七
ロンとの戯れの後、ドール達は寝室へと案内された。
「このような部屋しか用意出来ず申し訳ありません」
それはシルバ騎士隊が利用している宿舎の空き部屋だ。急遽、掃除や整頓をしたところにベッドをひとつだけ運んだのだ。
「ジューブンジューブン。屋根があって壁があってダーリンがいるんだから」
「そうですか。それではおやすみなさい。明日の朝、呼びに来ます」
シルバが部屋から出て行く。ドールはベッドに向かって倒れ込む。
「うは~すっごいふかふか! ほらダーリンも触ってみて」
言われるがままにベッドに手を乗せる。鎧の籠手が浮き沈みを繰り返す。何度かして、手を離し、出口の扉付近に体をもたれかかり、手を組んだまま制止した。
「やっぱり寝ないの?」
鎧は頷いた。
「せっかくベッドがあんのに……」
鎧は首を横に振った。
「え? アタシは別に気にせんし。ダーリンと寝れるならそれでも」
尚も鎧は首を振る。
「わかったし。もういいし、寝るから。おやすみダーリン。ダイスキ」
捨て台詞のように言い放った後、ドールは頭まで布団を被り、数秒で寝息を立て始めた。
翌朝、扉を指で叩く音が部屋に聞こえる。鎧は扉を開け、応対する。扉の前にはシルバが立っていた。
「朝食の時間です」
鎧は頷き、手のひらを前に出す。その合図はつまり少し待っていて欲しいという仕草だ。シルバが了承すると扉を閉める。
そして、掛け布団を蹴り飛ばし、涎を垂らしながらアホみたいな顔していびきを掻き、何故か枕と逆方向に頭があるドールの肩を揺さぶった。
「んぁ~」
何度も揺さぶってもなかなか目覚めない。揺する力を強める。
「ん~んふふ、ダーリン……はげし~。ダーリンの方から来てくれるなんて夢みた~い……ん? ダーリンから? ということはこれは夢……? はっ!」
間抜けな表情でほざいていた自分の寝言から夢物語の終焉を迎えたドールは唐突に開眼する。ベッドのバネに任せるように体を起こし、嘘のように爆発した寝癖を携えた頭はゆっくりと覚醒していく。
「…………おはようダーリン」
にへらと笑った表情に向かって頷いた鎧はドールを抱きかかえて、傍にあった椅子に座らせた。そして、ドールの手荷物の中からブラシを取り出して、寝癖を優しく直していく。
準備を整えて扉を開ける。扉の前で待っていたシルバと合流し、食堂へと歩いて移動した。
食堂の扉前まで歩いていくと、目の前に重そうな足取りで同じ道を歩いている若い後ろ姿があった。
「ロン、どうしたんだ」
呼びかけられたその若者は振り返る。
「隊長、おはようございま……っ!」
シルバに挨拶をする際に視界に映り込んだ黒い鎧に咄嗟に体が固まる。その様子からロンとドール達に交互に視線を送るシルバ。
「私は先に行きます」
シルバは気を利かせてその場をあとにした。
「う……あ、えっと」
取り残されたロンは言葉を詰まらせる。何かを言葉にしようとしては、また下を向き黙り込む。
「ねぇ、何もねーんならアタシら行くからどいてくんない?」
見かねたドールはしびれを切らした。興味なさげに吐き捨てた。若者への気遣いなどまったく感じさせないほどに。
ドールの言葉に焦りを募らせたロンは重々しい口を無理矢理に動かした。
「い、いや…………すまなかったよ、疑って。あんたは強い。敵わないと思いしらされた」
弱々しい声だが、自らの非を認めるロン。その姿にドールの表情からも棘が抜ける。
「でもな! 隊長達への態度まで認めた訳じゃない。俺にとってシルバ騎士隊は誇りで、俺にとっての憧れはシルバ隊長ただひとりだ」
「ハイハイ」
あからさまな対抗心にも、反抗する小動物のように感じ、ドールの中にも不快感や嫌悪感はなかった。ドールは正直者が好きなのだ。
そんなロンに鎧は少し近付く。
「ひっ」
反射的に怯えるロンに向かって右手の人差し指をさした。
「『からかっただけ。君は大丈夫』だって。ダーリンってばお茶目さんだから…………なんのことか知らんけど」
伝えることを終えたらふたりはロンを置いたまま食堂へと入っていった。
「大丈夫……ってなんだよ。まさか、いやまさかあの夢……」
ロンは考えることを止めた。
食堂に入ったふたりはシルバの目の前に座る。朝食を取りながらシルバはふたりに問い掛ける。
「これからどうするのですか?」
その言葉にふたりとも首をかしげる。何も考えていないからだ。そもそもふたりがここに来た理由も体を洗いたかったからであり、特別にここを訪れる理由を持っていない。
「おふたりはどうして旅をしているのですか?」
