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 案内されたのは騎士達の訓練場だ。夜間であり、今は誰も使用していない。


 ロンは銀色の鎧を身に纏い、自身の得意武器である棍棒を構えている。その目の前には黒い鎧が剣を鞘に収めたまま背負い、構えることもなく直立している。


 離れたところからシルバとドールが横に並びその姿を見守っている。


「申し訳ありません。あとで言い聞かせておきます」


 シルバは恐縮した態度でドールに言った。


「いやベツにいーんだけど。あの子のシンパイしたら?」


 ドールは鎧が負けることなどまったく考えていなかった。


「シルバ騎士隊は少数精鋭の部隊です。何千という騎士候補の中で特に優秀な選ばれた者のみを迎えるようにしています。


 その分、他の者達と違うという自負が生まれ、自惚れにも繋がります。


 実戦で心が折れるくらいなら、ここで叩いていただいた方がマシでしょう」


「ふ~ん」


 シルバもまた、ロンの勝利は期待していなかった。


「いいな鎧野郎! 先に戦えなくなったら負け、降参を宣言をしても負けだ」


 ロンは棍棒の先端を鎧に向けて威嚇するように告げた。鎧は頷き、人差し指を立てて、ロンに向けて誘うようにクイクイと折り曲げた。


「? おい女! なんて言ってるんだ、教えろ!」


 鎧の意図が掴めずドールの方を向いて叫んだ。その姿にドールは呆れ、シルバは軽く頭を抱えた。


「あいつの方がシツレーじゃね?」


「申し訳ありません……」


「ッタク、『先手を譲ってあげるから早くおいで』だってサ! ダーリンやっさし~」


「っ! 舐めやがって!」


 ロンは棍棒を構え鎧に全速力で近づき、力の限りを持って棍棒を振り抜いた。それは鎧の胸部を打ちつけ、鎧は盛大に吹き飛ぶ。その勢いで壁にまで叩きつけられ、その場に倒れた。


「ハンっ! 口ほどにもないな! 隊長どうです!」


 ロンは得意げな口ぶりでシルバの方を向き、誇らしそうに棍棒を掲げてみせた。


 この展開はさすがにシルバ含め騎士達は予想していなかったのか、目を見開き驚きを隠せなかった。


 ただひとりドールだけはケタケタと笑っている。


「ダーリンってばモリアゲ上手なんだから」


 その言葉を聞いてシルバは吹き飛んだ先に視線を向けた。倒れていた鎧が立ち上がる。何ひとつ感じることなく、横になっているのに飽きた時のようにスルリと立ち上がった。


 その姿にロンも気づいた。


 鎧は街中を歩くときのように堂々とロンに向けて歩みを進めた。


 カチャリ、カチャリと金属音を立てながら。


(おい、どういうことだよ)


 少しずつ近付いてくる黒い鉄塊がロンには不可思議でならなかった。


(俺は本気でぶっとばしたんだ。内臓さえ潰すつもりで振り抜いたんだぞ。鎧が傷付いていないのも妙だがまだ理解が出来る。ありゃあ相当に頑丈な代物だ。だが中身は違うだろ。なんで何事も無かったみたいに歩いてんだよ)


 冷や汗が頬を伝い、顎から滴り落ちた。鎧がロンの間合いから僅かに離れたところで足を止める。


 尚も直立して、出方を伺うのみだ。その様子は遊んでいるようにも、からかってようにも感じられた。


「なんだよお前、何なんだよ!」


 棍棒を振りかぶり鎧に向けて力任せにぶつける。


 が、それは鎧の左手によって容易く止められた。刹那、鎧は間合いを詰める。その瞬間、ロンはまるで深海にでも引きずり込まれたような、息苦しく凍える錯覚を覚えた。


「~~~ッ!」


 そして、鎧はロンの額に空いている右手を近づけて、


 人差し指を弾いた。




 青い満月が世界を照らす夜。


 頭痛と目眩と吐き気を抱えた状態でいる。今見ている景色はどこかの家だ。そこは多分自分の家のようだが、実家でもなければ騎士達の宿舎でもない。それでもなんとなくそこは自分の家のようだ。


 誰もいない。隊長も副隊長も先輩も誰ひとりいない。


 揺らぐ視界の中であるが眠ることさえ誰かに禁止されているように、その不調を味わわされている。


 そこへ心臓を握りしめる激痛が走り、それと同時に体中の血液が止まったと思えるほどの冷却感が現れた。


 その感覚がわからない。わからないが、この家にいてはいけない。そんな悪寒が走り、ふらつく足でほんの数歩進むのさえ苦労しながら扉まで歩いた。


 ドアノブをひねり、力なく開け放つ。


「っ!」


 外にある景色がその視界に映されることはなかった。


 漆黒の鎧が立ち塞がっていたのだ。その手にはバケツをひとつ持っている。


 言葉を失い、腰を抜かし座り込む。ただ鎧の行動を処刑される罪人のように待つしかなかった。


 そんな姿に向かって、鎧は手に持っているバケツの中身をぶちまけた。


 視界が染まる。体が染まる。手のひらを見る。


 赤い。


 紅い。


 アカい。


 これは鮮血、血だ。バケツいっぱい全部血だ。


 その正体は誰に言われるわけでもなく、本能で理解した。


(俺の、俺の血だ。まるごと俺の血……)




「うわぁ!」


 大声と共に体を起こす。荒れた呼吸のまま辺りを見渡すと見慣れた景色、そこは騎士達の宿舎だった。


 窓からはカーテン越しに朝日が差し込んでいる。


 扉が開かれて、体が咄嗟に跳ねる。


「おう、目が覚めたみたいだなロン」


「副隊長、俺は」


「覚えてないか? あの鎧剣士のデコピンで気絶したんだぞ」


「デコ……ピン?」


「そうは言っても、金属の籠手であの速度だ、相当な威力だろうな。しかしよくもまぁ鎧姿で器用にやるもんだ」


 そう言って指を弾く仕草をしたあと、カーテンを開けて光を部屋に入れる。そして朝日で目を細めたロンに問いかけた。


「これで少しは納得したか?」


「……」


 ロンは俯き、何も答えなかった。


「どうしたんだよ。まだ認められないか?」


「……いえ」


「負けたことが悔しいか?」


「……いいえ、勝てる訳がなかったんです」


 シーツを握り締める拳を睨みつけたまま、囁くように答える。


「なんだ、いつになく弱気じゃないか。らしくないぞ。自分よりも強い人間は外の世界にもたくさんいる。それだけの話だ」


「強い人間……ですか」


 その言葉に思わず苦笑いをしてしまう。


「そうだ。別におかしなことじゃないだろ」


 ロンは膝を曲げて抱えるように座り呟いた。


「あいつは、化け物ですよ」


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