忍久保侑磨の評価
「さぁ放課後、行くわよ―――。」
隣は空席。
視線を扉の方へ向けるとこそこそ逃げる侑磨の姿が。
「こら!何逃げているの!」
「うげっ。」
首根っこを掴まれて出てはいけない声が零れる。
「さあ行くわよ侑磨。」
「イヤだイヤだイヤだ。」
「我儘言わない。いい加減諦めなさい!」
生徒会へ連行される侑磨。
それを蚊帳の外で見守るクラスメイト達。
「おい、またやっているぞあの二人。」
「毎日毎日、本当に飽きないわね。」
「仲いいよな~~。」
日常と化したこの光景を見届けて各々放課後の準備を始めた。
結局、生徒会へ入会した侑磨。
意外にも彼は有能だった。
一見やる気がなく、いつも麗泉に捕まって生徒会室へ来るが、与えられた指示は卒なく熟し、アフターケアーも完璧。
シルフィアの言う通り、事務作業の手際がとても良く間違いがなくて綺麗に纏めるので舞風の負担は激減。
積もりに積もっていた書類の山が全て消えたのは侑磨の手柄といっても過言はなかった。
他にも学内パトロールでも侑磨の存在感は際立っていた。
勘が鋭く影に潜んでいた問題を見つける事に長けており、そのおかげで大事になる前に解決できた事案は幾多。
又、荒事にも順応。
格闘術に精通しているようで見事な立ち回りで相手を無力化、スマートに解決へと導く。
時折パトロール中に女子生徒に声をかけてはその度に麗泉から制裁を受けているがそれはご愛嬌。
ただ中等部の生徒にはとても紳士的。
それは男苦手のメリッサに対しての対応がそれを物語っている。
最初は敬遠していた彼女に対して手品を披露するなどして緊張を解し、ゆっくり距離を縮めるなど現在ではいい関係を築けている。
お陰で生徒会の雰囲気は以前よりも良いのである。
「侑磨君、優良物件だわ~~。」
「本当にね・・・。」
姉へ労いのお茶を入れる妹。
「正直な話、立川君と雲泥の差。彼には悪いけどね~~。」
「ただ暴れるだけで事務作業は壊滅的だったからね、彼は。」
「メリッサちゃんも侑磨君には気を許しているみたいだし。こんなにも穏やかに生徒会を過ごせるなんて。数日前までは考えられなかったわ。」
「ただいま戻りました。」
侑磨と共に目安箱を回収してきたメリッサ。
彼女の声には以前よりも明るい。
「お疲れ様。開封の前に少し休憩しましょう。」
「あの、それなら実家から送られてきたお菓子があるのですが、皆さんどうですか?」
メリッサからの差し入れを戴く。
これも以前までならあり得ないこと。
塵に積もった多くの案件の山で余裕が一切なかったのだ。
放課後のティータイムを味わった後、目安箱を開封。
「最近、手紙の量が増えたわね。」
「ハイ、主にユウマセンパイへのファンレターですが・・・。」
差出人は中等部の女子から。
侑磨は中等部の女子から秘かに人気が上がっている。
それらを一通一通丁寧に読んでいく侑磨。
殆どが憧れを抱いた内容だ。
「どうするの?」
「何もしないさ。けど一応読んであげないと。勇気を出して書いてくれたのだからね。」
「確かに私達のとは違って想いが伝わる内容ね。」
舞風が自分に送られてきたラブレターをゴミ箱に放り投げる横で麗泉は少し不満げ。
それは中等部のファンレターを黙読する侑磨に少しモヤモヤしているから。
そんな妹の心情をニヤニヤ顔で見つめる舞風。
「侑磨、巡回に行くわよ。」
姉の視線に耐えられず、席から立ち上がって侑磨の腕を掴む。
「はいはい。ちょっと麗ちゃん、待って。」
「いってらっしゃい。仲良くね~。」
意味深な笑顔で二人を見送る姉であった。
「ありがとうございました。」
深々とお辞儀をして立ち去る中等部の女子生徒。
彼女は第二文化部室棟に向かっていたが道に迷って彷徨っていた所、侑磨と麗泉が偶然通りかかり、目的地まで送ってあげたのである。
「ここは広いから建物の場所を覚えるのは大変だな。」
「そうね。外見も似ている建物が多いし、在学中訪れない建物もあるだろうしね。」
「だから俺達が見回りする訳か。」
「その通りよ。」
「ところで麗ちゃん、どうした?さっきから機嫌が悪いみたいだけど。」
侑磨に対しての麗泉の反応が淡白で少し不愛想。
それは生徒会室でのモヤモヤがまだ続いているから。
麗泉自身、その理由はわかっている。
嫉妬。
侑磨宛のファンレターに対して。
それをを真剣に読む彼に対しても。
そして今も。
不安がる中等部の女子生徒に簡単な手品を披露して和ませていた。
「べっつに~~。侑磨がさっきの子に対して凄く親切に接してあげているな、と感心していただけよ。」
自分の気持ちを誤魔化すようにぶっきらぼうに答える麗泉。
今この場に姉の舞風がいれば「麗泉ちゃん、嫉妬してるの?」と揶揄っていただろう。
「さ、行くわよ侑磨。」
前を歩き始めるのは今の自分の顔を見られたくないから。
