八
シルバ達の事前調査の結果として、森を抜けた開けた所にワイバーンは巣を設けていることがわかっている。シルバ騎士隊およびドール達はワイバーンを狩る為に森の奥へと入っていた。
森までの道は馬に乗り移動した。鎧が馬に乗れるためドールはその背中にしがみ付いていた。その後森に入ってからは馬を降り、手綱を引いて歩いている。
「本当によろしいのでしょうか」
シルバの掛けた問いは馬から降りたことではない。
「ダーリンが大丈夫って言ったんだからダイジョーブに決まってんじゃん」
その言葉にまったくの疑いを抱かない様子でドールは答える。
「本人に邪魔とまで言われれば下がらない訳にはいきませんが。しかし……」
シルバは遠くに小さく見える鎧に視線を向けて呟いた。後方支援をすると言って付いてきたつもりだったのだが、森に入るや否や鎧は目的地を聞くとひとりで先を歩き、ドールと共に離れて見ているようにと指示をしたのだ。
ひとりで先に行き、たびたび後ろを振り返り、進行方向の確認を繰り返しながら進む。
奥へ。
さらに奥へ。
不意に鎧が立ち止まる。そこには木が数本へし折れて倒れていた。
「あそこにいたようですね」
シルバは声を落として呟いた。隊員達に振り返り警戒を強めるように視線を送る。
鎧は辺りを見渡した後、また方向を確認して、おそれも感じることなく歩みを進めた。後を追い、鎧が立ち止まった所まで来て改めて倒れている木を確認する。
それは高く、大の大人がふたりがかりで包めないほどの太さの木だった。巨大な足跡が地面に、鋭い爪痕が木についている。
「これは……想定よりも大きい。本当に大丈夫でしょうか」
心配を余所に鎧は森の奥開けた所に立っていた。そしてドール達の方へと顔を向ける。
「ダーリンならヨユーだって」
言うとドールは鎧に向かって微笑みながら手を振った。鎧は答えるように手を振り返す。
そんなふたりを見てロンが後方で呟く。
「なんて緊張感の無いやつらだ」
ロンの言葉は耳に入らないのか、楽しそうに手を振り合うドールと鎧。
突如、ドールが声を上げる。
「ダーリン、上ッ!」
ドールの甲高い叫びに全員が、鎧の上方に目を向ける。鎧も例外無く見上げ───
───巨大な足の下敷きになった。
地面が揺れ、鎧を踏みつけた足の持ち主は自らの存在を誇示するように鳴き声を上げた。木々の全てが呼応するほどの爆音だ。
「全員武器を取れ! ゴルダ、ドールさんの保護を任せた」
「おう!」
「他の者は私に続け! ワイバーンを討伐するぞ!」
ゴルダを除くシルバ騎士隊は早々に後方待機を放棄した。それは鎧達の権利獲得の試験などする余裕の無さを表していた。
「まったくなにやってんだよ!」
ロンは走りながら文句を吐き出す。近付くにつれて大きさが顕著になる。その姿に冷や汗と恐怖を感じずにはいられない。その鋭い目に捉えられれば凍り付きそうになる。全員が命がけの狩りを覚悟した。
しかし、シルバ騎士隊がその巨大なワイバーンと対峙することはなかった。
ワイバーンの片足がゆっくりと上がる。
「あれは……」
騎士達は走る足を急停止し、その様子を眺めた。黒い影がその巨大な足の下から徐々に姿を見せていく。鎧が立ち上がっているのだ。ワイバーンの足を持ち上げて。
そして完全に立ち上がると、左手ひとつでその重さの全てを支え、右手で背中の剣を取り、振るった。
足が斬れた。
切り落ちた。
ワイバーンは血を吹き出し、体勢を崩し倒れる。先ほどまでとは違う声を上げて森を震わせた。
鎧はなにひとつためらうことなく、その背丈ほどの剣を振りかざし、転倒するワイバーンの首を切り落とした。
その僅かな時間の出来事に、シルバ騎士隊は言葉を失った。
「……強いな」
絞り出したやっとの思いでシルバが絞り出したのはただそれだけだった。
「~~~っぱダーリンかっこいいいいい! もう何回ホレ直したか数えきれんし!」
「おい! 勝手に動かないでくれ!」
いつの間にか傍に来ていたドールが顔を紅潮させて称える。その後ろをゴルダが追いかけてきた。
大声を上げながら両手を振るドールに向かって鎧は人差し指と中指を立てて、余裕の勝利を合図した。
「どーよ? コレなら文句ナシっしょ?」
ドールは自慢するように言った。
「……ええ。申し分ありません」
「やった!」
緩みきっているドールとは裏腹に、シルバ達騎士は未だ表情は厳しいままだ。
「ねぇ帰らんの?」
ドールは首をかしげた。
「ワイバーンは数が多い、そして先ほどの死に際の声、つまり……」
空に視線を移せば、そこには先ほどまでには大きさでは及ばないが、ワイバーンが数頭の群れを成して飛んでいる。仲間の断末魔に反応を示したのだ。
「こういうことです。ここからは我々も……」
襲いかかってくる前に武器を構えようとする。だがその手に待ったを掛ける者がいる。
鎧だ。鎧は手のひらを払うように騎士達に向けた。
「まさか、邪魔だと……?」
シルバはその真意をドールに確認する。
「うん」
にべもなく答えるドール。
「そんな……! あの数は無茶です!」
シルバの声を無視して鎧は背を向ける。そこへ、群れが上空から降り注ぐように襲い来る。
そこでシルバは再度、言葉を失った。
襲い来るワイバーンの群れ、それと相対する鎧。鎧がその白銀の剣を振るうと首が落ちて、血しぶきが雨となる。
ひと振り、血が降り。首が落ちる。
ひとつまたひとつ、首が落ちる。血の雨が降り注ぐ。まるでその白銀の剣は魔法の杖だった。ひとふり宙をきったなら雨を降らす魔法の杖。
それを振るう姿は優雅で、残虐な結果をもたらして、華麗でありながら残酷で美しい。そんな姿にシルバは目が離せなくなっていた。
見とれていた僅かな間に、ワイバーンの群れはただの成れの果ての山になり、そこには返り血に染まった鎧が剣を仕舞い、ドールに向かって勝利の合図を見せる姿だけが残っていた。