質問を切り替える。ふたりは顔を見合わせたあと、向きを戻して答えた。
「マトモに生きたいから」
ドールが言葉にし、鎧は肯定する。
「まともに……ですか?」
「あ、今ナニ言ってんだって思ったっしょ? でもむずかしンだなコレが。なんつってもアタシらフツーに生きてきてないんだから。あれはそー、ワスレモシナイ、七、八年? くらい前に初めてダーリンと会ったときの……」
「とても興味深い話ですが、その前に私の話を聞いていただけますか?」
「ん? なに?」
「もしも行く宛てがないのでしたら、ここで私たちと共に騎士として暮らすのはいかがでしょうか?」
「……は?」
シルバの急な提案にドールの脳が働きを止めた。鎧もその話が出た途端体が僅かに動いた。更にその言葉を聞いた周りの騎士達もざわつき出す。
そして、その話を聞いて大きな反応を示したのがもうひとりいた。それはロンだ。
「ま、待ってください隊長! 本気ですか!」
「当然だ。私が嘘や冗談が苦手なことは知っているだろう? それに実力が申し分ないことはわかっている」
「だからって、どこの誰だかわからない、得体の知れない旅人を騎士にするつもりですか!」
「ロンの心配もわかる。その時は私が全ての責任を負うさ」
「隊長……」
ロンは納得はいかないが続ける言葉も持っていない。ただシルバの決定に口を閉ざした。
と、同時に脳が回復したドールがたたみかけた。
「イヤイヤイヤ! 待ったマッタ。勝手に話進めんナって。キシってナニ? なんで? ってかダーリンはサイキョームテキだけど、アタシは戦えないんだけど!?」
ドールの言葉に逐一頷いて加勢する鎧。
「騎士とはこの国の為に命を賭して戦う集団のことです。おふたりには私が率いるシルバ騎士隊へ入隊してもらいたいと考えています。騎士になれば身分証明書も作成出来るので街への出入りも自由になります。もちろん、街を歩くときは私たちと同行する必要もありません。それとドールさんには戦っていただくつもりはありません。ただ意思疎通をするためにいっしょにいてもらいたいと思っています。当然ですが給料も出ます。いかがでしょうか?」
質問に対して正確丁寧な回答。ではあるが、あまり長い言葉を投げかけられるとドールの頭は処理しきれない。頭を抱えてうなり声を上げる。
「…………でもあれじゃん、トックンとかあるじゃん。ダーリンといる時間が減っちゃう……」
「それは、まぁ」
難色を示すドールの言葉にシルバも諦めようと、撤回の言葉を口にしようとした瞬間。
「だったら、こういうのはどうだ?」
横からガタイのいい男が会話に入り込んできた。それはシルバ騎士隊副隊長を勤める男だ。
「"ゴルダ"どうするつもりだ?」
副隊長のゴルダは腕を組み自信ありげに提案した。
「近頃"ワイバーン"が数を増やしてるって噂があるだろ?」
ワイバーンとは鋭い牙と爪を携えて、大きな翼で空を飛び回る、家をひと踏みで潰してしまえるほど大きいトカゲに似た怪物だ。その性格は獰猛で視界に獲物を見つけた途端飛びかかり、人間などは丸呑みにされてしまう。
そんなワイバーンが増えれば当然人々はうかつに外を歩いてはいけなくなる。
「ああ、街に危険が及ぶ前に狩ることにもなるだろう。まさか……」
「そうだ。その狩りに行ってもらう。成果しだいで特訓は免除。どうだ?」
「ふたりだけにさせるつもりか? それはあまりに危険すぎる」
「俺たちも同行するさ。ただし後方支援としてだ」
「……しかし」
「少なくとも俺たちと同じくらいの実力はあるだろ。だったら出来るはずだ」
シルバは黙り、ドール達の方に向き直る。それはどうするかの答えを任せるためだ。
「あ、ごめ、つまりドユコト?」
ドールは話の序盤から既について行けていないためほとんど聞いていなかった。鎧の方は話を聞いていたのだが答える為の口を持たない。
「つまり騎士になっても、特訓もなしの権利なら欲しいですか? ということです」
「それなら……イーじゃん。ね、ダーリン!」
ふたりは顔を見合わせて頷いた。乗り気のところに釘を刺すようにシルバは続けた。
「ただし、ワイバーンは危険な怪物です。数も多い。それでもやりますか?」
シルバの脅しとも取れる言葉に対して、鎧は右の拳を左の掌で受け止める仕草をした。
「あの、なんと?」
なんとなく前向きな意図は察するが、念の為の確認として、ドールに向けて問いかける。それに対してただ単純明快たったひと言伝える。
堂々と迷いなく。
「『楽勝』」