覚醒したら図太く生き残れました。(1)お披露目という名の見世物
明りの魔道具に煌々と照らされた大規模ホールには、輝きに負けないくらい着飾る紳士淑女が集っていた。
耳障りにならない音量で絶えず楽器が奏でられ、あちらこちらでシャンパングラスを合わせて澄んだ音を響かせる、絶えず続く人々の話し声はさざ波の様にうねり、赤や黄色や青や緑、様々な色のドレスは満開の花を思わせる。
ダストエスト王は一人玉座に座りソワソワと落ち着かない様子で第二妃セアラと第二妃の娘セシリア王女は楽しそうに王族用の貴賓席に座っている。
「本日の夜会は素晴らしいですな」
「ええ、本当に」
「王家主催となれば規模も大きいものですな」
「ご覧になってあの魔道具素晴らしいですわ」
王家主催で国中の貴族が招待された。
今日は第一王女パトリシア殿下の十七歳の誕生日、この国は十七になれば立派な成人と認められ祝われる大切な儀の祭典とも言える。
本来ならば。
「ところで主役はどちらに?」
高位貴族達は囁きあう。
「まだお見えではないな」
ほんの少しの期待とそれ以上に怖いものみたさの好奇心と高揚感が今日の夜会に満たされ溢れかえっている。
早く早く私達に見せてくれと。
中には眉をひそめる良識ある者達もいるが、彼等にとって今日の夜会は嫌な予感がして落ち着かないようだ。
不意に音楽が止んだ。
貴族達が待ち望んだ人物の入場で、皆が息を呑んでホールの扉を見つめる。
扉はゆっくりと開かれ、痩せた黒目黒髪の王女が立っていた。
ざわめきは大きく。
「本当に忌み子だとは」
「黒目黒髪なんて初めて見ましたわ」
「まだ覚醒されてないとか」
「覚醒もせず忌み子なんて貴族として終わってますわね」
「忌み子に関わると呪われるって本当かしら」
「殺すと呪われるらしいですわよ」
「なんでも魔物から好まれるとか」
「まぁ!恐ろしい」
「陛下から生まれた御子が忌み子とは」
「それが不貞されていたらしいですわよ」
「え?それでは」
「十七年前に正妃ユリアーナ様がお亡くなりになったのは…」
「あぁ、それで幽閉されていたのか」
「しっ声が大きいですわよ」
扉が開いた瞬間に私に降り注ぐ沢山の視線、北塔に生まれた時から幽閉されていた私。
ヒソヒソと泡が弾ける様に聞こえる嘲る人の声。こんな悪意のこもった声があるのを知った。
どこを向いても人、人、人、こんなに大勢の人を見たのは久しぶり。
ドレスなんて初めて着た、王宮で用意されていたのは黒いドレスで頭から爪先まで全て黒い。ヒソヒソと私を見て囁き合う彼等はとても不快だ。
幽閉されて淑女のマナーも習ってないと思っていたようだが、姿勢と所作は乳母に習った。どんなに泣いても嫌がっても叩き込まれたのは今日のこの時の為だったのだろう。心から乳母に感謝している。
それでも流石に北塔の生活でドレスを着る機会が無く足さばきは習えなかった。
そのせいでゆっくりと前に進むしか出来ない、先にはこの国の王がいる。
私を慈しんで育ててくれた乳母は、一段高い場所にいる目の前の男が私の父親だと言ったけど、もし父親なら生まれて直ぐに乳母共々赤子を幽閉なんてしない、私と乳母の護衛に老兵士一人だけなんて事もない。
何より今日のこの成人の儀に真っ黒なドレスなんて用意しない。
恐れ、悪意、優越感、罪悪感、恐怖、困惑、憐れみ、好奇心、この夜会は私を見世物にする為だけの物だと理解した。
だから目の前にいる男に頭を垂れずその場に立ち尽くしてやった。どう?お前なんか私が敬う価値もないんだって、こいつは理解出来るかしら。
赤子の私の姿を見てから、幽閉して十七年、成長して初めて見る私に母の面影を見たのか、呆然としている。
呆然とした国王の見守る中、神官が私の前に立つ。神官が成人に祝福を与えるのがこの国の高位貴族の成人の儀だ。
王宮で成人の儀を行う神官だけあって忌み子に恐怖や嫌悪も見せず粛々と執り行う様子に周りの貴族も静かになった。
「この幼子を成人と認め、神の祝福があらんことを」
魔を払い幼子に神の祝福を贈る儀式の最後に神官が杖を掲げると、温かな光が溢れ私を包み込む。光は私に吸い込まれ、身体の奥に染み込んだ。
「これが、祝福…」
私の輝きを見た者達が感動している中、我に返った王が突然玉座から立ち上がり宣言した。
「ここに忌み子が成人し忌み人となった!
古代の伝えである忌み子を虐げると呪われるとあったが、この者は成人となった!
成人ならば子という呪いの概念は通用せんだろう。
亡き王妃ユリアーナの不実の証であり、ユリアーナは私の子だと神に誓ったが、我は貴様を断じて認めん!。
長く我の子として民を欺いてきたその罪万死に値する!