だが、その気持ちを裏切るかのように侑磨が麗泉の腕を掴み、引き寄せる。
「なんだ麗ちゃんは紳士的な対応が好みなんだ。」
「ちょっ!」
腰に腕を回して反対の手は麗泉の顎へ添える。
赤面する麗泉の瞳には男前ムーブを披露する侑磨の顔が。
戸惑い慌てふためく麗泉の耳元にそっと一言。
「嫉妬しなくても俺は麗泉一筋だよ。」
「っ!やかましい。」
「ごふっ!」
気恥ずかしさを誤魔化す肘鉄が侑磨の鳩尾へ綺麗に決まった。
「あ、お兄ちゃん!」
「やあ莉緒。」
「どうしたのお腹を押さえて?」
「いや、何でもないよ・・・。」
そう答える侑磨の隣にいる麗泉がそっぽを向いたのはまだ顔が赤いからである。
「??あ、えっと冠木―――。」
「妹の麗泉ちゃんの方だよ。」
「こんにちは麗泉先輩。」
「ええこんにちは。」
「どうした?何か困り事か?」
「ううん、お兄ちゃんの姿が見えたから。本当に生徒会に入ったんだね。」
「似合わないだろ。」
「ううん。そんな事はないよ。」
と答えた後、麗泉の方に向き変わる。
「先輩、お兄ちゃんは頼りなさそうに見えますが、やる時はキチンとするので。これからよろしくお願いします。」
「ご丁寧に。ええ、ちゃんと指導するから安心して。」
顔の照れも収まったので莉緒の顔を見てしっかり答えた。
「それであの~~~。」
何か言いたいことがある素振りを見せる莉緒。
「もしかして侑磨に用事があるの?なら席を外しましょうか?」
「いえ、お兄ちゃんじゃなくて、実は先輩に・・・。」
「私?」
予想外の返答に自分の顔を指さす麗泉。
莉緒は途端俯き、視線を左右に動かす事、数回。
そして両手を強く握りしめ。意を決して一言。
「あの!先輩の事、お姉様と呼んでいいですか!?」
「はい??」
「それで結局、オッケーしたんだね。」
自宅にて、夕食の用意をする麗泉は姉に事の顛末を報告。
「だって莉緒ちゃんが物凄く期待に満ちた眼をしていたから。おもわず・・・。」
「いいじゃない。麗泉ちゃん、お姉ちゃんって呼ばれたくてよくお母さん達に子供を迫っていたし。」
「もう昔の話を持ち出さないで。」
麗泉特製のクリームシチューの出来上がり。
テーブルに向かい合わせに座り、料理を戴く。
「うん、おいしい。」
「上手く出来てよかった。」
ほっと安堵する麗泉。
食事の用意は交代制。
二人とも家事全般は人並み以上出来るが、麗泉は料理に関して若干の苦手意識が。
(どうしてもお姉ちゃんには勝てないのよね・・・。)
自分が作ったクリームシチューの味よりも前に作ってもらった姉の方が美味しく感じてしまう。
「そんな事ないよ。麗泉ちゃんの方が美味しいよ。」
舞風のフォローも胸に響かず。
納得いかない顔をする麗泉に刺激的な一言を投げかける。
「そんなに不安なら今度侑磨君に弁当でも作ってあげたら?」
「ゴホッゴホッ。」
喉が詰まり咽る麗泉。
慌てて水を飲んで呼吸を整える。
「何でそこで侑磨の名前が出てくるの!」
「さぁ~~、何でかしら。」
ニタニタ笑う姉の顔が少し憎たらしくて横を向いてシチューを黙々と食べる。
今日の夕食はいつもより静かだった。
「所でお姉ちゃん、さっきから何を書いているの?」
夕食後の食器洗いが終わり、手をエプロンで拭いながらリビングの机で筆を走らせる舞風の隣に座る。
舞風は食事前からずっと一枚の用紙に書き込んでいた。
「ナンバーズに提出する侑磨君の報告書。」
侑磨が生徒会に入って一週間以上が経過。
これ以上報告を遅らすのは無理だと判断、作成することにしたのだ。
「こんな感じでどうかな。」
「どれどれ・・・。」
姉の横から覗き見。
「侑磨のインスピレティアは結局、物を瞬時に移動させるにしたのね。」
「うん。本当の事を教えてくれなかったから。」
「侑磨って自分自身の話題になる全く話してくれないよね。」
侑磨はお調子者で饒舌なイメージだが、自分自身に関する話になると途端に口が堅くなり話をはぐらす。
生い立ちを話したくないオーラが滲みだすので深く追求できないでいた。
故、彼に関しての情報が全く得られず、未だに謎の部分が多い。
「家族構成や趣味、昔どこに住んでいた事すら教えてくれなかったね。」
「闇に包まれた侑磨・・・。」
麗泉がボソッと呟いた一言は部屋中に反響する。
「なのである程度はこっちで書き添えたわ。」
当たり障りのない内容で侑磨に対する危険性がない事を評した内容。
「ねえ、これって何?」
上から順に流し見していた麗泉が見つけた一文。
「『生徒会へ入会した侑磨は現在、麗泉の魅力にメロメロ。彼女に絶対服従を誓っており、ナンバーズが懸念する危険度は無くなった。』って!」
「あら不満。仕方がないわね。それじゃあ麗泉ちゃんの所を私に変えておくね。」
「それもダメ!」
ああだ、こうだ、と言い合いじゃれ合う事2時間。
ようやく報告書が完成した。




