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Unique / euqinU  作者: みたよーき
Unique
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2.

「私が教師を目指したのって、中学時代にいじめられてたからなんだよね」

 さらっとそんなことを言うモモは小さな微笑みさえ浮かべていて。だから、そこに辛そうな感じはなくて。……でも、私にはただなんとなくその顔が、淋しそうに見えた。


 新緑の季節、とはいっても、もうそこに清々しさを感じたりはしない。むしろ、ニュースが「今年一番の陽気」という気候の中、むっとする空気が梅雨の接近を感じさせる。

 時間の流れは、私が彼女の側にいることに少し慣れさせてくれたし、私が彼女を「モモ」と、そして彼女が私を「ヒカリ」と、ニックネームで呼び合うほどには、その仲を接近させてくれてもいた。

「暑いね~」

「だ、ねぇ……」

 モモがいちいち口に出してしまうほど、温かいと言うには温かすぎる気温のせいか、学食のオープンテラスには私たち以外の姿は疎らだった。

 私はそのことに少し、ホッとしていたりする。何せ、モモは今、朝には羽織っていたはずの薄手のカーディガンさえ着ていない。ノースリーブである。

 その、細すぎず、太すぎぬ、健康的かつ魅惑的な腕が、必要以上に衆目に晒されずに済むことが、私の心を少しだけ慰めてくれている(こういう感性が、私が“男っぽい”と言われる理由の一つなのだろうか?)。

 だけど、思うのだ。今、私が暑いと感じているのは、この気候よりも、こんなモモの大胆さのせいなのではないか、なんて。

 そんな私の内心などいざ知らず。

「そういえば今更だけど……ヒカリはどうして心理学を選んだの?」

 脈絡もなく、モモはそんな質問を投げかけてきた。


 私が大学で(社会)心理学を学ぼうと志したのは、LGBT(あるいはLGBTQ)への理解を広めるために私ができることを学ぶため――というのが、建前で。他の誰かに聞かれたなら、そう(あるいはさらにオブラートに包んで)答えるだろう。

 本当はそんな壮大な理由ではなくて、ただ、私が、世の中と上手く折り合いをつけるための何かをそこから拾い上げることができはしないか、という、淡い期待。それだけ。

 モモにはウソをつきたくないから、そのことを率直に伝えたい。

 ――だけど、どう伝えよう?

 自分が考える私という人間を、包み隠さずモモに伝えるのには、まだ躊躇があった。

 その臆病さもまた、私が中学生からの環境の中で育ってしまったもので、自分が社会と――いや、自分が自分自身とさえ折り合いをつけることができていない今、簡単に払拭(または克服)できるものではない。

 そんな私の逡巡、そのわずかな沈黙を、モモはどう捉えたのだろう?

 そして彼女は、私の言葉を待たず、その言葉を口にしたのだった。


「別に、いじめから守ってくれた教師に憧れて、なんて綺麗なものじゃないんだよ? むしろ逆って言うか、見て見ぬ振りされて、今に見てろよこんにゃろう、ってね。私なら絶対おまえみたいにはならないぞ、って、今はそれを証明しようとしてるだけ」

「……すごいね」

「えっ? どこが? ……いつまでも根に持って、ダサくない?」

「そんなことないよ。私だったらウジウジと内側に向かっちゃうから……その、反骨心? 反発心? まあ原因が何でもさ、私から見たら、モモはすごく前向きに見える」

「そんな綺麗のものじゃないんだけどなぁ……」

 言いながら、ちょっと照れてる風な横顔。そんな愛らしい表情を見れば私は、胸の内側に、少し、温かいような感覚。


 中学生の頃の私はといえば、“普通ではない”ということに、つまりは、同性である女の子に恋愛感情とおぼしき感情を抱く、ということに、それはもうウジウジと悩むばかりの人間だった。

 中学は、私立にでも行かない限り、同じ小学校だった同級生は多い。だから私が、女の子が好き、といったような話は、いつの間にか広がっていた。けれど、幸い、というべきか、それでハブられたとか、いじめられたとか、そういうことは(主観では)無かった。

 代わりに、というわけでもないけれど、私の場合は仲が良かった女子たちに敬遠される、というと大げさかも知れないけれど、どこか遠慮されているように感じられることが多くなっていった。

 そうなると、私の方も気を遣うというか、自分から仲良くするのは気が引けるような感じになって、学外での付き合いがあるような子もいなくなる。陰キャ道まっしぐらだ。

 ヴァレンタインの時は、普段の付き合いからすると不思議なくらいの数は女子からチョコをもらえたりもしたけれど、それで「イケる」と思えるほど私は楽天家でもなかった。

 それに、こういった考えは、今思えばそうだった、といえるだけで、当時はもっと漠然とした不安であったり恐怖であったりという感情として私の中に蠢いていたように思う。

 だから当然、チョコをくれたのが気になっていた子だったとしても、私は踏み出す勇気を持てるはずもなかった。

 そして、当時から応援していた地元のサッカーチームの話で男子と盛り上がったりすると、その、変に気を遣わなくていい感じを気楽に感じて、さらにそれまでの「男っぽい」なんて言われた経験も相まって、私はもしかしたら性同一性障害というヤツなのではないか、なんて余計に悩んだりもする。

 結局、女子を好きになって何が悪い、と反発する気概もなければ、そもそも自分が同性愛者であると受け容れる勇気もない。

 “普通ではない”ということに漠然と怯えながらも、それをどうにかしようと行動するわけでもない。

 そんな臆病者が、私という人間だった。


「……私は、簡単に言えば……自分探し、かな」

 これが、そんな臆病者にできる、今の精一杯の答え。

「ふぅん……ちょっと意外かも」

「意外?」

「うん、でもまあ、他人から見た自分の評価って驚くようなこと言われることもあるし」

「モモから見た私って……どんな?」

「えっ……うーん、なんていうか、こう、どっしりとして動じなさそうな、ちゃんとした自分を持ってそうな印象が……うん、あったかな」

「どっしりって……デカいからってだけじゃ?」

「違うよー。そんなに長い付き合いじゃないけど、その中での印象」

「……そうなんだ……」

 それは、自分では絶対にしない自分の評価だけど、不本意ということはなくて、モモがそんな風に思ってくれていた、というのは、単純に嬉しい。……ただ同時に、もっと自分を理解されたら幻滅されるかも、という不安も感じてしまうのだけれど。

「ヒカリは? 私のこと、どんな感じだと思ってる?」

「えっ……?」

 ――かわいい、というのが咄嗟に浮かんだ言葉だった。

 だけど当然、そんなこと口にできるはずもなく。いや、友達同士で「かわいい」って言うなんて普通のことなんだろうけど、私がモモにそれを口にすることで、彼女への想いも気付かれてしまうんじゃないか、なんていう被害妄想じみた考えをしてしまうのだ。

「ああ……うん、さっきの話を聞いても思ったけど、私なんかよりしっかりしてるし……カッコいいと思うよ」

 それもまた、本音だ。本当の本音を隠す、本音。

「……なんだよー。カッコいいのは……ヒカリだろー」

 照れてるような、恥ずかしがってるような、そんな感じの言い方だったけど、モモになら「カッコイイ」と言われるのも嫌じゃない。むしろ――。

「それよりさ! まだ先だけど、テスト大丈夫そう?」

「……それなぁ。なんでうち前後期制なんだろ? 授業聞いてる分には大丈夫な気もするけど、範囲が広くて不安だー」

「……わかる……」

 私も急に気恥ずかしくなって、咄嗟にそらした話題に、二人そろって肩を落とした。


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