よって明日磔刑に処す!それまで地下牢へ連れてゆけ!」
鬼の形相で宣言する王と王の横には薄く嗤う第二妃セアラとセアラの娘のセシリア、当然だと口々で言い合う貴様達の冷たい視線に、私は俯いたまま衛兵に連れて行かれ、唯一人神官だけは処刑される忌み子に憐れみの祈りを捧げた。
肩を震わせ俯いて…嗤いを堪える私。
俯いた私が嗤っているなんて、誰も想像していないと思うと、ゲラゲラと笑ってしまいたくなるのを抑えるのに苦労する。
体の奥底に染み込んだ祝福が呪いの蓋をこじ開けている。でも、もう少し我慢しなくては。
だってこんな醜い見世物他にはないもの。
とうとう堪えきれず体の奥底に澱んでいた呪いがこじ開けられ、呪いを掛けた術者と対象者へ戻っていった。
「いたぁああああああああああああい!」
最初に悲鳴を上げたのは第二妃の娘でセシリア王女。
ああ、始まった。
もう、こんなに体が軽い。
歩くのをやめた私と悲鳴を聞いた衛兵が何事かと背後を振り返る。
私が楽しむ為の見世物の幕が上がった。
皆様もどうぞご堪能下さいませ。
「何事か!」
慌てる王にその場にいた神官がセシリア王女に駆け寄り体を支えようとしたが手を引っ込めた。
セシリア王女は床に蹲り両手で顔を覆い隠すがその変化は誰の目からみても明らかで戸惑う。その王家の血筋である証の金髪碧眼が真っ黒に染まってゆく。
「忌み子?!」
次に悲鳴が上がったのは第二妃セアラ。
「ぎゃああああああ!!!」
黒い靄が第二妃セアラに纏わりつきジワジワと締め上げている。ポキリと左手の小指が折れた。
「ああああああ!痛いやめて!誰か助けて!ダストエスト様助けて!!」
「これは、どうゆうことだ!」
「陛下近付いてはなりませぬ!」
近衛騎士長と王宮魔術師長が王を護り、異様な光景に忌み子の呪いだと皆が怯える。
「パトリシアああああああ!お前かあ!」
ダストエスト王の言葉で皆がパトリシアを見るとそこには。
「な、何だと!!」
黒いドレスに金髪碧眼の少女が立っている。
亡き王妃に生き写しで亡霊かと腰を抜かす者すらいた。
薄っすらと嗤ってこちらを見ている。
「母は神に誓いました、不貞などしていないと」
魔術師長が叫ぶ。
「陛下!これは!第二妃セアラ様は呪い返しで御座います!」
第二妃セアラは黒い靄に締め上げられポキリポキリと骨が砕けている。その度に絶叫が響き渡る。締め上げている靄は段々と人の形をとりはじめ、それは真っ黒な第二妃セアラその人だった。
第二妃セアラは自分自身に骨を砕かれている。
「何だと何だと何だと!!ああああああ!!?嘘だと言え!全てお前がやっているのだろう?!パトリシアぁ!!」
「陛下どうか落ち着いて下さい」
「陛下!呪い返しは術者に跳ね返るので御座います、そして第二妃セアラ様から禁呪を行なった魔力を検知致しました!」
ああ、なんて見苦しい。こんな男が私の縁者。
「ならば…我は…ユリアーナは…」
冷たい床に膝をついて頭を抱えて呻いている。発狂寸前ってところか。
しかし、直ぐ何かに気がついたダストエストは魔術師と神官に命令する。
「呪い返しを解呪しろ!今直ぐにだ!何としても解呪しろ、それと夜会は中止だ!」
「ダストエスト様!あぁ助けて!」
「お父様!助けて!髪の色が!!」
ダストエストが魔術師長と神官に助命したのは第二妃セアラを愛しているからでも何でも無い。
真実を知る為に生かした。真実を知った後はどうなるのかしらね。
パトリシアは扉の外へと向う。
そう、この見世物の結末はとても満足した。
「パトリシアを逃がすな!パトリシア行くな!行かないでくれ」
扉から出る時、王を振り返りハッキリと言う。
「ひ と ご ろ し」
母を切り捨ててから北塔に幽閉して数年後、老兵士が私を守る為に大怪我を負った時も、乳母が流行り病で死病に冒された時も北塔から助けを求めたのに二人を見殺しにした恨み辛みは死ぬまで忘れない。
あいつは苦しんで苦しんで孤独の中苦しみ抜けばいい。
母が不貞などしておらず、第二妃の策略で汚名を着せられたこと。
魔女の系譜である第二妃の産んだ子供こそ忌み子だったこと。
王妃と第二妃の出産が同じ日だったこと。
私とセシリアの色を交換したこと。それだけで王は狂い、後は全て第二妃の思った通りになった。
第二妃の計算外は、私が今日の成人の儀の前に覚醒したこと。
覚醒。
貴族なら五歳から十歳の間に発現する特別な異能の力、私の異能は過去見と物質変換。本来ひとつの異能がふたつも覚醒した。
膨大な過去見が教えてくれた真実から、今日の成人の儀で第二妃から受けた呪いは解呪されると分かっていた。分かっていたからこそ怯むこと無くあの男に立ち向かえた。
ザマアミロ。
扉を開きパトリシアは外へと踏み出し、そのまま一度も振り返る事なく姿を消した。