコーヒーを啜るNo.1。
その表情は普段からでは想像ができない、幼い少年のようだった。
忍久保侑磨はかなりの甘党。
苦いのは苦手。
ブラックを飲んだ侑磨はその後、誰もいない雑木林で藻掻き苦しんでいたのは誰も知らない事実であった。




